6-08.意図するのは累積戦略
報告会は続く。
担当者が強奪計画の進捗状況についてレポートを始めた。
“強奪”と少しばかり物騒な表現になっているけれど、実態としてはとても正しい。
「冒険者組合の金蔵襲撃についての中間報告です。
主な対象は、地域拠点の裏金金庫や幹部個人の隠し財産など。手近で警備の薄い場所を優先して攻撃をおこなっています」
連中は、あらゆる階層で腐っていた。
上は幹部指導層から、下は新人職員まで。
総本部はもちろんのこと、地域統括局や地方拠点など部門単位で闇資金をプールしている。経理担当者がコソコソと小金をくすねるケースも目立った。
もう、組織として末期的な症状だ。
例えるなら、朽ちかけた古屋敷のようなもの。
建物自体は大きくて立派だけれども、老朽化しているうえにメンテナンスが為されていない。
致命的なのは、白アリ(汚職)に浸食されていること。
構造物を支える基礎部分や主柱などが、喰い荒らされて穴ボコだらけだ。このままの状態が続くならば、確実に建物は倒壊する。
救えないのは、住人が危険性を無視していること。
自分たちの行為が、悪影響を与えているのは認識していても、それを改められない。薬物中毒者と同じで自制が効かないせいだ。完全に末期的症状である。
「どの金も後ろ暗いものばかり。奪取に成功すれば、組織的な追跡は心配無用です。なにしろ、闇資金そのものが公にできないのですから。
連中は表立って被害を公表できません。ましてや、警察機構などの公的機関に訴え出るなんて絶対に無理です」
「そいつはいい。良いところに目をつけたものだ。感心するよ」
奪い取った資金はかなりの額になる。
人口十万人級の地方都市の年間予算に匹敵するほど。
ほんの十数ケ所を襲撃しただけで、こうも多額の裏資金を獲得できたのだ。ギルド関係者たちの悪辣ぶりが想像できてしまう。
ちなみに、強奪品の内訳について。
金貨などの貨幣のほか、国債や私募債、不動産の権利書など多種多様であった。現物のお金は、そのまま自陣営の活動資金として利用する。
債券類は売却せず、有効活用するつもり。
特に、私募債券は発行主との交渉につかえる。
この種の債券は、地方貴族が領地経営の資金集めに発行したものだ。ただし、彼らの多くは借金漬けで首が回らない状態にある。
これらを上手に使用すれば、貴族に対して優位な立場で交渉できるはず。対冒険者抗争に巻き込んでやろう。
シンは報告会の終わりに締めの発言をする。
「諸君は危険な最前線で働いてくれた。これまでの成果は賞賛に値する。今後の活躍にも期待したい。ただ、無理をせず、不要な被害を受けないことを願っている」
次に、彼は後方支援に従事する者たちを褒めた。
地味で目立たないけれど、後方任務の役割は重要である。
最前線の戦果は華やかだし、注目を浴びがちだけれど、それを支える裏方がいてこそ、成り立つのだから。
特に、三賢人は完全に支援役に徹していた。
カンナ・プブリリウス。
組織運営に長けている女性だ。今回の作戦行動では人員配置や各種物資などを行っている。彼女のおかげで、各地の支援拠点は物資不足や過剰在庫にならずに済んでいる。先日の【奈落】での同胞救済作業でも活躍しており、非常に頼りになる人物だ。
センダン・クラウディウス。
彼は補給現場で陣頭指揮をしていた。本拠地【岩窟宮殿】から各前線基地へ活動資材を配送するのは、大変な労力を要する。
なにしろ、活動環境が劣悪なのだから。
【邪神領域】は広大なうえに、凶悪なモンスターどもが闊歩している。どれだけ計画が立派でも、現場要員が実働しなければ無意味だ。
だからこそ頑強で的確に部隊を指揮する人物が必要になってくる。
ちなみに、その姿は筋肉モリモリの太マッチョ。
暑苦しい外見に関わらず、意外にも優秀な戦略家だったりする。巨乳好きであることを公言して憚らない。
シキミ・リキニウス。
担当分野は情報分析である。敵方の魔導結晶体【清浄なる娘】をハッキングして得たデータを解析中だ。相手のウイーク・ポイントをピックアップし、適切な襲撃地点や時期を決定してゆく。
彼の第一印象はインテリ・ヤクザ。
整った顔のイケメンだけれど、目つきが鋭すぎてヤバい雰囲気の人物だ。微乳こそ最高と主張しており、巨乳派のセンダンと言い争っている。
シンは、会議参加者を見渡して宣言した。
「そろそろ、私も現場に出ようかとおもう。【奈落】での仕事もひと段落ついた。今後、しばらくの間は冒険者組合への攻勢を強めるつもりだ」
