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6-07.報告会

 現在、シンたちは冒険者組合と揉めている。

 というか、“揉める”なんて軽い(・・)ものではなくて、かなり激しく戦っているという表現が正しいであろう。


 発端は、彼のお金が横領されたこと。

 穏便に済まそうと、弁護士を雇って組合本部と交渉をはじめた。

 だが、雑な対応をされたうえ、最後には殺し屋が襲ってきたのだから、相手の対応は酷すぎる。


 彼は激怒して報復を決意した。

 最初の攻撃対象は、組合の魔増結晶体【聖母(マザー)】で、これに対してハッキングをおこなう。

 いっぽう、敵の反撃も強烈であった。

 前線基地の【岩柱砦】が奇襲攻撃を受けてしまう。

 希少な魔造結晶体を破壊されたうえに、ツクモ族に多数の死傷者が出た。


 シン陣営も再反撃を敢行。

 ギルドの【清浄なる娘(ドーター)】への不正侵入経路(バックドア)工作を成功させている。ほかにも数多くの破壊工作を継続中だ。


 そして今日。

 彼は自陣営の主要メンバーを招集した。

 議題は対冒険者組合への調略活動について。


 議長役はカンナ・プブリリウス。

 彼女は【三賢人】のひとりで、見た目はキャリア・ウーマンふうの完璧美人さん。実際にも優秀で、先日の【奈落】での救済儀式を完璧に仕切った。


「これより報告会をはじめる。会議の開始にあたって我が君からお言葉を(たまわ)る。全員、拝聴するように」


「おはよう、諸君。まずは感謝を述べたい。

 君たちは、地道だけれど疎かにできない仕事を黙々とこなしてくれている。ほんとうに頭が下がる思いだ。

 残念ながら、この場にいない者にも改めて言おう。ありがとう」


 ここ最近、彼自身は直接的行動を中断していた。

 理由は、身体に異変が生じたため。

 謎神の()(しろ)にされた際、胸部にある制御核にヒビが入ってしまった。以降、修復しようと【岩窟宮殿】に引き籠っている。

 結局、完全な修理は無理だったけれど、これ以上の破損拡大はないと判断。

 改めて冒険者組合への調略活動を本格化させることにした。


「貴君らの働きによって、相手のダメージは積み重なっている。

 ひとつひとつは小さな損傷だが、その数は多い。放置していれば組織維持が困難になるくらいに」


 例えるなら、小型ナイフでチマチマと攻撃しているかんじ。

 敵対者の皮膚を切り裂いて、たくさんの傷を負わせている。どれも浅くて内蔵に達していないため、致命傷にはならない。

 ただし、傷口が多いせいで、出血しつづけている状態。

 治療もできず、負傷が増えるばかりなので、いずれは出血死するレベルだ。


「敵は有効な対策が取れない。ましてや再度の逆襲は不可能だ。なぜなら、諸君らが姿を消したまま、的確な襲撃を()しているからだ」


 もう一方的なゲリラ戦だ。

 正面きって戦力をぶつけ合う真っ向勝負なんてせず、相手方が予測もできず、防御も難しい部分を狙い撃つ。


 冒険者ギルドに反撃をさせない。

 そもそもが、こちら側の本拠地である【岩窟宮殿】が発見される可能性は皆無だ。以前、最前線基地の【岩柱砦】は破壊されてしまったけれど、それ以降、各地の活動拠点はバッチリと隠蔽している。

 連中に見つかったのは、臨時の仮拠点だとか、使い捨てのセーフ・ハウス(隠れ家)程度。失っても、痛くも(かゆ)くもない。


「敵は大陸全土に拠点をかまえる巨大組織だ。

 とはいえ、所詮は金を儲けるための営利団体にすぎない。やりようによっては組織活動の停止、つまり倒産させることだって可能だ。

 連中には、舐めた真似をしたことを心底から後悔させてやろうではないか。

 皆の奮起に期待する。

 私からは以上だ。カンナ、あとの議事進行を頼むよ」


「はっ、了解いたしました。では、会議概要についてご説明いたします。

 前半では今までの謀略活動についての報告を中心に。後半は、本格化させる攻撃内容に関して、参加者で共通認識をする予定です」


 最初は、ギルドの魔造結晶体への工作について。

 工作対象はふたつある。

 第一ターゲットは【聖母(マザー)】。

 こいつは主機(メイン)で、組合活動全般の業務処理を担っている。


 第二ターゲットは【清浄なる娘(ドーター)】。

 役割は、バックアップと情報保持、その他の雑多な業務管理を担う。

 上記二機は役割分担をしていて、母機(マザー)は演算処理能力を確保するために、直近一週間分のデータしか保持しない。代わりに子機(ドーター)が過去分の不要不急な情報群を格納していた。


