6-17.迷宮都市
シンは、愛騎のウコンに騎乗して移動中だ。
一行は隊商を装っていた。
まあ、実際に荷物は多く、軍資金獲得のための交易品を運んでいるから、偽りではない。
荷運びの二脚竜は十数頭もいる。
さらに、硬殻兵士が三体。
体長二メートルを超える巨体で背荷物を担いでいた。
素の外見は厳つくて非常に目立つので、労働者風の衣服を着せてある。わざわざ汚して着古しの感じにしたうえに、頭をスッポリと覆うフード付きだ。
これなら、非生物だと気づかないだろう。
隊商の前後には警護チームが展開していた。
上空にもツクモ族鷹タイプが旋回して、周辺警戒をしている。冒険者組合に対する用心というよりも、単純に治安が悪いのだ。
実際、移動中に野盗の類や魔物に襲われた。
もちろん、どの敵も退けている。というよりは全滅させた。
ただ、疑問におもうことがある。アイツらは、襲撃相手の力量を推し量ることをしないのだろうか? ちょっと注意すれば、死なずに済んだものを。
「ずいぶん到着予定日から遅れている。道中を邪魔されたのも一因だけれど、それ以上に準備に手間取った私が原因だよなぁ」
ルナは、騎竜サコンのうえから返答した。
「あら、そんなふうに思っていたのね。わたしは、よくぞ短期間で準備完了させたと、感心したくらいなのに。
検証試験は済んだとはいえ、改善すべき項目は多数あったのよ。初の実戦投入なのだから、念入りに作業をして当然だわ。
ついでに言うけれど、担当技官たちは連日の徹夜仕事で疲労困憊だったのよ」
「アハハ。それは悪いことをした。本作戦が成功したら、彼らになにか適当なものを贈っておこう」
シンが準備していたもの。
それは【神授報酬】で得た魔法に関することであった。
彼は、神々からの請負仕事を幾度も成功させており、報酬として様々な知識や物品をもらっている。今回、そのうちの一つを使用するつもりだ。
具体的には、戦略級の広域殲滅型魔法。
これを発動させるには補助用の魔道機器が必要になる。
なので、わざわざ本拠地の【岩窟宮殿】に戻って用意したのだけれど、けっこう時間がかかってしまった。
並行して、身体再生処理も済ませている。
ほんの少しだけれど、LP数値の底上げもできた。
時間的に余裕があれば、魔導の研究ができたのに残念だ。
さっさと冒険者組合との抗争を終結させよう。今まで収集した書籍や学術研究書はたくさんある。これらを解析して、本来の目的である寿命延長を実現させたい。
ルナが続けて語る。
「それにしても、攻撃対象が“迷宮”だとは意外だわ」
「ああ、ツクモ族の三賢人と協議した結果でね。
冒険者ギルドを恫喝するために、【神授報酬】で得た魔法を試したかった。
ただ、コイツは、威力が強大すぎるせいで使いどころが難しい。我々の武威を示しつつ、被害を限定的にするには、ダンジョンが適していたのだよ」
核爆弾を重要拠点に落とすようなものだ。
たった一発の魔導発動で対象地域にあるもの全部を破壊する。跡には何も残らず、荒涼とした荒れ地が広がるばかり。もう、戦略級核爆弾と表現しても良かろう。
迷宮なら、被害範囲を限定できる。だから攻撃目標に選んだ。
補足すると、核兵器とは違う点もある。
この大規模魔法は、破壊程度や対象範囲を調整できるのだ。
最小レベルだと、非殺傷で人間を無力化。最大効果を望むなら、有効領域内のすべてを灰燼に帰するまで可能だ。
また、効力発揮の時間も異なる。
核爆発は一瞬だけれど、コレはゆっくりと効果を発揮するタイプだ。
「冒険者ギルドが感じる恐怖は、相当なものだろうね。攻撃対象は迷宮に限定するつもりだけれど、連中は知りようがない。いつ何時、己が攻撃されるとおもえば、恐れ慄いて当然だ」
想像してほしい。
核爆発が、ごく身近な場所でおきることを。
住み暮らす街や勤務地の近辺が、廃墟と化すのだ。
次は、ここが狙われるかもしれない。
自分や家族が殺される前に、安全な土地に逃げようか。
でも、どこに? 非難した先で、巻き込まれてしまう可能性だってあるのだ。どうしよう、どうしよう……。
シンは騎竜の上で揺られながらも説明を続けた。
「迷宮攻撃は、ギルドの財政基盤を破壊する意味もある」
ダンジョン経営は、組合に多大な利益をもたらしている。
とにかく儲かるのだ。
理由は幾つもあって、それらが相乗効果を生み出していた。
高価格な天然資源が収穫できること。
しかも、時期に左右されず、安定した供給だ。
長期間にわたって運営しているので、輸送費や人件費などの運営費用が最適化していた。
人材も豊富だ。活動する冒険者層は厚いし、人的新陳代謝もある。新人教育からベテラン、最後に引退するまでのサイクルが確立していた。
「前世知識だけれど、【パレートの法則】というのがある。
【20:80の法則】なんて表現するほうがイメージしやすいかな。例えば、“仕事成果の八割は、勤務時間の二割で出している” といった類の経験則でね。
まあ、何ごとも分布に偏りがあるって話だ。ソレを知っていると、たまに役立つ豆知識だよ」
「ふ~ん。それが今回の作戦と関係するのかしら?」
「ああ、大ありだ。冒険者組合の収益構造にピタリと当てはまる。つまり、連中の地域別売上上位の約二割が、経常利益の八割を占めていた。
で、上位地域の内訳が、複数の迷宮と邪神領域だ。
この情報は、ギルドの魔造結晶体【聖母】をハッキングして得ているから、間違いない」
