1-11.激突
シンは、岩石兵士を観察したことがある。
錬金罠の実地試験の際、ヤツの姿を見かけて、しばらく追跡していたからだ。
「アレの強みは、身体が頑強なこと」
とにかくタフなのだ。
魔法であれ物理であれ、少々の攻撃を受けてもビクともしない。さらに、真正面からぶつかって相手を制圧するパワーも凄かった。
「欠点は足の遅さにある」
重量が災いして移動速度が速くない。
いままで何度か遭遇したことがあったけれど、コイツと戦った経験はない。というのも、全力で逃げれば、追ってこなかったからだ。
「さて、どうしたものか」
今の三すくみ状態では、迂闊に動けない。
下手に刺激すると、バケモノ二匹から同時に襲われてしまう。一方的に叩かれまくるなんて、まっぴらごめんだ。
現状を打破すべく、策を考える。
「最も都合が良いのは、敵同士でぶつかって共倒れだよな。欲を言えば、自分が無傷なら最高だ」
最悪のケースは、挟み撃ちされること。
魔物二匹から同時攻撃されれば、地獄へ直行すること間違いなし。これは確実に回避したい。
「えっ?」
シンは思考を巡らせていたが、ギョッと驚いた。
岩石兵士の顔が彼にむいていたからだ。
こちらの目論見を見透かされてしまったのかと、一瞬あせってしまう。
岩石モンスターの眼は無機質なもの。
まるでカメラ。獣が、エサを見るような目付きではない。
「なぜ、視線を感じる? 気のせいじゃないぞ」
相手の身体は石製だ。
目とて眼球があるわけでもない。どういった仕組みで対象物を捉えているのか謎だ。ただ、ヤツが、自分に関心を示すのは、かなり都合が悪い。
不意に巌のバケモノが何かを発した。
それは、人間の耳に聞こえない高周波の信号らしきもの。
「な、なんだ?」
シンは狼狽えてしまう。
胸もとから、“キンッ”と甲高い音がしたためだ。
彼の胸部には無色透明の結晶体がある。大きさ五センチほどのダイヤモンドみたいな物質。これが、肉体組織にガッツリとくい込んでいた。
ソレが反応したのだ。
ゴーレムが発信したシグナルを受けて、胸元の結晶が返信したみたいに。
岩石兵士が戦闘態勢に移行する。
威圧感が増し、ギュルルゥと重低音が轟いた。
頑丈な身体にパワーが漲ってゆく。表面温度が上昇して、岩製ボディからゆらゆらと陽炎がたち昇った。
その様は大型の平土機を連想させる。
大出力のディーゼルエンジンを、目いっぱいに吹かすのと同じだ。耳を覆いたくなる排気音がして空気を振動させた。距離があるにもかかわらず、こちらの肚にまでズンと響いてくる。
「戦うつもりなのか」
岩石モンスターが、巨大蟷螂へとむかった。
歩みはゆっくりしているが、とんでもなく迫力がある。
行く手にあるもの全てを押し潰す重量感を漂わせていた。アレの正面に立ちたくないと思うほどの圧力だ。
凶悪な肉食昆虫は迎え撃つ構え。
ギチギチと牙を打ちつけて威嚇音を発する。
鎌状の前脚を大きくかまえて、それを振り下ろした。
【斬撃】の風魔法が飛んでゆく。シンとの戦闘よりも、魔力がこもっていた。風の刃がはっきりと視認できほど。
皮鞭で地面をひっぱたくような音が響く。
石製ボディの表面に斜めの線がはしった。
「いや、体表の泥やコケが剥がれ落ちただけだ。
直撃したのに、本体部にダメージがない。なんて頑丈なんだ」
昆虫型魔物は魔法を幾発も放つ。
もう乱れ撃ち状態だ。
遠距離攻撃の優位性を活かした一方的な攻撃である。
大鎌を振るうたびに、風刃が宙を駆けた。
舞い上がる土砂やほこりで、岩石ゴーレムの姿が隠れる。
「す、すげえ。強威力の攻撃魔法を連発するなんて、私との戦いは本気ではなかったんだ」
巨大蟷螂の風属性攻撃は強力だ。
細い木ならスパスパと切り倒すくらいの威力がある。
それが何発も命中すれば、いかに頑丈な相手でも大きな傷を与えるはず。
ただし、巌の兵士は屈強だ。
