6-13.狂乱の四兄妹(後編)
ヌルデは両腕を組み、立っていた。
その足元には、粛清執行者たちが倒れている。一見すると眠っているみたいだが、すでに心臓は停止状態。
宣告したとおり、苦痛を与えずに命を奪ってやった。
背後では、古屋敷がゴウゴウと燃えている。
大きな火災なのだし、遠方からでもよく見えるだろう。夜間とはいえ、ぼちぼち人々が集まってきそうだ。野次馬は蹴散らせれば良いが、治安当局の勢力を相手にするのは少々面倒くさい。
そろそろ、撤収すべき頃合いだ。
「おう、ネメシア。戻ったか。頼んでいた仕事はどんな具合だ?」
少女が大型狼に乗って、彼の傍にやって来た。
動物の背は不安定なのに、器用にバランスを取っている姿は、不思議と様になっている。
「うん、みつけた。わたし、えらい?」
「おお、偉いぞ。さすが俺のかわいい妹だ。よしよし」
素直に“エヘヘ”と喜ぶのは、ネメシア・ロンギヌス。
【狂乱の四兄妹】の末妹で年齢は十歳だ。
彼女は、兄に頭を撫でられるのが嬉しくて、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
容姿はきれいに整っている。今は幼いので可愛さが勝っているけれど、将来は美人になることは確実だ。
この少女、【狂群】と呼称されている。
“狂”の文字があるのは、個性的すぎる兄姉のせい。
不幸なことに、四人兄妹だから共通の通称をつけようと安直な考えで、迷惑な“二つ名”が与えられてしまった。
当の本人は穏健な性格であり、狂暴性はまったくない。
注意すべきは“群”のほう。
末妹は【集合意識体】という特殊能力の持ち主であった。
彼女を中心にして“群れ”をつくり、個々の意識をまとめて統合。ひとつの疑似的自我を形成するのだ。
「ワンちゃんたち、隠れる男、みつけた」
少女は、怪しい人間を発見していた。
群れの仲間たちが、闇夜にまぎれる不審人物の臭いを嗅ぎ取ったのだ。
【狂群】を構成するは、ツクモ族動物シリーズ。
狼や犬、猫、カラス、ネズミなど多種多様で、共通することは【奈落】から救済された経験をもつこと。
補足すると、普通の動物を加えることは不可能だ。
本人の説明によれば、心がつながらないらしい。どうやら、精神の在り方が違うらしくて【集団意識体】に組み込めないという。
「わたし、尾行した。男、建物、はいった」
対象は、冒険者組合の監視役である。
その任務は襲撃結果の確認と報告すること。作戦実行には参加せずに、遠方で見張るだけ。こういった破壊工作をする連中、しかも一流組織は役割分担をしっかりとつけているものだ。当然、ギルドの非合法部隊はそちら側に入る。
ヌルデは、この類の運用方法を知っていた。
というか、ツクモ族全体で共有している。
情報源は、組合の魔造結晶体【聖母】と【清浄なる娘】だ。以前、ハッキングして各種情報を得た。新設した諜報部隊の調査でも、裏付けをとれっているから間違いはない。敵の手の内が分かっているなら、対策も取りやすい。
というワケで、長兄は指示していたのだ。
末妹に監視役を見つけて、追跡せよと。
「次は、ネメシアが突きとめた場所への急襲か。
本部ならブッ潰して終わりだが、単なる中継所の可能性が高い。でも、アイツらは用心深いからなぁ。面倒くさいけれど、芋づる式に上層部をたどってゆくしかあるまいよ」
実際に乗り込んで調べるしかない。
まあ、監視人や指示役を捕まえて、尋問すれば良い。あるいは資料を押収すれば、最低限の成果を得られるはずだ。
「ネメシア、おいで。お姉ちゃんたちを迎えにいこうか」
「うん、わかった」
兄妹の移動先では、凄惨な光景が広がっていた。
【土槍】が林のごとく乱立している。
その先端部には、首や手足などの人間の部位が突き刺さったまま。
地面には、大量の血溜りと、バラバラに千切れた臓物が散乱。
炎上中のする屋敷の照り返しは、すべてを赤く染めあげていた。
もう、この世のモノとは思えないほど、酸鼻極まる場面であった。
だが、長兄は大声で笑う。
「ワハハッ! 良いぞ、よいぞ。さすが、俺の妹たちだ。
これだけ強いインパクトのある絵面なら、連中に伝わるだろうよ。
敵対する者はこうなるとな! お前の皮を剥ぎ、手足を切り取ってやるぞ。懺悔の涙を流しながら、慈悲を乞うても、我々の怒りは鎮まらない。最期に首を落としたうえで、晒しものにする。
命を惜しむ者は、覚悟をきめて抗え。
だが、栄えある“ツクモ”の軍団が、敵対者を踏み潰してやる。天空にまで届く火炎で焼き尽くし、大地を揺らして地中深くに沈めるぞ。大気を引き裂く轟雷が、すべてを凍えさせる氷結の嵐が、下劣なお前たちを……」
「え~と、兄さまは喜んでいるってことで、イイのかな?」
「ああなると止まらないわ。しばらく待つしかないわね」
双子たちは呆れて、長兄をながめる。
一度、興に乗って独りよがりな演説(?)が始まると、延々と語りが続くのだ。本人が満足するまで、誰も制止できない。
もっとも、最後まで付き合う聴衆はいないのだけれど。
「いま、俺は猛烈に感動している!
