07-12.センダンの目論見
シンは嬉しそうに作業を始める。
「では、各員の【念話ネットワーク】接続状況を確認しよう。
……ちっ、飛行型の魔導人形は完全に機能停止状態とはな。原因は先刻の魔導衝撃波か。やれやれ、これで探知能力が半減してしまう。まったく、厄介なことだ」
おこなっているのは、索敵要員の現状把握だ。
王都に駐在させている諜報部隊に所属するツクモ族動物シリーズ。
彼は、集まってきたモノたちを鼓舞する。
周囲にいるのは、空中から広域偵察を担うカラス型や鷲型など。狼型や猫型には、地上できめ細かく調査してもらう。
『みんなご苦労さま。さて、この街はちょっとばかりゴタついているけれど、仕事をしてもらいたい。
なに、簡単なことだ。私を中心にして半径五百メートル圏内の魔物を探してほしいのだよ。発見したら位置情報を【念話ネットワーク】経由で報せるだけだ。
なお、戦闘は回避すること。あくまで偵察を優先とし、接敵しても逃げるように。“命は大切に”でやってもらいたい』
了解の返答がやってくる。
ただし、それらは言葉ではなくて、“是”の意思。
非言語のコミュニケーションを可能とする【念話】だからこそ実現できる芸当であった。
索敵活動をおこなうのは合計二十匹。
残念なことだが、想定していたよりも少ない。
補助戦力の魔導人形が全機、魔導衝撃波のせいで使えないためだ。
まあ、それでも問題あるまい。
動物型ツクモ族たちは、諜報や索敵の訓練を重ねているからだ。
部隊設立時の最初期、知識もノウハウも皆無で苦労したが、いまでは立派な戦力に育っている。今回は、身につけた実力を発揮するのに良い機会だ。
『ミドリ、標的情報管理術式を起動開始してくれ。その次は射撃管制術式だ』
『了解しました。標的情報系統の一番から十番までを起動、動作確認作業開始……チェック完了。射撃管制系統の……』
面倒な情報処理作業は、魔導結晶体ミドリに丸投げだ。
生身の人間が膨大なデータ量を扱うのは無理なので、できる者に任せた。彼女は、前世地球の電脳に匹敵する能力を有しているので、非常に頼りになる。
シン自身は攻撃を担当。
簡単にいえば、固定砲台の役割を担うつもり。
なお、彼を中心にして半径約五メートルを進入禁止圏とし、ルナや護衛たちには離れてもらっている。怪我をさせないための予防措置だ
「さて、始めようか。【誘導爆裂弾】の術式を展開」
この火属性系魔法の特徴は三つ。
第一は滑空中でも方向変更が可能なこと。
第二に有効射程距離が長いこと。
第三が同時発射できる弾数が多く、さらに連続発射ができること。
もちろん欠点もある。
弾速が遅く、破壊力が低めな点だ。
まあ、“低威力”の評価は厳しすぎるかもしれない。あくまで、評価基準は【邪神領域】の魔物どもを撃退できるか、どうかなのだから。
実際の効力は、現代兵器のグレネード・ランチャーに匹敵するくらい。ルナから“やりすぎ禁止”の制限条件が課せられているし、これくらいが適正範囲だ。
大量の光弾が出現した。
サイズは握り拳で、数量は三十個ほど。
けっこう光量があって、つい目を細めてしまうくらいだ。
「遠距離精密射、開始!」
弾頭が、“キン!”と甲高い音をたてて上昇。
放物線を描いて、バラバラに散ってしてゆく。爆裂弾は次々と現れては飛んでゆき、途切れることはなかった。
