1-12.言霊奉法
石棺が部屋の中央にあった。
大理石製のしっかりしたもの。
表面は丁寧な装飾が施している。上半分に透明ガラスがはめ込んであって、中が見えるようになっていた。
近づいてなかを覗いてみる。
「女のひとだ」
年齢は二十歳台半ばといったところか。
顔の造りが整っている。可愛いというよりは美人さんだ。
目尻が少しばかり垂れ下がっているためか、美形に特有なキツイ印象はない。むしろ優しげな感じがする。
棺の婦人は、まるで生きているみたいだ。
保存系魔法の効果である。遺骸は、まったく朽ちていない。保存期間は五百年余なのに、これだけの鮮度を維持していた。
「魔法って本当に不思議だ。」
地球の現代技術でも同じことができるだろうか?
可能かもしれないが、大掛かりな装置やエネルギー供給が必要だ。
しかし、室内には機器類は皆無。魔術とは途轍もない技術なのだと、あらためて感嘆する。
横たわるレディを眺めているうちに、気づいてしまった。
「私に似ている? 」
ホントそっくりなのだ。
自分が成長したら、こんな大人になるかなと想像するほど。違いといえば性別くらいだ。
「もしかして、この女性と血縁関係にあるのか。いや、迂闊に判断するのはダメだ。まずは、情報を集めよう。」
とりえず、霊安室から出た。
関連情報を得るには、補助人格ミドリに尋ねるのが最も早い。
ただ、彼女がいる研究室へ戻るのは、ちょっと面倒。というのも、途中の通路が崩れ落ちて、塞がっているから。
わざわざ、野外から大回りするしかない。
直通路でつなぐには、邪魔な土砂をなんとかしないと。
「復旧工事をゴーレムにお願いできないかな。」
岩石兵士なら力仕事が得意だとおもう。
廊下の土や瓦礫を取り除くように、頼んでみるのはアリだ。よし、巌の兵士たちと意思疎通する方法も検討してみよう。
だが、それ以前に確認すべきことがある。
「石棺を見つけたんだ。安置している女性について教えて」
「回答します。あの御方は卵子細胞の提供者です。その卵子と、別の人物から得た精子を元にして、あなたは錬成されました」
「えっ? 細胞提供者は一人じゃなかったんだ。」
シンは、自身が錬成人間だと認識している。
先日、彼女から大雑把な説明を受けていたからだ。一片の細胞から創生したと聞いたので、己を複製人間だとも。どうやら誤解らしい。
実際のところ、初源細胞は二名分だった。
成人の男女から採取した生殖細胞を基にして、体外授精させている。しかも、遺伝子レベルで改変していた。現代科学でいうところのデザイン・ベビーだ。
霊安室でみつけた女性は、卵子提供者。
つまり彼の母親だ。
「じゃあ、父親はだれ? 」
すぐに思い至ったのはミイラ男。
培養カプセルの横で臥せっていた遺骸である。
この人物に対して嫌悪感を抱いていた。
自分を実験動物のように観察していたのだと、勝手に想像をしていたから。モルモットのように扱われていたと思えば、当然の感情であろう。
でも、その悪感情は間違っていたみたい。
ミイラ男は、シンを心配していたのだとおもう。
事故の際、培養器が壊れたのではと危惧して、ずっと傍にいたのだろう。
「愛情深い人間だったんだ。」
そう判断した根拠は、棺の女性に花束を捧げ続けたこと。
まあ、実行したのは岩石兵士だけれども、命令者は父親だ。
死んだ後でも、一途に愛を示していた。
ずいぶんとロマンティストだと思う。そんな性格なら、自分の子供を慈しむはず。ましてや、己のベビーを動物実験扱いなんてしない。
「ねえ、ミドリ。君はときどき“前マスター”と表現することがあったね。それは、培養カプセルの横で亡くなった人のことを指しているのかな? 」
「回答します。ご指摘のとおり、あの遺体は五百年前のマスターです。なお、わたしは、彼についての個人情報は持ち合わせていません」
「あ~、やっぱりそうかぁ」
その返答は予想できていた。
彼女は研究室専属の補助人格でしかない。たしかに、錬金術など専門性の高い知識を保持している。
だが、守備範囲外の分野については、まったくの役立たず。保有するデータに偏りがあるせいだ。
これ以上の聞き取りは無意味なので、いったん中断とする。
翌日。
霊安室を中心に調査を開始した。
未探査領域はけっこう広く、発見物は多い。薬剤や状態維持の魔法がかかった食糧などを回収できた。
