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07-08.異変

 爆発音が連続して響いた。

 かなり遠くのほう。

 発生源が近くではないため、伝わってくる音は鈍い感じだ。


 やや遅れて、衝撃波がやって来た。

 高級レストランの建屋は丈夫だけれども、外壁がミシッと鳴り、窓枠のガラスがガタガタと動く。爆発は、急激に膨張した空気を圧縮。そのエネルギーが周囲に広がったのだ。


 次に、地面が揺れた。

 地震とは違う。

 勘だけれど、自然現象ではないのが分かってしまう。


「なにが起きた?」


 シンは窓から外の様子を確認した。


 たくさんの人々が路上で騒いでいる。

 店舗や建物から慌てて飛び出す者たちも。三々五々(さんさんごご)に集まって、なにごとかと言葉を交わしていた。

 誰もが、訳もわからず不安げな表情だ。


 ひとりの男が大声で“見ろ”と空を指さした。

 みんな同じ方向に視線をむけ、その光景に驚く。


 黒煙の柱が立ち昇っていた。

 上昇してゆき、もくもくとキノコ状の形を形成する。

 同時に、白い煙が低く地面を這うように、横に広がっていた。

 状況から二種類の爆裂現象が生じたのだと分る。現場は、商業街(ダウンタウン)の建物群の、さらに向こう側。


「大規模な爆発だな。事故かな? けっこう遠くの方で起きている」


 なにがあったのか現状を把握する必要がある。

 最近の王国はキナ臭いので、危険がありそうなら脱出すべきだ。

 すぐさま、頼りになる側近に【念話】で指示をだす。


『センダン、どこにいる? 王都近辺で異変があったようだ。発生源と原因について調べてくれ』


 センダン・クラウディウス。

 【三賢人】のひとりで、筋肉達磨の巨漢である。見かけによらず秀でた戦略家で、けっして脳筋馬鹿ではない。

 たいへん優秀な部下だ。

 というのも、ツクモ族たちは忠実だけれど、(シン)に関しては暴走しがち。それを冷静に制御してくれるのが、彼であった。


『ええ、こちらも爆煙が昇るのを確認していました。王都に配置している部隊の一部を、現場付近に送ります。(あわ)せて、飛行タイプの偵察用人形(ゴーレム)も。

 ついでに犬型を街中に放って住人の動きなども調査させましょうか?』


『ああ、頼む。なるべく幅広く状況を把握したい。正確でなくてもかまわない。いまは、少しでも情報を多くあつめておくれ』


 シンが振り返ると、昼食会の参加者も【念話】を使っていた。


 仲間や部下と連絡を取っているのだろう。

 【清め(つかさ)】はグリアント王国の貴族。

 【柳筥やないばこの護手】は、スコティ連合王国の外交官。

 【神楽舞い】はゲルマーナ連邦国にある大商会の特別顧問。

 それぞれが指示をだし、情報収集や非常時対応をさせていた。


 しばらくして、老女が現状の説明を始めた。


「いま判明していることを伝えておく。

 爆発発生源は、【豊穣の迷宮】を囲む【大防壁】じゃ。幸いにも、ダンジョン本体の崩壊ではない。

 だから魔物大氾濫(スタンピード)の危険は皆無じゃな。

 現在、我が配下の者が調査に向かっておる。詳細情報が入り次第、皆には報せるので、しばらくの間、待つがよかろうて」


 さすが【清め(つかさ)】だ。

 彼女は現王家の近親者だけあって、優秀な部下が大勢いるのだろう。その証拠に、配下組織からの現状報告は早かった。

 味方だと誠に頼もしいが、敵に回れば非常に厄介な相手だ。絶対に怒らせないでおこう。


 ちなみに、【大防壁】は魔物大氾濫防止の構造物だ。

 凶悪な魔物どもを外部に出さないためのもの。

 さらに、非常事の際には、防壁構造が自爆する。迷宮入口をモンスター諸共(もろとも)、地中に埋めるための機能だ。

 この自壊機能は、大陸でも唯一のもの。

 ダンジョンを囲む防御壁は多いけれども、こうも大掛かりな建造物は他にない。


 シンは、老女の話を聞いて密かにほくそ笑む。


「迷宮が埋没したのか。ならば、冒険者組合は迷宮活用ができなくなったということだな」


 ギルドの収入源が、ひとつ断たれたことになる。

 これで王都に来た目的が達成できた。

 もともと彼自身で攻略するつもりだったけれど、第三者が代わりに実行してくれるなんて、本当に幸運だ。


 ただ、気になることがある。

 大防壁崩壊の主犯者は誰なのか? 

