1-13.岩石兵士を修理する
シンは小高い丘の上にいた。
きれいに磨いた岩石には、ふたつの名前が彫ってある。
【ルキウス・コルネリウス】
【アウレリア・コルネリウス】
彼の両親だ。
墓碑の下に、ふたりの遺灰を埋めている。
先日、父母の遺骸を火葬した。
土葬にしなかったのは“生ける死人”と化すのを防ぐため。未処理のまま埋葬すると、遺体に悪霊やら魔物がとり憑いてしまう。
会話すらしたことがないが、恩義のある人たちだ。穢されるのは嫌なので、荼毘に付す。
墓標のまわりを花でいっぱいにした。
大きな山桜も移植している。
季節ごとに、美しい花々が咲いて見事な景色となるだろう。
「父さん、母さん、ときどき来るから」
シンの首にはペンダントが揺れている。
亡父が身につけていたものだ。
形見代わりにもらうことにした。材質は金属製で八芒星の形をした魔導具である。
背後に控えるのは岩石兵士。
「作業してくれて、ありがとう」
無骨なゴーレムは、いろいろと手助けしてくれた。
両親を火葬し、その遺灰を埋めること。
墓碑の岩や樹木を運びあげ、他に草花を植えるなど。
力仕事が得意な者がいてくれて、本当に助かった。
「戻って、“ゲンブ”の補修を再開しようか」
この巌の巨兵の名前だ。
五百余年もの間、亡母に献花し続けてくれた個体である。感謝の意味も含めて、固有名称をつけることにした。
名称の由来は“玄武石”だ。
まあ、大理石でも花崗岩でもよかったのだけれど。なんとなく語呂が良いものを選んでみた。
「さあ、修理をしようか。」
ゲンブの脚部には、深い亀裂がある。
そのせいで、まっすぐに直立することができない。立ち姿は、微妙にバランスが崩れていた。他にも、体表には細かな傷やヒビがあって全身傷だらけ。
「いや~、凄いよなぁ。よくもまあ、こんなボロボロな身体で、巨大蟷螂に勝利したんだから。でもさぁ、無茶はダメだよ。可能なかぎり、直してあげるからね。」
修繕には錬金術を使うつもり。
練習になるし、ゴーレムの仕組みや機能を知るには、いい機会だ。
岩石製の体を丹念に調べてゆく。
「それにしても、コイツの身体構造は謎だな。
なぜ、関節がないのに肘や膝が曲がる? 硬いはずの岩が、柔軟に屈伸するなんて、絶対におかしい。理解に苦しむぞ。」
ある種の魔力が、稼働領域に作用しているみたい。
魔造結晶体のミドリによれば、【理外理力】を利用しているとのこと。ただし、エネルギー効率がそうだ。
時間に余裕ができたら、もっと効率的な身体構造体を研究してみよう。
「今日は、ヒビ割れ修理用の補填材の作成だな。」
原材料は鉄鉱石や各種鉱石。
これらを粉末化するのだ。彼ひとりなら苦労するところだが、今回は力仕事が得意な助っ人がいる。
ゲンブに、ハンマーで鉱石類を砕いてもらった。
小砂利になったモノを数段階の工程で粉末加工する。
巌の巨兵は、意外なほどに手先が器用だ。仕事のスピードこそ遅いけれども、丁寧で確実な動作であり全く危なげがない。
「おっ、ありがとう。じゃあ、これを二次加工だ。」
シンは、粉末を受け取った。
まずは、錬金処理した特殊液体を混ぜてグルグルと回して攪拌。凝固剤の素を投入してゲル化状態にする。
並行して、錬成用術符を作成した。【接着固定】、【硬化】、【状態維持】などを、必要枚数分だけ用意する。
これらの下準備だけで、まる十時間もかかってしまった。
彼ひとりだけだと、三日間くらいの必要であったろう。岩石兵士が手伝ってくれて、ほんとうに良かったとおもう。
翌日。
修理を開始する。
「さあ、ゲンブ。修理用作業台上で横になって。」
補填剤をヒビ割れた部分に流し込む。
さらに術符で固着化や乾燥硬化などの処理を施した。
最も手間がかかったのは脚部の深い亀裂部分。
ここは念入りに補修しないと、強度不足で再び破損する恐れがある。時間をかけて、ゆっくりと修繕しなければ。
結局、作業は二週間もかかってしまった。
修理対象は、門番役二体も含んでいたから。慣れない業務で手間取ってしまったのも原因である。
ゲンブには、鈍銀色の筋がいくつも残った。
これは修繕した跡だ。
特に額から右頬にかけてのラインが目をひく。
「うん、かっこいい。まるで【金継ぎ】だなぁ」
【金継ぎ】とは、割れた陶器を修復する技法。
この技術には日本独特の哲学がある。わざと修繕跡を目立たせて、美しさを見出すのだ。
高名な匠が語ったセリフがある。
『侍にとって傷は、誇りであって隠すものではない。
だから、金継ぎには、侍の精神が現れる』
ゲンブは歴戦の古強者だ。
モノを言わないし、自我もないけれど、尊敬に値する立派な戦士。全身のいたるところにある傷跡は、いわば勲章である。
そう考えれば、銀色の修理痕は、凛々しさすら感じるくらいにカッコいい。
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「さて、今日から未探査領域の調査を始めようか。」
基地は半壊状態のままだ。
多くの部屋が土砂で埋まっている。柱は折れ砕け、天井は崩れ落ちていた。理由は不明だけれど、施設の壊れ具合から、巨大地震か大事故があったと推測している。