 コイツらは現存している結晶体として誠に優秀だ。

 なにしろ、大陸全土にひろがる巨大組織の運営を支えている。しかも、過去三百年以上にわたって稼働し続けているのだから、たいしたものである。

 ただし、シン陣営の補助人格【ミドリ】には負けるけれどな! 


「では報告いたします。まずは、【聖母(マザー)】について。

 再度の不正侵入(ハッキング)は失敗しています。

 以前におこなった、念話ネットワーク経由での遠隔攻撃以降、セキュリティ・レベルが強化されたためです。

 いっぽう、【清浄なる娘(ドーター)】からは、情報を抜き取り放題。

 いまだに連中は、不正侵入経路(バック・ドア)にまったく気づいていません」


「それは良かった。わざわざ城郭都市バーミリオンヒルにまで出張(でば)った甲斐があったというものだ。

 まあ、いろいろと邪魔が入って、潜入工作どころの騒ぎではなかったけれどね。実行部隊が頑張ってくれたおかげだよ」


 シンの言う“邪魔”。

 本当に想定外のトラブルばかりであった。

 【玄門の塚護】との(いさか)いから始まって、次にティメイオ火山噴火。火山一帯を(つかさど)っていた龍たち。正体不明の別天津神(ことあまつかみ)の降臨。

 どれもこれも、予測なんてできやしない。

 もう上位階梯者(神々)たちの出現に(いた)っては、人間の手で解決できる範疇を越えている。よくも生き残ったと、自分の運の良さに感謝するばかりだ。

 いや、実際には何度か死んだのだけれど……。


「連中から抜き取ったデータや、以降の計画については?」


「現在、おこなっている作業は主に三つです。

 第一作業班は、ギルドの活動記録、過去約三百年分を解析中。

 第二作業班は、【清浄なる娘(ドーター)】を経由して【聖母(マザー)】へのハッキング、および欺瞞情報の流し込みを試みています。

 第三作業班は、今後の情報戦について作戦計画を立案中。特に、我が君からご指示されている財務と金融分野を攻撃対象として検討しています」


 情報分析で判明したのは、冒険者組合は腐っていること。

 大きな石をひっくり返すと、気味悪い虫がウジャウジャと出てくるような感じだ。いままで見えないところで、連中は好き勝手にやっていた。


 たとえば、脱税や談合による受託業務。

支配者階級への賄賂に、現役冒険者からの違法搾取。

組織全体での裏金づくりから、経営陣の不正蓄財、職員たちの横領まで。


 さらに、組合グループには裏稼業組織や地下経済系の会社があった。

 娼館や賭博場などの経営はもちろんのこと、地方領主と結託して密輸品の取り扱い。奴隷売買にまで手を伸ばしている。


 設立初期、冒険者ギルドは立派な組織だったとおもう。

 先人たちは不撓不屈の実行力で魔物どもを撃退し、民衆を守る盾として活躍していた。過去記録をみても、彼らは(こころざし)高かく、理想に燃えていたのが読みとれる。

 だが、時間が経過するにつれて徐々に腐敗。

 後ろ暗いことも多々出てくる。約三百年間もたてば、根っこから腐ってしまい、もう処置なしの状態だ。


 これらの裏情報は強力な武器になる

 連中に大打撃を与えられるし、上手く立ち回れば、資金強奪だって夢じゃない。


 実際、シンたちは、あちこちに情報提供をしていた。

 各国の治安当局には、組織犯罪の内容や証拠を。

 主要新聞社には、組合役員のスキャンダルなど。

 意外に効果的なのは、地下経済系の団体へのタレコミだ。

 組合の裏稼業には商売敵も多くて、お互いに喰い合っている。悪党どもに、ちょっと耳うちしてやれば、闇世界での争いは激化した。


「組合組織への浸透工作も順調ですね」


 工作は多方面に及んでいた。

 たとえば、盗聴器や監視機器を、各地の組合拠点に仕掛けている。

 この異世界には電子機器なんてないので、同様の機能をもつ魔道具を開発した。それらを連中の施設内外に、コッソリと設置してまわっている。

