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5-21.神裁決闘(後編)


 シンは前世記憶を持っている。

 曖昧で不明瞭なところが多いけれど、明確に覚えているものもあった。

 例えば、ネイティブ・アメリカンの呪術師の言葉。

 書籍の題名も著者も忘れてしまったけれど、次の文章だけはシッカリと残っている。なぜか(そら)んじることができるほどだ。


『“死”は、いつもお前の左肩うしろにいる。

 でも安心するがいい。なぜならヤツが声をかけるのはたった一度しか許されていないのだから。その時がくるまで静かに待っているだけ。

 だから、賢い戦士は“死”を自分の味方につけて助言を得るのだよ』


 十年ほど前、彼は【死を味方】にした。

 この異世界で目覚めた頃だ。場所は【邪紳領域】のど真ん中。

 隠形で身を隠した魔物に気づかず、無防備な状態で襲われそうになった。


 その直前、警告を受ける。

 ナニかが肩の後ろ側にいて、ソレが注意を促してきたのだ。

 ちなみに“警告”と表現したが、正確には言葉では“ない”。脳内へダイレクトに信号が撃ち込まれた感じ。

 危地に陥っていると強制的に理解させられた。

 なぜか疑いもせず、素直に反応する。そのおかげで無事に危機を回避。なんとか死なずに済んだ。


 以降、謎の注意喚起を幾度も経験する。

 いつも生命の危険が迫った状況ばかりで、その度に命拾いをした。

 最初のころは偶然かもと思っていたけれど、何度か助かるうちに確信にいたる。

 自分は【死を味方】にしているのだと。




 そして現在。

 神裁決闘が始まった直後……。


 シンは“死”からの警告を受けた。

 ゾワリとした悪寒を感じて、反射的に後ろへジャンプする。

 つい先刻まで頭があった位置でパシッと小さくなにかが潰れる音がした。


 それは非物質的なモノ。

 空間そのものがグニャリと歪んで破裂する。

 奇妙な表現になるけれど、膜のないシャボン玉が弾けたかのよう。ただし、お遊戯のように楽しめるものではない。アレに接触していたなら致命的なダメージを(こうむ)っていたはず。


「チッ、殺す気、満々じゃないか。ヤツめ、完全に決闘ルールを無視しているな。上等じゃないか。最後までトコトンやってやる」


 エアハルトの攻撃は殺意に満ちていた。

 アイツは、決まりごとを破っても良心の呵責を感じないのだろう。

 一種の精神病質者(サイコパス)だ。愛嬌があるし憎めない性格だが、笑いながら他人を殺害できるタイプに違いない。


 まあ、【神の指先】はどこか壊れている。

 なにしろ、超越的存在と直に接するのだ。相手は、人間の理解を越えた(ことわり)で活動するモノ。

 

