07-07.昼食会(後編)
シンは、さっさと用事を済ませようと決める。
早く王都から脱出するべきだ。
彼を含めて【神の指先】の全員が、【招厄草】が蔓延る土地は危険だと断じている。もう、厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだ。
「迷宮潰しは後回しで良いな。優先するべきは、自分と仲間の安全。性根の腐った冒険者組合は憎いが、連中への攻撃はいつだってできるさ」
メイン料理が終わり、お茶とデザートが運ばれてくる。
食事をしながらの談話で、同席者たちの人柄は大雑把に分かった。
これから、会合の本番を迎えることになる。
【清め司】がティーカップを片手に話し始めた。
「さて、そろそろ本題にはいらせてもらおうかの。皆に集まっていただいた理由は、【迷宮核】の扱いについて。具体的な対象は、【言祝ぎ】殿が獲得したものじゃ」
合計五つの【核】が、シンの手元にある。
最初の一個目は、【枯れ渓谷迷宮】から得た。その後、ゲルマーナ連邦国とグリアント王国の迷宮を攻略している。
【柳筥の護手】が、老女に続いて発言した。
「この場にいる者は誰ひとりとして、責めるつもりはない。
【言祝ぎ】の行為は褒められて当然のことだからね。
非難される謂れはない。人類生存を脅かす魔物の巣窟を殲滅するのは、強者としての義務だ。
ただ、問題なのは、君は少々やりすぎた」
ここで【神楽舞い】が差し出口を挟んでくる。
「なにを気取った言い方してんの~。ハッキリと伝えてあげなよ。
領地貴族が激怒しているってさ。お国の財務大臣だって、頭を抱えて“予算が~”って絶叫してるじゃん。ダンジョンからのアガリを失って、慌ていてる連中は多いんだよ~」
彼女の指摘どおり、迷宮には利害関係者が大勢いる。
最大の受益者は、迷宮所在地の貴族だ。さらに特別税を徴収しているは、国家そのもの。
そもそも、迷宮管理は国家的事業だ。
根本的な理由として、安全保障上の問題があった。
魔物どもが、あふれ出てくる可能性は常にあり続ける。危険なバケモノは人類の生存圏を脅かす。これを放置することは絶対に許されない。
いっぽうで、利益確保も大切だ。
世知辛いことだけれど、管理業務には莫大な経費がかかる。ましてや、迷宮外での迎撃戦闘ともなれば、桁違いの軍資金が必要。
対策として考案されたのが迷宮税。
ダンジョン由来の希少物資を売買し、税金を取る。イザというときのために、積立金として蓄えておく。
シンも、上記のことは把握していた。
情報源は、冒険者組合が保有する魔造結晶体【聖母】。ハッキングして、税金支払いや契約内容などの情報を得ている。
だから、迷宮攻略を始める際、関係者対応も計画しておいた。
基本方針として、各国とは友好関係を築く。
まかり間違っても敵対はしない。グリアント王国やなどを相手に争う理由などありはしないのだから。
むしろ、双方に利益をもたらす取引をおこなうつもり。
だから、彼は【清め司】に連絡をとった。
ルナを介して、賢老女にゲルマーナ連邦国とスコティ連合王国への繋ぎを依頼したのだ。さらに、交渉人は【神の指先】にしてくれと付け加えている。
理由は、話が通じやすいから。
今回の案件は上位階梯者絡みだ。事情を知らない一般人だと、理解できないことが多すぎる。
「私が持つ【迷宮核】を譲渡するのは構わない。友情価格の大サービスでね」
「ほう、話が早くて助かる」
「あはは、いいじゃないか。ちょっと揉めるかもって、心配してたんだけどさ~。すんなりと商談がまとまりそうじゃない」
【柳筥】と【神楽舞い】は喜んだ。
面倒な条件交渉になると予想していたらしい。
どうやら、こちら側の意向が伝わっていなかったみたいだ。
シンは、【清め司】を見やる。
「なあ、ちゃんと連絡しておいたんだろうな? 格安で取引に応じるつもりだと」
「当然じゃ。ついでに、お主に関する詳しい情報も教えておいたぞい。ちょいと刺激が強すぎたかもなぁ」
老女はニヤリと笑う。
ちょっとした悪戯が成功して、嬉しそうだ。
彼女が言うには、シンの戦歴をあれこれと説明したのだとか。
まずは、砦街キャツアフォートでの【バケモノ病】騒ぎ。コルベール領において【大亀仙霊】とのやり取りやら。
さらに、冒険者組合と揉めていることも。
