表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/159

5-20.神裁決闘(前編)

お待たせしました。

予定では、もっと早くに更新するはずだったのですが、意外に長くなったので二分割することにしました。


 日没直後。

 太陽は地平線の下に沈んだが、未だに雲がオレンジ色に染まっていて、空はほんのりと明るい。東側には月が顔をだし、夜の(とばり)が降りつつあった。


 シン一行は都市郊外を移動中。

 二脚竜に騎乗しているけれど、その速度はゆっくりとしたもの。リラックスした雰囲気で、夕刻でなければ物見遊山といった風情。

 急ぐ必要はない。これから先の行動のことを考えれば、暗いほうが人目につかないので都合が良いくらいだ。


 道を行き交う人々はいない。

 街中であっても人影は少なく、いたとしても家路にむかう人間ばかり。

 早い者だと既に就寝する頃だったりする。一般市民の生活サイクルは、日の出とともに仕事をはじめ、日没とともに活動を終えるのだ。

 というのも、(あか)り用のオイルは高価だから。この時代、電灯などという便利なモノはないし、夜を徹して働くのは忌避されている。


 シンは騎竜ウコンに騎乗したまま、背後を振り返る。


「ルナ、今回は無理に同行する必要はないぞ。ギルベルタとの付き合いは長いのだろう? 敵対するような行為は避けるべきだと思うのだが」


「心配してくれて、ありがとう。でも、彼女を裏切ることはしないわ。むしろ、貴方と一緒に行くのは万が一のためよ」


 ルナは、シンとパートナー関係にある。

 いっぽうで【玄門の塚守】の巫女頭(ギルベルタ)とも仲が良い。

 彼女たちは冒険者稼業を共にしていたし、年経(としへ)ても友情関係は続いている。今でも互いに連絡を取りあうほどだ。


 彼女は、シンの気遣いに反して同行を申し出た。

 なにか思案があるみたいだけれど、それを口にすることはない。自らの考えを言葉よりも行動で示す。いかにも彼女らしい姿勢であった。


 彼らが向かう先はティメイオ火山の麓。

 目的は、霊峰におわす神々の意図を確認すること。

 本来であれば、話のスジを通して【玄門の塚守】の了解を得るべきなのだが、断られてしまった。


 だが、シンにも退けない事情がある。

 いくら拝謁を拒否されたからといって、唯々諾々と相手の主張をのむことは不可能だ。穏便にことを済ませたかったが、こんな状況になれば実力行使するしかない。

 玄門一族には無断で結界を突破するつもりであったのだが……。


 警告が届いた。

 

