07-03.生い茂るは不幸を招く忌草
お待たせしました。
遅くなって、申し訳ないです……。
シンは、二脚竜のウコンに騎乗して移動中だ。
同行するのは護衛たち。他には、姿は見えないけれど、警護部隊の者たちが周辺に展開していた。
目的地は、グリアント王国の首都ルテティア。
古代語で沼沢地を意味しており、もともとは河川近くの湿地帯が広がる土地であった。
時代が経るにしたがって、住人が集まりだす。理由は、大陸を縦断する大型河川が水上輸送として適していたこと。さらに幾つもの街道が敷設されて、大きな物流拠点として栄える。
いまでは、大陸有数の大都市へと変貌を遂げた。
ルナが騎竜サコンのうえで、補足の説明をしてくれる。
「王都が発展した要因が、もう一つあるの。近くに【豊穣の迷宮】があったことよ」
このダンジョンは“穏やかな”ことで有名とのこと。
王国が建国して以降、凶悪なバケモノどもが外部に溢れ出たことがないのだ。正確には四百年前に、魔物大氾濫の記録が一度あるだけ。
しかも、産出する各種素材は豊富で高価値なのだから、人もお金も集まってくる。
また、対魔物対策も万全だ。
歴代の国王や行政府は、定期的に軍隊を派遣していた。
民間の冒険者たちだけに任せる、なんてことはしない。国家事業として、迷宮内部の魔物を間引いて、大氾濫発生を未然に防いでいた。
さらに、迷宮防壁の存在がある。
巨大サイズなうえに、崩壊機構まで備えていた。
いざという時、迷宮入口と周辺一帯をモンスター共々、地中に埋めるのだ。
「大防壁の工事は今でも続いているのよ。封じ込め機能は完成済みだけれどもね。念の入ったことに、魔導的機構を追加するんだって」
工事開始から百年以上も経過していた。
やっているのは、米国のニューディール政策と同じだ。
公共事業として、貧民への仕事を与え、国の経済活動を刺激する。また、工事事業者やオーナーである貴族たちへの資金供給を兼ねていた。
ときに作業中断の時期もあるらしい。
理由はさまざまで、戦争や予算の不足など。
そして、現在も事業中断中とのこと。支配者層の魔導師たちが争っていて、それどころではないみたいだ。
シンたちは王都に到着。
街中の様子を眺めて、つい内心の言葉が漏れ出てしまった。
「酷いな。以前と比べて、【招厄草】がさらに繁殖しているじゃないか」
それは、不可視の雑草。
ふつうの人間には視えない不思議物体だ。
ごく一部の限られた者にだけ認知が可能。魔法が使えるツクモ族ですら、視認できない謎の存在である。
実際、都の住人たちはコレを無視していた。
街路を行き交う人々は、ひと塊になった茂みに、足を取られることはない。視えないどころか、触ることすら不可能なのは、ソレが非物質だから。
コイツの外見は植物に近い。
細くて長い茎。その先端部は丸みのある膨らみがある。
ただし、花の蕾ではない。内部には胞子のような微細物質が詰まっていて、許容量を超えると、弾けて内部物質を放出する。
なお、コレは、正確にいうと“草”ではない。
まったくの別物だ。ルナの説明では、瘴気が集まり固まったものらしい。曖昧に“らしい”と表現しているのは、この仮説が正しいのか検証のしようがないせいだ。
おまけに、見てくれこそ気味悪いけれど、直接的な実害はないはず。
なので、無視したいのだが、それも無理だ。
なぜなら……
「【招厄草】。名称のとおり厄災を招くモノ。こんな不吉な草が、街全体に蔓延っているなんて」
「それだけじゃないわ。アレを見て」
「ちっ、【忌蟲】か」
一匹の“蟲”が、壮年男性に取り憑いていた。
フワフワと空中を漂っていたが、近づいてきた男性の上半身を包み込んだのだ。形状は、不定形でアメーバみたいに常に変化している。しばらくモゴモゴと動いていた後、最後には鼻や口から体内へと侵入してゆく。
襲われた男はまったくの無反応。
痛がる様子はなく、急ぎ足のまま過ぎ去ってゆく。
アイツ等も非物質的な存在だ。
【招厄草】と同じで、不可視・接触不可能なもの。
その証拠に、街中を歩く人々は気にしていなかった。避けたりせず、真正面からぶつかってゆくが、人間の身体をすり抜けてしまう。
よく見れば、上空に【忌蟲】がウヨウヨと漂っていた。
姿かたちもサイズもバラバラだ。小さいものだと親指ぐらいの芋虫型から、直径一メートルほどの海月みたいなものまで。
得体のしれないナニかが、王都全体に薄っすらと広がっていた。
「おいおい、この状態は異常すぎる。ルナはどうおもう? 」
「良くないことが起きるのは確実ね。ただし、内容は予測もできないけれど」
【招厄草】と【忌蟲】の大量発生だ。
絶対に不幸なことが発生する。
しかも、大規模なものになるはず。
そう判断した理由は、コイツ等が街全体に蔓延っているから。