 まあ、候補はすぐに思いつく。この国の貴族連中だ。しかも、派閥間抗争している魔導師ども。

 ただ、内紛の概要だけ知っているが、詳細までは把握していない。自分とは無関係なのだし、ギルドとの争いに集中していたためだ。


「【清め(つかさ)】殿。先刻の爆発は、グリアント王国の内紛に関係するのでは? 少なくとも可能性はあると私は考える。

 そこで、確認したい。(いさか)いの原因や背景について教えてほしいのですが」


「およそのことは掴んでおろうに……。ふん、ええじゃろう。近親関係者の(かた)りには、それなりの価値もあろうしなぁ」


 内部抗争の発端は、現国王の不予(ふよ)

 つまり、王様が病気で倒れてしまったのだ。

 国中から治癒術師や高名な医者が招集され、治療にあたるも回復はしない。現状維持が精いっぱいで、ややもすれば悪化するいっぽう。

 病魔は、ゆっくりとだが確実に、国王の身体を蝕み続ける。全快の見込みはなく、余命幾ばくもない状態にあった。


「順当にゆけば、皇太子が次の王になる。王位継承権第一位だし、平時であれば、なんら問題ない。

 じゃが、これに異を唱えたのが、現国王の弟君。王位継承第二位の御方じゃ」


「つまり、後継者争いか。グリアント王国の玉座を巡っての権力闘争とは、ずいぶんと俗な理由だな」


「違うわい。そんな単純なことならば、あっという間に解決しとる。というか、抗争自体あり得んよ。この国の貴族は優秀じゃ。少なくとも、公爵殿は国力を弱体化させる愚かな判断はせん」。


 紛争の根本的な原因は、【国体】についてであった。

 つまり、国家の()(かた)

 もっとかみ砕いて説明するなら、国の根本体制はどうあるべきかという問題だ。

 基本的な考え方は、【保守】と【改革】の二つに大別できる。


「保守陣営の主張は、魔導師が国家運営を(にな)うこと」


 貴族は、魔法という玄妙なるパワーの保有者だ。

 支配者の義務として、凶悪な魔物から奥民を守らねばならない。

 代わりに権利として、領地を支配し各種税金を徴収する。


 彼らの強みは実績だ。

 過去数百年もの間、ずっと王室と王国を守護し続けてきた。

 現在、多少のトラブルはあるとはいえ、いずれは解決できるはず。

 今まで幾度となく、国家消滅の危機を回避してきたのだから。


「いっぽう改革陣営は、民衆の力を活用せよとの意見での」


 市民にも、国政に参加してもらうのだ。

 理由は、第三階級の台頭。

 単純に人口増加による影響力の増大が大きかった。農業技術は進歩し、新規開拓した農地は拡大することで、増える人口を支えている。

 

 商業活動も活発だ。

 農産物の加工から始まって、鉱業や建築業などの二次産業は右肩上がり。

 また、第三次産業の発展は著しい。

 飲食や服飾などの各種サービス業、金融・保険業、運輸業など。

 これらは、すべて一般市民が自分自身の手で成し遂げたのだ。


 老女の説明は続く。


「保守派、改革派、双方ともに危機感がある。それは貴族の減少でな。特に、戦闘系能力者の人数が減っているんじゃよ」


 絶え間ない対魔物防衛戦が原因だ。

 魔導師たちは、領地地の守護者として戦い続けてきた。


 彼らの愛国心が強いことが災いする。

 わが身を犠牲にするのを(いと)わないのだ。

 ときには、一族一党が不退転の壮絶な防衛戦を演じるくらいに。事実、幼い跡継ぎを残し、大人たちが全滅するなどの事例は多かった。

 まさに【高貴な者は義務を伴うノブレス・オブリージュ】を体現する貴人なのだ。


「保守派の対策案は、優秀な魔法使いを集めて“質”の維持に努めること。

 いっぽうの改革派は、“量”の拡大を図って民衆を取り込もうとの意見じゃ。

 双方共に、国の行き先を(うれ)う気持ちは同じ。しかしながら、その方向性は全くの正反対でのう」


「王国内が荒れている背景は分かりました。

 しかし、理解に苦しむことがあります。なぜ、大防壁を破壊するのですか? そこから利益が得られるとは思えない。せいぜいが、敵方になにかのダメージを与えるくらいか」


「そんなもの知らんよ。理由は首謀者に聞いてくれい。まあ、魔導師が破壊工作に関係しているのは確実じゃな。どちらの派閥に属しておるかは、不明であるがの」


 自爆機能を起動するには魔力が必要になる。

 エネルギー源は【理外理力(フォース)】。そもそも各種制御は魔導系回路で構成しているためだ。魔力適正のない一般人では、爆破どころか回路起動すらできない。

 つまり、老女が推察したとおり、犯行は魔法使いによるもの


「ふん、国体の()り方なんぞ、どうでも良いことじゃ。

 儂ら【神の指先(デジトゥス)】には、大切なお役目がある。たとえ無理()いされた仕事とはいえ、疎かにはできん」


「ごもっともで」


 シンは、心底から同意した。

 特に“無理強い”の部分に。

 彼らは、強制的に上位階梯者(かみがみ)の使い走りをさせられているのだ。文字通り、こちらの都合はお構いなし。一方的に“あれやれ、これやれ”と仕事が降りかかってくる。