大陸最大級の組織を敵にして、退くどころか大打撃を与えていた。ギルドの重要施設を襲撃し、資金や債券などを強奪。組合資本の会社を次々と倒産させるか買収している。
おまけに、【玄門の塚守】の守護地消失にも関係。
前後の詳細は不明だが、一族は先祖代々守り続けていた土地から離れてしまった。
彼は、思わず頭を抱えてしまう。
―――アカン。自分ってムッチャ危ないヤツやん。
どのエピソードも事実やから、虚偽やと否定でけへんし。
なんや、印象が悪いわ~。なぁ、ウチに弁明させてくれへんかな。そうなった経緯とか事情があるんやで。
でも、無駄やろうな。誰も言い訳なんて気にしてくれへん。
【清め司】はにこやかに、
「なぁ、儂の言うたとおりじゃったろう? 【言祝ぎ】殿は危険人物じゃが、強欲ではない。無体な要求などはせんし、話の分かる人物じゃ。
まあ、荒ぶると手に負えんのが、玉に瑕じゃがの」
シンの推測だが、媼には何か思惑がある。
たぶん、これから始まる商談を有利にすすめるため。
彼の目的に合致しているなら、その流れに乗ってもかまわないのだが。
ただ、疑問があったので、同席者たちに尋ねてみる。
「どうして【迷宮核】を欲しがる? あんな観葉植物に価値があるとは思えないが」
「えっ? 」
【清め司】ら三人は呆けた顔になった。
シンの言葉は分かっても、意味を理解できない様子。
共通の話題で会話しているはずなのに、突然、まったく別のテーマを放り込まれたような感じ。急な話題転換で、頭が切り替えできていない。
しばらくして、【神楽舞い】はぎこちない口調で、
「え~と、【言祝ぎ】。下手な冗談は笑えないよ。
我々は【迷宮核】について真剣な商談を始めようとしているんだ。
なのに、なぜ観葉植物に話を変えちゃうのかなぁ?」
「この場で戯言を口にするつもりはない。
私は、【枯れ渓谷迷宮】の迷宮最下層に到達し、【核】と思しきものを獲得した。
ただし、ソレは植物そのものだ」
具体的には、“スパティフィラム”という品種。
白い花を咲かせた様は、凛とした気高さがあって、まことに美しい。
放置するワケにはいかず、とりあえず回収した。
さらに付け加えると、植木鉢に移し替えてみたところ、順調に育っている。
「ちなみに、アレに魔力は”ない”。高性能な魔力検査器で調べたが、なにも感知できなかった」
【柳筥の護手】が額に手を当て虚空を見上げた。
「おおっ、なんということだ。すべて“ハズレ”だなんて」
【迷宮核】は魔導力の塊だとされている。
含有する【理外理力】の量は膨大だ。
それを利用して、大都市の防御結界や戦略級攻撃魔法のエネルギー供給源にしたりする。他に巨大な魔道具に加工することも。
【神楽】たちの目的は【核】の確保だ。
彼らは、所属する国家上層部から依頼されている。
しかし、シンの話が本当なら対象物に価値はない。そもそも、当たり前だと思っていた常識が崩れているのだから。
だが、【清め司】が疑念をはさむ。
「ちょっと待ちやれ。全部“ハズレ”というのは、あまりにも面妖じゃろう。
たまにクジ運が悪いこともあるが、連続で五つも続くことはあり得ん。なんらかの意味があるはず。
のう、【禍祓い】に尋ねたい。
お主は、【言祝ぎ】が迷宮制覇した際、同行しておったな。
迷宮最奥で、なにか見るか聞くかしとらんか?」
「さて、特に異常なことは、なにもないですね。
強いていうなら、【神告】があったくらいでしょうか。
内容は『汝らは資格を得た』というもの。攻略に参加した者、全員が受け取っていますね」
「あぁ、そちら側であったか……」
古老は、ルナの返答に納得した。
他の同席者たちは訳が分からず、首をかしげるばかり。
もちろん、シンもサッパリ理解できなかったので、説明を求める。
「昔、儂の師匠から教えてもらったことがあっての。
ダンジョンは、人間の潜在意識に応えると。
迷宮制覇者が富や名声を望んでおれば、それを具現化する」
端的な事例は【迷宮核】。
攻略者が獲得するのは、“高濃度魔力の結晶”であることが多い。
これを売却すれば、莫大な資産が手に入る。つまり、本人の希望通りの成果を得られるワケだ。
「のう、【言祝ぎ】は、ダンジョン攻略の際、何を望んでおった?」
「特にないかな。私にとって迷宮制覇は手段でしかない」
迷宮制覇の目的は、冒険者組合への経済攻撃。
ギルドの主要な資金源がダンジョンだ。
