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6-21.迷宮攻略(中編)

 巨大な物体が、魔法陣から出現した。


 形状は、コンスタンティヌス凱旋門に似ている。

 古代ローマ帝国時代に建造された由緒正しい建造物のほう。

 ナポレオンが真似て作らせたエトワール凱旋門ではない。


 高さ二十メートルほど、横幅も同じかやや長い。

 各壁面のレリーフ(浮彫)には、過去にあったであろう戦いの様子が描かれていた。主役は海神と眷属たちで、敵はグロテスクな姿の化物ども。

 敵味方が入り乱れての激しい戦闘場面を中心にして、戦争の始まりから終結までを、物語風に表現している。


 門のあちら側は、神々の領域だ。

 けっして、人間が立ち入ることが(あた)わない世界。

 この構造体は、天之世(あまのよ)現世(うつしよ)をつなげるためのものであった。


 シンは淡々と【言霊奉法】を続ける。


天地(あめつち)の 初めに別れし ときありて 

 わだつみの 神歌を歌ひ給ければ……』


 白霧が(あふ)れ出てきた。

 まるで、大量の水が滔々(とうとう)と流れてくるかのよう。

 一見すると普通のミストみたいだが、実態はまったく違う。現世世界の物質的なものではなくて、“常世(とこよ)ことわり”に従う不可思議物質なのだ。


 無音なのが不思議なくらい。

 視覚的には膨大な海水が噴出していた。

 しかし、実際には、ぜんぜん音がせず無声映画(サイレント)みたいだ。


 静かに、でも着実に霧は支配地域を拡大してゆく。

 初めの頃は膝のあたりがモヤっていただけ。

 だが、わずか数分ほど経過しただけで、腰から下がボンヤリと(かす)んできた。


『我らが尊ぶは (いにしえ)大御神(おおみかみ)

