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6-18.いざ迷宮へ

お待たせしました。

楽しんでください。

 迷宮都市に到着して三日間。

 旅の疲れを取るため、休養にあてた。並行して、ダンジョンについての情報収集や積荷の売却など、諸々の活動をおこなう。


 第四日目。

 【枯れ峡谷(ドライ・キャニオン)の迷宮】に初挑戦だ。

 シンたちは組合支部へとむかった。


「偽造した冒険者カードに問題はなかったかい?」


「ええ、素通りです。まったくバレませんでした。幾度も提示していますが、普通に正規品として扱ってくれますね。疑う気配は微塵もありません」


 返答したのは、先行部隊の隊長だ。

 彼のチームは、すでに何度も迷宮攻略にチャレンジしている。その際、冒険者として身分証明証(カード)を利用していた。


 シンは、ギルド・カードを偽造している。

 記載情報は偽名や架空経歴だけれど、カード自体は本物だ。

 こんな芸当ができるのは、発行魔道具を持っているから。入手元は砦街キャツアフォート。【バケモノ病】騒ぎによる都市封鎖のどさくさに(まぎ)れて回収した。


 情報操作だって完璧だ。

 組合の魔造結晶体【清浄なる娘(ドーター)】に偽装データを流し込んでいる。苦労して不正侵入経路(バック・ドア)を設置した甲斐があった。


「到着しました。この建物が冒険者組合ドライ・キャニオン支部です」


「ほう、渓谷入口を塞ぐかたちで建設しているのか。目的は不正侵入を防ぐため……、いや違うな。構造物の造りが、内側に対して備えているぞ? 

 ああ、ダンジョンから湧く魔物を外部に出さないためか。なるほど、防壁を兼ねているのだな」


 建物は、頑丈な砦みたいだ。

 大きな加工石を積み上げており、高さは二十メートルほどもある。位置は、切り立った崖にある亀裂の真正面。

 防壁の形状は、緩やかな円弧状になっており、迷宮側にむかって、防御を固めている。


 建屋内の中央ホールは広かった。

 受付カウンターや談話スペース、掲示板などが並ぶ。

 人間も多くて、現役冒険者や職員、業務依頼者などが忙しそうに動き回っている。

 

