6-09. 技術革新は市場を激変させる
シンは、錬金術師組合の本部へと赴く。
相手の組織規模は小さい。
理由は、アルケミストの人数が少ないから。そもそも、高度な学術研究を学ぶ機会なんて滅多にない。
錬金術師とは、第三階級である平民における選良市民なのだから。
これは、グリアント王国だけでなく、他国でも同じようなものだ。
先方の雰囲気はたいへん好意的であった。
午前中に訪れた薬師組合と同様で、気分が昂っている感じだ。お偉いさんが、ズラリと広い会議室に着席している。
挨拶する時間すら惜しんで、さっそく本題にはいってきた。
「シン・コルネリウス殿。貴方からご提供いただいた技法情報は、たしかに本物でしたぞ。我々は古の魔導具【蓄魔力器】の再現に成功した。
ついに失われた技術が蘇ったのじゃ」
提供したのは、魔力を蓄積し固定化する技法。
古代魔導帝国の魔導工学のひとつであった。
五世紀前、【蓄魔力器】を動力源とした各種【マジック・ツール《魔導具》】も世間一般に普及していた。
帝国崩壊とともに、関連する知識や技法は喪失。
今では、代用品として、魔物から抜き出した【魔石】を使用している。ずいぶん技術レベルが低下したものだ。
文化文明は、進歩と後退を繰り返すという、良い事例であろう。
ときには一歩進んで十歩下がることだってある。
具体例だと、古代ローマ帝国の滅亡後、暗黒の中世が到来したこと。文化教養は失われ、生活水準は落ちて、人間の平均寿命までも短くなってしまった。
時代が過ぎるにつれて、一直線的に発展するばかりでは“ない”のだ。
いま、この異世界で生産しているのは、低品質なアイテムばかり。
生活用品なら、煮炊き用の焜炉や照明器具、食品用保冷庫など。武器類であれば、魔法発動補助器としての魔導杖や防御盾、結界展張具なんかもあったりする。
どれを取っても、魔導帝国時代の製品と比較すると本当に貧弱だ。
途絶した技術を再現するのは、たいへん難しい。
ちなみに、高機能な魔導具は今でも存在する。
その多くは、王侯貴族や地方豪族が先祖から代々受け継いできたもの。
他にあるのは、迷宮化した遺跡か回収するか、地中深くから出土するくらい。
いずれも希少品で、一般に出回ることは少ない。
ごく稀に競売会で出品されるが、天井知らずの高値で取引されるほどだ。
高位錬金術師の発言は続く。
ご老人だけれど口調には勢いがあった。というか、興奮しているのが聞き手にも伝わるほどだ。
「しかも、コイツの原料が鉱物由来ときたもんじゃ。品質は安定しておるし、諸条件さえ整えば大量生産も可能。
ちゅうことは、従来の【魔石】をマーケットから駆逐できるぞい」
バッテリーは工業製品だ。
【理外理力】を含んだ鉱石類を精錬して高濃度化と圧縮。さらに、出力調整や耐腐食処理などの錬金加工を施せば、【蓄魔力器】が完成する。
同等性能の物品は流通していない。
つまり、市場競争力が高いということだ。
いっぽう、【魔石】は天然モノ。
この表現だと耳障りは良いけれど問題は多い。
まず、供給が不安定なこと。おまけにクオリティは一定ではなくて、サイズや有効期間だってバラバラ。
理由は生物由来であるため。
状況によって収穫高は異なるし、不揃いになるのも当たり前だ。
シンは鷹揚に言葉を返した。
「ええ、ご指摘のとおり。【蓄魔力器】は、魔導具動力源の主流になるでしょう。逆に、なにかと不完全な【魔石】は一般市場から姿を消すしかない。
これを生産する錬金術師が世界に大きな変革を起こすのです」
「おおっ、なんとも素晴らしい。我らの未来は明るいぞ」
「これで粗暴な冒険者を宥め賺し、居丈高な魔導師にペコペコする時代は終わるのじゃ! 」
「天下を取ったるわい、アルケミスト万歳! 」
技術革新は、市場勢力図を激変させる。
まったく新しい価値観を創造し、古いテクノロジー企業を駆逐してきた。次世代で生き残るのは、変化するマーケット環境に適応できた者だけ。市場変化に対応できず、乗り遅れた組織は消え去るしかない。