あれだけの攻めを受けても前進し続けている。
とび散る砂埃のせいで詳細は見えないけれど、ただひたすらに歩み進んでいた。全然、怯む気配がない。意志の固さには呆れるばかりだ。
「おおっ、ついに岩石兵士の攻撃ターンだ」
殴り合いできるほどの距離にまで近づいたのだ。
一方的に耐えるばかりの時間が過ぎて、ようやく反撃の機会が訪れる。
岩石のバケモノが、強烈なハンマー・パンチを放った。
体重をのせた右フック。
そのパワーは凄まじい。
体長三メートル以上もある昆虫を宙に浮かせるほどだ。
さらに、相手の腹部を陥没させている。
巨大蟷螂も戦う気満々だ。
まったく闘志は衰えていない。
一度は地面に叩き伏せられてしまったが、すぐに立ちあがった。前脚になにかの魔法をかけたのだろうか、鎌刃の部分が淡く光りはじめる。
羽根を広げて空中を飛び、敵の上から覆いかぶさった。
「魔物同士の格闘か。しかも、距離ゼロの肉弾戦。
つくづくモンスターの力強さを思い知らされてしまう光景だな」
両者のサイズは大人と子供ほどの違いがある。
岩石ゴーレムの背丈は約二メートルと相当にデカい。
対する大型カマキリはその一・五倍、三メートルほど。
双方の身長差は歴然としていた。
取っ組み合いの戦いをすれば、体躯の大きい昆虫型魔物のほうが、有利であろう。
しかし、実際は逆であった。
岩石兵士が、重量とパワーで圧倒しているのだ。
ヤツの身体は安定している。
バケモノ昆虫に頭上から襲われてもビクともしない。
それどころか、岩腕を敵の胴体に手をかけて締め始めた。
プロレス技のベアハッグ、あるいは相撲技の鯖折りだ。
蟷螂は必死に抵抗するが、巌の巨兵はギリギリと腕の輪を縮めてゆく。
「うわぁ~。まるで油圧プレス機じゃないか。あれだとカマキリでも耐えきれないぞ」
ゴーレムは、ゆっくりと確実に加圧してゆく。
けっして両手を離すことはない。
絶対に対象を圧し潰すつもりだ。
巨大蟷螂は、逃れようと鎌状前脚を振り回す。
相手の肩、顔、上腕と所かまわずにガンガンと乱打する。
己の牙が欠けるのを気にもせずに噛みついた。
後脚で蹴ろうとするが、すべて失敗におわる。
「ああ、ひしゃげ始めたぞ」
ついに、胴体にひび割れが生じる。
昆虫系魔物の外骨格は頑丈だ。
でも、限界を超える圧力に耐えきれなかった。
腹部が陥没して、内臓と体液がとび出てくる。
岩石ゴーレムは、敵を地面に叩きつけた。
追撃はストンピングで執拗に攻撃を続ける。蟷螂特有の大きな複眼をひしゃげさせ、鎌状前脚をベキベキと砕き折った。
さらに、頭部に手をかけてグリグリと廻し、最後には強引に引きちぎる。
岩石兵士の完全勝利である。
「な、なんてヤツだ」
とんでもないバケモノである。
石製の兵士が強いのは知っていた。
だが、あの巨大蟷螂を易々と制圧するとは、思いもしなかった。
岩石製ボディは頑強そのもの。
鉄腕パンチは一発で形勢逆転する威力があった。しかも、有するパワーは、油圧プレス機さながらに敵を押し潰すのだ。
そんな魔物がシンの眼前にいる。
「さて、どうしたものか」
撤退は可能だ。アイツの移動速度は遅い。
彼の脚力からすれば、充分に逃げきれる。
このまま離脱しても、まったく問題ない。魔物二匹に挟まれながらも、結局は無傷で済んだのだから、最良の結末であろう。
「でも、確認したいことがあるしなぁ」
気になるのは、結晶体が反応したこと。
自分の胸部に埋まっているダイヤモンドみたいな謎物質だ。
仮説だが、互いに信号をやり取りしたのではないだろうか。ここから離れてしまえば、検証ができなくなる。なんとかして、調べるべきであろう。
「あ、あのう、助けてくれてありがとう」
思いきって声をかけた。
とにかく意思疎通を試みる。
ただし、ある程度の距離をとって、いつでも逃走可能なように用心はしていた。
