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6-19.やりすぎは禁物

 シンたちはダンジョン内部を進んでゆく。

 事前情報によれば、第一層の敵は緑色小鬼(ゴブリン)。比較的弱い魔物だし、この階層では単独行動なのだとか。


「なんだかなぁ~。いかにもRPG的な仕様じゃないか。最浅階層はチュートリアルで、訪問者に学習させる意図が丸出しだ」


 迷宮は人工的に創生されたもの。

 けっして、自然発生的に出現するような代物(しろもの)ではない。

 ただし、人間がこんな不可思議構造物をつくるのは不可能だ。ならば、人類以上の存在、つまり上位階梯者が設置したとの結論になってしまう。


「いったい、どんな目的があって……」


「ハイハイ、立ち止まらない。考察は後回しにして、さっさと進んでね」


 ルナが、彼の背中を押した。

 彼女が注意を促すのももっともだ。

 いくら道幅が広いとはいえ、中央で留まっていては、周囲の迷惑になってしまう。実際、後続者たちは“邪魔だぞ”といった雰囲気だ。


「ああ、これは申し訳ない。我々は道を譲るから、どうぞ先に行ってくれ」


 彼は、通り過ぎる者たちを見やった。

 冒険者チームの人数編成は三~六人くらいが多い。なかには単独者もいたりする。男女差はないし、年齢も少年から壮年までと幅広い。


「なるほど、住み分けができているワケか。

 経験が少ない新人や体力の衰えた人間は、比較的安全な低階層で活動。儲け重視なら、リスク覚悟で高額素材を獲得できる中階層で狩猟する。

 深層部を進むのは本気で攻略を目指す猛者(もさ)たち。成功すれば、後世にまで伝わる名誉と、一生使いきれないほどの富を得ると」


「ええ、そのとおりね。ただし、ここが“穏やか”な場合よ。 “荒れる”時期だと、入るのは不可能だわ。

 無数の魔物どもがダンジョンから湧き出て地域一帯を襲撃するから。

 周辺一帯の住人は避難しなければならない。野生動物ですら逃げるほど。歴史上、複数の国家が一度に滅亡した事例だってあるわね」


「まるで地震か火山噴火じゃないか。いや、上位階梯者()が関わっているなら、天災だと認識すべきなのかな」


「そうかもね」


 ルナは、短く肯定した。

 しょせん、人間には、神々の考えなんて理解不可能だ。できることといえば、己が()すべきことを()し、それ以降は運を天に任せるだけ。

 彼女の意見はもっともだと、シンは同意する。


「では、先に進もうか。ここに来た目的は幾つもあるのだし、さっさと仕事をしよう」


 今日の主目的は、予備調査だ。

 近日中に戦略級の広域殲滅型魔法を使用するつもり。

 いちおう、検証試験は済ませているのだけれど、実戦投入は今回が初めて。まったくのぶっつけ本番は、さすがに問題がある。

 だから、一~二週間ほどの期間をつかって下調べをする計画だ。


 ついでに他の目的もあったりする。

 魔導技法や能力の検証だ。

 具体的には、シンの各種魔導技術が、ダンジョン内でも通用するかをチェックすること。

 彼は魔導師でもあるのだが、主な活動領域は【邪神領域】。諸条件が異なる迷宮内部でも機能するのか、動作確認をしておきたい。


「まずは警戒系から」


 展開したのは【複合探知】。

 【集音】【熱源感知】【精神体識別】【音波反響】【振動探査】など単機能術式をまとめて、一括制御できるようにしたもの。魔力消費を(おさ)えるため、常時発動と適時発動を交互に繰り返している。

