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07-11.憑依攻撃なんて前座だ

 シンたちは高級レストランを出る。

 他の【神の指先(デジトゥス)】たちとは別行動だ。

 特に、【清め(つかさ)】からは意図的に離れるようにした。できるだけ距離をとって、近づかないように努める。


 なにしろ、あの老女はずる賢い。

 王都を襲う魔物どもを排除するために、彼らに協力させようと目論んでいる。もちろん、【神楽舞い】や【柳筥(やないばこ)の護手】も狙いを認識しているから、賢老人に同行はしない。


「さあ、いこうか」

「はっ、では警護いたします。お分かりかと思いますが、街中に化物が徘徊しています。くれぐれもご注意を」


 返答するのは護衛隊長のプラタナス。

 周辺では、ツクモ族の精鋭たちが控えていた。


「正面の敵は、私が引き受ける。ムクロジは、左側街路へ移動して周辺警戒を。エリカは右側を担当せよ」

「了解!」

「わかりました」


 巨漢で鉄壁の防御力を誇るムクロジ。

 治癒系魔法を使える数少ない魔導師のエリカだ。

 この場から見えない場所でも、ツクモ動物シリーズたちが活躍しているはず。


 護衛たちの戦いぶりは安定していた。

 危なげな気配はまったくない。路上に出た途端、巨大蝸牛(かたつむり)型モンスターと遭遇したのだけれど、彼らは一瞬で対象を消し飛ばしてしまったのだ。


 ハッキリ言えば、今の状況は“ぬるい”。

 本拠地では、もっと凶悪な魔物どもを相手にしているのだ。

 つまり、【邪神領域】には極悪な魔獣や、不死身だと錯覚するくらいの化物がウジャウジャといた。あんな人外魔境で生活していれば、(おの)ずと鍛えられてしまう。


 いっぽうのルナは単独行動中。

 高級レストランの窓から見かけた母子の様子を確認しに行った。

 しかし、結果は変わらない。

 すでに幼児はショック死しており、母親もバケモノにやられていた。できることといえば、遺体の(まぶた)を閉じてやるだけ。仇を取ろうにも、元凶のモンスターはどこかへ移動していた。


「やっぱりダメだったわ。せめて赤ちゃんだけでも助けてあげたかった」


「ああ、残念だった」


 シンは言葉少なに応える。

 余分なことは言わない。中途半端な慰めをしても、逆に相手の悲しみを増幅させる気がしたからだ。

 かといって、事実を指摘するのも冷酷すぎる。

 同じような被害者は街のあらゆる場所にいるなんて、述べたところで無意味だ。結局、彼がしたのは、嘆く彼女の肩を軽く抱いてやるくらい。


「すまんな。今回の異常事態は、私たちが対処できる次元を超えている」


 王都民のすべてを救うのは不可能だ。

 ふたりは、優秀な魔導師と超戦士だけれど、無理なものは無理。

 今回の迷宮由来の魔物出現については、王室が主導して解決すべきであろう。部外者が介入しては、この国の政治に禍根を残す。おまけに、王国は後継者争いの真っ最中であり、下手に関わると碌なことにならない。

 まあ、こんなことは(さと)いルナなら分かっているはずだ。


「ええ、そうね。あなたの指摘は正しい。でも、目の前の困っている者に手を差し伸べるのだって、正しいことよ。人間として、当然の行為じゃなくて?」


「きみは優しいな」


 これ以上の言葉を重ねることはできなかった。

 もう、時間的余裕はない。

 いまは議論ではなくて、行動を優先すべきだ。


 しばらくして、彼らは場所を変える。

 向かった先は五階建て建造物の屋根上。都市の状況を把握するために、見晴らしの良いところを選んだ。


 街は混乱を極めていた。

 大虐殺とは、こういう状態のことをいうのだなと思ってしまう。

 住人たちが、無抵抗のまま殺されているのだ。原因は、先刻の魔導的衝撃振動(マナ・インパクト)で気絶したままだから。逃げるどころか、襲われたことにすら認識できない。


 もちろん、動ける人間だっていた。

 短時間で意識を取り戻した商人や、先天的に魔法衝撃に耐性があった野菜売りなど。もっとも多いのは、たまたま魔物が近くにいなくて、無事であった者だ。

 気を失っている時間は、平均して五分間ほど。時がすぎれば、普通の人は自然と目覚める。


「だ、だれか助けて!」

「止めて、やめて」

「うぎゃ~」


 しかし、運が良いのは、ちょっとの間だけ。

 すぐに凶運が追いかけてくる。

 具体的にいうと、血に飢えた魔獣どもがやって来たのだ。狼や犬系統の獣系モンスターは鼻が利くし、厄介なことに足が早い。豚頭鬼(オーク)などは、餌となる人間を見つけるのは上手だ。