エリカコニカよ、エリカレギアよ。お前たちが創りあげた、この情景は、我らの想いを具現化したモノだ。
自分だけでなく、同胞たちの憤怒を見事に表現しているぞ。憎悪と復讐の念が渦巻くなかに、絶妙なバランスで悲哀と美しさが混在している。もはや芸術に域に達すると言っても過言ではない。
あぁ、可愛い妹たちには、類稀なるアーティストの才能が……」
「え~っと、ありがとう?」
双子は曖昧に返答する。
褒められたのは嬉しいけれども、血生臭い遊びに興じただけだ。彼女たちが意図した結果ではない。
幸い、兄は勘違いしてくれた。
実態を報告しないで黙っていれば、バレることはない。ただし、長兄の独演会に付き合う必要はあるのだけれど。
「ねえ、エリカコニカ。いつ、終わるとおもう?」
「分かる訳ないでしょ。エリカレギアだって知っているくせに」
「姉さま、わたし、ねむたい。もう、寝ていい?」
ネメシアが眠気を訴えてきた。
さすがに年齢が十歳ほどの娘には深夜残業はきつい。
ふだんであれば、兄姉たちが気を利かせて、充分な睡眠時間を確保してやる。だが、今回ばかりは重要任務ということもあって、無理をさせしまった。
ちなみに、末妹が舌足らずな口調になるのには理由がある。
“群れ”を構成する動物たちの影響を受けてしまうからだ。彼女は【集合意識体】の主意識であるが、多数派である動物たちの影響を受けてしまう。
ただし、頭が悪いということではない。
特性として、感覚的あるいは直感に優れており、逆に論理的思考が苦手という表現が正しいであろう。
姉ふたりも、妹には甘い。
少しばかり睡眠をとっても問題はないと、判断した。
年端もゆかぬ末妹は、ちゃんと仕事を完遂したのだから。
「いいわよ。抱っこしてあげるから、こちらに来なさい」
「うん」
双子は、ネメシアに腕をまわしてやる。
三人一緒に座り、大きめのポンチョを被って暖め合った。
小さな子供は体温が高くてポカポカしているので、両脇の姉たちまでウトウトとしてくえる。愚兄の独演会は続いたままだし、放置しておこう。
いっぽうのヌルデは、三姉妹への関心が薄れていた。
敬愛する主君を褒め称えることに熱中しており、極端に意識野が狭くなったせいだ。すでに、粛清執行者たちを返り討ちにしたのだし、任務は完了している。
サッサと撤退すべきだが、その判断を下せない状態であった。
「我が君に対する崇敬の念は、いや増すばかり。けっして減退することなく、日々積み重なってゆくのだ。
それゆえに、俺は歯がゆい。
愚劣極まりない連中に懲罰の鉄槌をくだすべきであろう。おの御方は、温和な性格なこともあって、お下知の内容が手緩い。
だからこそ、あえて過激なメッセージを残そうではないか!
