表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/159

6-08.意図するのは累積戦略

 報告会は続く。


 担当者が強奪計画の進捗状況についてレポートを始めた。

 “強奪”と少しばかり物騒な表現になっているけれど、実態としてはとても正しい。


「冒険者組合の金蔵(かねぐら)襲撃についての中間報告です。

 主な対象は、地域拠点の裏金金庫や幹部個人の隠し財産など。手近で警備の薄い場所を優先して攻撃をおこなっています」


 連中は、あらゆる階層で腐っていた。

 上は幹部指導層から、下は新人職員まで。

 総本部はもちろんのこと、地域統括局や地方拠点など部門単位で闇資金をプールしている。経理担当者がコソコソと小金をくすねるケースも目立った。

 もう、組織として末期的な症状だ。


 例えるなら、()ちかけた古屋敷のようなもの。

 建物自体は大きくて立派だけれども、老朽化しているうえにメンテナンスが為されていない。

 致命的なのは、白アリ(汚職)に浸食されていること。

 構造物を支える基礎部分や主柱などが、喰い荒らされて穴ボコだらけだ。このままの状態が続くならば、確実に建物は倒壊する。


 救えないのは、住人が危険性を無視していること。

 自分たちの行為が、悪影響を与えているのは認識していても、それを改められない。薬物中毒者と同じで自制が効かないせいだ。完全に末期的症状である。


「どの金も後ろ暗いものばかり。奪取に成功すれば、組織的な追跡は心配無用です。なにしろ、闇資金そのものが(おおやけ)にできないのですから。

 連中は表立って被害を公表できません。ましてや、警察機構などの公的機関に訴え出るなんて絶対に無理です」


「そいつはいい。良いところに目をつけたものだ。感心するよ」


 奪い取った資金はかなりの額になる。

 人口十万人級の地方都市の年間予算に匹敵するほど。

 ほんの十数ケ所を襲撃しただけで、こうも多額の裏資金を獲得できたのだ。ギルド関係者たちの悪辣ぶりが想像できてしまう。


 ちなみに、強奪品の内訳について。

 金貨などの貨幣のほか、国債や私募債、不動産の権利書など多種多様であった。現物のお金は、そのまま自陣営の活動資金として利用する。


 債券類は売却せず、有効活用するつもり。

 特に、私募債券は発行主との交渉につかえる(・・・・)

 この種の債券は、地方貴族が領地経営の資金集めに発行したものだ。ただし、彼らの多くは借金漬けで首が回らない状態にある。

 これらを上手に使用すれば、貴族に対して優位な立場で交渉できるはず。対冒険者抗争に巻き込んでやろう。


 シンは報告会の終わりに締めの発言をする。


「諸君は危険な最前線で働いてくれた。これまでの成果は賞賛に値する。今後の活躍にも期待したい。ただ、無理をせず、不要な被害を受けないことを願っている」


 次に、彼は後方支援に従事する者たちを褒めた。

 地味で目立たないけれど、後方任務の役割は重要である。

 最前線の戦果は華やかだし、注目を浴びがちだけれど、それを支える裏方がいてこそ、成り立つのだから。


 特に、三賢人は完全に支援役に徹していた。

 

 カンナ・プブリリウス。

 組織運営に()けている女性だ。今回の作戦行動では人員配置や各種物資などを行っている。彼女のおかげで、各地の支援拠点は物資不足や過剰在庫にならずに済んでいる。先日の【奈落】での同胞救済作業でも活躍しており、非常に頼りになる人物だ。


 センダン・クラウディウス。

 彼は補給現場で陣頭指揮をしていた。本拠地【岩窟宮殿】から各前線基地へ活動資材を配送するのは、大変な労力を要する。

 なにしろ、活動環境が劣悪なのだから。

 【邪神領域】は広大なうえに、凶悪なモンスターどもが闊歩している。どれだけ計画が立派でも、現場要員が実働しなければ無意味だ。

 だからこそ頑強(タフ)で的確に部隊を指揮する人物が必要になってくる。


 ちなみに、その姿は筋肉モリモリの太マッチョ。

 暑苦しい外見に関わらず、意外にも優秀な戦略家だったりする。巨乳好きであることを公言して(はばか)らない。


 シキミ・リキニウス。

 担当分野は情報分析である。敵方の魔導結晶体【清浄なる娘(ドーター)】をハッキングして得たデータを解析中だ。相手のウイーク・ポイント(弱点)をピックアップし、適切な襲撃地点や時期を決定してゆく。