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シンは、グリアント王国の薬師組合本部にいた。
場所は首都ルテティアの商業中心街の一角。建造物は、薬師ギルドの歴史を感じさせる立派なもの。幾世代も古いデザインであるけれど、逆にそれが威厳を放っていたりする。
大きな会議室には薬師の上級役員たちがズラリと並んでいた。
参加者の誰もが興奮というか、感情を昂らせている。
「シン・コルネリウス殿。ご提供いただいた新式製薬レシピの検証は済ませています。確認実験を複数回おこないました。
いずれも上々の結果だ。この新方式は、魔法治療薬作成に革命をもたらすでしょう」
「高い評価をいただき、ありがとうございます。
新しい技法が広まれば、各種薬剤の安定供給ができるでしょう。成分中間体の長期保存によって、急な需要にも対応可能だ。
おまけに、製薬作業の負担軽減も実現できます。閑散期に製薬途中まで進めておけるので、作業の平準化できるのですから」
数か月前、彼は調合方法を提供した。
正確には、代理としてツクモ族の技術者が薬師組合を訪れたのだ。製薬技法に関するレポートも提示して、さらに実演してみせる。
もちろん、薬師たちはコレを鵜呑みにするほど馬鹿ではない。自分たちで検証作業をしてもらうことになった。
公開した内容について。
製薬過程で生成する中間体を長期保存する方法であった。
ちなみに、ポーションは、薬草Aから中間体A、薬草Bから中間体Bを抽出し、それらを加工して完成させる。
以前から問題視されていたのは、薬の有効期間。
最終成果物の魔法治療薬であれ、薬効中間体であれ、効果のある期間はせいぜい一ケ月間ほど。時間が経過すると、成分が分解して役立たずになってしまう。
これが様々な課題を引き起こしてしていた。
薬師組合の場合だと不良在庫。
生産者である彼らは、急な需要に対応するために、ある程度の量を常備せねばならない。だが、すべてが売れるワケではなかった。
かなりの確率で破棄処分をすることになる。つまり、損金が発生して経営を圧迫するのだ。
いっぽう、利用者たちもジレンマ的問題を抱えていた。
特に、冒険者は魔法治療薬は必須アイテムだ。
彼らは危険な状況で活動している。負傷した際に、自分の命を救うポーションは欠かせない。だが、薬剤は高価なうえに有効期間は短かった。
金銭的に余裕がない者は諦めるしかない。
会議室の組合役員たちは興奮気味であった。
「魔力含有系薬草の人為的栽培も、検証作業が完了している。
こちらの技術のほうが、社会的インパクトは大きい。歴史的発明として歴史に刻まれることだろう。
なにしろ、不可能とされてきた難関突破に成功したのだから。
しかも、魔法治療薬の原材料となる主要三種だしね。良いこと尽くめだよ」
「ええ、これで多くの患者が助かることでしょう。
薬剤売価を値下げしたうえに、量産化できるのですから。経済的理由で、錬金系薬剤を購入できなかった市民も希望が持てる」
シンが提供したのは、薬草栽培の方法であった。
具体的には次の三つ。
第一は“接ぎ木”の技法。
第二が土壌改質剤と錬成加工肥料。
第三に栽培マニュアル。
過去、先人たちは薬草生産に失敗してきた。
たとえば、種子を播いても発芽しない。土壌ごと移植すると栄養不足で枯死してしまう。いかに丁寧に扱い、環境を整えても人為培養の試みは不首尾であった。
だが、シンは薬用植物の育成に成功する。
前世知識をヒントに“接ぎ木”の技法を採用した。
対象薬草の若芽を継穂とし、近接種の繁殖力が強い植物体を台木に選定。
薬効成分の濃度を高めるため、個別に土壌改質剤と肥料も開発する。同時に、適切な育成方法や病気対策などをマニュアル化した。
すでに【岩窟宮殿】では、薬草の大量栽培は実用段階にある。
今回、提供した薬草主要三種以外に、多種多様な薬用植物の大規模農場を設置しているくらいだ。収穫も安定しており、治癒系や魔力回復系など各種薬品を生産している。
この大陸では、魔法治療薬は高価で希少品扱いだ。
しかし、シン陣営にかぎって言えば、日用品として扱えるほど。
彼が、薬師組合に技術提供をした目的。
当然だけれど、冒険者組合を圧迫するためだ。しかしながら、間接的な方法であって直接的攻撃ではない。
狙いは、連中の新人養成サイクルを壊すこと。
新米冒険者たちの主な収入源は薬草採取だ。
