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07-04.【忌蟲】

 シンは、ついついボヤいてしまう。


「やれやれだ。【招厄草】が、蔓延(はびこ)る街なんて、滞在したくないのに。仕事があるなんてウンザリだ」


 王都で幾つか重要な案件があった。

 まあ、一週間も済ませることが可能だとおもう。


 この程度の期間なら問題なかろう。

 いつ、厄災が起きるかは予測不可能だが、いきなり異変勃発なんてことはない。ましてや大規模災禍なら、それなりの兆候があるはず。

 さっさと用事を片付けて脱出しよう。


 都市での活動拠点は、古いアパルトマン。

 こじんまりした三階建ての集合住宅だ。元居た住人に金銭を払って退去させたうえで、建物ごと買い取り、改造を施した。

 外見こそオンボロだけれど、内実は小要塞である。市街戦になっても籠城ができるくらいだ。


 ここは最前線基地の機能を担っている。

 現在は、主に冒険者組合に対する諜報活動の拠点だ。

 他の役割としては経済活動など。具体的には、【岩窟宮殿】へ送付する各種物資の購入や、邪神領域産の希少素材の売却など。

 さらに、セーフ・ハウス(隠れ家)は多数用意している。


 軍資金が潤沢だから、できたゴリ押しである。

 もともとは、冒険者ギルドの資金だ。

 連中の資金源を断つために、経済戦を仕掛けるだとか謀略などで、金品や債券を奪っている。おかげで、ガッポリとお金を獲得できた。もうウハウハで、笑いが止まらない。


 翌日。

 早速、シンは行動を開始する。

 さっさと仕事を片付けるべき、勇んで街に出たのだが……。


「さすがに鬱陶しいな。こうも【忌蟲】が多いと、どこに目をやっても視界に入ってくる」


 街中の至るとこで、気色悪い謎生物が(うごめ)いていた。

 姿形は千差万別だ。粘体生物のようにウゾウゾとしているヤツ。あるいは、蠅みたいにウワーンと群がっていたりする。

 共通しているのは、どれも生理的嫌悪を(もよお)すことだ。


 ルナが、彼のボヤキに答える。


「あ~、その意見に賛成だわ。わたしたちの、“見えないモノが()える特異能力”って、デメリットのほうが大きいし。ねえ、コイツらを魔法で追い払うことはできない?」


「ふむ、ちょっと試してみるようか」


 漂っていた【忌蟲】を軽く突いてみる。

 外見はミミズに似ていて、長さは十センチほど。


 あくまで最低限の接触だ。

 気持ち悪いから、人差指でチョンと触った。

 皮膚に接する感覚はない。やはり、非物質的存在なせいだろう。


 しかし、蟲は反応している。

 身をくねらせて、指先を避けようとするのが、なんとも不思議だ。


 コイツを人差し指と親指で()まんでみる。

 “触る”と強く意識しての動作だ。なんの根拠もないのだけれど、この方法が正しいという確信があった。

 先刻とは違って、微妙な感じが伝わってくる。

 ただし、触覚や視覚などの五感ではなく、まったく別物の第六感的なナニかだ。


「魔力に反応しているのか?」


 普段の彼は【理外理力(フォース)】を体内に封じ込めている。

 身体内で循環させ、さらに漏出防止膜を展開しているのだ。理由は、野放図なまま放置しておくのはマズイから。自然放出する”力”は、他人に強烈なプレッシャーを与えてしまう。これでも、周囲の人間に迷惑をかけないように気を使っているのだ。