これを潰すことで、連中の事業基盤を揺るがす。
他にも【邪神領域】の周辺地域で、組合傘下の運送会社を襲い通商破壊をおこなっている。でも、迷宮攻略のほうが効率は良かった。
「制覇成功による、富や名誉なんて無意味だな」
「なるほど、それならば納得もできよう。【枯れ渓谷迷宮】は、お主に相応しいものを与えたのじゃ」
【清め司】は続ける。
迷宮は上位階梯者が創り給うたもの。
最終層に隠された【迷宮核】は、いわば“恩寵品”だ。
ただし、注意を要する。
神からの賜物は取扱いを誤れば、災いを招くから。
ましてや、シンの場合は【神告】のおまけ付き。
『汝らは資格を得た』と言われるなんて異例中の異例だ。
「【言祝ぎ】へのギフトじゃろうの。
お前様の手元に置いておくほうが良かろうて。他人に譲渡するだとか、売り渡すなどは禁止じゃぞい」
老女は警告した。
非資格者の一般人には、絶対に接触させるなと。
下手に触れば、間違いなく不幸が降りかかるとも。
シンにも思い当たることがあった。
先日のペンギン神霊とのやり取りでのこと。
扱いに困る【核】を献上しようとしたが、断られてしまう。地底湖に陣取っている超常的存在たちは、いろいろと説教したい感じだった。
まあ、最終的に『大切に保管せよ』とのメッセージを貰っている。
やはり、彼自身で管理すべきだ。
古老が指摘したとおり、迂闊に他人渡せば、相手に不運が訪れる。
さらに言えば、自分にも悪影響が及びそうで、少し怖い。
「コレらは執念深いとか?」
ごく一部だけれど、恩寵品に“意思”があったりする。
たまに、なにがなんでも持主の元に留まろうと頑張るのだ。
粘着気質というか、スッポンのように食いついたら離れない。
無関係の第三者が触れるのを嫌がるし、酷いときには祟ることも。手放した所有者への報復だって辞さない。まことに剣呑なのだ。
【柳筥】は渋い顔で応える。
「あり得るな。というか、おそらく“それ系統”の賜物だな。
現物を見なくても分かる。入手経緯を聞いただけで確信できてしまうぞ」
ダンディな紳士には、心当たりがあるみたい。
同種の神器を知っているのだ。
まあ、迷惑な上位階梯者との接点があるほど、この手の厄介なモノに出くわしてしまう。【神の指先】は、なにかと苦労の多い職業なのだ。
いっぽう、【神楽舞い】は不服そう。
「つまり、わたしは【迷宮核】の購入に失敗ってことなの? え~、骨折り損じゃない。わざわざグリアント王国まで出張ってきたのに、ぜんぶ無駄じゃない」
「そこまで言うなら譲っても良いぞ。なんなら全部、渡してやる」
シンは面倒くさくなった。
実際、【迷宮核】を持て余しているのだし、できるなら手放したい。
【核】の管理に苦労しているのだ。
予想外の出費と労力を強いられた。
まず、専用の保管室の工事。観葉植物に似ているので、太陽光を浴びせるべきだと、わざわざ【岩窟宮殿】の一部を改装した。さらに警備用の硬殻兵士を百体も用意。まったく不要な仕事ばかりで、いい迷惑であろう。
ついでに、迷宮創造者にも苦情申し立てしたい。
一方的に“資格を得た”などと伝えるくせに、使い方を教えてくれないなんて、不親切すぎる。
言い返された【神楽】は左右に首を振った。
「え~、絶対に嫌だよ。だって、ソレって、資格を持たない者に祟るヤツじゃんか。ババ抜きのジョーカーなんて引きたくないわ~」
「なら黙っていろ。骨折り損だとか、無駄とかほざくな」
「ひど~い。レディに対して、そんな言い方はないんじゃない」
ついつい口喧嘩になってしまった。
双方とも思い通りにならなくて、不機嫌になったせいだ。
大人げない態度だが、まあ、この程度なら問題ではない。
実際、【清め司】やルナは、言い争いを止めなかった。
【柳筥】に至っては、自分は無関係だと茶請けのクッキーを食べている。
三人は、シンと【神楽】の姿を見て、逆に冷静になれたため。
共通するのは、今回の会談をどうやってまとめようかというもの。
あれこれと思案していると……。
突然、遠くから爆音がした。
しかも、爆発は連続して発生している。
続いて地面が揺れた。
「なんだ? なにが起きている? 」
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:223/252
※補足事項: 制御核に欠損あり




