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07-01.これは観葉植物?

 コポッ……。


 小さな気泡がユラユラと浮かんでゆく。

 未だ目覚めきらず、でも眠ってもいない半覚醒な状態。

 なんとも中途半端な微睡(まどろ)みは、妙に心地よい。


 つい先刻まで、夢をみていた。


 観葉植物に、せっせと水やりをしている場面だ。

 それは、過去世における日常生活のワンショット。ずいぶん懐かしい。


 いくつもの植物を自宅で育てていた。

 室内の雰囲気に、少しでも潤いを与えようとした結果だ。

 部屋の片面全体が書棚になっていて、たくさんの本が詰まっている。仕事関係の専門書から、ライトノベルや漫画まで。

 雑然としており無機質な感じが嫌だったので、適当に植木鉢を置くことにした。


 笹団扇(ささうちわ)(スパティフィラム)。

 オリヅルラン。

 テーブルヤシ。

 オリーブ。

 ガジュマルなど。


 これらの世話は、彼の慰めになっていた。

 なにかとキツい生活で(すさ)んだ精神を癒すための行為。無意識のうちにバランスを取ろうとしていたのだろう。


 厳しい職場環境だった。

 世の景気が悪くなるにつれ、勤務先の事業経営は苦しくなるいっぽう。売上は徐々に減少し、利益率は悪化。

 その悪影響は各所に及ぶ。

 所属していたシステム開発部門とて例外ではない。

 無茶なスケジュールや度重なる仕様変更。経費圧縮のために開発要員が削減されてゆく。研究開発職だけれど、手不足を理由に営業職を兼務して、客先へと出向くことが常態化した。