 魔導力で刺激を試みる。

 ライターで少し(あぶ)るイメージだ。


「ちょっとだけ……、おっと!」


 【忌蟲】がパンと()ぜてしまった。

 パンパンに膨れあがったゴム風船が、針のひと刺しで破裂するのに似ている。違う点は、物理的存在ではないので無音なこと。


「なるほど。魔力相性が悪い……いや、耐性に欠けるのかな? これは要検証だな」


 歩きながら実験してみる。

 魔力量や圧力を変化させ、さらに属性を加えるなど、思いつくままにテストした。


 (はた)から見れば、シンは挙動不審な怪しいヤツだ。

 なにもない空中に手を伸ばして、ナニかを()まむ動作をする。ぶつくさと意味不明なセリフを吐き、ときには腕を上下左右に振り回した。

 もう、完全に“イッちゃってる”危ない人物である。


 しかし、誰も注意しない。

 通行人たちは(いぶか)しく眺めるけれど、近づけなかった。

 彼の横に護衛役がいたからだ。その態度は非常に厳しいもので、お節介者や野次馬を、無言で追い払う。


 いっぽう、警護対象の本人(シン)は気楽なもの。

 他人の目なんぞ気にもしていない。

 検証作業に夢中になっていたからだ。関心のあることに集中しすぎるというか、一種の研究バカなのだろう。


 護衛たちは達観していた。

 彼らのマスターは、こういう(・・・・)(たぐい)の人間なのだと。

 いったん、没入状態になると周りの声は届かない。

 端的に言えば、“戻って”こないのだ。自分の世界に入り込んで、満足するまで出てこない。下手をすれば、寝食を忘れて何日間も研究活動に没頭するくらいだ。


 歩きながらの奇矯な行動なんて、かわいいもの。

 他人様には迷惑をかけていないのだし、許容範囲だとおもう。まあ、そんな人物を警護するのは、ちょっぴり恥ずかしいのだけれど。


 当の本人(シン)はケロッとしていた。

 厚顔無恥というか、鉄面皮というべきか、とにかく頓着しない。


「ふむ、【忌蟲】は魔力耐性がないのか。コイツは“瘴気”が凝り固まったものだという仮説は、本当かもしれないな」


 蟲対策には、魔力障壁が有効だとわかった。

 低出力でも機能するし、安価な魔道具でも充分。電撃殺虫器みたいに、ちょっと触れるだけでパンと(はじ)けるのだ。

 ようやく(うと)ましかった不可視な蟲を排除できる。


 ルナに、即席の虫除けを渡した。

 (あらかじ)め錬金加工しておいた【術符】に、魔導回路を書き加えたものだ。所持者本人の魔力で稼働し、数時間は持続する。

 急造品だけれど、今はこれで大丈夫だ。


 彼女は礼を述べた後、前方を指さした。


「目的地に到着したわよ」


 そこは数棟の倉庫がある一画。

 レンガ壁で周囲を囲んだ面積は広いけれど、全体的に草臥(くたび)れた雰囲気だ。


「事前情報どおりなら、お宝が隠されているが。なんだか荒廃した雰囲気だし、残っているか心配だな」


 情報源は【清浄なる娘(ドーター)】。

 冒険者組合が保有する魔造結晶体なのだけれど、コイツに不正侵入(ハッキング)して、過去記録を入手した。


 過去三百年分のデータ解析を担ったのは【ミドリ】。

 この補助人格は、シンの本拠地【岩窟宮殿】が制御管理しており、冒険者ギルドの【聖母(マザー)】よりも数段も格上の能力を有する。

 優秀な彼女が有用な情報を教えてくれたのだ。


 ルナは疑念を口にした。


「ちょっと信じがたい話よね。連中が古代魔導帝国時代の遺物を忘れているなんて」


「いや、ありがちだよ。巨大組織の“あるある”と言ってもイイかな」


 所属人数が多いほど、情報共有は難しくなる。

 現代地球の国家や大企業ですら苦労していた。

 電脳や通信インフラなどのICT(情報通信技術)が発達していても、右手と左手がやっていることが正反対だったなんて事例は多々ある。


 ましてや、ここは異世界だ。

 グリアント王国の教育程度は低く、文盲率は高い。社会文明の発展具合は、地球の近世~近代時代くらいだ。

 大陸全土で事業展開するほどの巨大な組織が、『大男、総身に知恵が回りかね』な状態になるのも当然のこと。


 倉庫区域から大柄な男がやってくる。

 ツクモ族【三賢人】のひとり、センダン・クラウディウスだ。


「我が君、お迎えに遅れて申し訳ございませんでした。

 ちょっと想定外のことがあり、対応に手間取っていまして」


「いや、出迎えよりも仕事優先でかまわないよ。そんなことより、問題とは何かな?」


 浮浪児の集団が住んでいるとのこと。

 オンボロ倉庫街区は、ストリート・チルドレンたちのねぐらになっていた。確かに、廃倉庫や半壊した建物だらけの区画は、隠れるには恰好の場所だ。


「子供たちが邪魔でして。明日から、魔導帝国の遺物を探す予定です。

