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07-02.抗争終結への道筋

 【岩窟宮殿】。

 元は、シンの亡父ルキウスの研究施設である。

 わざわざ、人里離れた辺境地に建設したのは、死亡した愛妻アウレリアを復活させるため。さすがに魔導帝国といえども、死者復活は禁忌とされていた。他者からの非難や妨害を避けるには、僻地に隠れるほうが都合良い。

 ただし、亡き妻の復活計画は失敗に終わる。

 代わりに、ふたりの子供を錬成することに成功した。


 時期は五世紀前のこと。

 当時、このあたり一帯は、魔物が跋扈(ばっこ)する土地ではなかった。

 【邪神領域】と呼ばれるようになったのは、古代魔導帝国が滅亡して以降のことである。


 そして五百年後の現在。

 シンは【岩窟宮殿】の会議室で各種報告を受けている。


「よくもまあ、ここまで拡張したものだね」


「ええ、頑張りました。正直なところ、“やりすぎ感”が強いのも事実ですが。言い訳をさせてもらうなら、同胞のために住環境を整えたいと、現場が奮闘した結果です」


 返答するのは、カンナ・プブリリウス。

 彼女はツクモ族【三賢人】のひとりだ。

 美人さんなのだけれど、同僚が問題児なせいで苦労が絶えない。


「部下たちの気持ちを思えば、止めることもできず……。弁解の言葉もございません」


「いや、そこは褒めこそすれ責めるつもりはない。なぜなら、人口増加の原因は、私自身にあるのだからね。

 付け加えておくが、今後も【奈落】からの同胞救助をおこなうつもりだよ」


 【奈落】では、未だ多くの魔導帝国市民が囚われている。

 魂の煉獄に()とされて、既に五百年間。どんな罪を犯したのか知らないが、延々と地獄の苦しみを受け続けるなんて酷すぎる。

 誰かが救いの手を差し伸べても良いだろうに。


 いっぽうで、正直にいって、面倒だとも感じている。

 そもそも、シンは騙されたようなもの。

 己自身が自主的におこなったことでは“ない”。

 正体不明の上位階梯者(神々)に、“帝国市民を助けよ”と意識誘導されたのだ。表現を変えれば、外部から偽りの使命感を植え付けられた。

 彼が怒るのも当然であろう。


 かといって、ツクモ族を見捨てる訳にもいかない。

 あまりにも不憫(ふびん)すぎる。

 自分でも甘いなと思うが、前世のお人好しな日本人気質が、今世でも引き継がれているせいだ。


 続けて、センダン・クラウディウスが報告する。

 彼も【三賢人】のひとり。筋肉モリモリの体躯を誇るのだけれど、見かけによらず優秀な戦略家だったりする。

 なお、巨乳好きを公言して(はばか)らないオッパイ星人だ。

 しかしながら、カラリと陽気な性格なせいか、意外と女性からの受けは良い。


「我が君のご尽力により、【奈落】からの救出作業は順調です。

 ただ、いっぽうで人口増加にともない、看過できない問題が生じつつありまして。具体的には食料の供給力不足です」


 【岩窟宮殿】の食料事情は悪い。

 というのも、ここ【邪神領域】では農業は不可能なため。

 のんびりと作物を育てるなんて、無理な土地なのだ。

 土を耕し(うね)をつくっても、魔獣どもが荒らす。人類文明圏から入手した野菜の種や苗を植えても、性悪な怪鳥が(ついば)んだ。新芽が出たところで、凶悪害虫が喰い散らかす。