チマチマと野外採取して日々の生活費を稼ぐ。そんな下積み経験を積み重ねながら、冒険者としての技能を身につけてゆくのだ。
シンは、ここに目をつけた。
薬草の採取依頼を激減させて、新人冒険者の収入源を断つのだ。
彼が提供した新しい技術よって、薬師たちは自家栽培を始める。おまけに、薬剤中間体も長期保存ができるので、供給量の調整も可能だ。
もちろん、新人冒険者が資金を獲得する手段は、他にもある。
例えば、単純作業などの請負仕事など。
ただし、一般の日雇い労働者と職の取り合いだ。なりよりも野外活動などのノウハウを学べなくなる。
あるいは、未熟な技量を承知で魔物の退治。
運が良ければ、緑色小鬼程度の低脅威モンスターを相手に勝てるかもしれない。でも、勝利し続けるのは厳しい。
大多数は、毎日の食い扶持すら得られない状況に陥ってしまう。
冒険者ギルドからすれば由々しき問題だ。
まず、新しい人材が育たない。それどころか、冒険加入者すら激減することになる。新規会員の供給が途絶え、新陳代謝は衰えるばかり。そんな組織は衰退するだけだ。
薬師組合の役員たちは、シンに対して好意的であった。
「貴方が提供してくれた新技術は、薬学界に革命的進歩をもたらす。我々は、この貢献に報いるべきだと判断した。
よって、シン・コルネリウス殿。貴方を薬師組合の名誉会員として迎え入れたい。これは理事会役員の総意だ。どうか、受けてもらえないだろうか?」
「身に余る光栄です。ですが、私は少々問題をかかえておりまして……。皆様に迷惑をかけてしまうのではと心配なのですが」
「君が、冒険者組合と揉めているのは知っている。だけれど、安心したまえ。我らが味方になろう。前途有望な若者を荒くれどもの餌食にさせるつもりはない。むしろ、喜んで盾となろうではないか。
なに、直接的な武力がなくとも、薬師なりに戦う術はあるのじゃよ」
結局、シンは申し出を受けることにした。
ただし、諍いが解決するまで一時的に保留とする。
薬師役員たちが得ている情報は、新聞紙上に掲載している表面的なもの。裏社会での暗闘などは把握していないし、させるつもりもない。
善意の第三者を、醜い争いに巻き込むことは回避したかった。
ひと通りの合意をした後、薬師組合との会合を終えた。
建物の外で、ルナが質問してくる。
「あなたの策が、冒険者ギルドを不利な状況に追いやるのは理解できるわ。でも、効果がでるのに、ずいぶんと時間がかかるわ」
「ああ、君の指摘のとおりだ。明らかな結果がでるまで、ザクっとした概算で五~十年といったところかな。ジワリジワリとゆっくり、だが確実に組織運営に悪影響を与える。それで良いんだ。これは【累積戦略】というヤツさ」
小さな成果を積み重ねる戦い方だ。
ひとつひとつは地味で華やかさに欠けるけれど、最終的に大きな結果を獲得する。
特徴的なのは、あるとき突然に効果を発揮すること。
その臨界点が、いつになるのかは、敵も味方も予測できない。しかし、着実にダメージを与えるのだ。
具体的な事例だと、太平洋戦争での補給破壊戦。
アメリカ軍は、南太平洋地域に点在する日本軍占領地への物資補給路を遮断した。最終的に、米軍は有利な状況をつくりだし、少ない労力で戦果を得てゆく。
事実、旧日本軍の主な死亡原因は餓死と病死であった。
直接戦闘による戦死はごく少数でしかない。【累積戦略】に基づく補給断絶は、日本帝国陸軍の戦闘能力だけでなく、兵士の命を奪っていたのだ。
「連中にプレッシャーを与え続けることを重視していてね。ヤツらには、この策を防ぐことができない。なぜなら、現場の冒険者たちにもメリットがあるからね」
なにしろ、安価な魔法治療薬が流通するのだ。
常に危険な環境で活動する者たちが歓迎して当然のこと。
組合組織が、“治療薬の価格を高いままに維持してほしい”なんて言ったら、現場で働く者たちは強烈に反発をするはず。
そもそも、薬師組合への苦情申し立ては、筋違いだ。
高価であった医療薬品を値下げして安定的に提供することは、社会的な善である。文句をつけることはできない。
「薬師組合に対する技術供与は補助的なものだ。【累積戦略】の本命は別にある。すでに何か月も前に仕込みは済ませておいた」
「次の訪問先が主目的なのね」
彼らが向かう先は錬金術師組合であった。
■現在のシンの基本状態
HP:502/502
MP:731/731
LP:139/214
※補足事項: 制御核に欠損あり
活動限界まで、あと百三十九日