 発信元は、上空を飛行している夜間警戒専門のフクロウ型ゴーレムたち。

 念話ネットワーク経由で連絡してきたのだ。

 ツクモ族たちは重要人物を守るべく強力な警護体制を構築している。彼らの(マスター)が幾度も生命の危機にさらされたので、本格的に強化すべきだと痛感した結果である。


 注意喚起の対象はギルベルタたち。

 彼女を含め、ざっと見るかぎりで三十名ほど。雑木林の奥に隠れている連中を合計すれば四十を超える。全員【玄門の塚守】の一族だ。


「ねえ、【言祝(ことほ)ぎ】殿。いや、呼び捨てで構わないわよね、シン・コルネリウス。日も暮れて夜を迎える時間に、どこへ行くつもりなのかしら。

 結界を突破するつもり? ならば、お前をここで撃退するわよ。“お山さま”に無礼を()す者は、誰であろうと断じて許さないわ」


「これはまた()なこと言う。私はメッセージを受けた。

 貴女も同じであろう。にもかかわらず、ティメイオ火山におわす神々の意思を確かめようとしない。昔からの掟に盲従して、前例を踏襲するばかり。

 そんな体たらくで、本当にお役目を務めているつもりか? 」


「数百年にわたって結界を守り続けてきた我らを侮辱するな! 」


 シンにしてもギルベルタにしても双方に言い分がある。

 自分の主張は正当だと考えているし、実際にそのとおりだ。

 立場が違えば意見も変わってしまう。争いごとの多くは、正義のぶつかり合いで、どちらか一方的に“悪”なんてことは少ない。

 残念ながら、人間社会というものは複雑だ。

 簡単に白黒をハッキリと裁定できるものなら、人々の(いさか)いはもっと減るだろうに。


 雰囲気が険悪になってゆく。

 互いに相手を論破しようとするにつれて、空気がピリピリと張りつめてきた。当然、周囲にいる者たちは、実力行使するしかあるまいと覚悟をきめる。


 シンの背後にはツクモ族の護衛役三人。

 彼らは、さりげなく(マスター)を守る位置に移動する。上空で警戒している飛行型ゴーレムたちも後方支援できる体制へと移行した。

 さらに直接的だったのは【玄門の塚守】の一族たちだ。

 すでに剣を抜き、槍を構えている。雑木林に隠れ潜んでいた射手は矢をつがえ、いつでも攻撃できる態勢にある。

 まさに一触即発な状態。ちょっとした切っ掛けで戦いが始まりそう。


 チリン。


 不意に、鈴の音が響いた。

 剣呑な空気が漂うなか、伝わる音色は場違いなほど涼やか。

 ただし、それは単なる空気振動ではなく、途轍もない神威がこもったもの。周辺にいた全員の耳に届き、誰ひとりとして聞き逃すことはない。

 それどころか、精神的衝撃の強烈さに驚いて、動きを止めてしまった。


 鈴音の正体は【九重(このえ)縁雀(えんじゃく)】。

 ルナが所有する神器だ。

 この仙鈴の権能は“凄まじい”のひと言につきる。

 伝説によると、ひと振りで悪鬼どもを調伏し、ふた振りすれば荒れ狂う凶神を鎮めたという。つい先日も、人間に悪さをする猫精をおとなしくさせたばかり。


 仙鈴の効果は絶大であった。

 塚守一党たちは、みんな武器を手放す。なかには腰を抜かし座り込む者もいた。木の上で弓矢を構えていた射手などは落下するほどだ。

 護衛役のツクモ族とて例外ではない。

 彼らは戦う気を削がれてしまって棒立ちの状態。こんな無防備な姿をさらすなんて珍しい。逆にいうなら、それほどまでに神器の影響力が凄まじいのだ。


 ルナが両陣営の中央に立つ。


「双方、控えよ! 今回の諍いについて、この【禍祓(まがばら)い】が取り仕切る。異議ある者は申し出るがよい。わたし、ルナ・クロニスが相手になろう」


 彼女は声高らかに宣言した。

 その態度は女性ながらも堂々としており、反論を許さない威圧感を放っている。

 さすが【神の指先】だ。神々と人間のあいだを繋ぐ特別な存在なだけある。途轍もない権威、あるいは高い品格といったものを感じさせ、居並ぶすべての人を圧倒した。


 だが、ギルベルタは気丈にも対抗して声をあげる。


「ルナ、どういうつもり? いくら貴女でも、そこの不埒な男に味方する気なら容赦しないわよ。我が一族を敵にまわすつもりなら、死を覚悟しなさい」


「カッカしないで。先刻の宣言をちゃんと聞いていたのかしら? このわたしが“取り仕切る”と言ったのよ。どちらか一方に加担することはしないわ」