マスターは聡いのだから、間違いなく我々の想いをくみ取ってくださるはずだ。でなければ、さらなる……」
彼のいう“メッセージ”。
無数の晒し首でつくった伝言の宛先は、もちろん冒険者組合だ。
ただし、それだけでは“ない”。
ツクモ族の盟主こそが、ヌルデが想いを伝えたい本命であった。
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翌朝。
シンは隠れ家にいた。
一階は店舗になっていて、昨日、このカフェで錬金術師のグレゴワール翁と会話をした場所である。建物の最上階フロア全部を買いとり、活動拠点用に改装した。
ちなみに、他にも十数か所のセーフ・ハウスを設置しており、諜報部隊や破壊工作員が使っている。
昨夕、影武者がカフェを出た。
こちらの思惑どおり、監視人は騙されて、事前に準備した古屋敷へと意識をむける。連中なら、当日中に襲撃すると予測して、罠をしかけたのだ。
作戦結果の報告をするのは、筆頭女官タチア。
地味な装いであるが、衣服越しでも見事なプロポーションなのが見て取れる。特に胸のあたりが窮屈そうで、おっぱいがブルンブルンと揺れていた。成人男性にとっては、目の毒でしかない。
「ええ、作戦は成功いたしました。粛清執行者たちは、仕掛けにかかって全滅です。さすが【狂乱の四兄妹】ですわ。彼らの丁寧な仕事は、冒険者ギルドに対する良いメッセージとなることでしょう」
シンは頭を抱えてしまう。
彼女は“丁寧な仕事”と表現したが、その内実は陰惨で残酷極まるもの。
【念話ネットワーク】経由で送信された現場画像には、数百本もの【土槍】が林のように乱立していた。槍先に刺さっているのは、首や手足などの切断された部位だ。地面には無数の血溜りと、人の臓物が散乱している。古屋敷が全焼したせいで、肉片は焦げてブスブスと燻ぶったまま。
画像データなのに、血生臭い幻臭がして、吐き気を催すほどだ。
「興味本位で尋ねたいことがある。この結果について、貴女の感想を聞かせてほしいのだが」
「完全勝利ですわ。文句なんて付けようがありません。
冒険者組合のヤツらを苦々しく思っていましたが、ザマアみろといった感じですね。スカッと爽快な気分です。我が君に害をなす悪党どもはすべて皆殺し。連中の屍は晒しモノにされて当然のこと。
できれば、わたくしも作戦に参加したかったですわ。
「……、わかった」
彼女の意見は、ツクモ族内で一般的なもの。
けっして少数派の反応ではなかった。
その証拠に【念話ネットワーク】で飛び交う言葉は、どれも肯定的なものばかり。みんなして【狂乱の四兄妹】を褒めている。彼らを非難するものはゼロだ。
「今回の件でハッキリとしたな。以前から、うすうすと感じていたが確信できてしまった」
ツクモ族は、不平不満をため込んでいる。
彼らの主張は武力行使せよというもの。
関係者全員を徹底的に探しだして、報復するべきだ。泣いても懺悔しても許してやらない。単に殺すだけではなく、苦痛を与え、八つ裂きにして、地獄の底へと叩き落してやる。
そんな物騒なことを、誰もが口にしていた。
根本的な原因は、シンの戦略方針にある。
原則として直接戦闘を回避。敵味方の死傷者をださない。
主戦場は経済分野であり、敵方の経済活動に打撃を加えて、勝利を得るつもり。
「私が意識しているのは“出口戦略”だ。
簡単にいえば、決着のつけ方かな。いつになるかは不明だけれど、連中とは終戦協定を結ぶことになる。
だが、双方の死者数が多すぎると、妥協できない。積もり重なった恨み辛みが邪魔するからだ」
「分かっていますわ。わたくしも、我が君の基本方針は正しいと認めております。
しかしながら、頭では理解できても、感情的に納得できません。
なぜなら、敬愛するマスターが暗殺されかけたのです。幸い、防ぐことができましたが、もし成功していたらと想像するだけで、ゾッとしますわ。
ついでも申しますと、あのクズどもは、絶対に許せない怨敵だと確定していますよ。ええ、私個人だけの見解ではありません。ツクモ族一同、皆の意見ですわ」
「それ故あっての悪逆非道な結果か。表面的には、ギルドへ“容赦しない”と脅しのメッセ―ジだろうさ。
しかし、そう単純なものではなくて、私にも向けられている。此度の血生臭い伝言は、カンナの主導によるものだな?」
カンナ・プブリリウス。
ツクモ族三賢者のひとりで、対冒険者組合作戦の実質的な総指揮官だ。此度の罠も、計画立案から実行者手配まで関係している。
彼女は、今回の結果を予測していたはずだ。
なにしろ、過激な【狂乱の四兄妹】を、わざわざ【邪神領域】から呼び出して、実行担当に配置したのだから。
特に、長兄のヌルデ・ロンギヌスは奇矯な言動が多い。
優秀だけれど、シンに対する敬意の念が強過ぎた。そんな人物が、粛清執行人をどう扱うかなんて簡単に想像できる。徹底的に嬲り殺して当然であろう。
―――問題は、不満をぶつける先が、自分になる可能性があることや。
実際、【狂信者】は言いよった。
ウチのやり方が甘すぎると。
主が判断ミスしたら、手足を切り取ってでも修正させるとも。
むっちゃ、ヤバイやんけ。
最悪、ツクモ族たちの裏切りとか反乱があるかもな。
みんな、鬱屈する感情を抑え込んどる。まるでマグマが地下でエネルギーを溜めるようなもんや。いずれ爆発するで。
なんか、対策を考えんとマズいわ。どないしよ……。
■現在のシンの基本状態
HP:502/502
MP:731/731
LP:137/214
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと百三十七日