6-10.グレゴワール翁との情報交換
お待たせしました。
シンが、はじめてグレゴワール翁と出会ったのは砦街であった。
人間社会と初めて接触を試みた時期だ。
当時の彼は一般常識に疎くて、いや、現在もそうなのだけれど、この老人になにかと世話になっている。
不思議なのは、爺さんと一緒にいると厄介ごとに出くわすこと。
感染爆発だとか、【大亀仙霊】騒動など、幾つものトラブルに巻き込まれた。
疫病神的なジジイは錬金術師組合の相談役だ。
十年ほど前まで、組合理事職を務めていた。いまは、第一線から退いて後進の育成に携わっているとのこと。
とはいえ、今でも相応の影響力をもっている。
シンの提案が、アルケミスト組合に受け入れられたのは、爺さんが陰で動いたことも大きかった。
「お主、ずいぶんと派手にやっとるのぅ。冒険者組合は右往左往だぞ。まったくもって気分爽快じゃ、ウヒョヒョ」
妖怪爺は奇妙な声で笑った。
連中の混乱ぶりが、おもしろいらしい。
すでに、巷では冒険者ギルドの不正行為が知れ渡っている。
新聞各社がしつこいくらいに騒ぎ立てたからだ。
もちろん、情報源はシンである。
内部資料や証人などの明確な証拠をつけて、記者たちに流した。情報提供した先は大陸主要五ケ国のマスコミ。各社は喜び勇んでスキャンダルを報じ、いまでは大陸中の国々にまで広がっている。
情報伝達のスピードは早かった。
印刷機の動力源は人間だし、発行部数とて少ないのに、驚くほど拡散する。
一般大衆の関心が高いせいだろう。
実際、何か月も前の新聞紙がボロボロになるまで、大勢に回し読みされていた。文盲者は、知り合いに頼み込んでわざわざ音読してもらうくらい。もう、猫も杓子もといったかんじである。
最初の特ダネ記事は横領事件だった。
死亡した冒険者の預金が着服されていると報じる。
当の本人がいないのだから、文句なんて出るはずもない。以前から疑惑はあったけれど、やはり事実であったと新聞各社が報道した。
しばらくの間、このニュースは組合登録者や一般市民を騒がす。
最近では、追撃スクープまで加わっている。
報道関係者たちは、独自ルートで新たな非合法行為や悪行を暴きだした。というか、捏造までしている。
―――騒ぎたてるのは、マスコミの本能やしな。
連中は、『世の中が平穏無事だと死んでしまう病』に罹患しとるさかい、静かにでけへんねん。ところかまわず、民衆の好奇心に火をつけ、可燃物をまき散らしよる。そうやって、世間の注目を集めて、新聞や週刊誌をバンバンと売るんや。
なんか、異世界でも前世地球でも、共通しとるなぁ。
せいぜい、記者連中には頑張って扇動してもらおうか。
嘘でも虚報でもかまへんわ。次のネタに困れば、ウチが知っとる裏情報を追加で提供してやろうかしらん。
爺さんは痛快だと笑い続けた。
以前、組合理事職に就いていただけあって、幅広い人脈をもっている。だから、冒険者ギルドの内情に詳しい。掴んでいる情報の正確さも量も抜きんでていた。
「アイツらの内部抗争が激しくなっとる。足の引っ張り合いは、いつものことじゃが、今回は生き残りを賭けての戦いじゃ。役員連中は、みんな必死での。
人間の醜さや愚かさが、よう顕れておるよ。ウヒヒヒッ」
組合上層部では責任回避ばかり。
ついでに、次期幹部の候補たちが下剋上狙いで参戦していた。
上役や同僚を蹴り落して、自分がのし上がろうと画策しているらしい。表向きでは協力を謳い、裏側で策謀をめぐらせている。
なかには、実際に物理的攻撃をする武闘派もいた。
敵対派閥の拠点や金蔵を襲撃しているのだ。
背景にあるのは、裏金や闇資金プールが、正体不明の勢力に奪われていること。これを真似て強奪を繰り返しているらしい。
内部抗争はエスカレートするいっぽうで、沈静化の兆しはまったくない。
「根本的に問題を解決しようとする者はおらんよ。指導部で、まっとうな感覚の持ち主は皆無での。我が身の保身を考えるヤツばかりじゃ」
「組織として末期的だな」
シンも、その辺の情報は掴んでいた。
新設した諜報部門が頑張っているおかげである。
ツクモ族動物シリーズの活躍と、盗聴系魔道具を多用して情報収集をおこなっている。