 圧倒的な神威のせいで、こちら側の精神は変質してしまう。

 ましてや、上位階梯者には善悪などの社会常識は通用しない。人としての価値観に歪みが生じるのも、いさ仕方ない。

 それはシンもルナも同じだが、エアハルトの場合、より強く悪影響を受けてしまったのだろう。


 シンは、謎の攻撃を三連続で避けた。

 自分の左肩後ろにいる“死”からのアドバイスに従って、素早く身体を移動する。

 “不可視のシャボン玉”攻撃には予兆がない。また、通常の攻撃魔法のように火線が見えないけれど、【死を味方】にした彼に命中することはなかった。


「なるほど、あれは結界術だ。球状結界を攻撃用にアレンジするとは、いかにも【玄門の塚守】らしい」


 結界術は特定領域を護るための特殊技術だ。

 種類は多く、代表的なものは悪霊や邪精に対抗する呪術タイプ。ほかにも対魔導や対物理の障壁を展開する型があったりする。

 彼を襲う”不可視のシャボン玉”も、そのひとつだ。


 似ている技法に【位置固定】という空間系魔法がある。

 対象物を指定座標に固定する術式で、罠のトラ挟みのように、相手の足や手を捉えて行動不可能にするもの。


 しかし、エアハルトの攻撃は殺傷力が高かった。

 球状型の結界を破裂させて対象ごと消滅させてしまう。初見殺しの極悪仕様だ。シンでなければ、初撃で死んでいたであろう。


 【玄門の塚守】は、“お山さま”の領域を守護してきた。

 表現を変えれば、護ることに特化した一族ともいえる。実際、ティメイオ火山とその麓を三重の結界線を構築し、数百年も維持管理してきたのだ。

 連中は、まさに結界術特化のスペシャリストである。


 ヤツの不可視攻撃は厄介だが、対抗策は幾つもある。

 まず、動き続けて一ケ所に留まらないこと。

 あの手の結界術は座標指定する必要がある。しかも発動させるまでに時間を要するはず。標的がずっと移動していると、術式展開が間に合わないから命中しない。


 視界を遮るのも対策として有効だ。

 標的を眼で確認してから術を起動するのだし、敵の位置が判らなければ、どうしようもない。

 ”見えないシャボン玉”はピンポイント攻撃だ。

 広範囲を制圧できる(たぐい)のものではない。他の攻撃方法があるかもしれないが、やはり相手を視認できなければ有効打は放てないだろう。



「さて、反撃開始だ。私を甘くみていたことを後悔させてやる」


 シンは【理外理力(フォース)】で超常現象をひきおこす。


 地面が大きく()ぜて瓦礫や泥が宙を舞った。

 爆発は五つ。位置は自分と敵の中間あたりで、飛び散る土砂は疑似的な煙幕と化して周囲の視界を悪くする。


 次に、空中で小さな渦を形成。

 螺旋状に回転させて、飛散する土や小石などを圧縮してゆく。

 高密度の岩石弾丸となったところで、それを一気に加速させて射出した。

 即席の銃弾だが、破壊力は本物と同等。金属鎧などは簡単に貫通できる。


 数は全部で三十発。

 狙いを定めない乱れ撃ちだが、命中しなくてもかまわない。とりあえず牽制するだけで充分だ。さらに、同じ作業を三回繰り返す。目的は、敵の注意を逸らせること。

 本命の攻撃は別にあるのだから。


 補足すると、これらの現象は魔法によるもの。

 普段の彼は錬金加工した術符などを用いる。人前での魔法行使はしない。

 理由は、力加減ができないため。

 特に、攻撃魔法は威力が高すぎて、周りの人間を巻き込んでしまう。危険すぎて、ルナから街中での使用禁止命令が出されたほど。


 問題は、彼の制御能力はではない。

 出力量が桁違いなことが原因だ。

 例えるなら、一般的な魔導師の攻撃力は拳銃レベル。

 対するシンは戦車砲の破壊力。

 警察が犯人逮捕のために小銃で威嚇射撃する横で、いきなり戦車砲をぶっ放すようなもの。犯人だけでなく周囲の建物まで破壊してしまう。


 ついでに言うなら、今回の攻撃は、それなりに手加減しているのだ。

 最初に放った爆裂系魔法だって、奴の足元で爆発させれば一発で終わったはず。だが、狙いをアイツから離れた場所で発動させた。

 さすがに審判役(ルナ)の手前、明らかな決闘ルール破りはマズい。敵を殺すなら、事故を装って上手に隠蔽せねば、ルナに怒られてしまう。




■■■■■


 エアハルトは焦っていた。

 防御結界を張って、飛来する石弾を防ぐ。その威力は凄まじく、簡単に障壁を貫通してくるので幾重にも展開する必要があった。

 しかも、数は多いうえに四方八方からやってくる。防御面積を大きく広げないと身を守れない。もう、一方的に押し込まれた状態だ。