 いま、ここにわだつみの御稜威(みいつ)を示せ』


 海神の眷属が姿を(あらわ)した。

 最初にやってきたのはクラゲ。

 サイズは小さくて、直径十センチくらい。

 半透明の柔らかそうな傘状の体に、そこから長く伸びる触手と、どことなく可愛らしい。


 ただし、数は膨大だ。

 何百匹か、何千匹か、カウントするのも馬鹿らしくなるほど。あっという間に、周辺は海月(くらげ)でいっぱいになってしまった。

 あたりを悠々(ゆうゆう)と漂う(さま)は幻想的だ。

 群れはゆっくりと移動しており、その場に(とど)まることはない。というのも、ゲートから噴出する白霧にのって、迷宮下層へと流されてゆくからだ。


 不意にシュモクザメが門から飛び出してきた。

 別名はハンマー・ヘッド。両サイドに延びる頭部が特徴的で、眼前にいるヤツはサイズ約五メートルとかなり大型だ。

 軽く開いた口には、鋭い牙が幾列も並んでおり、凶暴さが(うかが)い知れる。ギロリと目を動かしながら、シンたちに近づいてきた。

 ただし、たいへん穏やかな様子。

 ちゃんと味方陣営であることを認識しているためだ。


 同種のザメが次々と出現してくる。

 あたりをグルリと周回するのは、敵を探しているから。

 実際、遠方で戦いの気配がした。迷宮陣営の魔物を(ほふ)っているのだろう。白霧のせいで、姿は見えないけれど、聞こえてくる音でなんとなく推測できた。


 眷属たちが、凱旋門から続々と出てくる。

 サイズは大小さまざまだし、種族もバラバラだ。

 小魚の群れや巨大アンモナイト。

 床を這うのは海星(ヒトデ)だ。

 他にも烏賊(いか)や蛸の軟体動物、カジキといった高速遊泳魚など。

 特別なのは人魚だ。

 彼女たちは指揮官クラスで、多数の海神氏族をまとめる役割を担っている。


 シンは祝詞を奉じ終えた。


「ふう、いったん終了だ。(ゲート)の維持は頼むよ」


 彼の役割は、凱旋門を召喚すること。

 保持し続けることではない。

 というか、人間では無理だ。理由は、膨大な魔力を必要とするため。なので、エネルギー供給は事前に設置した補助用魔法陣と蓄力容器で(まかな)う。

 その管理は、ツクモ族の錬金術師たちの担当だ。


 ルナは、万一に備えて控え役にまわっていたが、それも終わり。


「ごくろうさま。無事に、【海神の代理指揮権インペリウム】の発動に成功したわね」


「ああ、順調で良かったよ。検証試験では完璧だったけれど、初めての実戦投入だ。心配もあったけれど、トラブルがなくって何よりだね」


 ふたりは、周辺を見渡した。

 階層全体が濃い靄で包まれつつある。

 この階層は、夜ということもあって暗い。月がほんのりと地表を照らすのだけだ。そんな状況下で濃霧が発生したのだから、極端に視界は悪かった。

 煙霧のなかで、魔法陣の淡い輝きだけが目立つ。


「心配なのは、白霧が階層境界を越えるかどうか。各階層(ごと)に空間が断絶しているからな」


「まあ、それは偵察隊の連絡を待つしかないわね。しばらく休憩しましょう」


 シンたちは交代で休むことにした。

 携帯コンロでお湯を沸かし、お茶を用意する。

 あわせて栄養補給用のドライフルーツやナッツ類を食べた。


 思いのほか、疲れていたらしい。

 随分慣れたとはいえ、やはり【言霊奉法】の儀式は身体に負担がかかる。三十分ほどだが、ウトウトと居眠りをしてしまった。


 偵察に出ていた部下が返ってきた。


「報告します。霧が、下階層に及んでいることを確認しました。第二十一、第二十二階層を調べましたが、すでに濃霧が浸蝕しています」


「ありがとう。これで、懸念は解消した。あとは白霧が、迷宮最下層に到達するまで待つだけで良い」


 しょせん、ダンジョンは閉鎖空間だ。

 いくら内部が広大であっても、かぎりはある。

 この階層の景色は、夜空が広がり、延々と草原が続いているが、実際は違った。一直線に進むと、いつの間にか元の場所に戻ってしまう。

 境界線こそ認識できないけれど、空間が閉じているためだ。


「魔物も簡単に始末できる。油断は禁物だけれど、迷宮制覇は目前だな」


 彼の強気な発言には根拠がある。

 なにしろ、白霧で、敵を溺死(・・)させることができるのだから。

 【代理指揮権(インペリウム)】は、支配領域の環境を自在に操れる。疑似的に海洋を再現しちゃうのだ。

 物質三相、つまり気体・液体・個体の状態だって思いのまま。

 もう、理不尽というか、幻想世界(ファンタジー)もここに(きわ)まり、といった感じだ。ほとんど無敵といっても過言ではあるまい。


 迷宮の化物は強力だが、抵抗できまい。

 どれほど狂暴凶悪なモンスターであっても、陸生生物ならば呼吸をするもの。吸入する酸素がなくなれば、溺れ死にしてしまう。


 ルナが、自信満々なシンに対して反論した。


「でも無呼吸のモンスターだっているわよ。たとえば、ゴーレムとか」


「対応策はいくらでもあるさ。白霧は海洋を疑似再現できるんだぞ。

 極地の氷山で閉じ込めることも可能。あるいは、深海数千メートル水圧で、相手を()し潰すなんてのもアリだな。

 その辺の判断は、現場指揮の人魚たちが適切にやってくれるよ」


 たとえ、敵が水生型魔物であっても制圧は容易(たやす)い。

 一階層分のエリアに生息する数なんて、たかが知れている。眷属は幾らでも召喚できるのだし、圧倒的な数量で力押しだ。


「じゃあ、不死者(アンデッド)(たぐい)は? 

