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1-15.刺激的なサバイバル生活(後編)

 ずっと施設の修復工事が続いていた。


 修理作業の主役は岩石兵士たち。

 彼らゴーレムは力仕事が得意だ。実に頼りになる。

 強大なパワーを活かして、基地内部に堆積していた土砂を取り除いてゆく。天井や床にあいた大穴を塞ぎ、壁のひび割れを元通りに直した。


「いや、たいしたものだ。重労働から繊細な手仕事までこなすなんて。本当に汎用性が高いな」


 意外なことに、巌の巨兵(ゴーレム)たちは、けっこう器用だ。

 以前、ゲンブに魔法治療薬(ポーション)の手伝いをしてもらったことがある。太くゴッツい指先を使って、細やかな作業をやってのけた。


 もちろん、シンも真面目に仕事をしている。

 手掛けているのは魔導具の修理だ。対象は、ランプや調理機器などの小さなものから、扉の自動開閉装置や空調機器などの大きなものまで。


 優先しているのは、本拠地防衛用の機器類。

 たとえば、侵入防止の結界杭や対魔物用の撃退機構など。驚いたことに自爆装置まである。

 亡父が、この施設を建築したのだが、何を考えていたのだろうか。基地の防御力や攻撃力は過剰すぎるのだ。


 残念なことに、修繕できたツール(魔導具)の数は少ない。

 錬金術師としてレベルが低いためだ。技術力は未熟だし、各種魔導具の構造や仕組みも知らない。


「まあ、たしかに今は無理かな。でも、いずれは壊れた魔導具類も直せるようになるさ」


 時間はたっぷりある。

 練習と実績を重ねてゆけば、ベテランの域に達するであろう。


「それにしても、錬金術ってホント不思議だ」


 前世世界では、この種の技術(錬金術)はインチキ扱いされていた。

 しかし、異世界ではちゃんとした学問だ。体系化した理論もある。なによりも、彼自身が、魔導技術で誕生した錬成人間なのだ。


 ちなみに、科学と錬金術に決定的な違いがある。

 『精神』に対する姿勢だ。


「以前、ミドリに前世地球について伝えたことがあったよね。

 あちらでは“科学”がすごく発達していたんだ。でね、そこで重視していた判断基準が“再現性”でね。『精神』が入り込む余地はなかったんだよ。

 たとえば、何かの実験をするとしよう。

 材料、条件、手順など同一で揃えれば、誰でも同じ結果を得る。つまり、“再現性”があって科学的だと評価されるワケだ」


「マスターが示す事例は理解できます。しかしながら、お話の基準では解明、ないしは説明できない領域があります。この世界・・・・では適用するのは限定的になってしまうかと」


「そう、そのとおり。科学者からすれば、錬金術なんて非常識の塊だよ。そもそもが、逆の価値観だからね」


「たしかにアルケミスト(錬金術師)の高位導師は『精神』の重要性を強調します。流派によっては、“意志”や“思念” を積極的に活用しますね。

 事実、錬成成果物に影響を与えるのですから。術師の精神状態によって、結末が変ります。出来が悪ければ、“気合が足りない”と非難されるくらいですよ」


「本当に混乱するよ。前世の科学的常識が邪魔になるくらいだ。魔法という別種の知識・技術体系があるせいだね。やっぱり、ここは、私にとって異世界(・・・)なのだなぁと、つくづく思い知らされるな」