 そんな環境では、小さな薬草畑を維持するのが精いっぱいだ。


 (おの)ずと、食料調達は狩猟採取が中心となる。

 意外と、“山の(さち)”は多かった。

 罠を仕掛ければ野鳥や獣などが獲れる。野山には採食可能な野生果物も実っているのだ。栄養バランス的にも健康的な食生活を過ごせていたりする。

 だが、それは少人数の場合。

 限定地域内で、数千の単位の人間の胃袋を満たすのは難しい。


 センダンは、己の考えを説明する。


「食料事情はひっ迫しつつあります。そこで対策案を進言いたしたく。まずは、我ら同胞に対する第二形態への身体改造処置を中止とすること」


 彼らツクモ族には二つの形態がある。


 第一形態は、【奈落】から引き揚げたままの状態。

 見た目は、精巧なゴーレムと勘違いしそう。肌は白色大理石のように硬質だ。

 飲食は不必要で、魔力を定期的に摂取するだけで生活ができる。エネルギー供給は、【地母神の雫(マグナ・アクエ)】の地底湖があるので、問題はまったくない。


 第二形態は、普通の人間そのもの 

 まあ、そうなるように、シンが肉体改質を施した。

 ただし、生命活動を維持するための栄養補給、つまり食事が必要になる。これが食糧事情を悪くしている原因だ。


「いま、我らの総数は四千名ほど。うち、第二形態改造の完了者は約八百名。全体の二割を占めます。で、これらを人類文明圏へ派遣させます」


 目的は、冒険者組合との抗争を優位にすすめるため。

 口減らしの意味も兼ねているので、一石二鳥だ。

 なお、残りの第一形態者は、【岩窟宮殿】の拡張工事と維持管理を任せるとのこと。


「派遣要員は、乗っ取りに成功した組織を掌握させます」


 現在、彼らは冒険者ギルドを侵食中だ。

 せっせと資産を奪い、グループ企業を奪取している。

 最初に、連中が保有する魔造結晶体【聖母(マザー)】と【清浄なる娘(ドーター)】をハッキングした。


 これを足掛かりにして財務や人事など各種情報を把握。

 契約書変更や権利名義人など、重要書類の改ざんをおこなう。

 人事権を握って、優秀な人員を左遷した。

 強欲で考えなしの愚者を管理職に据えておけば、組織機能は低下するばかり。さらに組織簒奪は加速度的に早くなる。


 組合上層部は気づいていない。

 理由は、組織全体が大混乱しているためだ。

 

 新聞各社が、過去の悪事を(あば)いて報じた。

 結果として、冒険者たちの信頼を失い、依頼者(クライアント)たちも取引停止している。大陸中で社会的制裁が科された状態にあるのだ。

 

 また、連中の物流網はズタズタに寸断されている。

 ツクモ族の特務部隊が、【邪神領域】付近の主要街道で通商破壊工作を実施中。シンが主要な迷宮を次々と攻略したので、売上利益がガタ落ち。

 広範囲にわたって混乱しているため、組合トップは内部に配慮する余裕はなかった。


「冒険者組合への侵食は順調なようだね」


「はい、おっしゃるとおりです。なので、ひとつ提案したいことがあります。ギルドとの決着を(はか)るべく、一気呵成に攻勢をかけようかと」


「なるほど。センダンは、()が熟したと判断したのか。具体的には、どのプランを選択するつもりだい?」


 彼らは複数の作戦計画を用意している。

 どんな状況にも対応できるように、さまざまな場面を想定しプランを練っていた。

 もちろん、失敗した作戦は多々ある。それでも戦況が優位に推移しているのは、あらかじめ準備をしているからだ。

 おかげで、戦いの主導権を握り続けていた。


「斬首作戦です。対象者は、ギルドの委員会メンバー」


 襲撃対象の正式名称は、組合経営委員会。

 最高意思決定機関で、組織トップの十名で構成している。具体的な役職は、組合総長、副総長、各地域統括長官など。

 まあ、どいつもこいつも業突(ごうつ)く張りの悪党だ。

 (おおやけ)の場では紳士面をしているが、裏側ではやりたい放題している。


「報復以外の意味合いもあります。真の狙いは、委員会構成員の入れ替えですね。相手は巨大組織であり、責任者不在は許されません。

 かならず、新しい委員たちが選出されるはず。

 その機会を生かして、新規人員と交渉することを提案したします」


「なるほど。最終目的は停戦交渉か」


 センダンは軍事部門責任者だ。

 滅亡した古代魔導帝国の将軍職に就いていたこともある。

 優秀な軍略家であり、かつ、政治的配慮もできるタイプ。敵とみれば突っ込んでゆく猪突猛進型の軍人とは一線を(かく)している。


 彼に対する、シンの評価は高い。

 理由は、戦略・政略的視点で、ものごとの優先順位を明確にするから。けっして、周囲の雰囲気に流されない。

 状況を見極めて、為すべきことをおこなう人物は貴重だ。


 現状、ツクモ族の大半は、強固に報復を主張していた。

 怨敵を徹底的に叩くべしと声高々に叫ぶばかり。狂的な熱気は【岩窟宮殿】全体を覆っており、もうお手挙げと表現しても良いほど。

 だが、センダンは冷静に考えを巡らせ、感情的にならない。


「我々には、すべきことがあります。最優先は、我が君の寿命を延ばすこと。外部の魔導術や錬金術関連の知識を獲得し、研究するのは必要です。これを(おろそ)かにしてはなりません」