 初めから死んでいるのだし、溺死なんて関係ないわよ。さらに、幽鬼(ゴースト)系だと非物質系モンスターだと、始末に困るんじゃないかしら」


「それこそ瞬殺だ。考えてもみろ。

 白霧領域は、“神域”と重なっているだぞ。邪悪なゾンビやリッチなんて、簡単に浄化してしまう」


「あ~、確かに。なんだか完全に無敵状態よね。もしかして【海神の代理指揮権(インペリウム)】って、対迷宮用の最終兵器なのかしらね」


「そう思う気持ちはよく分かる。まあ、実際には単純に強力すぎるだけ。あるいは相性の問題かな。

 ただし、コイツは人間には手に余る代物(しろもの)だよ。使用条件が厳しすぎて、おいそれと使えるものではない」


 【神授報酬】は、とにかく危険物が多い。

 まさに【インペリウム(海神の代理指揮権)】なんて典型的だ。

 迂闊に(いじ)ると、使用者が死んでしまう。


 幸いなことに、彼は事前知識があった。

 高度な専門知識を持つ錬金術師(ツクモ族)たちと一緒に研究した結果、ようやく実運用に(いた)る。


 正直、運が良かったとおもう。

 こんな物騒な報奨品なんて、貰ったところで、使用できる者はごく僅かなのだから。事実、ルナはコレ《・・》を使用不可能と断じて、お蔵入りにしたくらいだ。


「ねえ、迷宮を完全制圧するのに、どれくらい時間がかかるとおもう?」


「さあ、どうだろうか。規模によるからなぁ。ざっくりした予測だと約五時間。最低で三時間、長ければ十二時間といったところか」


 現在、ふたりがいるのは第二十階層。

 仮に最深部が五十階層とするならば、残り三十層を制圧するだけ。一階層を占領するのに十分間として、三百分間、五時間で征服完了だ。

 百階層以上もあれば、もっと時間がかかるけれど、そんな大規模迷宮は少ない。冒険者組合では、【枯れ渓谷迷宮(ドライ・キャニオン)】を中程度相当だと推定していた。

 情報が正しければ、十二時間以内で制覇できるはず。


「最長でも半日かぁ。のんびりと待機しているだけで、ダンジョンを占拠できちゃうのよねぇ。ちょっと信じられないわ」


「その意見には同意するよ。【代理指揮権(インペリウム)】のおかげだ。

 ただし、コイツは使用こそできるが、謎も多い。基礎理論は漠然と分かるものの、全容解明にはほど遠い。研究者としては忸怩(じくじ)たる思いでいっぱいだよ」


 彼は、ずっと研究調査を続けていた。

 現世の物理法則を完全無視する神聖魔法を解明しようと試みたのだ。だが、判ったのは、人間では理解不可能なこと。

 まさに“神の領域”の原理は人智の及ぶところではない。


「おっ、眷属たちが戻ってきたぞ。作戦進捗は順調みたいだな」


 巨大イカが、宙を泳いで(・・・)帰ってくる。

 触手に抱えているのは純金のインゴット(鋳塊)だ。

 それは、ダンジョン内の魔物を斃すと出現するドロップ品であった。


 “ドロップ”なんて、まるでゲームみたい。

 しかし、冗談ではなくて本当におきる現象である。

 なぜ、迷宮にこんな機能があるのかは不明。

 そういうものなのだと、人間社会は認識していた。だから、冒険者は命をチップにして挑んでくる。国や領主貴族は、富を生む不可思議鉱山として管理したがった。


 ルナは、ちょっと釈然としない様子だ。


「でも、わたしたちって、押し込み強盗みたいよね。なんだか、申し訳なくらいだわ」


 彼女が指さした先には、戦利品を抱える眷属の群れ。

 運んでいるは宝石類や装飾品。宝箱に貨幣。剣や盾などの武具。何某(なにがし)の魔道具や、用途不明な品々。

 もう、ダンジョン内部を隅々まで引っ掻き回して、金目の物すべてを強奪したかのようだ。


 ちなみに、ゲットしたお宝は山分けの予定。

 半分を【大亀仙霊(海神)】に(みつ)ぎ、残りをこちら側にいただく。

 投資した以上に儲けがでるのは確定だ。

 費やしたのは各種希少素材。さらに、けっこうな時間と労力を突っ込んだので、大きなリターンを得るのは、素直にうれしい。


「あ~、確かに泥棒だ。しかもかなり極悪なヤツ」

「そうよねぇ」


 シンとルナは苦笑いした。

 二人にその気はないが、やっていることは完全に略奪行為だ。無理やり家屋内に押し入り、家財道具一式を奪い、身ぐるみ全部()いでゆく。

 もはや、ダンジョンは哀れな被害者であった。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:328/745

 LP:201/240

 ※補足事項: 制御核に欠損あり


 活動限界まで、あと二百一日


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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[気になる点] 天地あめつちの 初めに別れし ときありて わだつみの 神歌を歌ひ給ければ…… 「給ければ」は、読み方わからないのですが、通常ですと 「給ひければ」となりそうです。 ただ、「歌ゐ…
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