ただ、人的諜報分野は人材不足なので外部協力者に依頼した。報酬は、お金以外に支援サービスも含んでいるので、負担はちょっと大きい。
データ解析作業には、専用の魔造結晶体を用意した。
【岩窟宮殿】を維持管理する補助人格ミドリと同等クラスの優れモノだ。かなり思いきった配置であるけれど、シンが諜報活動を重視している証である。
「主流派のギルド総長陣営は防戦いっぽうだとか。下から、つまり中間管理層の反発が激しいとも。地方拠点や出張所でボイコットやストライキまで発生したと聞いている」
現場職員たちが、各地で組織浄化を求めている。
中心になっているのは部・課長職以下の者たちで、綱紀粛正の声をあげた。末端に近いほど良識派というか、ふつうに遵法精神をもっている。
しかし、経営上層部はみんなクズばかり。
まさに『魚は頭から腐る』という諺を、具現化するような状況だったりする。
「そりゃそうじゃ。組織職員の大多数は、ごく真っ当な人間じゃからなぁ。でもよ、現状維持を望む汚職派もようさんおるでな。有利な地位や役職にいて、甘い汁を吸い続けたいんじゃり」
あれこれと悪あがきしているらしい。
たとえば、捜査の幕引きを狙って、スケープゴートをデッチあげる。司法当局者に賄賂を贈るだとか、ハニー・トラップを仕掛けるなんてヤツもいた。
もう、形振り構わずな状態である。
シンは、手札のカードをきることにした。
グレゴワール翁から、さらなる情報を引き出すためだ。
「内部抗争だけではないだろう? グリアント王国が介入を検討……、いや、既に動き始めているとか」
「ほう、そんな話まで知っておるのか。お主の耳は遠くまで聞こえるのじゃな。たいしたもんだのぅ」
国家は、冒険者組合の力を削ぎたい。
支配者層からみれば、ギルドは国家統制の効かない野良の武力勢力だ。潜在的な敵性団体だと認識している。
常日頃から苦々しく思っているし、今回の混乱の乗じようとするのは当然のことであろう。
特に、熱心なのはグリアント王国。
組合総本部が王都にあるのを、疎ましく感じていたからだ。
今までは消極的な共存関係だった。しかし、将来は敵対する可能性は充分にある。
シンは、両者の緊張関係を利用した。
組合傘下の運送会社に麻薬密輸の罪を被せて、王都衛士隊に密告したのだ。
この策はみごとに的中。
国の司法機関は、密輸事件をきっかけにして、組合グループ会社を一斉に捜査している。もちろん、責任者を逮捕したし、疑わしいというだけで関係者を拘束した。
この異世界の司法機関は高圧的だ。
法的公正性なんて気にしない。『疑わしきは、すべて捕まえろ』という、ずいぶん乱暴な方針がまかり通る。
おかげで、彼は自分の手を汚さずに、冒険者組合の力を削ぐことに成功していた。
いまのところ、ギルド陣営は守勢になったままだ。
言い訳を繰り返すばかりで守りに徹している。だが、裏側で賄賂を贈って貴族や官僚たちを味方に引き込んでいるらしい。
爺さんも、最新情報をだしてきた。
「お主の話のとおりじゃの。王国だけでなく、ゲルマーナ連邦国や他国でも、同じような動きがある。というか、大陸各国の思考はどこも似たり寄ったりじゃよ」
「ほう、初耳だ」
シンの諜報部門は新設したばかり。
なので、その活動範囲は狭い。王国周辺や【邪神領域】の接する地域を中心に、要員を展開しているだけ。その他地域の動向までは手が届かなかった。
客観的に評価すると、ツクモ族たちの諜報能力は高い。
数千人規模の小組織にしては驚異的なレベルで、それこそ国家機関に匹敵するくらい。
ただし、シン個人としては物足りなさを感じているのも事実。
大陸全土で事業展開する冒険者組合を相手にしているのだ。少しでも優位にたちたい。敵は強大だし、油断すればあっという間に追い詰められてしまうだろう。
しばらく、ふたりは情報交換し合う。
ひととおり済んだのち、グレゴワール翁が話題を変えてきた。
「話が前後して悪いが、礼を言わせてくれ。儂らアルケミスト組合の不始末を、お主に押しつける形になってしもうた。組織を代表して感謝申しあげる」
翁のいう“不始末”。
それは、シンが試作した魔導小銃に関してのトラブルであった。
事の発端は、治安維持局による強制徴収だ。錬金術師たちも拘束されたけれど、後になって冤罪だとして釈放されている。