 絶え間ない無理()いは、各種問題を発生させる。

 たとえば、失踪する者。

 過大なプレッシャーに耐えかねて、同僚が出社拒否だけでなく、自宅マンションからも消えてしまったのだ。

 もちろん、警察に通報した。

 親族への説明も忘れていない。最悪の場合、自殺する可能性だってあるのだし、あらゆる先へ伝え(しら)せる。


 一週間後、遠く離れた九州の僻地で見つかった。

 本人から連絡があったのだけれど、途中のことは覚えていないという。気づいたら、辺鄙な田舎にいたとも。

 ひと騒動あったけれど、まあ、無事でよかった。


 ブラック職場では、体調不良で倒れる人間が続出。

 そりゃそうだ。週のうち一~三回は徹夜が当たり前。毎月の残業時間が二百時間越えどころか、三百時間以上になるのも珍しくない。

 『労働基準法? なにそれ。おいしいの?』ってなもんだ。


 当然、不在者の穴埋めをする必要がある。

 最低なのは、人員補強がないこと。経営側も増員の必要性を認識しているのだけれど、経費の都合で無理なのだ。

 結果として、シワ寄せは残った者へ。

 これが過重労働の原因となって、さらなる離脱者を増やしてゆく。戦線復帰する人員がいても、再び、オーバーワークの波に飲まれ、病人状態へと逆戻り。


 まさに地獄の行進(デスマーチ)状態だ。

 負のスパイラルがグルグルと渦巻き、そこに取り込まれた人間は脱出不可能。なけなしの体力を振り絞り、病んだ精神を無視しながらも、仕事をこなすしかなかった。


 そんな生活のなか、植物の世話は(いこ)いの時間。


「さあ、お天道(てんとう)さまの光を浴びな」


 休日には、陽光を当ててやる。

 ボロアパートはせせこましくて、ほとんど直射日光は入ってこない。正午前後の限られた時間にだけ、明るい日差しが差し込んでくるのだ。

 そのときを見計らって、植木鉢をベランダに並べ置いた。


 水をたっぷりと注ぐ。

 萎びて枯れた葉っぱがあれば、丁寧に取り除いた。

 定期的に肥料を混ぜ、季節ごとに土壌の入れ替えはしっかりおこなう。


 数少ない癒しタイムだ。

 葉についた水滴が、太陽光を反射してキラキラと輝くさまを、ボウと眺める。


 その姿は、健気(けなげ)だ。

 薄暗い室内は、生育環境としては良くない。

 それでも、ググッと葉を広げて、精いっぱいに陽光を受けようとする。

 時期になれば、色鮮やかな花が咲いた。

 受粉に協力してくれる昆虫なんて、やって来ないのに……。


 懸命に生きる(さま)を、自分に重ねていた。


「我ながら、なんとも哀れな……」


 涙がホロホロとこぼれる。

 既に過ぎたことだ。住む世界だって違うのに。

 なぜ、こうも感傷的になっているのか分からない。

 辛かった過去世を思い出したせいか。

 あるいは懐かしい風景に接したのが原因なのかも。

 いろんな感情がゴチャ混ぜになって整理がつかなかった。


 もっとも、ここは特殊溶液のなか。

 泣いたところで、誰にバレやない。しばしの間、無心のまま感傷に(ひた)ってもよかろう。


 液体は、希少素材をたっぷり使用した特別性だ。

 肺臓内部を満たした溶液は、血液中の酸素と二酸化炭素を効率的に交換してくれる。再生処置中は体力消耗が激しいので、少しでも負担を軽減するために用意した。


「ゲホッ、ゲホッ」


 身をおこし、口から薬液を吐く。

 無意識のうちに吸い込む空気と、逆流する吐瀉としゃが、ぶつかり合って(むせ)てしまった。汚いけれども、ヨダレや鼻水、涙が際限(さいげん)なく出てくる。


「ハァ、ハァ……。あいかわらずの苦しいものだな。水中呼吸から空気呼吸の切り替えは、何度やっても慣れない」


 呼吸を整えたのち、【状態管理】を発動させる。


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:252/252(更新:240→252)


 ※補足事項: 制御核に欠損あり


「ふむ、底上げ数値は予測範囲内か。順調だな」


 苦労の甲斐があったというものだ。

 大陸各国を(めぐ)り、研究書や技術書籍の獲得に努めてきた。

 分析や技術開発だって手抜かりはない。地道に実験や検証作業もこなしている。冒険者組合との抗争や、予期せぬ上位階梯者(神々)との接触など、トラブルも多いけれど、それでも諦めずに頑張った成果だ。