■■■■■


 シンは、本拠地を守る防衛機器群を調べていた。

 危険な【人外魔境の大森林】で生き残るため。安全圏の確保は必用不可欠なのだから。これらの維持管理を(おろそ)かにしてはいけない。


 防衛線は多数の魔導具で構成している。

 いずれも据置型の防御用機器。機能や種類は様々(さまざま)で、相互補完し合うように設置してあった。それらが幾重にも重なって安全地帯を形作っている。


「でも、ほとんどが停止していると。主な原因は、故障やエネルギー不足。そりゃあ、五百年以上も放置したままだから当然だ。

 むしろ、長期間メンテナンスなしでも、動いているモノがあるほうが驚きだよ」


 防御機器の修理は、たいへん難しい。

 使用している魔導技術が高度で複雑なため、シンでは手がだせないのだ。

 できるのは、簡単な補修だけ。

 たとえば、切断している魔導回路の再接続や、接触不良な個所を調整するなど。そんな背景もあって、守護結界網は穴だらけだったりする。


「で、安全圏維持のために、錬金罠で補完すると」


 彼が作成するトラップ類は貧弱だ。

 元からあった防衛魔導具に比べれば、品質や火力は、かなり劣る。

 代わりに、量でカバーするつもり。

 目的は魔物を近づけないことだ。すでに、魔物撃退の実績はあった。防衛線の破れを塞ぐことは可能であろう。


 ということで、今は現地調査をおこなっている。

 なにごとをするにしても、正確な現状認識が必要だ。


「おっ、ここにも壊れた装置が……」


 そこは深い窪地。

 底に大型魔導具が埋まっていた。ヒビ割れや凹みが目立つし、全体的に赤錆がうかんでいる。機能は不明だが、作動停止してずいぶんと経過しているのだろう。

 破損した機器を調べようと、大穴の淵に立った。


 その瞬間、“警告”を受けた。


「えっ」


 音声ではない。本人だけが感じるもの。

 強いて言うなら、頭のなかで注意喚起の警報(アラーム)が鳴り響いたようなイメージだ。


 彼は知っている。素直に従うべきだと。

 以前にも、この報せのおかげで助かったことがあった。


「もしかして……」


 窪んだ地形を見て、ピンとくるものがある。

 思い浮かんだ予測を確かめてみよう。

 

 野ねずみを捕まえて穴底に放り込んだ。

 ねずみは異常な行動をとる。最初、逃げようと駆け回っていたのに、すぐに動きを止めた。やがて、身体を痙攣させてパタリとひっくり返る。


「やはり、ガスか」


 有毒な気体が、底に滞留していたのだ。

 硫化水素などは空気よりも重たくて下に沈む。ひらけた場所なら風で散ってしまうが、窪地みたいな空間だと底辺に溜まりやすい。

 こうなると、もう天然の罠だ。

 危険に気づかず、大穴の底面に降りたならば、毒性気体にやられてしまう。


「危なかった。もし、“警告”がなかったら()ってたかもしれない」


 シンは、この不思議な現象に心当たりがあった。


『“死”は、いつもお前の左肩うしろにいる。

 でも安心するがいい。なぜなら、ヤツが声をかけるのはたった一度しか、許されていないのだから。

 その時がくるまで、静かに待っているだけ。

 だから、賢い戦士は、“死”を自分の味方につけて助言を得るのだよ』


 なぜか記憶に残っていた。

 語り主は、北米大陸の先住民族、ネイティブ・アメリカンの呪術師だという。


 魔導師は、“精神”の力を重要視する。

 思念の強さが結果を左右すると、体験的に知っていた。

 彼の“死”に対する意識が強烈なら、何某(なにがし)かの現象が生じても不思議ではない。ましてや、ここは異世界。魔法や錬金術など、幻想物語(ファンタジー)感が溢れている。なんだってありだ。