光が飛翔する様は、ツバメを連想させる。
いったん、上方へ昇って放物線頂上部に達したのち、標的に向かって軽やかに滑空するのだ。まるで、弾頭自身に意思があって、己の判断で飛行しているようかのよう。
実際、器用に障害物を避けつつ、建物内部へと侵入。室内にいる対象者に命中するのだから、たいしたものだ。
着弾地点は百ケ所以上。
連続してオレンジ色の爆炎が膨らみ、爆音が生じる。粉塵と瓦礫が舞いあがり、黒煙が立ちのぼった
その中心には、【忌蟲】に憑依されて変異した元・人間。【爆裂誘導弾】は、魔獣どもの身体を引き千切り、業火で皮膚を焼いしまう。
そんな光景を眺めていたルナが、つい口にした言葉。
「ち、ちょっと。なにこれ?」
「なにをしたかだって? 敵が認識できない遠距離から狙い撃ちをしたのさ。成果としては、私を中心にして半径百メートル圏内の魔物、総数百二十五匹を排除した」
一匹当たり、使用した光弾数は平均約三発。
大型で頑強なモンスターに対しては十発ほども使っている。
なお、補足している標的は、半径五百メートル以内のバケモノどもだ。射撃管制の都合上、命中精度が維持できる範囲のモノだけを攻撃対象とした。
「ほ、ほんとにできるの? いえ、実際に目撃しているし、否定はしないわ。でもね、なんだか信じられなくて」
彼女の常識が、ガラガラと崩れ落ちてゆく。
この異世界における戦闘とは、敵味方が対峙して、剣などの武器をぶつけ合う。あるいは互いに魔法を撃ち、かつ回避するというものだ。
戦いで重要視されるのは、個々の戦闘能力。
剣士であれば、攻防一体の剣技や筋力、体力、勘、動体視力など。魔導師だと、攻撃魔法の破壊力や短時間で術式発動する能力、魔導障壁などの防御力などが求められる。
いっぽう、シンが重視したのは、まったく別のもの。
まずは敵探査能力。そのためにツクモ族動物シリーズに充分な訓練を施した。
次に通信基盤と情報処理能力。既存の【念話ネットワーク】を強化して膨大な情報流通量に耐えられるようにしてある。
並行して、多数の索敵要員からのデータをはじめ、地形や天候などの環境状況などを一元的に管理する。もちろん、情報処理作業をおこなうのは魔増結晶体のミドリだ。
他には射撃管制能力。弾頭を標的まで誘導、しかも複数ターゲットに対して同時並行的におこなうのだ。
以前、これら能力について説明したことがある。
特に、戦いの在り方を変えてしまう革新性などを。
だが、ルナやツクモ族たちの反応は良くなかった。多くの者は微妙な表情だし、せいぜいが“すごいね”といった生返事。
彼女らの態度を見てわかったこと。信じていない、あるいは理解できなかったのだ。
だから、シンは逆に奮起した。
絶対に見返してやろうと。そして、いま、過去世の二十一世紀におけるデータ・リンク活用の戦術を再現したのだ。
「どうだい? 私の開発した次世代魔導戦術はすごいだろう」
「ええ、認めるわ。あなたの構想を聞いたときは、夢物語の法螺話だとおもっていたけれど。わたしが間違って……、いや想像力が足りなかったのかしら。とにかく途方もない代物だわ」
「だろ、だろ。君に、コイツの革命的能力を褒めてもらえて、うれしいよ。初めての実戦使用としては充分に合格だとおもわないかい?
