6-14. 舐めるヤツはつぶせ
シンは、カンナと話すべきだと判断する。
今回の作戦立案をした本人に、どんな意図があったのかを尋ねよう。なにごとにつけ、問題を解決するための第一歩は、正確な情報を得ることだ。
自分ひとりでウジウジと悩んで、思考の袋小路で迷うなんてしたくない。
【念話ネットワーク】経由で、相手を呼び出した。
『やあ、カンナ。先刻、昨夜の作戦結果の報告をうけた。
冒険者組合の【粛清執行者】を全滅させたとね。まず、作戦総指揮者の貴女に祝意と労いの言葉を伝えたい。よくやってくれた。すばらしい成果だ。そしてご苦労さま』
『はっ、ありがとうございます』
彼女は素直に謝辞を述べる。
ただ、作戦に関わった者たち全員の尽力があってこそ、本作戦は成功したのだとも。さらに関係者全員を褒めてほしいと願ってきた。
彼は、その提案を認める。
結果をだした部下に報いるのは、組織トップとして当然の義務だ。なにか適当に記念品と報酬を贈ると約束した。
挨拶と軽い前置きを済ませたのち、本題をきりだす。
『さて、今回の作戦結果について確認したいことがある。無残にも野晒になった首には、私に対する隠れたメッセージがあると感じた。
そこで貴女の真意を聞かせてもらいたい』
シンは強い意志をもって質問をなげかける。
詰問調にならないように配慮しているけれど、内容が問い質すことなので、どうしても口調は厳しい。
本音を話せと、言外ににおわす。虚偽だとか、意図的に話題を逸らすことを許すつもりはない。
【念話ネットワーク】は、彼の強硬な想念を正確に再現した。
この魔導通信技術の特徴は、利用者の感情をダイレクトに伝えること。ある種の精神感応と同じだ。遠距離であっても、言語情報以外の気持ちや情動までも伝達してしまうのだ。
対するカンナも毅然とした態度で応える。
相応の覚悟をもって会談に臨んでおり、真正面から、彼に意見するつもりだ。下手に言い訳するだとか、誤魔化す様子は微塵もなかった。
『わたくしの心中をお伝えする前に、ご承知していただきたいことがあります。それは、ツクモ族の忠誠心。我々は、貴方さまに敬愛と感謝の念を持っています』
彼女たちは、シンの手によって【奈落】から救済された。
あそこは脱出不可能な“魂の牢獄”。輪廻転生することすら許されず、延々と続く苦しみに喘ぐだけの場所だ。
そんな地獄から、安息の地上へと助けあげられた。
誰もが恩義を受けたと感じている。だから、主君の役に立つなら、自分の命を捨ててもかまわないと思う者だって多い。
カンナは告げる。
いまからする諫言は、彼を想ってのことだと。
けっして、蔑ろにするだとか、軽んじるつもりではない。それを認識したうえで聞いてほしいと、丁寧な口調で前置きをした。
『単刀直入に申しあげます。我が君は、人間社会との接し方を改めるべきかと。誤解を恐れず正直に言うと、シン・コルネリウスという若者は“舐められて”います。はやめに修正しないと、将来はさらなるトラブルに遭遇するのは必至でしょう』
『私はそんなに“甘い”かね?』
『ええ、いささかながら。わたくしは、貴方さまの“寛容”や“おおらかさ”だと解釈していますけれど。
ただし、問題は受け手側にあります。
冒険者組合は、我が君の不殺方針を軟弱さの現れだと判断しておりまして』
諜報活動をつうじて判明したこと。
ギルド上層部は、彼を優柔不断な性格だと認識している。
そう判断した根拠は、死者が極端に少ないから。
組合側が度重なる襲撃を受けて、多数の負傷者が発生しているにもかかわらず、死んだ者はごく僅かであった。
この事実を、決定的な対決を回避したいという消極的な態度だと、連中は解釈している。
シンは、つい呻いてしまった。
あまりにも彼我の認識差がズレ過ぎている。
おもわず、彼女の報告に疑義をはさんだ。
『おいおい、“対決を回避”だって? すでに戦いは進行中だ。
実際に、アイツらの事業決算は赤字確定だし、グループ会社だって幾つも倒産している。巨額の債務を背負わせることにも成功した。
いまの状況が三年も続けば、資金繰りができなくなって経営破綻するのは確実だぞ』
『ええ、経済分野での作戦は順調ですね。
しかし、冒険者組合は、自分たちは大丈夫だと思っています。