 ギルドとて馬鹿ではないし、防諜対策もしているのだけれど、今のところバレていない。


 全体的に技術が未成熟なのだ。

 五世紀前の魔導帝国時代のほうが、錬金術など魔導系技術は進んでいた。帝国崩壊後、文化文明が後退したせいであろう。

 シンからみても“穴”が多いなぁと評価したくらいだ。


 ほかにも、相手内部に内通者を確保している。

 敵は巨大組織だし、従業員や出入り業者、その他関係者は多い。

 なかには、借金で首が回らない者や、異性関係にダラしない人物だとか、ワキの甘い(やから)も一定数いたりする。

 そういった類の連中に協力をとりつけたのだ。

 買収や脅迫といった、強引な手段を用いているのだけれど、良心はちっとも痛まない。


 これは戦争である。

 実際、【岩柱砦】ではたくさんの仲間が死んでしまった。

 シン自身だって殺し屋に襲われている。

 そんな汚い敵方に対して遠慮する気持ちはない。必要ならば、なんだってしてやるつもりだ。


 報告は続く。


「本筋とは無関係なのですが、いちおうお耳に入れたいことがありまして。

 内部工作中に気づいたのですが、他の諜報機関も浸透していました。

 確認できただけで五つ。それらしき形跡を含めれば、約十個以上は潜り込んでいますね。練度は、特級プロから素人同然のレベルまで。

 推測の範囲ですが、国家諜報機関だけでなく、民間団体や反社会的な組織が活動しています」


「ほう、おもしろい」


 ソイツらを上手に使えば、組合を混乱させられる。

 敵対的な関係であれば、双方を争わせて、漁夫の利を得ることだって可能だろう。少なくとも、冒険者ギルドの力を削ぐ手段として利用すべきだ。

 というか、冒険者組合は大丈夫か? 

 こうもお粗末な状態だと、“呆れ”を通り越して“哀れ”に思えてくる。


「続いて、物流妨害戦に関してのレポートです。

 いま現在の活動範囲は、大陸主要五か国、都市数は二十四。すべて【邪神領域】に接する地域です。また、襲撃や闇討ちなどの攻撃回数ですが、延べで五百回を超えました」


 目的は、ギルドの流通網を分断すること。

 具体的には、組合間を行き来する輸送隊を襲撃して、荷馬車を破壊し、積荷を燃やした。

 もう完全に消失させるのだ。奪うのではない。

 残骸を回収して再使用するなんて無理なくらい、徹底的にやっている。


 アイツらの商業活動は、素材確保から販売まで及んでいた。

 【邪神領域】由来の各種素材を冒険者から買い取り、それらを後方の安全な都市に運ぶ。原材料を加工して、魔導具やら薬品などさまざまな物品を生産。完成商品を各地で売却して利益を獲得している。


 シンたちは、連中のサプライチェーンを分断していた。

 特に、上流の原材料輸送を(とどこお)らせている影響は大きい。


 報告者は現状認識を示した。


「もちろん、物流網のすべてを妨害できている訳ではありません。

 といういか、そんなことは不可能です。敵方の規模に対して、こちら側の兵力は少ないのですから」


「確かに、君の指摘のとおりだね。私たちが影響力を行使できるのは、【邪神領域】に接した地域一帯でしかない。

 でも、冒険者組合の収益はガタ落ちだ。

 すでに、アイツらの荷馬車は破壊され、輸送力は激減している。隊商につける護衛を増やしているから、物流コストは跳ねあがったままだ。

 各地の倉庫には在庫が山積みだし、維持管理費もかさむばかり。原材料だって有効期間を過ぎれば、腐って生ゴミになってしまう」


 ちなみに、第三者の輸送会社は、組合を敬遠している。

 代替輸送を依頼されても、それを拒否しているのだ。

 理由は、積荷を狙われて襲撃されてしまうため。当然、被害は荷車や馬やロバなど使役獣にまで及ぶのだし、大損になってしまう。


 こちら側が情報操作していることも大きい。

 広範囲に噂を流している。ギルドからの代替輸送依頼を受託すると攻撃されると。風評だけでなく、実際に冒険者組合からの委託業務であれば、情け容赦なく襲っている。

 