それは、この異世界でも現代地球でも同じだ。
例えば、デジタル・カメラの発明。
長いあいだ、写真機は光学フィルムを利用してきた。だが、電子技術の発展とともに、画像データは記憶媒体に格納するようになる。
徐々にフィルムは不要になってしまった。
これに影響をうけたのが製造会社だ。
世界市場はトップ二社でシェアを独占していたけれど、うち米国企業は経営破綻。日本企業は、保有技術を異分野に流用して事業転換を余儀なくされた。
他の事例として、ガソリン・エンジンは蒸気機関を駆逐している。
娯楽メディア産業において、テレビ会社が映画会社を追い落とし、次にネット関連企業に主役の座を奪われつつある。音楽媒体は、レコードからCDやMD、さらには配信サービスへシフト。
繰り返すが、革新的技術は新しいマーケットを創造する。
同時に従来の利害関係者を選別するのだ。市場変化の対応に失敗した者は退場するしかない。
やがて、この異世界で【蓄魔力器】は普及する。
その影響をもっとも受けるのは冒険者組合だ。理由は【魔石】供給元として最大の組織だから。
彼らのビジネス・モデルは次のとおりだ。
まず、組合所属の冒険者たちが魔物どもを狩って、【魔石】など生体素材を剥ぎ取る。ギルドは、それらを買い集めて、加工処理した後にマーケットへ供給。
数百年ものあいだ、そんな魔石産業を大陸全土で展開してきた。
なお、他に仲介業もあるけれど利益率は低いので、詳しい説明は割愛する。
シンの目的は、連中の収益基盤を破壊すること。
特に魔石加工は儲けが大きいので、この事業にダメージを与えれば、経営的苦境に陥るのは確実だ。
これが【累積戦略】の本命であった。
間接的攻撃だけれど、着実にアイツらの売上や利益はガタ落ちになる。組織運営のための資金が激減すれば、体制維持は難しい。
さらに、【魔法治療薬】の生産変革は、新人冒険者育成サイクルを壊す。
目に見える派手な戦闘だけが戦いではない。
地味で、ジワジワと侵食するような戦法であっても、充分に敵を窮地に追い込むのだ。
だが、今は【累積戦略】の第一手を打っただけ。
シンは懸念すべきことを指摘した。
「彼奴らとて馬鹿ではない。【蓄魔力器】に脅威を感じて、妨害工作をするでしょう。本製品を、問題なく市場流通させるには工夫が必要になるかと」
この異世界はけっこう暴力的だ。
商業などの経済活動とて例外ではない。
まっとうに商いだけに専念するのは不可能だったりする。裏側では、いや表立ってさえ、商売敵による嫌がらせや、脅迫、ときには殺人もおきてしまう。
ましてや、今回の敵対者は冒険者組合だ。
国家ですら警戒する武装勢力であり、実際に犯罪行為に手を染めている。自分たちの既得権益を守るためなら、なんだってするだろう。
だが、錬金術師たちは覚悟をもっていた。
付け加えるならば、非常に怒っている。
「ああ、奴らが根性悪なのは充分に承知しとる。
でもなぁ、儂らはキッチリと報復するつもりじゃ。クソ野郎どもに舐められっぱなしで終わらせるつもりはない。裏切りは絶対に許さん!」
冒険者ギルドは背信行為をはたらいていた。
以前、錬金術師たちは、国家保安局に拉致監禁されたことがある。
理不尽な不当行為であったが、その裏側で暗躍していたのが冒険者組合だ。
ことの発端は、【浸蝕するモノ】の事件。
寄生型魔物をつかって、よろず屋ダミアンたちを実験動物として扱った。この騒動に巻き込まれてアルケミストたちは被害を受けたのだ。
「基本的に、儂らは研究者であり職人である。じゃが、イザとなれば戦士にもなるんじゃ。勇敢でタフな益荒男にな。日夜、魔導探求に勤しんできた我らは、たかが冒険者どもと格が違う。嫌というほど、しっかり教えてやるわ」
「そこまで決意しているなら、なにも申しません。
