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6-12.狂乱の四兄妹(前編)

お待たせしました。更新します。

※注意:本話にグロ表現あり。

「ちょいと、お前さんの話を聞きたいんだがよ」


 声の主はヌルデ・ロンギヌス。

 ツクモ族の魔導師だ。彼は【狂乱の四兄妹】の長男で、個性的すぎる肉親たちの取りまとめ役でもあった。


 相手の【粛清執行者(プルガーレ)】リーダーは無言で、うなずく。

 ただし、その背後にはマスケット銃を構えた部下たちがいた。

 彼我(ひが)の距離は十メートルほど。小銃の集弾率は悪いけれど、これだけ近いと何発かは命中してしまう。


 ほんの一瞬の沈黙の後、一斉射撃……。

 とは、ならなかった。

 

 理由は、射手たちは身体を動かせないため。

 全身の筋肉が硬直して、まったく自由が利かないのだ。


 ヌルデはニヤリと笑って説明する。


「おっと、スマン、すまん。事前に警告するのを忘れてたわ。お前らは、俺の制御下にある。いちおう会話は可能だが、それ以外は何をしても無駄だぞ」


 彼が使用したのは【念糸】。

 魔力で構成した不可視、非物質のモノだ。この疑似的な“糸”を、相手の肉体に突き刺して、運動神経に強制介入した。

 特徴は、普通の人間には認識できないこと。

 痛みどころか、触れた感覚すらないので察知するのは不可能だ。対応できるのは【理外理力(フォース)】を視認できる者、つまり魔導師や超戦士だけであった。

 

「ついでに、もうひとつ教えてやる。

 あの屋敷は無人だ。内部には誰もいないぞ。お前たちは罠にかかったんだよ」


「バ、バカな。ちゃんと監視人が見張っていたはず」


「ああ、知っている。三人いたけれど、あの程度の三流なら騙すのは簡単だ。いくらでも(たばか)る方法はある。

 今ごろ、我が君は安全な場所でお休みされているだろうよ」


 冒険者組合の動きは予測できていた。

 もともと、組織文化は脳筋的だし、裏仕事専門の連中のメンタリティは犯罪集団(マフィア)と同じ。問題が発生すると直接的な暴力で解決しようとする。発想は単純だし、やることはワンパターン。

