6-20.迷宮攻略(前編)
迷宮探査 第二日目
シンは、手出し無用と厳命されてしまった。
探査活動において、一切合切の戦闘行為を禁止されたのだ。
例外は、緊急時の自己防衛のみ。それとて、【術符】など魔導具の使用だけで、魔法は使ってはいけない。攻撃魔法などは、もってのほかだ。
「こうも手厳しい扱いは……」
「わたしの決定にケチをつける気?」
「いえ、ありません。ゴメンナサイ」
ルナのキツい態度に、彼は抵抗できなかった。
非は完全にこちら側にあるせいだ。己の不注意で、周囲の者たちに迷惑をかけたのだし、魔法使用不可令は当然のこと。
警護役たちも、苦笑いしながらも同意していた。
警護隊長のプラタナスが、取りなすように(※句点に変更)。
「まあまあ、ルナ様もそう怒らずに。
我が君も気落ちしないでください。
もともと、私たちの護衛計画では、貴方様は移動だけで戦力外と想定していました。当初プランに戻っただけですよ」
ツクモ族は、彼を敬愛している。
その点は確かだし、疑いはない。
同時に“主はヌケているよなぁ”との思いもあった。
だから、自分たちがフォローしなきゃと本気で考えている。ある意味、シンは神輿として担ぎやすいタイプのリーダーなのだ。
「本番では期待しておりますぞ。それまでは何もせず、鷹揚に構えてきてください」
「お、おおっ。ありがとう」
プラタナス隊長は、内心で自分の主を“チョロイ性格だよなぁ”と評価していた。
調査期間は三週間ほどの予定だ。
まる一日間を探査活動に費やし、二日間を休養と作戦準備に充てるサイクルを繰り返す。
迷宮攻略作戦の実行は、人間がいない階層でおこなうつもり。
他人に被害を与えないという以上に、邪魔をされたくないため。
また、穏やかな環境が好ましい。吹雪が荒れ狂う氷雪地や、溶岩が噴出する火山地帯なんて、まっぴらごめんだ。
そんな思惑のもと、迷宮内探査を続けた。
調査開始して十数日後。
集めた情報を慎重に検討して、作戦実行の場所と日程が決まる。
想定していたよりも、やや早かったのは、調査が順調だったから。
思いのほか、この地の冒険者は消極的なのだ。
記録によれば、人が到達した最深部は第二十一層までで、十八年前のもの。現役探索者は、さらなる深い階層へのチャレンジをしていない。
これなら、無理して深深度層へ潜らなくても良いと判断した。
作戦決行日の前夜。
夕食後、シンとルナは雑談をしていた。
「いよいよ、明日だな。迷宮内の魔物は、予定階層までなら脅威度は低い。よほどのトラブルが発生しない限り、作戦は問題あるまい」
「まあね。でも、【神授報酬】で得た魔法を、ダンジョン内部で試すなんて、予想外の展開だわ」
ふたりは、上位階梯者から仕事を依頼されることがある。
その内容もさまざまだ。
指定された山の頂上で灰を撒くだとか、現世に生まれ出る新しい神を迎えるなど。簡単だけれど意味不明な行為から、ペナルティ付きの緊急案件まで。
神々の価値観は人間には理解できない。
する必要もないとおもう。
もちろん、報酬はある。
超常的存在は、思いのほか気前がいい。
簡単な仕事でも、けっこう豪勢なご褒美をくれたりするのだ。
「ただし、扱いに困るものが多いわよねぇ」
「君の意見には同意する。下手をすれば、使用者が死ぬなんて、まるで爆弾だ。困ったことに、あちら側は良かれとやったことで、悪意はまったくない。
こちら側の事情を配慮できないだけだ。面倒だけれど、受け取った方が慎重に対処せねばならない」
具体例を挙げるなら、【海神の代理指揮権】
【大亀仙霊】の恩賜には、大きな欠点があった。
発動するには膨大なエネルギーが必要なこと。人間の内在魔力では供給力が不足している。
無理を承知で使用すると死亡確実だ。
【理外理力】を強制的に吸収されて、ミイラみたいに干からびてしまう。
「心底から感心するわ。そんな物騒な代物を運用可能にするなんて。ある意味、貴方たちって研究馬鹿よねぇ」
「まあ、否定しない。学究の徒の本能というか、執念と業なのだよ」
シンは、魔導探究者を自認している。
魔導師や錬金術師というものは、程度の差はあっても、“宇宙万物の絶対真理”を追い求める。今回の研究は、上位階梯者のテクノロジーに触れる良い機会であった。
「ただし、使えるようになっただけだ。理論体系ですら、漠然とした概要を推察するのが精いっぱいでね。完全解明なんて、永久に無理じゃないかとおもうよ。
それでもチャレンジは続ける。尽きることのない興味と好奇心が、我々研究者の原動力なのさ」
「ふ~ん。わたしには分からないけれど頑張ってね。応援だけはしてあげるから」
翌日。
作戦決行の日だ。
シンたちは、予定どおりダンジョンへと向かう。
一チーム五人編成が三組、合計十五名。さらに資材運搬のために硬殻兵士三体が付き従う。
移動は順調そのもの。
理由は、最短時間で進行できるルートを選んでいるから。
念入りな事前調査のおかげだ。
低階層のモンスターどもであれば、ガンガンと蹴散らして進む。
厄介な相手、例えば大量の昆虫型魔物などは接触を避けるため、迂回している。対応可能だけれど、時間がかかって面倒くさいのだ。本番を前に余計なことはしたくない。
「ようやく目的階層に到着か。ただ歩くだけなのに妙に疲れてしまった」
「なにか文句でもあるのかしら?」
「いやいや、嫌味で言ったのではなくて。そ、そんなに睨まなくても……、不用意な発言でした。ごめんなさい」
