6-23.征伐完了
お待たせしました。
シンが確信をもって発した台詞。
「あの植物が【迷宮核】だ」
その言葉に、護衛たちは騒めいてしまう。
「な、なんと」
「そんなバカな」
「まさか、信じられない」
予想外の状況に混乱したせいだ。
あまりにも事前情報と異なりすぎる。
弁護しておくと、彼らは主を批判している訳ではない。人間、突拍子もない出来事に出くわすと、おもわず否定的な態度になってしまう。自然な反応であろう。
ただし、ルナは違った。
ソレの正体を確かめようと、ジッと白花を見つめている。
「なにかしら? 魔力ではない……、不思議な“力”を含んでいるわね」
「ああ、我々が知る【理外理力】とは別物だ。しかし、尋常じゃないパワーを秘めている」
白い花が【迷宮核】であった。
姿かたちは【笹団扇】に似ている。葉の濃緑色と花びらの白色のコントラストがたいへん美しい。
前世の彼は、この観葉植物を育てていた。
室内でも成長するし、簡単な世話で済むと人気もあるのだ。
ただ、迷宮最奥には不似合いなモノ。
廃墟と化した地下街に繁殖する植物ではない。
「……、というか怪しすぎる。罠やフェイクの可能性も考慮すべきか」
用心深く近寄る。
念のため、ルナと警護役には後方で待機してもらった。
異変が起きたときに対応するためだ。
ナイフで周辺の土を丁寧に掘りさげてゆく。
根の部分を傷めないように、ゆっくりと地面から抜き出す。周りの土壌ごとひと塊にして、ハンカチで柔らかく包み込んだ。
少々の振動でも崩れることはないだろう。
「これで良し……、え?」
突然、メッセージが脳内に響く。
『汝らは資格を得た』
それは【神告】。
上位階梯者の言伝が、直接、意識に届いたのだ。
言葉や文字ではない。
純粋な精神的伝言で、一瞬で強制的に理解させるもの。
警護役たちもソレを受信した。
「あがっ!」
「うわぁ」
「きゃあ」
彼ら三人は卒倒してしまう。
原因は、圧倒的な精神的圧力を、真正面から受けてしまったから。頑強な肉体と強靭な精神を誇るツクモ族でも耐えきれなかった。
発信元は超常的存在である。
受信側の許容能力について斟酌なんてしない。
配慮に欠けた行為だけれど、悪意あってのことではなく、思い至らないだけ。得てして、神様というものは、こうしたものだ。
正しい接し方は、“敬して遠ざける”であろう。
幸い、シンとルナには耐性があった。
せいぜいが、ちょっと頭がクラクラするくらい。
ふたりは頭痛に耐えながら、失神者たちを介抱する。
「だいじょうぶか?」
とりあえず、魔法治療薬を飲ませた。
心的外傷に効くのか知らないけれど、なにか対処をしないとマズい。意識不明の護衛たちを寝かせて様子をみる。
とにかく安静にして回復するのを待ちたいのだが……。
「ここは危ない。なるべく早く撤収しよう」
「そのほうが良さそうね」
迷宮がグラグラと揺れ始めているのだ。
地震であった。
最初は微震で、立ち止まっていないと気づかないくらい。徐々に振動が大きくなってゆき、今では無視できない。
迷宮最深部の様相は廃墟そのもの。
穴の開いた壁や底が抜けた床面、折れたコンクリート柱などがあって、周辺環境は大変、危険な状態だ。
もう、崩落寸前である。
実際、天所からパラパラと瓦礫が落ちていた。うかうかしていたら、生き埋めになってしまう。
「【笹団扇】の花を移動させたことが原因だろうな。やはり、コレが【迷宮核】で確定だ」
「たぶんね。そんなことよりも、早く逃げなきゃ」
脱出を開始する。
警護三名を運ぶのは、【海神の眷属】に任せことにした。
イルカの背に、意識を失った身体を強引に乗せる。扱いは乱暴だけれど、丁寧にする余裕はない。
「第二十階層まで連れて行ってほしい」
急いで上層部へとむかった。
まこと【大亀仙霊】の配下は頼りになる。
白霧のなかを泳ぐ特殊能力はすばらしく、移動速度はかなり速かった。ごく短時間で目的層に到着する。
待機組のツクモ族たちは撤収準備を始めていた。
まことに彼らは優秀だ。異変を感じた直後から、すぐに動けるようにしたとのこと。
「ご無事でよかった。ダンジョン討伐はできたのですか?」
「ああ、【迷宮核】も回収している。さっさと引き上げるぞ」
シンは、【海神の御門】を閉じにかかる。
さすがに、コレを放置したままはマズい。
不気味な微震が続くなか、【代理指揮権】で、迷宮内に残る眷属たちに帰還命令をだす。
さらに【大亀仙霊】に感謝の意を伝えた。
非礼にならないよう最低限の礼儀を心がけつつ、祝詞の一部を端折って、最短時間で作業を終わらせる。
ここから地上までは徒歩での移動だ。