 争う声が聞こえてきた。


「何度も言わせないでくれ。もう、俺はギルドに金は預けねぇ。他所(よそ)の銀行に移すと決めたんだ。全額引き出しするから、さっさと渡してくれよ」


「そ、そんな悲しいこと言わないでください。わたしを信じられないんですか?」


「論点をすり替えるな。アンタ個人がどうこうじゃない。冒険者組合そのものが信用を失っているんだよ。

 どこの新聞でも書いているぞ。組織ぐるみで、他人様の金銭をちょろまかしているってな」


 口座解約で揉めているらしい。

 ベテラン冒険者が全額引出しを申請し、担当女性が引き留めていた。

 しかも、背後にも解約希望者たちが並んでいる。誰もが早く処理しろと苦情の声をあげており、けっこう騒がしい。


 シンは、(いさか)いの内容を聞いて、密かにほくそ笑む。


「ほほう、マスコミを利用した情報戦は順調だな。報告で知っていたけれど、(じか)に見ると実感がわいてくる。うん、なんだかうれしいな」


「ええ、預金口座解約の動きは各地で発生しています。預金流出は拡大傾向ですね。組合の【清浄なる娘(ドーター)】から抜き出した財務情報でも確認しています」


「まあ、自業自得だな。報道機関各社に流した情報は、すべて本当のことばかり。組合組織の違法行為は、ずっと続いてきた。

 犯罪内容は、横領や脅迫から殺人に至るまで多種多様だ。もう、弁解の余地はない。現役冒険者や関係者たちが、完全に見放す時期は近いだろうよ」


 やがて、本格的な取り付け騒動が始まるだろう。

 預金者たちは、自分のお金を手元におこうと受付窓口に殺到する。

 そのとき、ギルドの対応はどうであろうか。連中のマスコミ対策をみるかぎり、まともな対処は不可能だと推測できてしまう。


「うん?」


 シンは視線を感じてふりむいた。

 数人の冒険者が、こちら側を注視しているのだ。さり気なく雑談をしつつも、でも確実に観察している。しかも、複数のグループが関心をむけていた。


 横にいたルナがクスリと笑う。


「あらあら、わたしたちモテモテね。あの人たちは、相応の実力者よ。だからこそ我々に注目し……、というか無視できないの」


 彼女いわく、彼らは“できる”連中だという。

 等級でいえばB級以上のベテランたち。迷宮内で魔物相手に連戦を続け、かつ生き残ってきた古強者だ。


 実力者は、相手の力量を見極める目を持っている。

 たとえば、人が歩く動作からだけでも、様々な情報を読み取ることが可能だ。

 重心の移動。足運び。中心軸のあり方とその揺らぎ具合。筋肉の緊張と脱力のバランス。骨格の動きなど。

 それらは、ズブ素人と武芸に通じた者を比較すれば、まったく違ってくる。


彼女の説明は続く。


「彼らは感づいたのよ。わたしたちが、並外れた”力”をもっていることにね。だから気になってしまう。当然よね。

 自分たちの縄張りに見知らぬ凄腕が現れた。どこのどいつだ? イザというときに協力体制をとれるのか、あるいは敵対関係になるのか」


「ああ、そういうことか。でも、よかった。また、魔力を野放図に垂れ流して失敗したのかとおもった」


 シンは、見知らぬ冒険者たちを怯えさせたことがある。

 初めて人間社会に接触したときのことだ。砦街キャツアフォートを訪れたのだけれど、自身から自然放出する魔力を制限していなかった。

 現在は、自己制御しているし、さらに流出防止の魔道具を装備しているので、問題ないはず。


「それにしても、私は、それほど注目される存在なのか? さほど対人戦闘の経験はないのだし。ルナや護衛隊の者たちならば納得するけれど」


「え~、本当に自覚なしなの?」


 彼女によれば、シンも充分に実力者だ。

 冒険者等級に当てはめるならば、物理戦闘能力だけでB級以上。魔法や錬金術による戦闘技術を加えれば、A級、あるいはS級認定されても不思議はない。


 ただし、彼が(たお)してきたのは魔物ばかり。

 過去十年間、主な活動領域は【邪神領域】であったからだ。

 凶悪なモンスターが群れを為して徘徊しており、そもそも人類は生存不可能な場所。生き延びるため、やむを得ず狂暴なバケモノと戦ってきた。

 人間と対戦するどころか、出会う機会すらなかったのである。対人格闘の経験がないのも、いさ仕方ない。


 ルナは、ヤレヤレといった風情で言葉をかえした。


「まあ、あなたの本質は研究者だものね。魔導師、あるいは錬金術師たる者の最終目的は、宇宙万物の絶対真理を探究すること。対人戦なんかに興味は持てないわよねぇ。

 でも、もう少し他人に注意を払うべきだわ。特に敵地ではね」


 彼女によれば、シンも“見極める目”はあるはず。

 対象は魔物ばかりとはいえ、過分なほどに戦闘経験を積んでいるのだ。相手が人であっても、脅威度くらいは認識できるであろう。


 問題なのは、彼が人間に無関心なこと。

 目的意識が、己の寿命を延ばすという一点に集中しているせいで、それ以外は疎かになっているのだ。他者の力量がどの程度かなんて気にもしない。というか、関心の埒外だ。


 シンは、ルナの指摘に当惑してしまう。


「ご、ごめんなさい? なぜ、私が叱られているのか、よく分からないが」


「はぁ~、別にかまわないわ。あなたは、今までどおりに自分のペースでやってちょうだい。邪魔者の排除は、わたしたちがやってあげるから」


 彼女は、やれやれと背後を振り返える。

 護衛隊のいつものメンバーがいた。

 プラタナス隊長はウンウンと(うなず)き、巨漢のムクロジも厳つい顔でフムフムと同意する。治癒系魔導師のエリカに(いた)っては、“頼ってくださ~い”と身体をウネウネとさせていた。

 訳が分らんぞ……。


 他愛ない会話をしつつも、申請手続きを済ませる。

 組合建物を通り抜けて、ダンジョンに続く道に出た。細い一本道で、距離は千メートルほど。両端には高さ五十メートルほどの崖がそそり立っている。


 迷宮入口は、枯れ渓谷の最奥にあった。

 大きなゲート()が、赤茶けた巨大岩石の中央部に築かれている。全高約五メートル、横幅約三メートルで、アーチ状に石を積んだもの。床部分は水平に(なら)しているうえ、石板をきれいに敷き詰めていた。


「いやいや、完全に人工の建造物じゃないか。これが自然にできたというのは嘘だろう」


「お疑いはもっともです。しかしながら、組合も領地貴族も、自然発生的なものだと断じています。もともと、この荒野は人間の生活圏ではありませんでした。不毛な土地に、わざわざ建物をつくるだとか、トンネル工事をする価値がありません」


「なんとも不思議なことだ。人類が認識していない未知の存在が介入しているのか? あるいは、ダンジョンとは“こういったモノだ”と受け入れるべきか。時間に余裕があれば、詳しく研究調査したいのに」


 残念なことに、今日の目的は試験的攻略(トライ・アタック)

 一行は迷宮へとはいった。

 チーム編成はシンとルナと護衛役の三名、合計五名だ。

 なお、別の二組が、彼らを前後に挟んで警護している。今回の迷宮攻略作戦のため、ツクモ族から優秀な魔導師と錬金術師を選抜していた。


 特に、アルケミスト(錬金術師)たちの役目は重要だ。

 今回、広域殲滅型魔法を発動させるためのサポート役を担っているからだ。検証試験は完了しているけれど、実戦投入は初の試みである。

 また、迷宮内という危険で、かつ環境状況が不明な場所での初投入。予想外のアクシデントに備える必要もあるし、彼らの補助は欠かせない。


 迷宮内部はけっこうな明るさだった。

 壁や床自体が発光しており、松明(たいまつ)やランタンなどは見当たらない。


「ほう、想像以上の謎空間だな。錬金技術で、建材自体に照明機能を持たせる技術はある。しかし、エネルギー供給の問題があるから、局所的な利用に限定するのが普通だ。通路、いや迷宮全体を照らせるほどに【理外理力(フォース)】が潤沢なのか。それとも別の……」


彼女が呆れて、彼の背中を押した。


「はいはい、さっさと歩く。後ろがつかえているから、通行の邪魔にならないように。研究熱心なのはいいけれど、警戒を疎かにしないで」


 ルナは、ブツブツと呟くシンを叱った。

 彼の緊張感に欠ける言動は、ちょっと心配だ。

 ここは、多数の魔物が巣くう危険な場所。ほんのちょっとした不注意がトラブルを招く。下手をすれば、生命を落とす可能性もあるのだから。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:516/516

 MP:745/745

 LP:218/240

 ※補足事項: 制御核に欠損あり


 活動限界まで、あと二百十八日

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新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[一言] ギルドは完全崩壊目前ですな。 ダンジョンは超越存在が創ったみたいだね。
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