ただ、用途不明な魔道具類は、扱いに困ってしまう。使用方法がわかるまで放置だ。
「ここは、前マスターの私室だな」
いろいろなものが散乱していた。
この施設を半壊させた地震か事故のせいだ。
大きな寝台や収納はつぶれ、床には大量の書籍や書類が散らばっている。それでも、本施設の住人についての情報は残っていた。
調べて判ったこと。
ミイラ化した男性は、ルキウス・コルネリウス。
霊安室の女性は、アウレリア・コルネリウス。
ふたりは夫婦だ。
妻アウレリアは難病を患ったらしい。
夫ルキウスは持てる力をすべて使って治療を施した。
だが、その甲斐もなく愛妻は他界。
彼は伴侶の復活を試みた。
死者を蘇らせる行為は倫理に触れるが、それを無視して禁忌魔法にまで手を広げる。
しかし、望みは叶わなかった。死者復活なんて神話のなかで登場するだけ。仮にあったとしても難易度が高すぎる。
次に挑戦したのは複製人間。
しかしながら、この方面も断念する。
見た目は、亡き妻とそっくり同じであっても、本人ではない。記憶のない真っ新な人格は、単なる人形だ。
最後の取組みは、子供をつくること。
これとて非常に難しい。
でも、前述の二つと比較すれば、実現の可能性は充分にある。なによりも、最愛の女性との子を欲した。たとえ、錬成人間であっても愛情をもって育てられるし、生きがいにもなる。
彼は長い年月をかけて研究し続けた。
「そうして誕生したのが私なのかぁ」
シンは、自身の出生の秘密を知る。
コルネリウス夫妻がいなければ、自分はこの異世界に存在していない。そこは感謝しよう。
素直にそう思う。
「ただし、身体はポンコツだけどな! 」
ボヤくが、恨みはない。
寿命が短く、低性能な肉体なのは、地震か事故が原因である。けっして父ルキウスのせいではない。
ただ、ひとつだけ謎が残る。
それは前世記憶のことだが、いまは放置でかまわない。
すぐに解明すべき問題ではないのだから。
むしろ、優先すべきは将来のこと。
人外魔境の大森林で、生存競争にうち勝たねばならない。【LP】数値を引き上げて、寿命延長の措置を講じる必要もある。他にも生活環境を整えるなど、やることは多かった。
研究室に戻って、ミドリに質問する。
「ねえ、岩石兵士について教えて」
「回答します。様々な業務を担うための汎用型魔導人形の一種です。戦闘からベビーシッターまで、幅広い仕事をこなせますね。
本拠点での主任務は周辺警戒、設内の維持管理などで……」
ゴーレムは、優秀な労働力だという。
彼らは、父ルキウスが創造したモノたちだ。
この地下施設の建設にも活躍した。硬い岩盤を削り、天井や壁を補強し、各種環境整備をこなす。
施設が完成した後は、錬金術用素材の収集に従事した。魔物を狩り、鉱山を採掘し、薬用植物の採取など、業務範囲は多方面にわたる。
今は、エネルギー節約のために、行動は最低限レベルにまで下げているとのこと。
「ちなみにだけど、なぜミドリは岩石兵士のことを教えてくれなかったの? 」
「回答します。質問されていないからです。訊ねられればお答えしました」
「あ~、やっぱり。君ならそう言うと思っていたよ」
彼女は気が利かない。
なまじ普通に会話できてしまうから、ついつい期待してしまう。
しかし、それは間違い。相手は補助人格でしかないのだから。情報検索器に会話機能がついた便利な存在。そんなものだと割りきるほうが、精神衛生的に楽だ。
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シンは霊安室で巌の巨兵を見ていた。
棺に女郎花の花を捧げたヤツで、身の丈二メートルを超える巨体だ。恐ろしい巨大蟷螂を簡単に撃退するパワーを保持している。
「傷だらけだ。」
表面には小さなヒビが、たくさんあった。
よく観察すると、身体のバランスが崩れている。
脚部に深い亀裂があるので、真っ直ぐに立っていられないのだ。破損の具合からみて、随分と昔に負ったものだろう。
この傷痕は、先日の対カマキリ戦の結果ではない。
「五百年以上か」
心にこみ上げてくるものがある。
コイツは、死んだ主人の命令を忠実に守ってきた。
なんとも健気ではないか。
ずっと昔から、季節の野花を摘んでいる。
ゴツイ指先を器用に動かして花束をつくり、献花として死者に捧げてきた。期間は五百年あまり。しかし、その行為を認める人は誰もいない。
岩石兵士は、下された指示を実行するだけ。