 ただ、建物自体の状態が良くないため、建屋を解体して安全確保をするつもりでして。あの場に人間がいれば、下敷きになって怪我か圧死でしょう。

 なので、危険だから退去するように告げたのですが……」


「逆に立てこもってしまったという訳か」


 崩壊した建造物は、孤児たちの安全地帯だ。

 穴の開いた壁面や折れた柱の間には小空間があって、身を潜ませることができる。反対に、身体が成長しきった大人には進入不可能だ。


 可能なら隠れる者たちを追い出したい。

 もちろん、連中を無視して解体工事はできが、実行すれば、センダンが危惧するとおり、死傷者がでるのは確実だ。


「ふむ、どうしたものか」


 シンは倉庫を見やった。

 崩れた壁の奥には、こちら側の様子を窺う子供たち。

 多くの者は怯えているけれど、なかには精いっぱい威嚇している。

 なんだか、子猫が全身の毛を逆立てる感じだ。一所懸命なのだけれど、どことなく可愛らしい。


 彼は、センダンたちと相談した。

 ちょっとしたアイデアが浮かんだので試してみたい。


 隠れている子供らに大きな声で告げた。


「私は、倒産した倉庫会社を買い取った者だ。我々には土地と建物の所有権がある。他者がこの場所に入ることを許すつもりはない。

 つまり、君たちは不法占拠者ということだ」


 最初にガツンとぶちかました。

 お前たちは悪者で、盗人同然の犯罪者なのだと。

 退去するのは当然だし、自主的に出てゆかなければ、痛い目にあう。土地所有者が、実力行使して強制的に排除するのは法的にはまったく問題はない。

 以上のことを冷酷に告知した。


 ガキどもからの反応はない。

 ただ動揺する雰囲気だけが伝わってくる。

 どう対応すれば良いのか分からず、身を(すく)ませてジッとしているのだ。まあ、適切な判断も行動もできるはずもないのだけれど。


 児童らが理解できる時間が過ぎた後、


「チャンスをやろう。我々の作業の手伝い、つまり仕事をしてほしい」


 求めるのは、倉庫内部の情報提供。

 廃倉庫に住んでいた者ならば、簡単なものだ。

 どこに何があるかを知っているはず。シンたちが、建屋内部を探査するにあたって、助言をしてくれるなら、ありがたい。侵入不可能な場所や開かずの扉などの情報があるなら、なお結構。


「引き受けてくれるなら報酬をだす。お金と食べ物を提供するぞ」


 相手は住居不定のストリート・チルドレン。

 毎日の食事すら苦労する生活をしている。

 時には飯なしの日だってあるはず。

 日給としての金銭と毎日三食の飯は、労働対価として過分だ。


 実際、センダンが注意を促してきた。


「我が君、情けをかけすぎるのは禁物かと」


「ああ、わかっている。せいぜい、何日間か命をつなぐための(かて)をやるだけだ。それ以上のお節介はしない」


 例えるなら、“捨て猫”への対応と同じだ。

 最後まで面倒をみる覚悟がないなら、無視して放置するべき。

 中途半端な善意は、もっとも残酷で(たち)が悪いのだ。

 不用意な介入をすると、()てして不幸な結果を招いてしまうからだ。


 そもそも、シンには余裕はない。

 最優先事項は、彼自身の短い寿命を延ばすこと。

 並行して、【奈落】の底に沈んでいる古代魔導帝国の住人(ツクモ族)現世(うつしよ)へと復活させている。

 この二つだけで相当な労力量なのだ。


 おまけに、冒険者組合とは抗争中ときた。

 連中との争いに、孤児たちが巻き込まれる可能性だってある。

 もう、これ以上の面倒事にかかわるのは絶対回避だ。


「それでも、目の前で子供らが死ぬのは忍びない。少しくらいチャンスを与えても、(ばち)はあたるまいよ。センダンは、私を甘いとおもうかい?」


「はい。赤の他人に差し出す報酬としては、少々過剰かと。

 しかしながら、貴方さまの情の厚さによって救われたのが、我々でして。ツクモ族は批判できる立場ではございません。

 故に、ご自由になされても良かろうと思います。

 なにか不都合が生じれば、わたしが対処をいたしますので、ご安心くださいませ」


「ありがとう。いざという時は頼りにさせてもらおう」


 いったん、シンたちは廃倉庫を離れた。

 浮浪児たちに翌朝に返事をきかせてもらうと告げて。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:230/252


※補足事項: 制御核に欠損あり

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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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