 連中は極悪な性格をしており、獲物を甚振るのが大好き。

 王都民は必死に逃げ惑うか、屋内に隠れ潜むばかりであった。


 シンは、屋根上から街の様子を観察し続ける。

 どうにも違和感があって、落ち着かないのだ。

 ただ、具体的になにが面妖(おか)しいなのか分からず、しばらく思案する。


「……ああ、そういうことか。魔物化した人数が少ないんだ」


「え? 街中にウジャウジャといるじゃないの。百や千どころか、確実に五千匹以上はいるわよ」


「すまん、私の言い方が悪かった。確かに掃いて捨てるほど連中は多い。しかし、先刻まで上空から落下してきた【忌蟲】と比較すればという意味だ。小サイズのモノまで合計すれば、アイツらは、王国の総人口をはるかに上回る。それこそ百万の単位でないと、間に合わない」


 彼は謝りつつ、補足説明を加えた。

 ざっと街を見渡して、バケモノと化した元・人間の数は六~八千ほどだと推計している。最大に見積もっても一万に届くかどうか。


「あそこを見てみろ」


 ひとりの若い女性が苦しんでいた。

 【蟲】に取り()かれ、全身を痙攣させているが、やがて死んでしまう。


「魔物化しなかったのは、拒絶反応が強かったせいだ。おそらくだが、憑依が成功するには、宿主との相性も関係する。逆に、不適合な場合、連中は肉体を得られない」


 仮説として、アイツら(蟲ども)にも階梯がある。

 生物に取り()いて受肉できるのは、ごく少数の“格位”が高いモノだけ。大多数の低位な連中は、宿主の体調を崩すくらい。

 事実、小型忌蟲が集団で人間にまとわりついても、魔物化する気配はなかった。


「無差別憑依は非常に効率が悪い。被害者が大勢だと感じてしまうのは、分母が桁違いに大きいからだ。それゆえに、この攻撃は単発だろう。もう、【豊穣の迷宮】に【蟲】どもはいない。いたとしても、激減しているはず」


 例えるならば、憑依攻撃は紙吹雪付きクラッカーだ。

 一発かぎりの限定的なもので、爆竹のように連続して放てる代物ではない。ましてや、人体を変質させるほど高レベルな【忌蟲】はごく少数。

 先刻の昼食会で【清め(つかさ)】も語っていた。

 高階梯なヤツは迷宮最奥に潜んでいるが、その数は多くないと。


 シンは王都の様子を観察し続ける。

 確認すべきものは、住民への被害だけではない。

 もっと広範囲に都市全体の状態を把握する必要があった。


「マズいな、火事もおきている。魔物だけでも厄介なのに、さらに火災が加わると事態は深刻度を増すばかりだ」


 出火現場は十数か所。

 屋根の上からグルリと周囲を見渡せば、薄っすらと煙が昇り始めているのが見える。いまは小さいけれど、火勢が強いのが問題だ。

 原因は、冬の強風に煽られているから。空気が乾燥しているのも良くない。


 ルナが眉をひそめて指摘した。


「火を消す人がいないわ。う~ん、そりゃそうよねぇ。化物どもから逃げることすら大変なのに、消火活動なんて無理だもの。のんきに手動ポンプで放水していたら、確実にバケモノに襲われてしまう」


「ああ、君の言うとおり。現状のままだと、火災規模は大きくなるばかりだ。延焼範囲が拡大することはあっても、鎮火する要因はひとつもない。あるとすれば、可燃物のすべてが無くなってしまうことだな」


 つまり、火災は延々と続く。

 王都の大半が焼失するまで。

 建物は焼け落ち、家財道具は燃えて、人々は野外生活を余儀なくされるのだ。


「だが、真の厄災は後からやって来る。なぜなら、以前よりも【招厄草】が繁殖しているから。枯れ果てるどころか、さらに勢いを増している。【忌蟲】の無差別憑依攻撃や大規模火災なんぞは前座だ。本番はこれからだろうよ」