「とはいえ、そろそろ入手先を変更すべきか」


 確保した文献類は、大半が一般公開的なもの。

 錬金術師組合や薬師組合などの図書館で閲覧できた。

 もちろん例外的な事例はある。

 具体的には、コルベール男爵家の血縁者であったシモンヌから提供された錬金術関連の書物や研究ノートなど。これで研究進捗が随分と進んだ。


 筆頭女官のタチアが、タオルを差し出しながら指摘する。


「本当に重要な情報は秘密にするものですわ。けっして、(おおやけ)になることはありませんし」


「ああ、君の言うとおりだな。私が親しくしているグリアント王国の錬金術師組合だって、秘匿技術はあるだろう。

 まあ、構わない。どこの組織であれ、向こうが(みず)ら進んで開示させるように仕向けるさ」


 やりようは幾らでもある。

 【邪神領域】産の希少素材や、古代魔導帝国時代の錬金知識の提供を条件にして、閲覧許可を求めても良かろう。

 敵対的な団体なら、逆に都合がイイ。力任せに強奪しても良心が痛まないからだ。


 とにかく別口の情報源を探そう。

 例えば、国家管理の図書館。特に禁書庫なんかは、誠に興味が惹かれる。魔導師協会や宗教団体の秘匿研究所なども候補に挙げるべきか。


 筆頭女官(タチア)が静かに、でも強い意志を込めた言葉を口にする。


「わたくしどもに命じて頂ければ、如何様いかようにでも致しますが」


「ああ、ずいぶんと頼もしい台詞だね。そのときはアテにさせてもらおう。だが、今は目の前の邪魔者、つまり冒険者組合を潰すことに専念しよう」


 シンはさりげなく、タチアを(なだ)めにかかった。

 彼女たちツクモ族は、少々血の気が多すぎる。

 マスター(シン)のためならば、強引な略奪行為だって(いと)わない。実際、それを成し遂げるだけの実力があるのだから始末に困る。

 もう少し、常識というか穏便になってほしいよな。


 彼は身だしなみを整え、今後の予定を告げた。


「特別管理庫にむかう。あちら側に先触れを頼む」


「はい。手配をいたします」




 ■■■■■


 特別管理庫は、【岩窟宮殿】の上層部にある。

 岩山の頂上付近に位置しており、元は展望室だった場所。数ケ月前、“とある物品”を保管するために、改造して(しつら)えた空間だ。


 室内は明るかった。

 高い天井の天窓から陽光が差し込んでいるため。

 わざわざ、分厚い壁に穴をあけて、ガラス窓を嵌めた。念のために、侵入者防止用の頑丈な鉄格子も設置してあるけれど、上品な装飾を(ほどこ)しており、威圧感はない。


 管理対象は観葉植物。

 植木鉢が五つ、正六面体型の台上にあった。


 笹団扇(ささうちわ)(スパティフィラム)。

 オリヅルラン。

 テーブルヤシ。

 オリーブ。

 ガジュマル。


 シンは、背後に控えるタチアに語りかける。


「ふむ、枯れるかもと心配したけれど、問題はなさそうだ。毎日の世話には感謝している」


「お褒めのお言葉、ありがとうございます。ただ、普通の観葉植物なら、さほどのことではありませんが……」


「これらが【迷宮核】だと、やはり戸惑ってしまう?」


 コレらは、迷宮最奥から回収してきた。

 白い花が咲く笹団扇(ささうちわ)は、【枯れ渓谷迷宮(ドライ・キャニオン)】で。他は、ゲルマーナ連邦国やグリアント王国のダンジョンを攻略した結果だ。


 彼女は素直にうなずく。


「はい。我が君のお話を聞くかぎり、この植物は“神からの恩寵品”かと。相応の扱いをすべきであって、気軽に接して良いものではありません。正直に言えば、(おそ)れ多く感じております」