今日はもう終わりにしませんか。後日改めて、作戦計画についてお話をしましょう」
当初の目的は達成した。
錬金術師組合の覚悟が判ったのだし、充分に満足できる結果だ。
提供した【蓄魔力器】関連技術についても上手く扱ってくれるだろう。今後の予定や金銭についての諸条件は、おいおい詰めれば良い。
■■■■■
シンたちは小洒落たオープン・カフェにいた。
アルケミストたちとの交渉が終了した後、ある人物と待ち合わせしているからだ。
「ルナ、ちょっと確認したいのだが……。【招厄草】が増えていないかい? 」
「ええ、わたしも感じていたわ。王都を訪れるたびに思うのだけれど、世情が荒んでいるのかしらね。または、都市のどこかに穢の元凶があるとか。
日増しにアレが増殖している様子よねぇ。いずれ、悪いことが起きそう」
ふたりに視えているもの。
“透明な草木”のような奇妙な物体だ。
しかし、姿形が植物に少し似ているだけで、絶対に別のナニかである。無色透明なのだから、葉緑素は含んでいない。たくさんの種類があるのだけれど、どれも歪な造形をしていた。
ジッと見つめていると、不快な気分になってきて、やがては頭が痛くなってしまう。得体のしれない謎物体だ。
ソレらは、無風なのにユラユラと揺れている。
なんとなく海藻を連想させるけれども、実は決して穏やかな存在では“ない”。きわめて物騒な代物である。
なにしろ、名称のとおり厄災を招くらしい。
コイツが大量に繁殖している場所では不幸がおきやすい。あるいは、原因と結果が逆で、不運に引き寄せられて来るのかも。
「仮説だけれど、【招厄草】は【忌蟲】と同系統のでは?
砦街キャツアフォートで【バケモノ病】が流行していたときのことだ。
罹患者に“透明なハエ”が集っていた。【蟲】が多いほど重症だったし、ある一定数以上になると、患者は死亡する」
「その可能性はあるわね。でも、確実な根拠はないし検証は不可能だわ。だって、他の人間には認識できないのよ。
ねえ、あなたたちに視える? 」
ルナが問いかけたのは護衛たち。
近くにいる人物だけで五名。さりげなく別のテーブルに着席しているか、目立たないように周辺を警戒している。
完全に隠れている者や、ツクモ族・動物シリーズを含めれば、どれほどの数がいるのか見当もつかないほどだ。
返答したのはプラタナス・ポンペイウス。
護衛部隊の隊長でちょっと生真面目な性格だったりする。
「いえ、あたりを見渡しても不自然なモノはありませんね。疑っているワケではないのですが、自分にはなんのことやら……。
一般人だけでなく、我ら魔導師でも認識不可能。となれば、ソレを知覚するには、おふたりのような【神の指先】が持つ権能が必要なのでしょう。すばらしいことではありませんか」
「確かに、隊長の言うとおりかしら。でも、視えても嬉しくはないわよ。むしろ不快だわ」
彼女の発言に、シンも同意する。
「コレの元が瘴気のせいだろうね。人間の邪な思いだとか妬みの念。あるいは、魔物が発する“悪い気”なんてものは、忌まわしく感じて当然だ」
不幸なことだが、近いうちに王都は荒れる。
今のところ、【招厄草】は街路の端っこや、ゴミゴミと建物が密集した場所に繁殖している程度だ。
しかし、以前と比較すると着実に勢力圏を拡大している。
観察するかぎり、増えることはあっても、減る気配はなかった。なにかの理由で成長スピードがアップするかもしれない。
トラブルを回避したければ、この土地に訪問するのは控えるべきだ。
シンがあれこれ考えていると、待ち人が声をかけてきた。
「なんじゃ、えらく早ように来たもんじゃのう。元気にしとったか? 」
相手は錬金術師の老人、グレゴワールであった。
■現在のシンの基本状態
HP:502/502
MP:731/731
LP:139/214
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと百三十九日