 なお、この警戒系魔法は実戦での証明済みコンバット・プルーブンだ。

 十年間、【邪神領域】で使用し続けており、改良を重ねてきた自信作である。とはいえ……。


「やはり調整が必要か。う~ん、ファンクション(関数)の変更を……。いや、パラメータ(媒介変数)イジるだけで対応できるかな」


 ダンジョンは閉鎖空間だ。

 彼が活動していた【邪神領域】は開けた環境であり、環境条件はまったく違う。予想どおり、無調整だと使い勝手が非常に悪かった。


 たとえば、【集音】。音が壁に乱反射するので、敵位置が不明瞭になっている。

 【振動探査】も同様だ。人外魔境の大森林はむき出しの大地でであったが、ここは床が固い石畳。振動の伝わり方が変化しており、いまひとつ距離感が掴みにくい。

 まあ、ある程度の把握は可能だけれど、やはりチューニングが必要だ。


「おっ、先行組が接敵したか」


 味方が戦闘を始めた。

 彼らは、ツクモ族のなかから選抜された護衛たち。

 今回の迷宮調査では、露払い役として、モンスターどもの排除役を担っている。

 さすが精鋭メンバーだ。第一階層の緑色小鬼(ゴブリン)なんぞは瞬殺であった。


「うん、本当に強い。まさに鎧袖一触(がいしゅういっしょく)の言葉を具現化しているぞ」


 じつに頼りになる者たちだ。

 実力はあるうえに、油断せず確実に仕事をする。

 任務に忠実という以上に、やる気に満ちていた。己の価値をマスターに見せようと、あるいは無様な姿は(さら)せないと奮起している。


 一行は、調子良くすすんでゆく。

 低層とされる地下一~五階だと、もう完全に物見遊山であった。まったく危なげない。六層目以降は強敵が現れ、群れで襲ってくるが、それでも問題ない。


 進行スピードはかなり早かった。

 理由は、“収獲”していないため。これは業界用語で、斃した魔物からでてくる魔石や希少物質を回収すること。

 冒険者たちの大切な収入源だが、すべて捨て置いたままだ。


 シンはちょっと飽きてくる。

 あまりにも順調すぎた。

 部下たちが、邪魔なバケモノどもを蹴散らしている。その姿は頼もしいし、ありがたいのだけれど……。


「あ~、私も参加していいかな。さすがに、手持無沙汰だし退屈になってきてね。皆に、おんぶに抱っこな状態だと申し訳ないんだよ。

 心配の必要はない。無理はしないからね」


「お気持ちはありがたくお受けいたします。でも、いまはお控えくださいませ。我が君が為すべきは殲滅魔法の発動です。

 それ以外の些細なことは、我々にお任せください」


 護衛たちは渋った。

 彼らの言い分は正しいし、否定できない。

 ただし、“正しい”は幾つもある。

 けっして、真っ当な主張とは、ひとつとは限らないのだ。


 シンは、己の考えを滔々(とうとう)と述べた。

 まったく戦闘しないまま、迷宮深層部に到達するほうが危険だと。比較的安全な低階層で戦闘経験を重ねるべきであろう。

 この意見にも一理はあるし、断るのも難しい。

 結局、護衛たちも了承してくれた。


「ありがとう。では、私が先頭に立たせてもらおうか」


 一行は、配置を変えて移動を開始。

 だが、ヒマな時間が続いた。

 相変わらず、護衛班の二組が活躍しているせいだ。彼らは、シンを挟んで前後百メートルほど離れた位置をキープしている。

 敵を発見しだい、これを排除してゆく。


「おっ、きたきた」


 魔物が湧き出た。

 何もないはずの空間から、モンスターが出現する。

 ダンジョンとは、なんとも不可思議空間だ。さすがに前兆現象はあるのだけれど、出現位置は不定であり、人間には予測できない。

 先行チームが露払いで頑張っても、接敵する可能性は残っていた。


「ふむ、相手は十体以上、十五未満といったところか」


 ここは第十八階層。

 現れるバケモノは強力で出現数も多い。

 ベテラン冒険者でも、かなり苦労する階層だ。


「接敵はおよそ十秒後。正面T字路の右側から、こちら側にむかって移動している。数は十四体。

 【音響】および【振動感知】から二本足歩行型とおもわれる。推定で【大猿鬼】かそれに類する魔物だろうね。

 なお、正面射線上に仲間はいないので、フレンドリ・ファイア(同士討ち)の懸念はなし。心置きなく迎撃するぞ」


 索敵魔法で得たことを告げてゆく。

 味方と情報共有するための行為で、言葉と念話の二系統を使用。過去十年間、【邪神領域】で戦い続けてきた経験を基にして確立したルールであった。


「一気に面制圧をおこなう。攻撃は、りゅうさんだん……」


「あっ、ちょっと待って!」

「その魔法は危険すぎ……」

「全員、防御! 防御態勢を……」


 ルナたちは攻撃中止を訴えた。

 だが、護衛たちの制止の声が、シンに届くことはない。


 空中に複数の魔法陣が展開。

 円陣が回転しながら、複雑な術式を構成してゆく。

 別次元から【理外理力(フォース)】を引き出して、疑似物質性の砲弾を生成した。サイズは直径五センチ、長さ十五センチ。

 ただし形状は、直径一センチほどの真球を規則正しく並べて、円筒形状にまとめたモノ。普通の(しい)の実型砲弾ではない。


 名称は【榴散弾射】。

 面制圧を目的にした攻撃魔法で、前世地球の榴散弾砲を参考に開発した。もともとは散弾銃の再現を試みたのだが、試行錯誤しているうちに大型化してしまう。


 理由は、【邪神領域】のモンスターどもが頑強すぎるため。

 連中の防御力は高くて、ショットガン程度の威力では、まったく歯に立たないのだ。実験と検証を繰り返した結果、火力を大砲級にまで引き上げて、ようやく実戦で通用するになった。