 さらに彼は付け加える。

 自分たちは、【奈落】の底で苦しむ同胞たちを救わねばならないと。

 労力や資材などのリソースは、すべて救出活動に集中させるべきだ。ましてや、煩わしい冒険者組合との抗争で無駄遣いするなんて、断じて許されないとも。


「不要な戦いを、延々と続けるのは愚の骨頂。さっさと停戦すべきです。ただし、現在のギルド上層部は交渉相手として不適合だ。

 ならば、話の分かる人間に交代してもらいましょう。その機会を、我々が用意しても問題はありません。むしろ、積極的に介入して、抗争停止の流れをつくるべきです」


「君の意見はもっともだ。私としても無駄な争いはやめて、自分の研究に専念したいね。しかし、停戦実現は難しいぞ」


『戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは困難だ』

 この名言、多少でも軍事に関心がある者ならば、耳にしたことがあるだろう。歴史を紐解いても、何故こうも戦いが長引くのかと疑問におもう事例は多い。


「さて、ちょっと整理してみよう。私の前世記憶によれば、国家間戦争において、停戦に(いた)る主パターンは三つ」


 ひとつめは、どちらか一方が圧倒的な勝利を得る場合。

 これは単純明快で分かりやすい。

 勝者は勝ちを宣言し、敗者側は降伏するだけ。あとは賠償金や領土割譲など降伏条件を詰めて終了だ。



「ふたつめは、敵味方双方が、戦争継続は不利益だと判断した場合」


 つまり、お互いに『精魂疲れ果てたのでやめようぜ』という感じ。

 前提として、延々と泥仕合が続いていること。小さな勝利や敗北はあっても、どれも決定的なものではない。

 終わりの見えない不毛な戦闘が継続すれば、やがて困った状態に陥ってしまう。具体的には、軍資金が尽きただとか、国内世論の反発などだ。


「最後は、第三者の仲介だ。当事者以外の別勢力を交えて和平交渉をおこなう」


 簡単にいえば、『(はた)迷惑なんだよ』と外圧を受けての停戦。

 戦争は、必ず周辺各国に影響を及ぼす。

 水面に石を投げ入れて、波紋が広がってしまうのと同じだ。

 大きな岩石、つまり大規模戦争が発生させる大波は、多数の者に被害を与えてしまう。で、最終的に『もう、止めろや』と、強引に中止させられてしまうのだ。


 シンは指二本を立てた。


「センダンの提案は、第二パターンに該当する。前提として、当事者が戦争継続は無理だと認識することが必須だ。この条件をふまえて、交渉成立の見込みはどの程度だとおもう?」


「停戦成立は五分五分……。いえ、正直いって見当もつきません。そもそも、斬首作戦が成功したとしても、委員会の新メンバーが誰になるかは予測不可能です。

 冷静な穏健派が過半数を占めれば、合意できるでしょう。しかし、過激な強硬派が主導権を握る可能性だって充分にあります」


「だろうね。誰だって無理だろう。つまり、現時点では停戦合意は不確実ということだ。だから、私は連中との話し合いに期待しない」


 シンは、ギルドとの交渉は不要だと断じる。

 もう、これ以上、労力や時間を浪費するは我慢できないのだ。


「では、斬首作戦、および停戦交渉に関する提案は却下ですか」


「いや、準備は進めてほしい。報復を主張する者族たちを、納得させる戦果を提示したいからね。ただし、作戦完了をもって、ひと区切りつける。

 その後、確実な方法で抗争を終了させよう」


「ほう、どのようなやり方で?」


「なに、簡単だ。“勝ち逃げ”だよ」


 先刻、シンが示した戦争終結パターンは、国家間のもの。

 だが、彼らは個人集団だ。国や公的組織にすら属さない。


 それどころか、犯罪組織だと見なされるくらいだ。

 なぜなら、通商破壊なんて非合法活動そのものだから。

 実際、各国の司法機関は、高額懸賞金をかけて実行犯を逮捕しようと、やっきになっていた。明確な証拠こそないけれど、黒幕はシンではないかと疑っている。


「私は、マフィアのボスを演じようじゃないか。

 派手な逃走劇を繰り広げて、偽の死体を現場に残し、悪党の最後を演出する。犯罪者シン・コルネリウスは、死んだと思わせるんだ。

 この方法なら、冒険者組合との抗争は終了できるさ。まあ、悪名は残るけれど、まったく問題ない。“名”を捨てても“実”を取れれば、充分に満足だよ」


 彼の本拠地は【岩窟宮殿】だ。

 凶悪な魔物が住まう【邪神領域】の奥深くにあって、ふつうの人間では立ち入るのは不可能。たとえ、優秀な魔導師であっても、侵入したくない。

 そんな危険な土地に引き籠れば、人間社会からの干渉は回避できる。


 後は、身を潜めておけば良い。

 最新の錬金術知識を獲得した後、彼の寿命延長や、ルナの不老不死を解除するための研究をしよう。当面のあいだ、忙しくなるのは確実だ。

 何年か、人外魔境の大森林で過ごせば、ほとぼりも冷めるだろうさ。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:252/252(更新:240→252)


 ※補足事項: 制御核に欠損あり


■名言【戦争を始めるのは……】について


上記に類似する名言がありまして。


【恋愛は戦争のようなものだ。始めるのは簡単だが、やめるのは難しい】


米国のジャーナリスト【ヘンリー・ルイス・メンケン】が残した言葉です。殺伐とした殺し合いよりも、ずっと平和的なのがイイですよね。


この名言、個人的には強く同意します。

というか、筆者の乏しい経験ですが、戦争(恋愛)の終結は、どれも悲惨なものばかり。


たいていは、手痛い傷を受けて涙の撤退戦ですよ。

停戦交渉がダラダラと続いて精神的にボロボロになってしまうだとか。

酷いケースだと、第三勢力が現れての乱戦状態。


まあ、円満な和議成立(結婚)もありますが。

双方が合意したうえで連邦国家(家庭)を形成しても、問題は山積み。

いや、基本的に平和ではあるんですよ。

ときどき小規模な内乱が勃発するのが、ちょっと辛いだけで……。




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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[一言] それはそれで面倒な終わらせ方過ぎるんじゃ無いかなぁ…… 弱腰に見えて嫌がる味方も居そうだし、その後に表だった行動が取りづらいよね。
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