たとえ運営資金が枯渇しても、膨大な借金を抱えても、“消滅する”なんて考えていません。なぜなら、危険な魔物を狩り、人類文明圏を護る役目があるかぎり、ギルドは存在しつづける。そう確信しています。事実、彼らは何度か事業倒産していますが、再建した記録だってありますしね。
勝負の基準が違うのですよ。
貴方が経済戦争で勝利を収めたところで、連中は屈服しない。
命が残っていれば、なんとかなると経験則として知っている。そしてアイツらの生存能力は高く、けっして侮ることはできません』
冒険者は、生きているかぎり負けではないと信じている。
死ねば終わりだけれど、生存してれば逆転する機会だって掴めるだろう。みんな、自分の腕いっぽんで戦い続けてきた。組織がなくなっても、裸一貫から復活できるのだと。
『なによりも、彼らは“力の信奉者”です。
生命を賭けて戦う人物を“認める”。逆に覚悟を示さない者に対して、“甘い”と軽蔑するのです。
そして“甘い”人間は弱者そのもの。
強者に、お金や所持品を奪われ、徹底的に虐げられるだけ。そんな立場になるのを回避するには、意地でも“弱み”をみせてはならない』
『なるほど。だから、“舐められるとダメ”なのか。
自分を侮り軽んじたヤツは絶対に殺す。まるで鎌倉時代の武士だな』
鎌倉武士は、本気で面子を優先する。
目先の利益を捨てて、名誉を重んじるが、その根底にあるのは、“力こそ正義”の価値観だ。儒教で思想的教育を受けた江戸時代のソロバン侍とはまったくの別物である。
ヤクザと同じで、己の“力”を誇示しなければならない。
最低限でも、他者に“手を出すとヤバい奴”と思わせる必要がある。
結局、面子を大切にすることが、長期的に所領財産を維持できるのだから。
背景にあるのは、自力救済社会であるということ。
この異世界や鎌倉時代で共通しているのは、被害者は独力で取り返すのが唯一の方法だ。国家や司法機関は、一般市民を保護してくれない。
グリアント王国やゲルマーナ連邦国など、大陸でも文明化が進んだ国であってさえ、基本的人権なんて“ない”。あるとしても、第一身分(聖職者)や第二身分(貴族)といった支配者階級にのみ適用される。
第三身分(平民)は埒外だ。
故に、自身の身を守るため、寄り合って互助組織をつくった。弱く小さな小魚が集まっておおきな群れをつくるように。
具体的には、石工組合や運送業者協会など職種別団体。あるいは教会を中心にした地域コミュニティ。ちなみに冒険者組合も同じような経緯で成立している。
カンナの話は続く。
『良い機会ですから、もうひとつアドバイスを。
我が君の美点として“謙虚さ”を挙げることができます。
貴方さまは優秀でありながらも、驕り高ぶることがありません。
世界でも数少ない【神の指先】であるうえに、歴史的にも稀有な権能【言祝ぎ】の使い手。
さらに魔導師としても最上位クラスに位置する。
錬金術分野においても同様ですね。
古代魔導帝国の英知の塊、魔導結晶体【ミドリ】をして、貴方の錬金術関連の知識は人類未踏の域にあると言わしめた。
突出した才能と実績があるにも関わらず、常に控えめですわ。
特に魔導探求や学術知識の獲得においては、低姿勢で教えを乞うことを躊躇わない。人間として、まことに立派な態度です』
『ああ……』
シンは褒められても、他人事のように感じてしまう。
指摘内容は正確なのだけれど、己自身への評価だと思えないのだ。前世日本人の自己肯定感の低さが、原因かもしれない。
彼女は美点を並べるだけではなかった。
ちゃんと問題点も告げるのだ。
『しかしながら、“謙虚”は、馬鹿者には理解できません。
愚者は、軟弱さの現れと勘違いして、つけあがってしまう。
この徳目を認めるか否かではなく、それ以前に“謙虚”という概念そのものが欠落しているのです。
これは個人だけではありません。組織だとか、民族や国といった単位でも見受けられることなのです。良い事例が、今回の冒険者組合ですね』
彼は、素直に彼女の指摘に同意した。
たしかに“謙虚”な姿勢は万能ではない。
前世でも一定数の割合で“馬鹿”はいたし、この異世界ならば多数派だ。彼の心内に残存している日本人的感覚で活動していたら、勘違いする阿呆どもが大量発生してしまう。
『我が君は、いま少し態度を改めるべきです。
むろん“謙虚さ”をなくせとは申しません。
ただし、相手を選んでください。