シンは、無抵抗でルナに謝罪した。
目的地に来るまで、彼はなにもしていない。
というか、させてくれなかった。手出しは迷惑なのだと、しっかりクギを刺されている。
ここは第二十階層。
冒険者たちの姿はまったくない。
不人気なのは、儲けが少なく労力ばかりかかるため。出現するモンスターどもの生体素材は希少なのだけれど、マーケットでは買い手がつかないのだ。
「それにしても、ずいぶんと開けた土地だな。地下迷宮のなかだとは信じられない」
「学者によれば、異次元空間とつながっているらしいわね。仮説を証明するなんて不可能だけどね」
頭上には満天の星々がきらめいていた。
ひと言で表現するなら“天の川”だ。
深く群青色の夜空を背景にして、星の大集団が光り輝く帯を形成している。自然にため息がでてしまうほどに美しい景色であった。
不思議なことに、この階層はずっと夜なのだ。
彼らがいるのは大草原。
背丈が膝下あたりまでの草が、延々と広がっていた。
ところどころ、ヒョロリとした細い樹木が生えているくらい。まことに開放的な空間だ。
「では、はじめようか。みんな準備にとりかかってくれ」
あらかじめ決めていた手順に従って作業を開始する。
最初は用地整備から。
ツクモ族たちが、魔法で周囲百メートル四方の草々を刈り取り、地面を平らに均した。
次に、長さ三メートルほどの棒を立てて固定。
先端部の水晶玉から、指向性の高い光線を放射して、地表面に図形を投影する。
光点が示す位置に金属製円柱を置いてゆく。
合計六本。重量は重くて一本あたり約百十キロ。内部に【地母神の雫】を濃縮加工した錬金物質が詰まっている。
機能的には、外部取り付けの燃料タンクだ。
その外縁部に制御用魔道具を取り付ける。
形状は、正六面体の立方体で、一辺の長さが三十センチほど。数は合計十二個で、金属製円柱一本につき、キューブ二個で各種制御をおこなう。
これら魔道具類は硬殻兵士に運んでもらった。
彼らには運搬役に徹してもらい、迷宮内戦闘は不参加だ。精密機械の運搬と同じで、余計な衝撃や振動を与えないための措置である。
「我が君、各補助機器の固定は済みました。
いまから波動同期や出力制御などの最終確認をおこないます。所要時間は三十分間を予定しています」
「了解。でも、そう急ぐ必要はないぞ。少々、時間をかけても良いから、確実に調整をしてくれ」
報告者はツクモ族の錬金術師だ。
彼らは魔導師でもあるのだけれど、どちらかといえば、錬金関連の能力が高い。シンと一緒になって、使用不可能だった【神授報酬】で得た魔法を研究してくれた。
さらに、実戦投入に立ち会うため、自ら志願して迷宮攻略に参加している。
三十分後、準備が完了
「では、補助式魔法陣を起動します」
地面に六芒星型の魔法陣が浮かびあがる。
サイズは、かなり大きくて直径五十メートルほど。六つの頂点角には円柱型魔道具が鎮座し、それに付随する形で制御用キューブも作動中。
陣中央部はポッカリと空白のままだ。
これは、ダンジョン攻略の要となる【海神の代理指揮権】用の空間である。
「準備が整いました」
ツクモ族たちの役割は補助だ。
彼らは、大陸に住まう全人間を含めても、最上位クラスに位置する。しかしながら、どんなに優秀であっても、越えられない境界線があった。
ここから先は、神々の領域である。
不可侵圏内に立ち入ることを許される者は数少ない。
ましてや、上位階梯者から過大な報奨品を貰った人間なんて、ごく僅か。
ただし、絶無というワケではない。
そんな例外的存在が、シンとルナであった。
「諸君、ありがとう。さて、これからが本番だ。各自、担当する役目をしっかりと務めてもらいたい。本作戦を成功させるには、君たちの助力が必要不可欠なのだから。【海神の代理指揮権】を起動する」
今回、シンが主制御を担う。
ルナも【インペリウム】の保持者だけれど、サポートにまわる。
『ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑほれけ……』
淡い光粒が、チラチラと漂い始めた。
出現元は不明。どこからともなくポッと姿を現す。
彼が祝詞を重ねるにつれて、黄金色の小さな光点が増してゆく。夜空の薄暗い空間のなか、この場所だけが幻想的な輝きに満ちていた。
地面に魔法陣が浮かびあがる。
その様は、穏やかに揺れる水面から浮上する感じ。
神代文字と幾何学文様が組み合わさった複雑な形状をしていた。最初こそ、微かな細い線が交錯するだけであったが、時間が経過するにつれて、光圧が増加している。
補助役のツクモ族の錬金術師が冷静な口調で告げた。
「理外理力供給容器の連結をおこないます。
第一番器、カウント開始。三、二、一、接続完了。動作チェック、……問題なし。正常に機能していることを確認しました。
続いて第二番器の用意……」
六つの光柱が昇り立つ。
発生源は金属製円柱で、その周りに小型サークルが回転しながら出現。円陣は連続して発生し、垂直方向に積み重なってゆく。
『かけまくもかしこき海神よ。
現世と常世をむすびて……』
巨大な構造物が、中央魔法陣からせり上がってきた。
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:508/745
LP:201/240
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと二百一日