王都はかなり大きい。総人口や経済規模は知らないけれど、大陸有数の規模を誇る。そんな大都市に、不可視の気味悪いモノが、ウジャウジャいるのだ。
つまり、厄災も相応のスケールになる。
国難級の大災害が到来するのは間違いない。
死傷者数や被災家屋、経済的損失などは、想像を絶するものになるはずだ。
「なにが起きる? たとえば、大地震とか」
震災を、真っ先に思い浮かべてしまった。
前世が日本人なせいだろう。
なにしろ、祖国では震度一以上の有感地震が年間に一千~二千回も発生するくらいだ。東日本大震災のあった二〇一一年では、なんと一万回以上。
世界有数の地震大国だったためか、その恐ろしさは身に沁みついている。
特に怖いのが地震火災。
地揺れ自体よりも大きな悪影響がある。
代表的な事例だと関東大震災(一九二三年)。推定死者は約十四万人で、うち九割が火事によって生じたとされているほど。
津波だって無視できない。
地震は、さまざまな厄害が重なる複合的災害だと、認識するべきだ。
他にも、自然災害の候補はいくらでも挙げられる。
台風や洪水、土砂崩れに土石流。
火山災害も忘れてはいけない。
噴石や火山灰などの噴出物による被害は広範囲だし、溶岩流、火砕流、溶岩泥流なんかは、あとあとまで尾を引く。
「人災の可能性もあるな。事実、グリアント王国は国内騒乱が頻発しているし」
コルベール男爵領の動乱に巻き込まれた。
彼自身も目撃したのだけれど、他領の貴族連合軍が攻めてきて、男爵一族を滅ぼしている。
現在、王国では貴族間の内部抗争が激しい。
背景にあるのは、王位継承をめぐっての抗争だ。シンには無関係だし、興味もなかったので、詳しい調査はしていなかった。
「他の厄災候補としては、市民暴動かな」
ここ最近、グリアント国は深刻な不景気だ。
一般庶民の生活は苦しく、街には貧民が溢れている。田舎で食えなくなった者は、仕事を求めて大都市圏へと流入してくるためだ。
だが、そう都合よい職なんて皆無。
健康な男性なら、日雇い労働で糊口をしのぐのが精いっぱい。成年女性なら、大概は娼婦になる。両親のいない子供は住むところもなく、ストリート・チルドレンと化していた。
ルナは呆れ顔で追加した。
「わたしが候補を挙げるなら、シンが原因で厄災が発生すること。貴方は迷宮攻略するつもりでしょう? だったら、魔物大氾濫とか、ダンジョン由来の災いがあるわね」
「おいおい、ひと聞きの悪いことをやめてくれ。まるで私が害悪の根源みたいじゃないか」
彼は、つい本気になって反論する。
自分が騒乱を引き起こすなんて、言いがかりも甚だしい。
過去の諍いは、すべて被害者の立場だ。
けっして他人に危害を加えるだとか、損害を与えることはしていない。
せいぜい降りかかる火の粉を払いのける程度。
まあ、少しばかり、正当防衛の範囲を越えたこともあったが、ちゃんと理由がある。それは相手が強力で手加減できなかったせいだ。
しかしながら、ルナの見解は違う。
「本当に自覚がないのかしら? 最近の揉め事には、いつも、貴方が中心にいるのよ」
彼女は、これまでの出来事を羅列し始める。
まず、冒険者組合との抗争。その前には、【玄門の塚守】との諍いや、謎の別天津神に依り代にされて死にかけたこと。
他にも、コルベール男爵領での【バケモノ病】騒ぎや、シモンヌ秘書官による毒殺未遂事件など。
「いやいや、自分は巻き込まれただけの被害者だ」
「わたしが並べたのは、どれも客観的事実よ」
「うむ」
反論のしようがない。
感情的に反発もあるのだけれど、指摘は正しかった。
たしかにトラブル続きだ。
―――なんか、やってられへんなぁ~。
ドカッっとやる気が削がれてしまうわ。コッチは、少しでも状況を良くしようと一所懸命、頑張ってるんやで。
それやのに、裏目裏目にでてしまう。
まさに、“骨折り損のくたびれ儲け”というヤツやな。
人生、こういう時期があったりする。
逆風が吹いていて、やること為すこと失敗ばかり。
こんな時は、潮目が変わるのを待つべきだ。
と言うか、下手に動いてはいけない。
息を潜め、痛み苦しみにジッと耐えるだけ。あるいは、開き直って、酒でもかっ喰らって寝て過ごすのも悪くない。
「あ~、もう迷宮攻略は中止しようか。冒険者組合潰しの計画は、遅延しても問題ないさ。ダンジョンは他にもあるのだし」
「賛成だわ。というか反対できないわね。いくつか用事があるけれど、さっさと済ませましょう」
ふたりの意見は同じだった。
冗談抜きで、王都の雰囲気は剣呑すぎる。
なるべく早く、【招厄草】が生い茂る土地から離れよう。
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:231/252
※補足事項: 制御核に欠損あり
ずっと、伏線記述ばかりだった【招厄草】や【忌蟲】。
本章で、いろいろと回収する予定です。楽しんでください。