ざっとした概算で、およそ七割の命中率だ。射撃管制術式もいい仕事をしているしね。結構、苦労したんだよ、アレって。たとえば、攻撃が重複して同一目標にしないように……」
ついつい、解説に熱が入ってしまう。
いつの間にか、身振り手振り付きのプレゼンテーションに突入だ。提案するつもりなんてないのに、口調が営業職になっていた。
過去世における社畜時代の影響だとおもう。
ルナは、最初こそ真面目に聞いてくれた。
やがてソワソワと落ち着きをなくしてゆく。
そして最後には、長演説を強引にやめさせた。
「いい加減にしなさい! なるべく早く王都脱出しなきゃいけないのよ。分かっているの? だったら、ご自慢の【爆裂誘導弾】とやらをバンバンと撃ちなさい。ほらほら、ボサッとしないで、動く、動く!」
「痛い、いたい。そんなに強く叩かないで……」
こうして彼らは、活動拠点へと移動することになった。
■■■■■
センダンは、ツクモ族の【三賢人】の一人だ。
いま、主であるシン・コルネリウスと念話で会話している真っ最中。
『了解しました。至急、各員に指示します。ちなみに、今後の行動方針はどのようにしましょうか?』
『まずは、最優先で全員の安否確認を。並行して拠点退去の準備を進めてくれ。タイミングを見計らって、王都を脱出する。持ち運ぶものは必要最低限の……』
提示された基本方針は、納得のいくもの。
この場は、さっさと逃げるにかぎる。
現在、迷宮由来の【忌蟲】による無差別憑依攻撃で都市は大混乱の真っただ中だ。マスターの予測によれば、状況はさらに悪化するとのこと。
こういった異常事態に対する、主の勘はよく当たる。特に、上位階梯者が絡むことについては、驚異的な的中率を誇る。
『わかりました。実行時の細々した点については、私の判断ですすめてかまいませんか?』
『まかせる。君が適切だと考えるなら、自由にやってかまわない』
『ありがとうございます。では、早急に作業に取りかかります』
センダンは内心で言質を得たと喜ぶ。
王都脱出する前に、やり残しの仕事を片付けるつもりだ。
ただ、それに関する知識や技能が少ないので、専門家の助けを求めることにした。さっそく【念話ネットワーク】経由で、相手を呼び出す。
『シキミ、忙しいところをスマン。ちょっと助言がほしいんだがよ』
『ああ、かまわないぞ。なにやら、王都は大変そうだな』
相手はシキミ・リキニウス。
ツクモ族のトップである【三賢人】のひとりだ。
錬金術や魔導工学に詳しい人物。研究者気質なところがあって、我が君との心理的距離は非常に近い。
補足すると、コイツは“微乳信奉派”の筆頭。
センダンが属する“巨乳崇拝派”と対立していた。
まあ、根本のところで“オッパイ大好き”なので、意気投合する仲だったりする。
『で、用件はなんだ?』
『冒険者組合の【聖母】についてだ。アレを強奪しようと思っていてな。ただ、俺や直属の部下に専門知識がない。で、そっち方面のアドバイスが欲しいんだよ』
『おいおい、なにをするつもりだ?』
『連中の総本部を襲撃する。いま、王都が混乱中で、いろいろと都合が良くてなぁ。アイツらの中枢部を皆殺しにしても、魔物のせいにできる。ついでにお宝を持って帰ろうかと』
『ほう、いいアイデアじゃないか。
だが、疑問がある。どうして、意見を変える? お前さんは、我が君が提唱する休戦交渉に賛成していたはずだ』
冒険者ギルドとの抗争において、方針案は二つあった。
第一案は休戦だ。
彼らの主であるシン・コルネリウスが提案している。
センダンも支持していた。
基本的な認識としてあるのが、敵対者は大陸最大級の組織であり、そんな相手に完全勝利は不可能というもの。
対する自陣営は少数だし、ちょっとした人的損害であっても、かなり痛い。だから、致命傷を負う前に、適当なところで手打ちをすべきだとの考えである。
第二案は徹底的に戦い抜くこと。
【三賢人】のシキミやカンナの意見である。
というか、ツクモ族の大多数が、こちらの案に賛同していた。根底にあるのは、【舐めた真似をするヤツは殺す】だ。
センダンは、自分の真意を告げる。