 確実にいえるのは、命拾いしたこと。

 彼だけに聞こえる“助言”があったから、危険から逃れたのだ。今回の有毒ガスもそうだし、前回、巨大蟷螂からの奇襲を回避した経験もある。

 もう、単なる偶然ではなかった。


 どうやら、“死”を味方につけたらしい。




■■■■■


「ねぇ、ミドリ。さっきの魔法陣だけど、なぜ、こうも迂遠なのかな? グルリと迂回路を形成するよりも、この部分で直結させるほうが効率的じゃないか。すごく無駄だよね」


「回答します。当該の魔導回路では効率性よりも汎用性を優先しています。ご指摘の個所は、他の用途に転用できるように配慮されており……」


 シンは錬金術関連の質問を重ねていた。

 現在、大型魔導具の修理の真っ最中。内部に組み込んである回路を(いじく)っているところだ。


 補助人格ミドリは、大量の関連知識を管理している。

 さすがに研究室専属なだけあって、錬金術や魔法、その他関連する学術データは膨大だ。彼女の助けがあれば、技術レベルが低くても、修繕できるものは多い。


 彼は熱心に魔導具の修復に励んでいた。

 錬金術はおもしろい。

 凝り性で研究熱心な性格が向いている。新しい知識を覚え、技能を向上させるのが愉しかった。もはや、錬金製品の修理作業は趣味と化している。必要に迫られてイヤイヤする仕事ではないのだ。


「防衛線の大型魔導具や錬金罠は、魔力を動力源にしているよね。電気や石油とも違うエネルギー源だ。どうにも曖昧模糊としてハッキリしない。専門家たちは、この不思議パワーをどう定義しているの?」


「回答します。なお、マスターのおっしゃる“電気”や“石油”といった用語は意味不明なため、考慮しませんので、ご注意ください。

 最初に、魔力について概要的なことから説明を。前提として、世界多次元積層構造であることを……」


 彼女によると、世界はひとつではないらしい。

 無数にあって、それらが互いに干渉し合っているとのこと。【世界X】の(ことわり)の外、【世界Y】の(ことわり)によって影響力を行使することを、魔法だという。

 ゆえに、魔力の別名を【理外理力(フォース)】と表現する。


 ちょっと胡散臭い。

 とはいえ、実際に魔法は使えているのだ。

 錬金術だって愉しんでいたりする。こればっかりは否定できない。


「じゃあ、本題にはいろうか。本拠地周辺の結界を復活させたい。燃料不足で動かないなら、それを補充すれば再稼働できるはず。

 【理外理力(フォース)】を貯蔵している燃料タンクがあるんだろう? そこから、エネルギーを抜き取って、停止中の大型魔導具へ充填をしよう」


「回答します。本施設の地下に大型の魔力貯蔵器が設置されていますね。ただし、外部の防衛機器群に対しての供給は不可能です。なぜなら、残量がごく僅かですから」


 本拠地では、魔力を“地脈”から汲み上げていた。

 これは、地底深くにある【理外理力(フォース)】の大潮流のこと。

 イメージとして、深海の底を流れる深層大海流に似ている。通常は地下千数百メートルもの深部にあって、おいそれと人間が手を出すことができない代物(しろもの)だ。


 ただ、コレは、施設周辺の浅い地下に流動していた。

 特異な地層構造のせいだという。五世紀前、亡父ルキウスが発見し、【理外理力(フォース)】の獲得に成功。


 だが、この採取機能が停止した。

 施設が、半壊したのと同じタイミングだ。ミドリが省エネモードに移行したのも同時期である。これ以降、貯蔵エネルギーを消費するだけの状態が、今も続いていた。


「なるほど。供給がストップしているのは理解した。じゃあ、魔力はいつまで持つのかな?」


「回答します。およそ二十日間です。その日をもって、本施設の機能は完全停止します」


「えっ? なにそれ……」


 衝撃的な返答に絶句した。

 彼のサバイバル(生き残り)生活は、基地が機能するから成り立っている。


 他にも、【LP】が大問題だ。

 現在のLP値は“14”で、寿命は十四日間しかない。対策として、数値が“0”になる前に身体再生を(ほどこ)している。

 でも【理外理力(フォース)】がなければ延命処置は不可能だ。絶体絶命の大ピンチである。


「なんだよ、とても深刻じゃないか。なぜ、もっと早くに教えくれないのさ」


「回答します。魔力の貯蔵量について、ご質問がなかったからです。尋ねられていればお答えしました」


「また、その台詞か! いい加減にしてくれ!」


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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