 シンも、ルナの真意を(はか)りかねていた。

 彼女がなにをしたいのか判らない。たぶん、彼と塚守たちとの衝突を回避させたいのだろう。しかしながら、それは問題を先送りするだけで根本的な解決ではない。


「“仕切る”とはどういう意味だ? 事、ここに至っては話し合いによる決着など不可能。既に“お山さま”の機嫌は最悪だし、時間的に余裕はないぞ」


「そうね、もう一刻の猶予もないのは同意するわ。でも、あなたたちの決定的な対決を黙って見過ごすつもりはないの。

 だから、わたしは“神裁決闘”を提案する」


 【神裁決闘】とは、神明裁判の決闘版だ。

 人間では判断できなとき、裁定を神に委ねるというもの。主張が正しい者は、神霊のご加護があるのだから必ず勝利するはず、といった考えに基づく決闘である。


 まあ、今の時点では妥当な決着方法だとおもう。

 普通ならば、こんなモノのどこに正誤判定の根拠があるのかと問い(ただ)したいところ。だが、いまは時間が惜しい。

 なんだか嫌な予感がする。

 ティメイオ火山の方角から、ゾワゾワとする奇妙な圧迫感があるのだ。早めに白黒ハッキリさせて、対処しないと手遅れになりそう。


「それで決着がつくならば、私は構わない」


「ええ、文句はないわよ」


 シンもギルベルタも、ルナの提案に同意した。

 彼女の仲裁がなければ、なし崩し的に戦いを始めていたはず。下手をすれば手加減ができない状況、つまり殺し合いになった可能性が高い。

 双方ともに自分が正しいと思っているが、相手に殺意を抱くほどではなかった。無意味な戦闘を回避できるなら、決闘でも大歓迎だ。


 ルナは、こうなると想定していたようだ。

 シンもギルベルタも譲るつもりはなく、ぶつかるのは予測できた。

 ルナにしてみれば、味方にも敵にもまわれない。苦肉の策として神裁決闘を提案したのであろう。


「双方の代表者が一対一で戦うこと。決着はどちらかが負けを認める、あるいは審判役の判断とします。

 なお、殺害は厳禁。故意、不作為を問わず、相手を殺した場合は問答無用で敗北とする。怪我程度なら許容範囲だけれど、それ以上は許しません」


 ルナが注意事項を述べる。

 また、怪我人への対処も準備した。

 両陣営とも魔法治療薬(ポーション)を保持していたし、ツクモ族のひとりは治癒魔法の使い手でもある。まあ、即死しないかぎり、命は失わないで済むだろう。


 決闘者はシン。

 護衛役たちが異議を唱えたのだけれど、柔らかく(さと)して、彼らの意見を封じ込める。さすがに今回は【神の指先】としての仕事だ。他者に任せることはできない。


 いっぽうの相手は【玄門の塚守】の当主。

 壮年男性で、ギルベルタの夫であった。はじめ、彼女が戦うと言い張っていたのだけれど、亭主や他の家人がダメだと説得した結果だ。


「俺はエアハルトという。ウチの奥さんが、そちらさんに迷惑かけたようで申し訳ないな。お役目にえらく忠実すぎてよ。まあ、性格が真面目ということで勘弁してやってくれや」


 エアハルトは飄々(ひょうひょう)とした男であった。

 決闘直前だというのにリラックスしていて、まったく緊張していない。

 それどころか内輪話まで聞かせてくる。

 彼は入り婿で本家に来たらしい。塚守一族の末端に位置する家系の出身ということもあって、ずいぶんと肩身の狭い思いをしているとのこと。

 決闘で負けると酷い目にあいそうだと笑う始末。


 彼の口調は軽妙で不思議な愛嬌がある。

 嫌味な雰囲気は皆無だし憎めない男だ。別のタイミングで出会っていたなら、意気投合して酒を飲み交わしていただろう。


「まあ、どちらが勝っても恨みっこなしということで頼むわ」


「判っている。なんというか、巡り合わせが悪かった。互いの意見が違っただけで、双方とも悪意があってのことではないさ」


 決闘者たちは距離を空けて対峙する。

 審判役のルナが、両者の中央あたりに立った。


「これより、神裁決闘を始める! 」


 開始宣言の直後。

 シンはゾワリと悪寒を感じた。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:82/82

 MP:98/98

 LP:20/64


 活動限界まで、あと二十日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