 筆頭女官の意見には、ちゃんとした理由がある。

 上位階梯者(神々)からの賜物(たまわりもの)は、要注意なのだ。

 下手に接触すると、とんでもない災いが降りかかってしまう。


 例えば、ルナが所有する二つの神器。

 正当所有者が使用するかぎり、すばらしい効能を発揮してくれる。

 しかし、非資格者が手にすれば、確実に狂死だ。“触らぬ神に祟りなし”と同じなのだ。


 タチアの言葉はつづく。


「このような管理方法で構わないのでしょうか? 付け加えるなら、いくら警備を厳重にしても安心できません」


「いや、できるかぎりの措置はしているのだけれど」


 現在、警備状況は過剰なくらいだ。

 そもそもが【岩窟宮殿】周辺には、侵入者を撃退するためのトラップや仕掛けを、張り巡らせている。

 今回、さらに上乗せした。

 たとえば、警備担当の硬殻兵士(ゴーレム)百体を追加。他にも、多種多様な魔道具類を増設している。


 緊急時対応計画も怠りない。

 いざとなれば、台座ごと垂直落下して【迷宮核】をすみやかに移動。本体を傷つけないように開発したシステムだ。


「本来、超常的存在(神さま)に管理をお任せすべきだろう。しかし、アチラには拒絶されてしまったからなぁ」


 ペンギン神霊に託そうとしたのだ。

 相手は神々のなかでも、かなりハイ・クラスに位置する。

 人間では解決不可能な難事を、いとも簡単に解決してしまうウルトラ・スーパーな存在だ。【迷宮核】なんて得体のしれないモノを預けるには、適任とも言えよう。


 で、彼は献上したいと申し出た。

 でも、アッサリと断られてしまう。

 しかも、ご丁寧なことに“資格を得た者の(あかし)”なのだから大切に保管せよ、とのアドバイス付きで。


 実のところ、シンは“神からの恩寵品”を所有している。

 【岩窟宮殿】奥深くの宝物殿で厳重に管理していた。

 盗難防止という以上に、別の意味がある。事情を知らない第三者が、迂闊に触れて、厄災に見舞われるのを回避するためだ。


 できれば、【迷宮核】も厳重区画に格納したかった。

 しかし、対象物は観葉植物(?)。

 真っ暗な閉鎖空間に放置すれば、枯れてしまう。

 枯死させた結果、どんなトラブルが発生するか予見できない。というか怖い。


 結局、太陽光が差し込む部屋を(しつ)える仕儀となった。


 タチアが言葉を重ねる。


「アレは、本当に【迷宮核】なのでしょうか? ああ、我が君の証言を疑うつもりはありません。でも、わたくしどもが戸惑っているのも事実ですわ」


 彼女が疑念を持つのも、ある意味で当然だ。

 というのも、事前調査で知った情報とは全然違うから。

 過去、冒険者が手にしたのは、大きなサイズの結晶体。膨大な魔力を蓄積していて、錬金素材や魔導具に利用できるとも。


「わたくしの眼前にあるのは、まったくの別物です。なにか不思議な“力”があるのは判りますが。いったい、何なのでしょうか?」


「わからない。姿かたちは観葉植物だけれど、正体不明のエネルギーを包含している。既知の魔導力、つまり【理外理力(フォース)】では“ない”のは確かだ」


「もうひとつ、質問を。コレを獲得した際に、“汝らは資格を得た”と告知されていますよね。なにを意味するのでしょうか?」


「それも不明だ。五つとも共通していることだが、メッセージはすべて同じ。補足情報はなく、受け手への説明は皆無。どう解釈すれば良いのやら見当もつかない」


 そもそも上位階梯者(神々)は無頓着だ。

 人間への配慮に欠けることが多いが、さすがに今回の件は不親切にすぎた。

 物言いをつけたいところ。

 しかし、相手は何処(どこ)の誰とも知れない神さま。苦情を申し立てる先すら、分からないときたもんだ。


 身体再生中にみた夢も気になる。

 過去世では、観葉植物を育てていたのだけれど、【迷宮核】と非常によく似ていた。

 コレらがきっかけで、偶然に記憶が蘇っただけなのか。

 あるいは、前世と関係があるのか……。


 ―――なんなんや、この状況は? 

 ウチらは、冒険者組合の収入源を断つために、迷宮攻略しただけやん。なにもお宝をゲットしたいとか、ぜんぜん考えてへんで。

 ましてや【迷宮核】なんて、どうでも良かったのに。


 本来、自分の目的はただ一つ。

 短い寿命をなんとか()ばしたいだけ。

 ギルド連中との諍いですら煩わしいのに、さらに物騒なことに巻き込まれそうやん。頼むさかい、堪忍してくれへんやろか……。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:252/252(更新:240→252)


 ※補足事項: 制御核に欠損あり



■これ、筆者の実体験です


 失踪者のエピソードは、筆者が実際に経験したことです。

 私の上司・同僚・後輩が不意に蒸発したことがありまして……。それぞれ、発生時期や勤務先は違うのですが、もうたいへん。

 幸いなことに、みんな無事に帰還してくれました。

 ただ、残された私たちは心配で、心配で。


 いっぽうで、仕事は待ってくれません。

 手分けしてフォローするのですが、本人だけが知っていること多くて、状況把握するのに手間暇がかかって、非常に苦労しました。

 ただでさえブラック勤務なのに、追い討ちをかけられた気分。いや、戦死寸前かな。


■素直に自己申告をしましょう


 『もう限界だ』と感じたら、素直に自己申告しましょう。

 自分自身を守ることが最優先ですし、恥ではありません。

 (みず)から報告するほうが、ずっと傷が浅くて済みます。周辺への悪影響も最低限ですしね。


 ブラックな職場だと感じていても、意外と味方はいるもの。

 親身になって相談相手になってくれる人だって、きっといます。

 ただ、追い詰められた精神状態だと、それに気づかないだけ。

 長い人生なのですから、ちょっとくらい道草しても大丈夫、だいじょうぶ。

 失踪事件の関係者(※蒸発本人ではない)が言うのですから、間違いありませんって。たぶん。

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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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[良い点] 自分も同業ですー(・∀・)ノ 一昔前はどこもそんな感じでしたね…今はコンプライアンスとかで大分マシになりましたけど。 月に数回救急車が来る現場とかあったなぁ。 給料と残業代が同じくらいにな…
[一言] 職種は異なるのですが、体を壊す前に勤めていた企業で似たような事はありました。 外回りで近場に居るのに自分の居場所が分からなくなる社員、突然叫び声をあげて電柱にのぼっていった社員、トイレから出…
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