ただ、なぜか試作銃が軍研究部に流れてしまった。
小銃を検証したいからと、三十丁ほど納品してほしいと依頼がきた。
物言いは丁寧だし、提示してきた金額は相場よりも高い。詫びの意味を含めていたからである。
この発注依頼にアルケミスト組合は当惑した。
問題なのは、彼らが魔導銃の開発者ではないこと。所有者は別にいるし、本人の承諾もなく、勝手に請け負って良いものではなかった。
いっぽうで、国からの発注命令は断れない。
あれこれと悩んだ末、本当の持ち主に事情を説明して、複製品作成の許可を得ることになった。
「お主が了解してくれて安堵した。でないと、儂らは不義理を承知で違法複製するしかない。お上に逆らえんとはいえ、よそ様の研究成果を掠め取るなんぞ、錬金術師のプライドを傷つけるからのぅ」
「気分のイイものではないけれど、仕方ないさ。お互いに運が悪かったんだよ」
シンの口調は、言葉とは反対に平然としていた。
試作銃が模倣されても問題ないと判断しているからだ。
所詮、アレは開発途中の半端モノ。
砲身内を施条加工を施していないため、命中精度が低いし、有効射程距離だって短いのだ。また、単発式なので射撃のたびに給弾する必要がある。
銃弾だって普通の鉛玉だ。
魔法陣を刻み込んだ錬金弾は、グレゴワール翁に預けていない。この特別性銃弾の技術提出を強要されれば、さすがに怒っただろうが、機密武器は守られていた。
という訳で、試作銃は一般公開しても問題ない。
「こちら側にも思惑はある。試作品の研究費用については、別のところから取り立てるさ。だから【蓄魔力器】を提供したんだ。爺さんの組合組織には協力してもらうぞ」
「おう、ドンと任してくりゃれ。充分、アテにしてもらってイイぞ。にしても良かったかいのぅ? 古代魔導帝国時代の錬金技術を公開するなんて。己だけの秘密にしたほうが儲かったじゃろうに」
「それも考えたが、たいした利益にはならないからな。市場規模が大きいと総利益の総額は膨らむ。ガッポリと大金を得たいんだよ。
ついでに付け加えると、競合他社がいたほうがずっと面白いしな」
シンは魔導具市場全体の拡大を目論んでいた。
大陸全土に【蓄魔力器】を流通させて、巨大市場に育ってもらいたいのだ。時間はかかるけれど、そのほうが利益獲得できる。
単に冒険者組合に対して経済攻撃をするためだけに、古の魔導技術を提供したのでは“ない”。
彼の最終目標は、自分の寿命を延ばすこと。
不完全な身体を改造してLP数値の底上げを図りたいのだ。
いまは錬金術や薬学、科学アカデミーなどの組織団体から、関連知識や研究書籍を集めまくっている。
だが、やがては希少素材や高価な魔導具が必要になる。
自作するとか、自前で収集できるものなら良いけれど、不可能なら買い取るだけだ。それらを購入するには大金がいる。
莫大な資金を武器にして目的を実現させるつもりだ。
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シンは、王都郊外の古い屋敷を買い取った。
少々、草臥れており、あちこち痛んでいたけれど、隠れ家として手頃な物件だ。適当に修理を施せば充分に使える。
元は大商会会頭の別荘だという。
事業に失敗して手放すことになったらしい。仲介した不動産屋の情報だし、本当のところは不明だ。情婦や妾のために用意した建物であっても不思議はない。
現状、彼は高級ホテルを利用できない。
理由は危険だから。
なにしろ、王都ルテティアには冒険者組合の総本部がある。敵側の本拠地ということもあって、宿泊先の従業員が買収されている可能性は高い。それどころか宿泊施設全体が巨大な罠だった、なんとこともあり得た。
上記の事情もあって、自前で拠点を確保するしかないのだ。
夜半。
人々が寝静まる時間帯。
武装した者たちが、王都郊外を移動していた。
連中が向かう先は、改装したばかりの古屋敷だ。
■現在のシンの基本状態
HP:502/502
MP:731/731
LP:138/214
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと百三十八日