彼は、岩石兵士たちに指示して、土や瓦礫を取り除いてゆく。
作業はゆっくりとだけれど、着実にすすんでいった。数日後、地中にゴーレムがあるのを発見する。
「おぉ~、なんだか【兵馬俑】みたい」
思い浮かべたのは、地下陵墓。
そこから大量の兵士型土人形が出土した。古代中国、“秦の始皇帝”の墓に副葬品として埋葬されたものだ。
皇帝麾下の軍団を模した土人形が八千体以上もあったという。
土中にあった巌の巨兵は、ざっと百体ほど。
さすがに兵馬俑には及ばないが、これだけの数量があるのには驚きだ。
ただし、大半は壊れている。稼働可能なものや、修理回復できるものが何体あるのか不明だ。
早速、掘削作業を開始する。
といっても、力仕事はゲンブの仕事だ。
シンは命令をした後、ずっと見守るのみ。掘り起こした岩石兵士のうち、動くものもあったので、すぐに発掘作業に加わってもらった。
「発見した数は、全部で百二十体。そのうち即時起動できたものは三体だけ。修復可能な機体は二十九体。残りは放置するしかないか。」
残念なことに、彼の錬金技術は低い。
技量不足なうえに、魔力保有量が少なかった。修繕できるのは、ヒビ割れの補修くらい。他には、指先などの小さな部分の欠損を継ぎ足すのが精一杯だ。
今の技術レベルでは、それ以上のことはできない。
たとえば、破損した腕や脚部の接続固定化は無理。強引にくっつけても、強度不足でモゲ落ちてしまう。
ましてや、本体制御する中枢核の復元や新規作成なんて、絶対に不可能だ。
現時点では、傷の激しいモノは、あきらめるしかない。
「修理できる機体はあるんだ。いまは、それで良しとしよう。」
さっそく修復を開始した。
順次、復活した機体を掘削作業に投入する。
はやく基地の全体像を把握したいのだ。埋まっている土砂を排出して、通路を移動可能な状態にもってゆきたい。
最終的に、三十体ほどの岩石兵士が仕事に参加。
まあ、力押しの物量作戦だ。本拠地の出入口を守る門番役二体を除いて、残り全部を土砂排出の作業にある。それでも全ての廊下が開通するのに、およそ三十日間もの日数を要した。
発掘して驚いた場所が二ケ所ある。
【中央管制室】と【武器庫】だ。
「【中央管制室】から、ミドリと同じ結晶体を発見か。しかも数は五つ。」
残念なことに、すべて壊れている。
見つけた魔造結晶は、みんな地面に落ちていた。どれもヒビがあったり、欠けていたりする。
正常に機能していれば、ミドリのように空中に浮遊しているはず。
これらを復活させたいが、いまの彼の錬金術レベルではできない。
「この補助人格たちは、どんな仕事をしていたのだろう? 」
魔造結晶体は非常に高機能だ。
たとえば、ミドリは、錬金術系の知識情報を大量に保有している。さらに、亡父ルキウスとの学術的問答から、培養カプセルの機能維持管理までおこなっていた。
ただし、気が利かないのは欠点であるが……。
そんな高性能なモノが五つ。
担っていた役割が何であったのかと興味がわいた。
ミドリに尋ねてみたが、不明とのこと。
彼女の情報は、事故のせいで一部が欠落したままだ。掘り起こした補助人格五体についてのデータは残っていない。
今は調べようがなかった。せっせと錬金術のレベルをあげて、将来、結晶体を復活させたいものだ。
発掘して驚いた場所のふたつめは【武器庫】。
「兵器類が山積みだもんなぁ。戦争を始めるつもりだったのかしらん?」
最初に目を引いたのが、岩石兵士用の武器類だ。
金属製の長槍と幅広両刃剣、四角形の大盾が百二十体分以上。これらは魔導兵器で、見た目以上に高性能なものばかり。
現在、ゲンブたちは素手状態だ。発見した武具を整備して、彼らに装備させよう。
他に、魔道具系も多数。魔法発動の補助具や、用途不明な機器など。
特に注目したのが、巨大な魔導杖だ。
杖というよりは大砲と表現したほうが良いサイズ。起動させるだけでも、かなりの魔力量が必要になる。発射するには、どれほどのエネルギーを充填すればよいのか、見当もつかない、
ただし、破損していた武器は多い。
今すぐに使用できそうなものは少ない。
「ちょっと、引くくらいに過剰戦力だとおもう。」
どうにも納得がゆかない。
父ルキウスは、優秀な魔導士であり錬金術師であるが、単なる個人だ。記録をみるかぎり、軍人、もしくは軍の関係者ではなかった。
発見した岩石兵士や兵器類は、一個人が保有するには、あまりにも大量すぎる。
「何と戦うつもりだったのかしらん? 仮説としては、自衛目的かな。」
亡父には敵がいたはず。
なにしろ、禁忌魔法を研究していたから。
死んだ妻を復活させるためとはいえ、一般社会から白眼視されていたと思う。タブーな行為を止めさせようと、介入を試みた人間がいたのは確実だ。
そんな輩から、身を守るために武装していた可能性は充分にある。
「う~ん、ちょっと納得できないかな。ちょっと違和感があるぞ。」
なにかしらの脅威に備えていたのかも。たとえば、人外魔境の大森林に潜む怪獣だとか。
「まっ、いいか。先々のことを心配しても、はじまらないしね」
集中力が途切れてしまう。
過剰戦力について深く考えることはせず、軽く伸びをして寝床にむかった。