 コレが生える土地に禍事(まがごと)が訪れる。

 ただし、因果関係ははっきりしない。この草が原因となって災いが起きるのか、逆に不幸に見舞われる場所を好むのかは不明。

 とにかく、謎の多い不思議物体なのだ。


 そんな不吉な存在が、王都中に蔓延(はびこ)ったままである。

 彼が王都に来訪した時点で、結構な量が茂っていた。

 今では路上だけではない。建物の壁、なかには屋根上にまで根を張っていたりするくらいだ。


 おまけに大量の胞子を放出中。

 細長い茎の先端部の膨らみが、ポンと破裂して内部の謎物質をまき散らしている。微細粒子が濃霧のように漂っており、たいへん気持ち悪い。

 なんだか()えてしまう自分の能力にウンザリだ。正直、なにも視認できない一般人を(うらや)ましいと思ってしまう。


 ルナも、シンと同じ景色が()える人物だ。

 彼の予言めいた台詞に同意する。というか、否定したくてもできやしない。


「何が起きるのかしら?」


「わからない。はっきり言って予測不可能だ。今回の異常事態の根本的原因は【豊穣の迷宮】にある。ダンジョンの創造主である上位階梯者(神さま)の思惑を、人間ごときが理解できるはずもない」


「ええ、そうよね。もう、王都は壊滅するのかしら? あるいはグリアント王国が傾いてしまう?」


「さあ、見当もつかない。どのみち、我々にできることは、この都市から退避することだけだ。早く、王都駐在の仲間たちと合流しよう」


 とりあえず目指すのは王都活動拠点(セーフ・ハウス)だ。

 目的地までの距離は、およそ一キロ。

 大量の魔物がひしめく街中を突破せねばならない。現在はバケモノだけれど、元は王都民であった者たちと戦闘になってしまう。

 できるなら不戦で済ませたいけれど、避けて通るのは不可能だ。強行突破するしかない。


 当初、移動方法の案は次のとおりであった。

 ルナが先頭に立ち、前方の敵を排除。

 護衛役三名は、シンを中心にして左右と後方を守りつつ移動するというもの。


 しかし、警護対象である当の本人(シン)が異を唱えた。


「魔物撃退は、私に任せてくれないかな。ここ最近、活躍する機会がなくてね。少しばかり戦場勘が鈍って困っていたんだよ。進路上を含めて、射程圏内のモンスターを斃してみせよう」


「ダメよ。貴方(あなた)の魔導術は威力が強すぎるもの。だいたい、力加減ができないじゃない。わたしは【枯れ渓谷迷宮(ドライ・キャニオン)】で酷い目にあったことを忘れていないわよ」


「あ~、あれは申し訳なかった。ついでに過去幾度も失敗して、迷惑をかけたことも、再び謝罪しよう。でも、ちゃんと反省したうえで、研究と検証を積み重ねてきたんだ。今回は信じてほしいかな」


 彼は、自分の作戦内容を懸命に説明する。

 理論整然と、なおかつルナや護衛役たちの反論できないように。これまでの実証実験の結果を付け加えての説得であった。

 最後には泣きおとしに近いことまでする始末。


 で、最後には、作戦主導権を勝ち取った。

 まあ、いろいろと制限条件つきだが。

 内容は、必要以上に建造物を破壊しないだとか、過剰殺傷は避けるなど、至極真っ当なもの。どれも問題ない。


「よしよし、イイじゃないか。ようやくアレの実戦投入ができる。うんうん、頑張っちゃうぞ!」


 素直に嬉しい。

 事前準備をするあいだ、ずっと鼻歌を口ずさんでしまった。

 いっぽうで、自分は()()い性格だとの認識もあったりする。王都の状況は厳しく、さらなる厄災がやってくると予測できているのに、ハシャいでしまうのだから。


 ちなみに、周辺警戒はルナたちに任せる。

 彼自身は遠隔魔導攻撃の管制作業に集中するため、無防備になってしまうためだ。

 ここは五階建て建物の屋根の上。魔物が襲ってくる可能性は低いが、念のための用心はしておくべきだ。


『ミドリ、聞こえるか? しばらくしたら、複数標的に対する同時精密攻撃をおこなう。君の助力が必要だ。今まで検証実験の繰り返しばかりだったけれど、ようやく本番のときがやってきた! こんな戦術は不可能だと言っていた連中の鼻を明かしてみせよう』


『マスター、了解しました』


 念話先の相手は魔造結晶体のミドリ。

 本拠地【岩窟宮殿】の奥深くに鎮座する補助人格だ。

 そして、これから行う遠距離魔導攻撃を支援してくれる必要不可欠な存在でもある。


 さあ、不埒なモンスターどもを蹴散らしてやろう。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:223/252


※補足事項: 制御核に欠損あり


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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[一言] 最低でも王都は壊滅しそうやな。
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