「おいおい、話が違うぞ。なぜ、ヤツにこんな“力”があるんだ? 」


 最初、彼には余裕があった。

 決闘の開始直後、放った【振撃】は、ほんの挨拶代わりだ。

 とはいえ、この奇襲を回避できる者は滅多にいない。予備知識のない人間には予想不可能で、別名“初見殺しの結界術”である。


 初めから、反則負けで構わないと考えていた。

 シンという男を殺せば、“お山さま”への拝謁を阻止できる。

 ティメイオ火山におわす神々の安寧を維持すれば、【玄門の塚守】の役目を果たせるのだ。勝ち負けなんて、どうでも良い。


 審判役のルナは激怒するだろうが、無視だ。

 というか、それ以前に彼女のやり方は甘過ぎる。神裁決闘で“殺害厳禁”だなんて、塚守一族を舐めているとしか思えない。


 しかし、彼の目論見はアッサリと崩れた。

 必殺であったはずの【振撃】が簡単に避けられている。

 一回なら偶然で済むけれど、三回連続で回避しているのだ。敵は確実に攻撃を先読みしており、まるで未来予知かのよう。


 エアハルトは窮地に追い込まれてゆく。

 決闘相手(シン)が地面を爆発させたのだ。空中に巻きあがった大量の土砂は、大きく広がって彼の視界を遮る。

 おまけに、飛び散る泥や石の一部が螺旋状に動いて、先端部から()し固めた(つぶて)が飛来してきた。

 それは、攻撃魔法の【石弾】である。


「ヤツは魔導師じゃないか! 事前情報と違うぞ」


 彼は、シンという人物は錬金術師だと教えられていた。

 別の国では、感染爆発(パンデミック)生物災害(バイオハザード)への対応に尽力し、解決へと導いたとも。

 さまざまな魔道具を発明し、錬金術師組合や薬師組合などに提供したとの情報も得ていた。学術研究者として秀でた才能があるらしい。


 他に調査したのは【言祝(ことほ)ぎ】の権能。

 言葉に神を宿す“力”なんて奇跡の(わざ)だ。

 まさに、そのパワーは伝説級。

 現実に使用できる人間が本当に存在するとは信じられないほど。

 しかしながら、実例は、結婚式の祝詞(のりと)や葬儀で祭詞(さいし)を唱えるといった、きわめて平和的なものであった。


 結論として、シン・コルネリウスの戦闘能力は低いと、判断した。

 ヤツの戦い方は術符などの魔導具に頼ったものばかり。

 そもそも錬金術師なんて下賤なゴミ屑である。しょせん、連中は似非(えせ)な魔法技術でチマチマするだけの(やから)だ。


 対して、エアハルトは偉大な魔導師である。

 しかも、持って生まれた天性に加えて、【玄門の塚守】の一族として、強力無比な“権能”まで使える。

 つまり『選ばれた特別な存在』なのだ。

 客観的に分析し自惚(うぬぼ)れを抜きにしても、自分は優越的な人間であると、自信をもって言える。




 だが、現実は非情であった。

 決闘で一方的に叩かれているのは彼のほう。


「クソ、防御結界が持たない。このまま受け身の状態だとジリ貧だ。強引にでも反撃する機会をつくらないと……」


 戦局を変える必要がある。

 不利な状況をひっくり返すべく、防御障壁を維持しながらも、攻撃の準備をはじめた。普通の術者には無理な高等技術だが、実力者の自分なら可能だ。

 体内で魔力を練り込み術式展開しようとしたとき……。


 不意に、彼の右肩が破裂。

 爆音とともに、肉片と血飛沫が飛び散った。

 あまりの激痛に気を失いそうになる。

 だが、今は戦闘中だ。当主として、負けることは許されない。

 負傷部位をみると、辛うじて腕は肩にくっついているが、筋肉繊維はちぎれ、骨が露出していた。もう右腕は使い物にならない。でも左腕は動くし、両足も健在だ。

 まだ、戦える。


 しかし、ルナが声をあげた。


「勝負あった! 双方、攻撃をやめて待機せよ」


 彼女は右手を挙げて中央へと立つ。

 その態度は威厳にあふれており、周りにいるすべての者を圧倒した。


「繰り返す、決闘は終わりだ。両者は武器を収め魔法展開を控えよ。【神の指先】として、この【禍払(まがばら)い】が裁定をくだす。

 勝者は【言祝(ことほ)ぎ】。シン・コルネリウスの勝ちだ」


 その言葉に反論する者がいた。

 対戦者のエアハルトである。


「待て。俺は傷を負ったが、まだ戦えるぞ」


「無駄よ。貴方は、なぜ負傷したか判っていないでしょう? もし、コレ(・・)が作動したら、上半身がバラバラになってしまうわ」


 ルナは指先で摘まんだモノをみせた。