 これを逆手に取れば、容易く罠をしかけられる。


「さて、本題にはいろうか。なに、難しいことじゃない。シン様に対する、お前さんの評価を聞かせほしいんだ」


 ヌルデは、ずっと粛清部隊を監視していた。

 リーダーと副官の会話も盗聴しており、その内容に関心を持ってしまう。

 当初、襲撃者たちを問答無用で殺すつもりだったのに、変更したのは興味を優先したためだ。


「移動中に話していただろ。それを詳しく語ってくれんかね」


「わ、わかった。シン・コルネリウスは極めて優秀な人物だとおもう。あくまで、個人的な意見だ。組織の見解とは違う。

 なぜ、そう思ったかって? いちおう、襲撃前に調べたんだ。粛清対象者のことは、事前に調査することにしているんだ」


 リーダーが評価する根拠は、シンの実績であった。

 まず、【バケモノ病】の原因を発見している。

 コルベール男爵領では、怒り狂う海神を鎮めて、領域内に降りかかるはずの天災を未然に防いだ。

 他にも、光学顕微鏡の発明や、各種学術レポートの発表などで、関係分野の専門家からの評判も良い。


「それだけではない。あの若者は稀代の戦略家でもある。

 冒険者組合に対する経済的攻撃なんて前代未聞のことだ。過去、ギルドと争った組織や国家は多いが、あんな方法は記録にない。

 ましてや、これだけの甚大な損害を受けたのは、初めの経験だな」


 実際、組合指導者たちは相当に焦っていた。

 今の状態が続けば、組織運営は難しくなるばかりだ。いずれ、資金繰りが悪化して事業破綻する可能性も高い。

 それ以前に、経営層は責任追及されて総辞職するだろう。


「繰り返すが、(シン)は優秀だ。錬金術だけでなく、他の分野も含めて一流の域に達している。将来、確実に歴史に名前を残すような人物だとおもう」


「ワハハッ、そうか、そうか。お前、イイぞ。敵側の人間でも“我が君”の偉大さは分かってしまうんだな」


 ヌルデは愉快そうに手をパンパンと拍手した。

 敬愛する主を褒められて嬉しかったのだ。

 ましてや、憎いはずの敵方からの高評価である。喜んで当然だ。


「うん、うん。理解できるヤツにゃ、理解できるってことだ。

 お前は見る目があるな。気に入った。

 俺も、あの御方の美点を挙げてみよう。

 まずは高潔なる精神。類稀(たぐいまれ)なる頭脳。凛々しいお顔に頑強無比な肉体美、等々。どれほど言葉を重ねても、表現することができない……」


 彼は、延々と主君を褒め称える。

 聞き手は粛清者リーダーと部下複数名だけなのに、ただひたすら熱弁をふるった。しかも、話がすすむにつれて興が乗ってくる。

 口調は強くなり(つばき)が飛び散った。台詞だけでは物足りず、全身を使っての身振り手振りでアピールする。


「……でよぉ、俺は【狂信者】なんて呼ばれるようになってなぁ。

 自分にすりゃ、“なに言ってんだ? ”ってな感覚だぜ。偉大なる“我が君”を(たた)(まつ)ることは当然のことだ。なあ、そう思うだろう」


 【狂信者】の由来。

 ヌルデは、まわりの者が()()るほどの熱狂的な崇拝者だから。

 ツクモ族は誰もが、シン・コルネリウスを敬愛している。

 困ったことに、一部には、突き抜けて異常なレベルに達するグループがあった。彼は、その代表格なのだ。


「だが、我が君にも欠点はあるんだよ。やり方が甘い、甘すぎるんだわ~。だから、敵方に舐められてしまう。

 いや、非難しているワケじゃないんだぜ。

 あの御方は寛大だし、心根のお優しいところは美点だ。でもよ、つけあがる馬鹿どもには、ガツンとやらないとな」


 彼は、冒険者組合への武力報復を主張していた。

 持てる“力”をすべて行使して、ギルドそのものを壊滅させるべしと声高々に叫ぶ。


 だが、(シン)の方針は経済的戦争だ。

 敵の事業活動に圧迫を加えて、経営的破綻を狙うというもの。

 戦闘行為を回避している。双方ともに死傷者がでるのを最低限レベルに抑えるように指示していた。


 ヌルデを含めた一部は、この方針に反対している。

 理由は単純明快だ。

 敬愛する主君(シン)が殺害されそうになったから。

 さらに仲間も死んでしまった。

 だから、首謀者には鉄槌を下す。落とし前を絶対につけさせよう。でないと、死んだ者たちに顔向けができない。

 彼ら強硬派は、(かたく)なに主張していた。


「どれだけ立派な人間でも、ときには間違いは犯す。

 (あるじ)が誤った判断をするなら、部下がミスを修正せにゃならん。たとえ、我が君の手足を切り取ってでもな。

 もちろん不敬な行為だと承知しているさ。

 だから、キッチリ自分の首を()ねて詫びをいれる。命をかける覚悟があってこそ、真の忠義者ってもんよ」