「むむっ、無反応か」
ゴーレムは関心を示さない。
あるいは、彼を敵と認定しないだけなのか、判断に苦しむ。まあ、敵対的な姿勢でないのはありがたい。
じっくりと観察してみよう。
しばらくすると、ヤツが移動し始めた。
「どこに行くの?」
追跡してみる。
すこし怖いけれど、相手が何をするのか確かめたい。
好奇心が、優ってしまったのだ。
到着した先は河原で、そこは背丈の高い植物の群生地。
小さな黄色い花が風で揺れていた。女郎花によく似ている。
「え~、なにしてんのさ」
巌のゴーレムが、花々を摘みだした。
巨体をかがめて両膝を地面につき、片手をゆっくりと伸ばす。
太くゴツイ指先の動きは、細やかだ。草花を傷めないように丁寧に扱っている。
ギャップがありすぎ。
あの厳つい魔物が、野花を採取するなんて似合わない。それ以上に滑稽な感じがする。
岩石兵は作業を終えた。
両手いっぱいに女郎花を大事そうに抱える。小さな黄色いフラワーの塊は、こんもりとしており、無表情な顔が隠れてしまうくらい。
あれでは視界が塞がれて前が見えないだろうに、と心配するくらいに大量だ。
「花束をどうするつもりかな? 彼女にプレゼントしたりして」
ちょっと、妄想を膨らませてみた。
頭に浮かぶのは、岩石兵士が片膝をついて女性にプロポーズする図。
うん。まあ、これは無いなぁ……。
ただ、なんとなく思い至ったことがある。
コイツの目的は花を摘み集めること。
巨大蟷螂との戦いは予想外の出来事であったはず。
なんだか巻き込んだみたいで申し訳ない。
ゴーレムの後ろについて歩いてゆく。
あれこれと想像を巡らせながらも、あることに気がついた。
「錬金罠が作動しないぞ」
巌の兵士に対して、トラップが無反応なのだ。
シンに反応しないのは当然である。
仕掛けた罠が、己を攻撃しないように敵味方識別の機能をつけているからだ。でも、自分以外を味方に登録した覚えはない。どうなっている?
この現象、あとになって理由が判明した。
ふたりは、同じ陣営として認識されていたのだ。
つまり、互いを知らなかったけれど、実は味方同士である。
補足すると、敵見方を判別する仕組みは、補助人格ミドリが提供したもの。敵味方識別機能はキッチリと働いていた。
巨兵が向かう先は、彼が本拠地にしている場所。
「へぇ、こんな所にも出入口があったのか」
開閉部は巧妙に隠されていた。
大きな岩や植物が幾重にも重なっていて、外からみるかぎり門は見えない。周辺を何度も往来していたけれど、今までまったく気がつかなかった。
ゲートの両端には守衛役が二体いる。
花束を抱えた岩石ゴーレムと同じタイプだ。
門番たちも、シンに対してなんら警戒する素振りはない。
前を歩く岩石兵士と同様に、味方だと認識しているらしい。
「おじゃまします? でいいのかな」
彼は、開閉扉をくぐり抜ける。
門番兵士にビクビクしながらだ。
行きついた先は、広い空間になっていて、幾つもの通路や階段があった。
「このあたりは未調査だな」
未だ本拠地の全容は不明だ。
五百年ほど昔に地震か大事故かあったらしくて、本施設は半壊している。廊下が塞がっていたり、部屋が土砂で埋まっていたりするせいで、全領域を探査するのは不可能であった。
「ここはホール?」
静謐に満ちた場所であった。
綺麗に清掃されており、塵ひとつない。
壁にヒビ割れがあったりするけれど、破損した部分以外は手入れがいき届いている。
部屋中央に長方形の台があった。
巌の兵士が、台上の萎れた草花を取りさげる。
さらに、先ほど摘んだ女郎花の花束を置いた。
その動作はすごく丁寧。
アイツに意思はないはず。
それなのに、敬意をもって接する姿は、まるで人間のよう。
「あれはお墓? いや棺だ」
ここは霊安室。
岩窟兵士の恭しい所作も説明がつく。
亡くなった縁者を悼み、花を捧げる儀式だ。