 彼の第一印象はインテリ・ヤクザ。

 整った顔のイケメンだけれど、目つきが鋭すぎてヤバい雰囲気の人物だ。微乳こそ最高と主張しており、巨乳派のセンダンと言い争っている。


 シンは、会議参加者を見渡して宣言した。


「そろそろ、私も現場に出ようかとおもう。【奈落】での仕事もひと段落ついた。今後、しばらくの間は冒険者組合への攻勢を強めるつもりだ」




■■■■■


 シンは、グリアント王国の薬師組合本部にいた。

 場所は首都ルテティアの商業中心街の一角。建造物は、薬師ギルドの歴史を感じさせる立派なもの。幾世代も古いデザインであるけれど、逆にそれが威厳を放っていたりする。


 大きな会議室には薬師の上級役員たちがズラリと並んでいた。

 参加者の誰もが興奮というか、感情を(たかぶ)らせている。


「シン・コルネリウス殿。ご提供いただいた新式製薬レシピの検証は済ませています。確認実験を複数回おこないました。

 いずれも上々の結果だ。この新方式は、魔法治療薬(ポーション)作成に革命をもたらすでしょう」


「高い評価をいただき、ありがとうございます。

 新しい技法が広まれば、各種薬剤の安定供給ができるでしょう。成分中間体の長期保存によって、急な需要にも対応可能だ。

 おまけに、製薬作業の負担軽減も実現できます。閑散期に製薬途中まで進めておけるので、作業の平準化できるのですから」


 数か月前、彼は調合方法を提供した。

 正確には、代理としてツクモ族の技術者が薬師組合を訪れたのだ。製薬技法に関するレポートも提示して、さらに実演してみせる。

 もちろん、薬師たちはコレを鵜呑みにするほど馬鹿ではない。自分たちで検証作業をしてもらうことになった。


 公開した内容について。

 製薬過程で生成する中間体を長期保存する方法であった。

 ちなみに、ポーションは、薬草Aから中間体A、薬草Bから中間体Bを抽出し、それらを加工して完成させる。


 以前から問題視されていたのは、薬の有効期間。

 最終成果物の魔法治療薬(ポーション)であれ、薬効中間体であれ、効果のある期間はせいぜい一ケ月間ほど。時間が経過すると、成分が分解して役立たずになってしまう。

 これが様々な課題を引き起こしてしていた。


 薬師組合の場合だと不良在庫。

 生産者である彼らは、急な需要に対応するために、ある程度の量を常備せねばならない。だが、すべてが売れるワケではなかった。

 かなりの確率で破棄処分をすることになる。つまり、損金が発生して経営を圧迫するのだ。


 いっぽう、利用者たちもジレンマ(板挟み)的問題を抱えていた。

 特に、冒険者は魔法治療薬(ポーション)は必須アイテムだ。

 彼らは危険な状況で活動している。負傷した際に、自分の命を救うポーションは欠かせない。だが、薬剤は高価なうえに有効期間は短かった。

 金銭的に余裕がない者は諦めるしかない。


 会議室の組合役員たちは興奮気味であった。


「魔力含有系薬草の人為的栽培も、検証作業が完了している。

 こちらの技術のほうが、社会的インパクトは大きい。歴史的発明として歴史に刻まれることだろう。

 なにしろ、不可能とされてきた難関突破に成功したのだから。

 しかも、魔法治療薬の原材料となる主要三種だしね。良いこと()くめだよ」


「ええ、これで多くの患者が助かることでしょう。

 薬剤売価を値下げしたうえに、量産化できるのですから。経済的理由で、錬金系薬剤を購入できなかった市民も希望が持てる」


 シンが提供したのは、薬草栽培の方法であった。

 具体的には次の三つ。

 第一は“()ぎ木”の技法。

 第二が土壌改質剤と錬成加工肥料。

 第三に栽培マニュアル。


 過去、先人たちは薬草生産に失敗してきた。

 たとえば、種子を()いても発芽しない。土壌ごと移植すると栄養不足で枯死してしまう。いかに丁寧に扱い、環境を整えても人為培養の試みは不首尾であった。


 だが、シンは薬用植物の育成に成功する。

 前世知識をヒントに“()ぎ木”の技法を採用した。

 対象薬草の若芽を継穂(つぎほ)とし、近接種の繁殖力が強い植物体を台木に選定。

 薬効成分の濃度を高めるため、個別に土壌改質剤と肥料も開発する。同時に、適切な育成方法や病気対策などをマニュアル化した。


 すでに【岩窟宮殿】では、薬草の大量栽培は実用段階にある。

 今回、提供した薬草主要三種以外に、多種多様な薬用植物の大規模農場を設置しているくらいだ。収穫も安定しており、治癒系や魔力回復系など各種薬品を生産している。

 この大陸では、魔法治療薬(ポーション)は高価で希少品扱いだ。

 しかし、シン陣営にかぎって言えば、日用品として扱えるほど。


 彼が、薬師組合に技術提供をした目的。

 当然だけれど、冒険者組合を圧迫するためだ。しかしながら、間接的な方法であって直接的攻撃ではない。


 狙いは、連中の新人養成サイクルを壊すこと。

 新米冒険者たちの主な収入源は薬草採取だ。

 チマチマと野外採取して日々の生活費を稼ぐ。そんな下積み経験を積み重ねながら、冒険者としての技能を身につけてゆくのだ。


 シンは、ここに目をつけた。

 薬草の採取依頼を激減させて、新人冒険者の収入源を断つのだ。

 彼が提供した新しい技術よって、薬師たちは自家栽培を始める。おまけに、薬剤中間体も長期保存ができるので、供給量の調整も可能だ。


 もちろん、新人冒険者が資金を獲得する手段は、他にもある。

 例えば、単純作業などの請負仕事など。

 ただし、一般の日雇い労働者と職の取り合いだ。なりよりも野外活動などのノウハウを学べなくなる。

 