気を失ったままの護衛役三名は、硬殻兵士が担いで運ぶ。
身軽にするため、余分な物資はすべて破棄した。魔道具類など希少な品々だけを回収して、この場を引き払う。
途中、幾組かの冒険者パーティがいた。
彼らは、【枯れ峡谷の迷宮】で活動しているベテランたちだ。異常を感じたので、様子をうかがっていたという。
「なにがあった?」
「わからん。ただ、地揺れの元は最下層のほうだ。最悪の事態を想定したほうが良いやもしれん」
適当に虚偽情報を織り交ぜた。
正直に事実を話すつもりは“ない”。
最終層で守護獣のドラゴンを斃したこと。さらに、【迷宮核】の件を語れば、あとあと面倒になるのは明白だからだ。
「最悪って……、まさか魔物大氾濫か。おいおい、マジかよ」
相手は勘違いしてくれた。
シンが伝えた“最悪事態”は、迷宮消滅なのだけれど、見当違いの連想をしたみたい。
現地住人にとって、ダンジョンが存在するは当然のこと。
それが消滅するなんて、想像の埒外の状況だ。無意識のうちに、迷宮制覇の可能性を排除したらしい。
無事に、一行は地上に到達。
迷宮都市は大騒ぎだった。
地震を知らない人間は、地面が揺れることが信じられないのだ。
「はやく逃げよう」
「神罰がくだるぞ」
「ああ、この世の終わりだ」
彼らの常識は、”大地とは不動のもの”。
それが無残に崩れてしまった。
ちょっとした微震でも怯えてしまう。
さらに大きな振動がくると、気が動転して腰を抜かした。
恐怖のあまり、本当に身体が動かなくなってしまうのだ。
この感覚は、地震大国に住む日本人には理解できない。
地揺れだけでなく、台風や火山噴火など、自然災害に慣れている民族からすれば、地震未経験者の反応は過剰だと思ってしまう。
しかし、世界標準の感性だと、恐ろしく感じるほうが普通だ。
なんというか、大和民族が変態的なのかもしれない。
三日後。
【枯れ渓谷迷宮】は完全に消滅。
同時に地形が変わってしまった。
最初は、渓谷が崩れ落ちる。
地面がゴッソリと陥没して、その範囲が徐々に広がってゆく。
最終的に、巨大なクレーターができあがった。
直径一千メートルの真円形状で、深さは百メートルほど。
ダンジョン跡地だ。
ただし、迷宮自体の総容量はもっと大きかったはず。
推測になるけれど、未知の超技術で空間を折りたたんでいたようだ。
シンは、消滅経過をずっと観察していた。
研究者魂に火がついてしまったのだ。こんな現象を目撃するなんて初めてのこと。魔導的、あるいは錬金術的にも、滅多にお目にかかれない不思議な出来事である。
各種魔導具で記録を保存した。
さまざまな感知器を設置して、各種数値を計測している。機材が充分で、時間に余裕があれば、本格的な研究調査を実施できただろうに。まことに残念である。
もちろん、当初の目的は達成だ。
ここしばらく、知的好奇心を優先させてしまったけれど、ちょっと寄り道をしただけ。もともと、本当の狙いは別にあるのだから。
「愚かな冒険者組合でも理解できるだろうよ。我々は絶大な“力”を保持していると」
ギルドは、彼を軽んじていた。
優秀だけれど、所詮は在野の錬金術師でしかないと評価していたのだ。
もちろん、連中は手痛い反撃だって受けている。
例えば、魔造結晶体【聖母】へのハッキングや世論操作など。
しかし、非殺傷で経済的攻撃がほとんどだ。たいした武力を持っていないと、アイツらは見くびっていた。
ルナが返答する。
「当然ね。迷宮制覇を為した者は英雄よ。その実績と実力を過小評価するなら、底抜けの馬鹿だわ」
ダンジョン攻略は、“人類存亡の戦い”とされている。
相手は、人間社会を脅かす存在なのだから。
歴史上、迷宮が原因で、国家滅亡に至った事例は多い。
【魔物大氾濫】の元凶なのだ。その度に、人間は喰われ、村落や都市は壊滅。
かつて大陸全土を治めた大帝国や、栄華を誇った魔法王国であっても、荒れ狂う魔物どもの襲来に耐えきれなかった。
上記の背景もあって、迷宮征伐者は英雄扱いである。
「とはいえ、ギルドのトップは頑迷そのもの。すぐには認めない可能性もある。愚者は、己の過ちを改めず、都合の悪いことは他者のせいにするからな。まあ、それでもかまわないさ」
示威行動として、ダンジョン攻略を続けるつもりだ。
重要拠点に戦略核兵器をブチ込むのに似ている。
いや、それ以上かもしれない。対象施設を完全に破壊して、再建を不可能にするのだから。
冒険者組合の上層部連中は恐怖するがいい。
自分たちに直接攻撃があるかもしれないと、怯え縮こまっていろ。
組合は必ず、シンが討伐者だと認識する。
彼は偽名をつかって【枯れ渓谷迷宮】に入ったけれど、連中は絶対に真相に気づくはず。