 彼は、己の言葉に酔っていた。

 いかに自分が、シンを尊敬し、感謝しているかを滔々(とうとう)と語り続ける。聞き役のリーダーがゲンナリしていることも気づかなかった。


 だが、その熱気に水を差す者が現れる。


「ねぇ、ねぇ、兄さま。なに、そんなに大きな声をだしているのかしら?」

「もうすこし静かにしたほうが良いとおもうの」


 発言者はヌルデの妹たち。

 エリカコニカ・ロンギヌス。

 エリカレギア・ロンギヌス。

 双子姉妹で、年齢は十歳代半ば。

 思春期特有の微妙なバランスの美しさであった。

 少女から成人女性へと成長する過程であり、幼い子供っぽさと大人の魅力が混在している。人生において、この時期だけに花咲く繊細な色香が漂っていた。


 長兄は振り返って、姉妹をみやる。


「おっと、スマン。我が君の偉大さを語っているうちに興に乗ってしまった。兄ちゃんの悪い癖だな。ところで、俺の可愛い妹たちよ。任せておいた仕事は片付いたか?」


「うん、全員動けなくしておいた。手足をちょん切ったから逃げられない」


「それじゃ中途半端だ。キッチリと命を奪わなきゃならん。今回の案件は、俺たち兄妹が志願して()け負ったんだ。責任をもって最後まで完了させんとな。

 五分間やるから全部始末しておけ。時間厳守でな。遊んじゃダメだぞ」


 ヌルデは、妹たちに(いか)めしく指示した。

 少しばかり演技めいた態度なのは、長男として威厳を示すため。本心では、愛する家族を甘やかしたいけれど、仕事は真面目にすべきだ。

 素直に“は~い”と返事するふたりの後ろ姿を見送った


 彼は、再び【粛清執行者(プルガーレ)】のリーダーに意識をむける。

 先刻まで(あるじ)を賞賛することに熱中していたけれど、いまは冷静さを取り戻していた。


「すまんな、話が脱線してしまった。でも、お前は運が良かったぞ。俺じゃなく、あの双子に捕まっていたら最悪だ。

 可愛いヤツらなんだが、ちぃ~と欠点があってな。仲間から【血狂い】ってアダ名されるくらいに、悪い癖があるんだよ」


 由来は、強烈な加虐の癖があるから

 対象者に対して執拗に痛みを与えて、その反応を愉しむのだ。被害者の流血する姿に興奮してしまう。


 なお、双子の加虐癖と戦闘センスは表裏一体な関係にある。

 二人とも魔導師として非常に優秀だ。

 特に攻撃面において顕著である。天性の勘で、敵の弱点を突くのだけれど、それは相手を甚振(いたぶ)るためのもの。

 この困った性癖が、抜群の戦果につながっていた。


 長兄は、妹たちの長所を伸ばすことにする。

 下手な矯正をして、天才的才能を潰すことを惜しんだ結果だ。


「アイツら、“生かさず殺さず”が得意でな。

 対象者を失神させない絶妙な加減で、延々と苦痛を与え続けるんだよ。まあ、それで情報を獲得するとか、役に立っているから問題ないんだけどさ。

 だがなぁ、肉親としては複雑な気分になっちまう」


 彼は、粛清執行(プルガーレ)リーダーの肩をポンポンとたたく。

 気安い態度なのは、相手に親近感を持ったため。敬愛する主君を、高く評価してくれた人物なのだし、ちょっとばかり気遣っても良いだろう。


「安心しろ。お前は苦しませず、眠るように死なせてやる。俺なりの慈悲だ」

「い、いやだ。助けてくれ」

「だいじょうぶだ。安心して()け」


 ヌルデは宣言を実行する。

 つい先刻まで、捕えていた襲撃者たちを【念糸】で制御していた。この操作対象の部位を全身の筋肉から心臓に変更。

 徐々に鼓動のペースを弱めてゆく。

 体内を巡る血流量を減少させて、脳への酸素供給を減らした。つまり、強制的に意識を失わせたのだ。

 そのうえで、心肺機能を停止させて、粛清執行者のリーダーと部下たちをあの世へと送る。




■■■■■


 双子姉妹は、指定された場所へと移動していた。

 むかう先は、燃え続ける建物をグルリと半周して、長男とは正反対の位置。距離は近く、さほど時間もかからない。


「あ~あ、兄さまに怒られちゃった。遊びたいけれど、お仕事しなくっちゃね」


「適当に片付けましょう。だけどさ、コイツら五月蠅(うるさ)いわね。軽く()でたくらいでギャアギャアと泣き叫ぶなんて」


「ほ~んと、イヤになっちゃう。アンタたちさぁ、少しくらい我慢しなさいよ。腕力自慢の冒険者でしょうが」


 彼女たちは、倒れている野郎どもを蹴りつけた。

 古屋敷を中心に約半径三十メートルの範囲内に、四十名ほどの襲撃者が散らばっている。


 全員、誰もが手足を切断されていた。

 膝から下が無くなっているので歩けない。腕も同様で、肘から先が失っている。武器は掴めないし反撃も不可能だ。

 できることは、声を出すことくらい。