 いわば、見せしめだ。

 命こそ狙わないけれど、キッチリと荷馬車は破壊しまくった。第三者の輸送業者は、巻き添えを恐れて依頼を断っている。


 作戦は順調だが、シンには、ちょっと心配があった。


「当方の損害についても把握しておきたい。通商妨害が調子よく戦果を挙げているのは、すばらしいことだけど、どれほどの被害がでているのだろうか? 」


「直接戦闘による死傷者はゼロです。虚偽じゃなくて本当に皆無なのですよ。もちろん、移動中の事故や体調不良などを含めれば、短期的に戦線離脱をする者は一定の割合で発生しますが。

 これは魔法小銃のおかげですね。

 現場からの要望ですが、はやく量産してとの声が多数あがっています。あと錬金弾の量産化も」


 味方に損失がない理由。

 攻撃方法が、ライフル銃による狙撃であったため。

 相手に気づかせない遠距離から一方的に狙い撃ちする。たとえ、敵が反撃しよう近づいても、そのころには攻撃側は騎獣に乗って離脱したあとだ。

 こんな方法で襲撃しているのだから、確かに被害の出しようがなかろう。


 攻撃に使用している魔導銃について。

 有効射程距離はおよそ百メートル。命中精度を無視すれば、飛距離は三百メートルもあったりする。


 さらに別の要素が加わると、凄まじいことになる。

 射撃手、つまりツクモ族が補助魔法を併用すれば、距離千メートル先の標的に命中させてしまうのだ。元の小銃とはまったくの別物とおもって良いくらい。

 ハッキリ言って、武器スペック以上に狙撃手が優秀すぎてビックリだ。


 おまけに錬金弾の威力が加わる。

 これは、弾頭部に魔法陣を刻んだ特別仕様で、着弾と同時に魔法が起動。

 用途に応じて、属性種別を変更できるのだけれど、今回の物流妨害活動では、爆裂系魔法を選択した。破壊力は、現代地球のグレネード弾と同等だ。


 開発した魔法小銃は大陸最高レベルだと、シンは自負している。

 幾世代も先をいっているのは間違いない。銃砲身内をライフリング加工して命中精度を高めたし、筒状弾倉を組み込んで連続八連射できる。


 いっぽう、各国が採用しているマスケット銃。

 先込め式の単発で、弾丸だって球状の鉛玉だから命中率は悪すぎる。もう勝負にならないくらい性能差が開いていた。


 彼は嬉しく思いつつも、


「いや、ほんとうに驚きだ。ライフル小銃を作った本人が言うのも変だけれど、こうも活躍するとは想像もしなかったよ。そもそも趣味で始めたものだしね」


 当初、魔法小銃は不採用にするつもりだった。

 理由は威力不足なため。

 【邪神領域】の深層部にいる大型魔獣には通用しないのだ。

 連中は、分厚い皮膚や硬い鱗などで、高い守備力を誇っている。おまけに図体がデカいから、少々怪我を負わせても致命傷には至らない。

 凶悪モンスターを相手にして、銃火力は低いと判断して、試作だけで終わらせることにした。


 だが、この決定に異議申し立てがあがる。

 実地試験に参加していたメンバーたちが、採用すべきだと進言してきたのだ。

 彼らによれば、射程距離が長いことが魅力的なのだとか。

 魔導師の一般的な攻撃魔法は三十~五十メートルほど。対して魔導小銃に、射撃手が補助魔法をつかえば、約千メートル圏内の敵を撃ち倒せてしまう。


 彼らいわく、用途別に使い分ければ良いと。

 まったくもって、その意見は正しい。どんな状況に対応する万能な武器なんて存在しないのだから。

 上記のような経緯があって、試作銃は正式採用となった。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:502/502

 MP:731/731

 LP:165/214

 ※補足事項: 制御核に欠損あり


 活動限界まで、あと百六十五日


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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