 あるいは、未熟な技量を承知で魔物の退治。

 運が良ければ、緑色小鬼(ゴブリン)程度の低脅威モンスターを相手に勝てるかもしれない。でも、勝利し続けるのは厳しい。

 大多数は、毎日の食い扶持(ぶち)すら得られない状況に(おちい)ってしまう。


 冒険者ギルドからすれば由々しき問題だ。

 まず、新しい人材が育たない。それどころか、冒険加入者すら激減することになる。新規会員の供給が途絶え、新陳代謝は衰えるばかり。そんな組織は衰退するだけだ。


 薬師組合の役員たちは、シンに対して好意的であった。


「貴方が提供してくれた新技術は、薬学界に革命的進歩をもたらす。我々は、この貢献に報いるべきだと判断した。

 よって、シン・コルネリウス殿。貴方を薬師組合の名誉会員として迎え入れたい。これは理事会役員の総意だ。どうか、受けてもらえないだろうか?」


「身に余る光栄です。ですが、私は少々問題をかかえておりまして……。皆様に迷惑をかけてしまうのではと心配なのですが」


「君が、冒険者組合と揉めているのは知っている。だけれど、安心したまえ。我らが味方になろう。前途有望な若者を荒くれども(冒険者組合)の餌食にさせるつもりはない。むしろ、喜んで盾となろうではないか。

 なに、直接的な武力がなくとも、薬師なりに戦う(すべ)はあるのじゃよ」


 結局、シンは申し出を受けることにした。

 ただし、(いさか)いが解決するまで一時的に保留とする。

 薬師役員たちが得ている情報は、新聞紙上に掲載している表面的なもの。裏社会での暗闘などは把握していないし、させるつもりもない。

 善意の第三者を、醜い争いに巻き込むことは回避したかった。

 ひと通りの合意をした後、薬師組合との会合を終えた。


 建物の外で、ルナが質問してくる。


「あなたの策が、冒険者ギルドを不利な状況に追いやるのは理解できるわ。でも、効果がでるのに、ずいぶんと時間がかかるわ」


「ああ、君の指摘のとおりだ。明らかな結果がでるまで、ザクっとした概算で五~十年といったところかな。ジワリジワリとゆっくり、だが確実に組織運営に悪影響を与える。それで良いんだ。これは【累積戦略】というヤツさ」


 小さな成果を積み重ねる戦い方だ。

 ひとつひとつは地味で華やかさに欠けるけれど、最終的に大きな結果を獲得する。

 特徴的なのは、あるとき突然に効果を発揮すること。

 その臨界点が、いつになるのかは、敵も味方も予測できない。しかし、着実にダメージを与えるのだ。


 具体的な事例だと、太平洋戦争での補給破壊戦。

 アメリカ軍は、南太平洋地域に点在する日本軍占領地への物資補給路を遮断した。最終的に、米軍は有利な状況をつくりだし、少ない労力で戦果を得てゆく。

 事実、旧日本軍の主な死亡原因は餓死と病死であった。

 直接戦闘による戦死はごく少数でしかない。【累積戦略】に基づく補給断絶は、日本帝国陸軍の戦闘能力だけでなく、兵士の命を奪っていたのだ。


「連中にプレッシャーを与え続けることを重視していてね。ヤツらには、この策を防ぐことができない。なぜなら、現場の冒険者たちにもメリットがあるからね」


 なにしろ、安価な魔法治療薬(ポーション)が流通するのだ。

 常に危険な環境で活動する者たちが歓迎して当然のこと。

 組合組織が、“治療薬の価格を高いままに維持してほしい”なんて言ったら、現場で働く者たちは強烈に反発をするはず。


 そもそも、薬師組合への苦情申し立ては、筋違いだ。

 高価であった医療薬品を値下げして安定的に提供することは、社会的な善である。文句をつけることはできない。


「薬師組合に対する技術供与は補助的なものだ。【累積戦略】の本命は別にある。すでに何か月も前に仕込みは済ませておいた」


「次の訪問先が主目的なのね」


 彼らが向かう先は錬金術師組合であった。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:502/502

 MP:731/731

 LP:139/214

 ※補足事項: 制御核に欠損あり


 活動限界まで、あと百三十九日


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