 問題なのは、拒否できないこと。

 対応を誤るだとか疎かにした場合、とんでもない惨状が待ち受けているのだ。


 たとえば、【大亀仙霊】の事件。

 指示内容は、盗まれた宝珠を取り戻せというもの。

 回収しなければ、コルベール男爵領一帯を海の底に沈めると通告された。被害者数は推定で十万人以上。ハッキリいって天災級の大災害である。


 あまりにも被害規模が大きすぎて、無視できなかった。

 自分は、通りすがりの無関係な第三者なのに。

 まあ、運良く宝珠奪還に成功したが、失敗していたら、どうなっていたことやら。本当に心臓に悪すぎる。


 その後、しばらく他愛ない会話が続く。

 内容は愚痴のこぼし合いみたいなもの。

 シンやルナだけでなく、昼食会の参加者は、みんな同じ思いをしていた。

 【清め司】は深いため息をつき、【柳筥(やないばこ)の護手】は延々と恨み(つら)みを重ねる。【神楽舞い】に至っては、酒を飲みながらの独演会だ。


「儂もいい歳なんじゃし、引退させてくれんかのう」

「いつも無理難題を押し付けやがって」

「やってられるか! お酒持ってこい~」


 かなり溜まっていたらしい。

 そりゃそうだ。人間を遥かに越える上位階梯者(神々)への不敬なんて、一般人には絶対に聞かせられないため。

 彼らに、気軽に()(ごと)を吐き出す場なんて皆無だ。ましてや、同じ立場の者が同席する機会なんて稀なこと。

 ついつい、心のリミッター(制御)が、外れてしまった。




 不意に、衝撃波が襲ってくる。

 強烈な【理外理力(フォース)】が室内を突き抜けた。

 それは魔導的なもので、爆発のような物理的現象ではない。


「うおっ! 」


 シンはショックを受けて(うずくま)ってしまう。

 例えるなら、閃光手榴弾(スタングレネード)の炸裂だ。五感を激しく揺さぶられる感じ。実際に経験したことはないけれど、被害症状はよく似ていた。


 一瞬、意識が遠くなる。

 

 気を失いそうになるが、根性で頑張った。

 ここで無防備になるのはマズい。敵ではないとはいえ、【神の指先(デジトゥス)】たちの前なのだ。

 介抱するついでに、なにか小細工をされる。

 個人の魔力波動を測定するだとか、意識探査など。まあ、直接的な危害はないけれど、後々、“しくじった”と思うこと間違いなしだ。


 なぜ、用心するかって? 

 そりゃ、自分なら絶対に同じことを“する”から。

 敵対する可能性のある者について、情報収集するのは当然のこと。ましてや対象人物が優秀で手強いなら、なおさらだ。

 実際、【玄門の塚守】と戦った実績(・・)だってある。

 とにかく、魔導師などという(やから)は、性悪で油断ならない人種なのだ。


 なんとか室内を見渡して、状況確認をおこなう。

 全員が痛む頭を押さえながらも、同じように警戒していた。

 さすがに、みんな意識を保ったままだ。どいつもこいつもタフで強靭なヤツばかり。まあ、常日頃から傍若無人な超常的存在(神さま)を相手にしていれば、それ相応に耐性はつくというものだ。


「今度はなんだ? 大防壁の爆発とかではないぞ、これは……」


「わからん。おそらく、発生源は迷宮じゃろうな。こうも大規模な魔導的衝撃振動(マナ・インパクト)は、人間では()しえん」


「ねえ、外をみて。街中にいる人、みんな倒れちゃってるよ~」


 窓から外部を見やった。

 先刻まで、路上で騒いでいた市民たちが地面に寝っ転がっている。

 謎の衝撃波のせいで意識が飛んでしまったのだ。

 口から泡を吹き、全身を痙攣させている者もいた。心臓など重要臓器に欠陥があれば、ショック死している可能性もある。

 魔導師ならばともかく、魔力を持たない一般人では当然の結果だ。


 同じ状況が、王都全域で発生しているはず。

 それほどに大規模で強烈な魔導的な衝撃力だったのだ。


 だが、これは始まりにすぎなかった。


「ああ、本気でヤバい。ほんとうに【災い】がやってくるぞ」


 シンの身体中にゾワゾワと悪寒がはしる。

 彼の目には、不可視の存在が()えていた。


 【招厄草】が大繁殖していた。

 急激に背丈が伸びており、人の腰下くらいまである。しかも、風に関係なくユラユラと揺れ動く(さま)は不気味であった。

 その名称のとおり“厄災”を招く儀式にみえてしまう。


 おまけに【忌蟲】が天から降ってきた。

 特大サイズのものばかり。

 人間ほどの大きさで、今まで目撃していた小さな蟲では“ない”。内在している“邪気”も桁違いなほど濃かった。もう、完全に別格のモノだ。

 そんな()ること(あた)わぬバケモノが、大量に地上へと落ちてくる。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:223/252


※補足事項: 制御核に欠損あり


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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