なによりも“舐められたらダメ”です。
貴方さまを侮り過小評価する輩は、絶対に潰さねばなりません。無知蒙昧な者どもに恐怖を刻み込んで、二度と逆らえないようにせねば』
『言いたいことは理解した。貴女の忠告に従って、他者との接し方を修正しよう。耳には痛いが、私の為になる良いアドバイスであった。感謝する』
『こちらこそ、ご承諾いただき誠にありがとうございます』
彼には、カンナが心底からホッとするのが分かった。
【念話】は細やかな感情まで伝達するためだ。
諫言という行為は、どうしても緊張する。相手に嫌われることを承知で、厳しく諫めるのだから当然のこと。
彼女は張り詰めていた気が解れたのだろう。
つい、余計なひと言をポロリとこぼしてしまった。
『いや、助かりました。部下たちからの要望や意見具申が多くて大変だったのです。さすがに、我が君への直接的な申し立ては遠慮したようですが。
代わりにわたしの元にやって来て。全部を聞いてやるには時間は足りず、無視すれば暴発する恐れもあって、対応に苦慮していたのです』
『あ~、それはご苦労さま。貴女には迷惑をかけたようだね。
ちなみに、集まった意見や提案は、どんな内容だった?』
カンナは申し訳なさそうに説明する。
話をきいたシンも呆れて頭を抱えてしまった。
主張の中身が酷すぎる。というか過激すぎて、直訴されなくて良かったと本気で思う。
たとえば、【邪神領域】を狩場にする冒険者ギルド拠点への強襲。
地域は十数か国に及ぶのだけれど、すべてを攻撃対象としていた。投入する戦力は、万単位のゴーレム軍団で、一時的に都市や町を占領することも容認する作戦計画だ。
あるいは、組合総本部への直接攻撃。
大規模破壊魔法で、内部の人間もろとも建造物全部を消滅させる。同じタイミングで、他国に設置してある地方拠点も襲って、殲滅する内容だ。
他には、組合役職者への暗殺計画だとか、現役冒険者への無差別テロ攻撃など、どれも過激なものばかり。
―――全然アカンやん。もう、ガチの全面戦争やんけ。
こんなん実行したら、抗争終結どころか戦いがエスカレートするばっかりやで。
いつから、ウチらは魔王軍になったんや?
【邪神領域】に接するうんぬんって、攻撃対象が国家やんけ。何ケ国も同時に侵攻するって、世界大戦でも始めるつもりやな。
どいつもこいつも血の気が多すぎる。
かといって、抑制するばっかりも問題やしなぁ。
上から抑えつけるばかりやと不平不満が溜まって、いずれ爆発するし。
怒りの矛先が、ウチに向かうのは勘弁してほしいなぁ。“可愛さ余って憎さ百倍”なんて言葉もあるくらいやし、どないしよ。
シンを殺すのは簡単だ。
ツクモ族に殺意があれば、彼には抵抗できない。
なにしろ、彼には致命的な弱点がある。LP数値(寿命)がゼロになった時点で、活動限界を迎えて死んでしまうのだから。
彼の身体を再生処理する装置を破壊するだけで、容易に実現できてしまう。あるいは、処理中にパイプ一本を引き抜くだとか、特殊溶液に毒を混ぜても良い。
『不殺という基本方針は改めよう。
経済分野への攻撃だけでなく、攻撃範囲を広げるのも了承する。
しかし、国家への侵攻だとか無差別テロなんぞは、断じて認めない。“舐めたヤツをぶっ殺す”と、闇雲に暴れるだけでは、果てしない消耗戦へと突入するぞ。
我々が戦う相手は、悪党どもだけだ。
具体的にいうなら、冒険者組合の腐敗したトップたち。横領などの犯罪者や【粛清執行者】などの反社会的団体など。
この条件を満たしたうえで、作戦計画をまとめてくれたまえ』
シンは方針転換を決定した。
もう、大量の死者がでるのを容認して、短期決戦で一気にカタをつけるよう。舐めた態度をとる愚者たちを、まとめて潰したうえで、勝負を決するのだ。
『ああ、それと計画に組み込んでほしい件がある。
先日、検証試験を済ませた魔法……、いや戦略級広域殲滅型の【神からの報酬】と表現するほうが正しいか。
アレを使えば、さすがに馬鹿者でも目が覚めるだろう』
『えっ、本気? 以前、危険すぎて使用不可能だとお伺いしておりましたが。ほんとうにやるんですか』
■現在のシンの基本状態
HP:502/502
MP:731/731
LP:137/214
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと百三十七日