シンは組合の事業運営に痛撃を与えたい。
既に邪神領域近辺の輸送網は半壊状態で、利益を激減させていた。
さらにダンジョンをいくつか消滅させれば、営業収支は急激に悪化するはず。ごく短期間でアイツらは経営破綻にいたるだろう。
遠目に、都市が見えてきた。
街道の途中に、数人の男たちが待機している。
「我が君、お持ちしておりました」
彼らは先遣部隊だ。
今回の作戦実行に先立って、現地に入って各種準備をしてくれている。たとえば、迷宮や組合支部についての情報収集。予備調査としてダンジョン・アタックも幾度か実施していた。
また、活動拠点も確保済みだ。
シンの宿泊先だけでなく、複数の隠れ家を用意している。
「借り受けた家屋にご案内いたします」
「ありがとう。それと先行しての準備作業、ごくろうさま」
宿泊先は、少々くたびれた一軒家。
二階建てなのだけれど、全体的に造りが小さくて手狭なかんじだ。
迷宮都市は不動産物件が少ないうえ、物価が高いらしい。結構なお金を積んで、強引に期間限定の賃貸契約を交わしたという。
ずいぶんと苦労したようなので、ちゃんと労っておく。
休憩後、先遣隊リーダーによる概要説明がはじまった。
「ダンジョンの正式名称は【枯れ渓谷の迷宮】。
冒険者には儲かる場所として人気があります。脅威度は低~中程度なのですが、収穫物が豊富で高価値のものが多いためですね。
スコティ連合王国だけでなく、大陸内でもかなり有名です」
「じつに手頃な標的だな。【神授報酬】で得た殲滅魔法を試すには、ちょうどいい」
サイズは大きすぎず、小さすぎず。
冒険者組合だけでなく大陸全体に与える社会的影響も多大であり、なにかと都合が良い。
戦闘面でも楽勝だろう。
なにしろ、湧き出る魔物は、【邪神領域】のバケモノと比較すれば温いくらい。なお、最深部のボス級とは対戦回避するつもり。
中層部で件の魔法を発動させる計画なので、わざわざ危険を犯す必要なんてない。
「迷宮の所有権者はスコティ連合王国です。運営実務は、ギルドが請け負っています」
組合が業務委託を受けるパターンは多い。
理由は、国家が直接経営すると赤字になるからだ。
どこの世界でも同じで、行政組織は商業活動に不向きである。
お役所仕事は非効率で無駄が発生しがちなせいだ。
前例踏襲主義で新しいことにチャレンジしない。
生産性のない会議が延々と続く。
稟議書は責任回避のため。縁故採用が横行し、不要な役員配置がまかり通る。採算割れする原因はいくらでも挙げられた。
結局、経営を丸投げして、税金を徴収するほうが、割が良かったりする。
「現在、到達最高深度は第二十一層。十八年前の記録です。それ以降、更新履歴はありません。なお、冒険者たちの主な活動場所は第八~十二層。たまに第十五層付近にまで行くチームが幾つかある程度です」
「ふ~ん、迷宮攻略は諦めているのか。 “冒険者”と名乗っている割にチャレンジ精神がないなぁ。ずいぶんと腑抜けている。
気概が欠けるというか、安定した生活を優先するなんて、看板に偽りありだ」
本来、迷宮は攻略対象である。
なぜなら、人間に仇為す害悪なのだから。
危険なモンスターを生み出し、人類生存圏を侵食する。歴史上、ダンジョンのせいで、滅亡した国家や都市は数多い。
「ええ、ご指摘のとおり“冒険”の呼称と実態に落差はありますね。
ただ、そうなる事情もありまして。
【枯れ渓谷迷宮】は脅威度が低いと評価されています。理由は、過去百年のあいだ、魔物が外部進出した記録は皆無なためでして。
無理な征伐は手控えて、有効活用するとの方針は、間違いではありません。儲かるなら、攻略せずに利用するのは経済的に正しいでしょう」
「なるほど、そんな解釈もありか。危険性が低いなら、冒険者に任せても問題ない。
本当に危ない状態になった時点で、魔導貴族が出張って討伐すれば良いだけ。国の指導層がそう判断するのは、合理的だな」
メリットとリスクが均衡しているのだ。
価値のある天然素材を収取できる。いっぽうで、バケモノどもは閉じこもったままで、外に出てこない。
上手に扱えば、疑似的鉱山として活用できるワケだ。
「【枯れ渓谷迷宮】の概要は理解できた。説明をありがとう。
ところで、根本的なところで疑問がある。そもそも、ダンジョンとは何なんだ?」
「まったくもって謎の存在ですね。明確な答えはありません。
聞き取り調査によれば、なにの前触れもなく、突然に出現するそうです。逆に不意に消滅してしまう事例もあるとのこと。
形状も多種多様で、最も多いのが地下に階層を為すタイプ。他には、巨塔型やドーム状構造体など。火山や森林など特定領域が迷宮化する場合もあるらしいです」
迷宮について、さまざまな仮説がある。
研究者いわく、一種の環境型魔物ではないかと。
異世界異次元と接続している特殊領域だと唱える学者もいた。
諸説紛々で確定した説はない。検証方法なんてないのだから、誰もが納得できる説明なんて無理なのだ。
「まあ、ここで議論しても無意味だろう。明日、迷宮に入るのだし、軽く調べるのも一興だ」
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:218/240
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと二百十八日