 それは、彼の背中にくっ付いていた金属製の物体。形状はスズメバチに似ている。


 それは、シンが放った【誘導弾蜂(ミサイル・ビー)】であった。

 収納時は長さ五センチほどの紡錘形で、空中に投げると羽が展開して飛翔する。

 彼が開発した誘導弾の一種だ。撃ちっぱなしも可能だが、ツクモ族動物シリーズなどが制御すると命中精度が高くなる。

 今回は、上空を旋回中のフクロウ型ゴーレムが誘導した。


 彼は、ミサイル・ビーの威力を見せることにする。

 エアハルトをはじめ【玄門の塚守】たちが、ルナの判定に不満な様子であったためだ。彼女から受け取った三つの昆虫型魔導具を地面に置いた。


 距離をあけて起動させる。

 一瞬の閃光。火炎と黒煙が広がり、地表を黒く焦がした。規模こそ小さいが、こんなものが連続して炸裂すれば致死傷を負うのは確実である。


「理解できたか? 本当なら、時間差をつけて作動させるつもりだったのに、審判に止められてしまった。エアハルトよ、命拾いしたな」


「くっ、認められるものか。だいたい、お前は俺様を騙した。魔法を使えるなら、それを告げたうえで正々堂々と戦え。卑怯だ」


「言いがかりも甚だしい。話にならない。私は、自分を魔導師だとも錬金術師だとも語ったことはない。そちらが勝手に勘違いしただけだ。

 しかも、決闘規則を無視した者が、よくもまあ“正々堂々”だと言えたものだな」


 シンは、相手を痛烈に批判する。

 決闘の初っ端から殺意ある攻撃をしかけてきたことを指摘した。

 “神“の名を冠した決闘のルールを破ったのは言語道断である。ついでに、気高くあるべき魔法使いの品位を汚したとも付け加えておいた。


 対するエアハルトだが、いつの間にか冷静になっている。

 最初こそ、怒りで身体をブルブルと震わせていたのに、今では薄っすらと笑うほど。部下に魔法治療薬(ポーション)を使わせて怪我が治ったせいか、思案する余裕ができたらしい。その表情は、いかにも悪事を考えている様子だ。


「フン。お前が何を言おうが、どうでも良いのさ。

 なぁ、知っているか? “正義”とは勝った側の論理なんだぜ。敗者の主張なんて、誰も聞く耳を持たねぇ。ましてや死人に口なしってヤツだ。

 野郎ども、コイツらを殺して騒ぎのすべてを終わらせろ! 」


 塚守の当主は、配下の一族に襲うように命令した。

 妻のギルベルタが反対の声をあげたけれど、周囲の者たちの勢いに負けてしまう。それどころか、彼女は寄って(たか)って拘束され、後ろのほうへと姿を消してしまった。


【玄門の塚守】たちは完全に戦う気になっている。

 総勢で四十人余り。全員が神裁決闘の結果を受け入れるつもりはない様子だ。長年、護り続けてきた神域に、部外者が侵入することに怒りを感じているのだろう。

 彼らには、神々の意向を確認して、危機的な現状を解決するといった考えはない。

 あるのは前例踏襲で凝り固まった頑迷な感情があるだけ。


 世界は変化するものだ。

 だが、連中は(かたく)なに認めず、それを指摘する者を排除しようとする。

 まったくもって度し難い。【神の指先】とは思えないほどの愚かさだ。

 こんな(やから)はサッサと退場させるにかぎる。


 シンは【玄門の塚守】との全面対決を決意した。

 相手がその気になっているのだし、戦いに反対していたルナも同意せざるを得ない。すでに、後に控えている護衛役や騎竜たち、上空を飛行中の飛行型ゴーレムも戦闘準備を完了している。

 

 攻撃命令をくだそうとした、そのとき……。


 背後で巨大な爆音が響き渡った。

 伝わってきたのは音というよりも、周辺一帯、それこそ空気だけでなく大地をも振動させる衝撃波である。

 振り返ると、ティメイオ火山の山頂に火柱がたっていた。


 聖なる山が、噴火したのだ。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:82/82

 MP:92/98

 LP:20/64


 活動限界まで、あと二十日。


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新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[一言] エアハルトはどこからシンの情報を得たんだろうね? 対応の過激さと言い何やらキナ臭いね。
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