「発射!」


 轟音が響く。

 砲弾が、複数の魔法陣によって加速されて、空中を直進。

 射出直後、ひと塊だった真球状の弾子が分解して、傘状に広がってゆく。


 その密度は濃厚だ。

 標的までの距離が短いため、弾群の拡散は充分ではなかった。

 逆にそれが、【大猿鬼】どもには災いする。

 たった一発の弾粒でさえ、表皮を突き破り、分厚い筋肉組織をズタズタに引きちぎるのだ。そんな強烈な破壊力をもつ真球散弾が、数百発。


 一瞬にして、血煙が舞いあがる。

 まるで肉体が蒸発したと錯覚するくらい、鬼どもの集団が消え去ってしまった。

 遺体なんて残存しない。

 正確にはあるのだけれど、元・魔物であった物体(・・)だけ。

 真っ赤な血液。

 白い脂肪層とピンク色の筋肉。

 砕けた骨片などの体組織が、壁や通路に散乱している。


 前述のとおり、【榴散弾射】は現代地球の火砲を参考に開発している。

 砲弾は、魔法で生成した疑似物質。

 炸薬と砲身の代わりに、機能別に構成した魔法陣を数十個も重ねた。

 破壊力は群れ()す悪鬼どもを一撃で粉砕できる。


 衝撃波が発生するのも同じだ。

 弾頭を押し出した“力”は周囲にも影響を与える。

 ソレは、大気を爆発的な勢いで圧縮して、巨大な空気ハンマーと変化させてしまった。


 砲撃時の衝撃はたいへん危険である。

 たとえば、一二〇mm戦車砲の場合。

 戦車本体の周辺約五十メートル圏内は立ち入り禁止だ。

 射出方向だと、砲身を中心にして前方九十度、距離二百メートルの範囲が危ないとされる。

 

 榴弾砲ですら、周囲約十メートル以内は進入不可。

 まあ、大砲の種類や火力よって違いがあるけれど、とにかく近すぎると重大な悪影響を受けてしまう。


 もちろん、シンとて対策はしていた。

 発射時の爆風から術師を守るため、防御用魔法陣も展開している。

 ただし、防御壁の強度や面積は、彼が活動していた【邪神領域】に適合したもの。開放空間なので、射撃衝撃波は四方に拡散し、威力は減少する。


 問題なのは、ここが迷宮という閉鎖空間であること。

 いくら道幅は広く、天井は高くても、圧縮された空気の逃げ道はふたつだけ。前か後ろの方向しかない。


「うおっ!」


 シンは吹きとばされてしまった。

 一瞬、身体が軽くなる浮遊感。

 その直後に石床へと叩きつけられ、上下の感覚がなくなるほどに転がる。


 フッと気づけば、壁にもたれかかっていた。

 耳の奥ではキーンと甲高い音が響く。

 他には何も聞こえなかった。


 ボゥとした状態がしばらく続く

 やがて痛覚が徐々に戻ってきて、全身の至るところが痛みを訴えてきた。

 口のなかがジャリジャリするので、唾と一緒に砂利を吐き出す。


「ふう、危なかった。【身代わりの護符(アミュレット)】のおかげで助かった」


 使い捨てタイプの魔導具が壊れていた。

 強いショックなどがあると、防御障壁が自動展開する便利なものだ。コイツが機能したということは、相当にヤバかったらしい。


 背後にいたルナや護衛たちを見やった。

 どうやら無事な様子。

 地面に倒れていたけれど、ゴソゴソと動いているので怪我はないとおもう。

 たぶん……。




「ごめんなさい、ゴメンナサイ」


「あなたは馬鹿なの? 馬鹿でしょ。ええ、もう底なしの馬鹿で確定よ!」


 シンは土下座してひたすら詫びていた。

 いっぽうのルナは一方的に責めたてる。

 形相が鬼か般若かと錯覚するくらいに激怒しており、むっちゃ怖い。


 彼女が怒るのも当然だ。

 後方にいた護衛たちも全員が被害を受けている。

 幸い、標準装備の【身代わりの護符(アミュレット)】が機能した。この魔道具がなければ、みんな負傷していたはず。


 彼は、迷宮内での戦闘行為は禁止されてしまった。

 いちおう、緊急時の自衛行為は例外だけれど、使用許可されたのは【呪符】などの小道具だけで、なんとかせよと厳命される。


「たいへん、申し訳ありませんでした。海よりも深く反省しておりマス……」


「ふん! 」


 迷宮探査の初日は、こうして終了した。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:218/240

 ※補足事項: 制御核に欠損あり


 活動限界まで、あと二百十八日


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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