「痛い、イタい、助けてくれ」

「いやだ、死にたくない」

「てめえ、早く医者を呼べ! 今なら許してやるぞ」


 彼らの態度はさまざまであった。

 ひたすら泣き叫ぶ青年。

 状況把握ができない愚者は強気な発言で威嚇する。

 己の悪事を告白したうえで助命を願う者もいた。


 しかし、双子姉妹の反応は冷たい。


「うるさい、この馬鹿。クズどもは、さっさと世界から消え去るべきなのよ。静かにしないと捻り潰すからね」

「ねぇねぇ、わたし、いいこと思いついちゃった。遊びながらゴミ虫を始末しましょう」


 エリカコニカは、暴れる冒険者を空中に放り投げる。

 彼女の身体は華奢だけれど、優秀な魔導師でもあった。魔術で身体強化すれば、成人男性を片手で投げ飛ばすなんて簡単なことだ。


 宙を舞う男に攻撃魔法を発動。

 【断刃】は、対象物を頭と胸部、胴体の三つに切り分ける。

 同時に【土槍】を生成した。

 あたりの土壌を強制収集した影響で、地表の直径約一メートルの範囲が凹状に浅く陥没する。その底辺部から、先端部が鋭く尖った細長い柱が突き出てきた。


 標的は、クルクルと回転しながら落下する肉塊。

 ズブリと見事に命中して、冒険者の頭部が槍先に留まる。他の部位も同様に、合計三本の即席槍で串刺しにした。


「やった、全部命中!」

「うわ~、おもしろい。やる、やる、わたしもやらせて」


 彼女たちはキャッキャッと笑う。

 互いの両手を握り、はしゃぐ様子は、まことに楽しそう。

 ただし、その行為は残虐極まりない。これこそが仲間内から【血狂い】と綽名(あだな)される所以(ゆえん)であった。


 ふたりの(おこな)いは、子供特有の残忍さに通じるものだ。

 幼児は笑みを浮かべながら、セミの脚を引き抜き、アリを虫眼鏡で焼き殺す。ひとたび熱中すれば、延々と同じ作業を繰り返して、飽きることがない。

 未成熟な精神は、善悪の区別がつかないのだ。だから、生き物を玩具と同様に扱ってしまう。


 双子にとって、人間もバッタも一緒であった。

 可哀そうといった気持は皆無だ。

 社会観念的に悪いことだと理解する能力が欠落している。


 襲撃者たちは、仲間が処分される様子をみて泣き叫んだ。


「やめろ、やめろ。謝るから止めてくれ」

「オレは命令されただけで、本当はやりたくなかったんだよ」

「いやだ、いやだ、こっちにくるな!」


 彼らは懸命に逃げようとした。

 手足は切断されているが、それでも大腿部や上腕が残っていれば、動くことは可能だ。しかし、残念ながら痛みを堪えての匍匐(ほふく)前進は遅い。


 姉妹は、モゾモゾと這いまわる男たちを見て笑う。


「アハッ、コイツ()いも虫みたいじゃん! あっ、そうか、元々がゴミ虫なんだっけ。じゃあ、プチッと潰しちゃおう」


「早く逃げないと捕まえちゃうぞ~。はい、捕獲完了! みんな仲良くバラバラになろうね」


 虐殺遊戯の始まりだ。

 姉が、被害者を放り投げて【断刃】で切り刻む。

 妹は、四散する肉塊を【土槍】に刺してゆく。

 ときおり攻守交代して、血生臭いゲームを楽しんだ。


 「標的を串刺しできれば得点、落とすと減点ね~」

 「うん、わかった。競争よ」

 

 いつの間にかルールができる。

 でも、すぐに、この決め事には意味を失ってしまう。

 というのも、本人たちが興奮しすぎて点数を数えないから。あくまで遊ぶのが最優先である。他の細々したことは、どうだってかまわなかった。


 少女たちのシルエットが闇夜に浮かぶ。

 燃える屋敷を背景にしてステップする(さま)は、影絵の踊りみたいだ。

 音楽はないけれど、嬉し()な笑声が響き渡った。

 ただし、犠牲者たちの泣き叫ぶ声も重るのがけれど。


 娘たちが通った跡には、土製の槍が林のように乱立する。

 先端部に、頭や手足など身体の部位が刺さっていた。

 地面には臓器が散らばり、血の水たまりが点在する景色は、おぞましい。


 虐殺劇は始まったばかりだ。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:502/502

 MP:731/731

 LP:138/214

 ※補足事項: 制御核に欠損あり


 活動限界まで、あと百三十八日


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新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[一言] 着実に向こうの手段をもぎ取ってますわね。
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