人間のような自我を持たない存在。
自身の行動について、意義を考える知性もない。単純にいうなら、機械が反復作業するのと同じだ。
“それでも”と、シンは思う。
ひとりくらい、岩石ゴーレムを褒め称える者がいても良いじゃないかと。それが自分であるなら、喜んで称賛しよう。
コツコツと地道な行いを続けてきた忠義者に賛辞を贈ろうではないか。
「ごくろうさま」
口にするのは、たったひと言だけ。
でも、万感の謝意を込めて……。
当の相手は、霊安室の壁に控え立ったまま。
その顔は石造りで無気質である。感謝の台詞に対しても無反応だけれど、それで構わない。リアクションを求めての事ではないのだから。
独りよがりだけれど、心の底から労いの言葉をかけたかった。
眼前には、ふたつの遺骸が並んでいる。
ミイラ化した男性、ルキウス・コルネリウス。
隣には石棺の女性、アウレリア・コルネリウス。
シンの両親だ。
どんな人物であったかは知らない。
父親にいたっては、貌すら判別できないほど。
「さて、はじめようか」
これから、ふたりの葬儀をおこなう。
作法や方法の知識はないけれど、敬意と感謝をもって死者を送り出せばよいと割りきっている。
彼には【言霊奉法】があった。
自分の記憶野には、魔法や錬金術など各種知識が詰まっている。
コレもそのひとつだ。今まで使用したことはないけれど、追悼するのに最適なものだという確信があった。
『いろは四十八神に招ぎ奉りませ。
この石床を仮初の喪台と斎い定めて暫時置き据えて…… 』
【言霊信仰】。
それは、言葉ひとつひとつに神さまや霊力が宿るというもの。
前世、生まれ育った祖国にあった概念だ。
なぜに、この異世界にも言霊思想があるのかは、不明である。ただ、辞遣い対して畏敬の念をいだき、決して無遠慮に扱わない姿勢はスンナリと馴染む。
『あるはなくなき現世は時のながれも知らぬ間に…… 』
祝詞が自然にでてくる。
普段、このような古風な言い回しなどしない。
祭詞の意味すら判っていない。
にもかかわらず、口が勝手に動く。
スラスラと奏上の言辞を発してゆくのだから不思議だ。
『八千代に経も、涼やかな風の吹くさきざきに花の散りなむ…… 』
フワリと薫風がふいた。
霊安室は閉鎖空間であるはず。
なのに、何処からともなく空気の流れが発生している。
微風は若葉の香りがする快いもの。
涼風は、彼の頬を撫ぜて髪を揺らした。
『もろともに眺めし天の海の千々に浮かぶ光は…… 』
小さな光粒がチラチラと沸きあがる。
淡く儚げな輝きが、幾つも漂いゆく。
祭詞の言葉が重なるにつれて、燐光の粒が増して、霊安室全体を柔らかく照らした。
『女郎花みるに君の御影の…… 』
薄っすらと人影が現れる。
壮年男性であった。
ただし、半透明であり現実の人間ではない。
地べたに腰をおろして、顔を俯かせたまま。
年若い女性が、その傍らに姿をみせた。
先ほどの人物と同様に幻影である。
彼女は、男性にゆっくりと歩み寄り、背中に手をやって何ごとか話かける。だが、男は地面に向かってブツブツとつぶやいているだけ。
シンには、ふたりの音声は聞こえない。
双方の口がパクパクと動くのが見えるだけ。
会話内容は判らなかった。
まあ、素振りから、なんとなく想像できる。
夫は落ち込んでヘタれており、妻が宥め励ます、といったやり取りだ。
ようやく、男が顔をあげて、視線を相手にむける。
表情が徐々に変化した。
先刻まで、悲嘆にくれていたけれども、今は呆けたもの。
やがて、眼を大きく見開き、身体をワナワナと震わせ始めた。“おおっ”と声を詰まらせ、涙をボロボロと流して立ち上がる。
夫は、妻をガシッと抱きしめる。
信じられないとばかりに、女性の両頬に手をやった。
見間違いでないかと、確かめている。
一方の婦人も、うんうんと頷き返しては何ごとか語りかける。
『……、御霊は天津神のいと尊き御列に入り給ひて幽世の神業に勤しませと、恐み恐みも申す』
あたりにユラユラと漂っていた淡い光粒も減じてきた。
いつの間にか、夫婦がシンを見つめている。
父親であるルキウスは、照れ臭そうに片手を軽く挙げた。
母親のアウレリアが、“ありがとう”と口を動かしていた。
ふたりの姿が薄く消えてゆく。
シンはニコリとほほ笑み、両親を見送った。
「私が、この世に生を受けたのは、あなた方のおかげです。ありがとう」