『ああ、確かに俺は、主の休戦案に賛成した。だが、お前らが主張している“報復続行”に反対はしていないぞ。むしろ、害虫どもは根こそぎ焼き尽くすべきだと、思っているくらいだ』
『はあ? 意味がわからんな。もっと詳しく説明しろ』
『仮にだ、冒険者組合と休戦合意したとしよう。
まあ、連中の上層部は戦いをやめるだろうよ。頭がイイから、それなりに損得の計算はできるからな。
でも、中間層や一般職員たちが素直に従うとおもうか?』
シキミは、絶対に無理だと返答した。
しばらくは静かにしていても、いずれ暴発するとも指摘する。
なぜなら、冒険者たちはメンツを大切にするから。
毎日、切った張ったの生活を過ごす者にとって、“強さ”こそが正義だ。少しでも“弱い”と評価されれば、それは命取り。
同業者に“カモ”だと見なされると、寄って集ってむしり取られてしまう。酷いときには、本当に生命を落とす。
魔物以上に警戒せねばならないのは、人間なのだ。
虚勢でもハッタリでもかまわない。とにかく、己に“力があること”を、周りに誇示する必要がある。
結果として、メンツを重要視する文化が形成された。
センダンは続ける。
『ツクモ族も休戦合意を破る。というか、守れるわけがない。敬愛する主を殺されかけ、【岩柱砦】では大勢の仲間が死傷した。絶対に報復するに決まっている』
そもそも紛争のきっかけを作ったのは冒険者ギルドなのだ。
首謀者には鉄槌を下す。必ず落とし前をつけさせよう。でないと、死んだ者たちに顔向けができない。
シキミが愉快そうに笑った。
『アハハッ、指摘のとおりだ。しかし、そこまで予測しているなら、なぜ、休戦案に賛成する?』
『我が君に経験を積んでもらいたいからだ。
なにせ、あの御方は、根がすごく“甘い”。
良い意味に解釈するなら、”寛大でお優しい”だな。なんのしがらみのない個人なら、美点として評価されるだろうさ。
でも、我々を束ねる人物が、それだと困る。だから、現実というものを実感してもらいたくてなぁ』
『ふ~ん。つまり、センダンの目論見はこういうことか。
シン様には、少々痛い目にあっていただこうと』
『まあ、表現は改めてほしいが、主旨はあっている』
『なるほどねぇ。お前さんの考えはよく分かった。
だが、マスターも、我らの心情を認識しているはずだ。カンナが諫言したからな』
カンナ・プブリリウス。
ツクモ族【三賢人】のひとりで、外見はキャリア・ウーマン風。いかにも“できる女性”といった感じの完璧美人さんだ。
そんな彼女が覚悟を決めて、主を諫めた。
人間社会との接し方を改めるべきだと。
世間の一般人は、シン・コルネリウスという人物の実態を知らず、ついつい“舐めた”対応をする。ゆえに、不要なトラブルを引き起こすのだ。
それを回避するには、こちらを侮り過小評価する輩を潰すこと。無知蒙昧な連中に恐怖を刻み込んで、二度と逆らえないようするのだ。
シキミは、カンナから顛末を聞いていた。
シンが方針転換を決定したことも。
具体的な内容として、“不殺”という方針を撤回し、経済分野への攻撃だけでなく、攻撃範囲を広げるのも了承。粛正対象は、腐敗したギルド上層部や横領などの犯罪者、反社会的団体など、根っからの悪党だ。
同時に、禁止されたのは、国家への侵攻だとか無差別テロ。闇雲に暴れると、果てしない消耗戦に突入するから、絶対にダメと釘を刺されている。
センダンはうなずく。
『ああ、知っているさ。基本方針を変更したこともな。
だが、中途半端なんだよ。なぜなら、我が君は休戦をあきらめていないからだ。このままだと、近い将来に冒険者組合との停戦交渉はおこなわれる。
で、俺が予測しているとおり、停戦合意から再度の抗争へのルートに入るわけだ』
『事が、お前さんの読みどおりにすすむなら、シン様は良い経験を得るだろうな。
しかし、疑問が残る。
なぜ、今のタイミングでギルド総本部を襲撃する? その流れを変える必要なんてないじゃないか』
『暴発寸前なんだよ。現場レベルの連中、たとえば【狂信者】のヌルデ・ロンギヌスとかがな』
センダンは、ため息をつきながら返答した。
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:223/252
※補足事項: 制御核に欠損あり