理由は、アイツらの諜報能力は優秀だから。
【邪神領域】に設置していた前線基地【岩柱砦】を探しだして、襲撃した実績があるくらいだ。いろいろと疚しいことが多い組織ほど、スパイ活動に熱心になるらしい。なんとも不健全な組織体質だ。
もうひとつ、彼には配慮すべきことがあった。
「ツクモ族たちの怒りは、鎮まったとおもうかい?」
「う~ん、どうかな。少しは溜飲をさげたとおもうけれど……、本当にちょっとだけね。油断したら暴発する可能性は充分にあるわよ」
相変わらず激怒中とのこと。
彼らの意見は、“冒険者組合の連中は殺せ”というもの。まことに殺伐としていて、そのメンタリティは鎌倉武士に似通っていた。
名誉を重んじる価値観だ。
意地と面子を大切にして、目先の利益は捨ててしまう。
実際、なんら躊躇いもなく大量虐殺をおこなうのだから恐ろしい。
代表的な例は、【狂乱の四兄妹】。
冒険者ギルドは、シン暗殺を目論み、汚れ仕事専門の部隊【粛清執行者】を派遣した。
これを返り討ちにしたのが、【狂信者】の異名を持つヌルデ・ロンギヌスと妹たち。
敵を皆殺しにしたうえ、見せしめとして遺骸を【土槍】で串刺しにした。その光景は陰惨極まりなく、“地獄のようだ”の表現が相応しい。
彼らの意見は過激に過ぎた。
組合総本部へのカチコミや、組織トップの暗殺計画なんて、まだカワイイほう。
酷いのは強襲作戦。
対象地域は【邪神領域】に接する十数か国と広範囲だ。しかも、投入する戦力は万単位のゴーレム軍団で、一時的に都市や町を占領するという。
―――ウチらは魔王軍やあらへんぞ。
なんだって、人類社会を相手に戦争する必要があんねん? いくら冒険者組合が憎いからって、“ものの限度”というものを考えろよな。
こうも極端な発想をする連中が、己の仲間やなんて信じられへんわ。ちゃんとコントロールできるか不安になるで。頼むから、もっと穏便にいこうやないか。
だが、ルナは、彼が認識していない点を指摘する。
「みんなが怒っているのは、大切な人を傷つけられたから。自分を犠牲にしてでも、敵を排除すべきだと、本気で思っているよ。
例えるなら、親鳥が雛を守るために、恐ろしい蛇に突撃するようなもの。子供を襲う輩は絶対に許さない。徹底的に叩きつぶして、危険の芽を取り除く」
彼女は、【三賢人】のカンナから聞いた話を語る。
ツクモ族たちにとって、シンは我が子同然なのだと。
十年も前から、少年を慈しみ育ててきた。惜しみなく愛情を注いできたし、今後も変わらない。
「随分と愛されているのね」
「おぉ……、その辺でやめてくれないかな。ちょっと照れくさいから。それよりも、気になることがある」
彼は強引に話題を切り替えた。
急に恥ずかしくなって、口調が早くなってしまう。少年時代の“やんちゃ”を暴露されたら、この場から逃げてしまうこと確実だ。
あとで、カンナに苦情を言おう。
ルナに妙なことを吹き込まないでくれと。ただし、相手が聞き入れることは絶対にないのだけれども。
「【迷宮核】を回収したときのメッセージだ。“汝たちは資格を得た”とは、なにを意味しているとおもう?」
「さっぱり見当がつかないわね」
彼女は、発信者は超常的存在だろうとも付け加えた。
その意見には賛成だ。
理由は、伝達方法が【神告】と非常に似ているため。
おそらく正解であろう。ふたりとも【神の指先】という上位階梯者の代理人を務めていて、ときおり、この種の精神感応を受信しているのだから。
「悪い予感がする。完全に厄介ごとの気配が漂っているじゃないか」
「偶然ね。わたしも同じだわ。でも、回避するのは不可能な案件よ。どんな神様かは分からないけれど、絶対に見逃してくれそうにないわね」
「知らない振りをしておこう。私たちは、なにも見なかった、聞かなかった。考えたくもない。放置だ」
いまは、冒険者組合との抗争に集中しよう。
とりあえず、各地の迷宮を潰すことを優先するのだ。
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:198/240
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと百九十八日
今話で第六章は完結です。
当初、冒険者組合との抗争に決着をつける予定でした。ですが、どんどんと話が膨らんでしまい、まとめきれない状態へと。
結局、計画変更して二つの章に分割することに(あくまで予定)。
次々にアイデアが湧いて出るくせに、執筆速度が遅いという、とんでもない体質がアダになっています。
そんな筆者ですが、気長につきあってくれればありがたいです。