5-18.魔物との戦争
【邪紳領域】。
凶悪な魔物どもが互いに喰らい喰らわれる弱肉強食の危険地帯だ。普通の人間では一時間と過ごせない場所である。
そんな危ない地域にひとりのツクモ族がいた。
彼の名前はキササゲ・スタティルス。役職は魔導歩兵の小隊長。
今は亡き古代魔導帝国の市民として生まれ、そして死んだが、現在は錬成人間としてこの世に再誕した人物だ。
「やれやれ、こんなところで魔物退治とはなぁ」
指揮官として命令を受けていた。
作戦の背景や経緯についての説明を聞かされている。
シン陣営、いや旧帝国の軍隊の文化でもあるのだけれど、可能なかぎり末端の兵にまで作戦意図や状況説明をおこなうのだ。
帝国では志願兵制を採用していたこともあって軍の質は高い。
個々の軍卒が理解し納得することで作戦完遂の効率が良くなることを、軍首脳は経験的に知っていた。それゆえに積極的に情報共有する。
これは、独裁国の軍組織では絶対に真似できない。
特権階級の連中は兵士たちの反乱を恐れているからだ。将軍や貴族たちは、配下に教えず、現場が判断するのを嫌がる。それどころか理不尽極まりない命令は当たり前。
朝令暮改が常態化しているので、一般兵の士気は低下するいっぽう。
結果、できあがるのは柔軟性を欠いた硬直した組織。
格下相手の弱い者いじめは得意だけれど、同等以上の敵に相対すると弱腰になって、最後には逃げてしまう。そういった意味では、独裁国家の軍隊とは違って、彼が属する陣営は非常に風通しが良い。
「我が君はウッカリしすぎだぜ。神さまを怒らせるなんてさぁ。フォローする俺たちの苦労を知っているのかねぇ? 」
キササゲは、ひとしきり愚痴る。
もっとも、台詞だけをとれば主君を批判しているのだが、実際のところ、その口調には愛情がこもっていた。
自分たちがしっかりとフォローしてやらないと思っているのだ。
なにしろ、彼はマスターが小さな頃から面倒をみてきている。
ここ十年間、お子ちゃまな主のために、人外魔境の大森林を歩きまわって食物を採取した。いろいろな知識を授け、武器や魔法の扱いを教えこむ。
彼を含めて、多くのツクモ族たちが手塩にかけて育てきたのだ。
いわば、我が君シン・コルネリウスは、自分の子供か甥っ子のようなもの。いつだって、トラブルがあれば助けてやるのが当然である。
「任されたからにゃ、ちゃんと働かないとなぁ」
彼は背後の臨時拠点を見やった。
直径約二十メートルの半円球体で、その表面は黒曜石に似た質感。
地表部は防衛機能のみで、本体部は地下空間にある。武器や食糧など格納庫や簡易の整備施設、兵員の居住空間などを備えた立派なもの。
工事用の多脚ゴーレムと建設ユニットさえ揃えておけば、設営は半日で完了するのだから、驚きだ。
拠点からゴーレムが続々と出てくる。
身長二・五メートルほどで、頑丈な身体と強大なパワーをもつ魔造の戦士だ。武装は両刃剣と大盾。
いずれも錬金加工した魔法具であり、狂暴凶悪な魔物であっても瞬殺できるくらい。
魔導歩兵も姿を現した。
彼らは魔導師であるが同時に武器を使った近接戦闘もできる。戦闘経験も豊富な者たちだ。
キササゲが指揮するのは歩兵小隊。
歩兵十名、硬殻兵士百二十体で構成されており、シン陣営の基本単位となる。彼は余計な雑念を追い払い、己の役目に集中することにした。
敵が近づいているからだ。
既に、【念話ネットワーク】経由で戦術支援システムから相手のことは把握済みである。
「間もなく、敵勢力がやってくる。先刻も説明したが、相手の種別は大型の昆虫型、数はおよそ三百。
やることは単純明快だ。魔物をぶっ飛ばす。わかったか、野郎ども! 」
待機する部下たちが一斉に大声をあげる。
それは怒号に近いのだけれど、委縮して声すら出せないよりもずっと良い。
どいつもこいつもやる気満々だ。まあ、直々に主君から“頼りにしている”と言われれば、意気揚々とするのも当たり前か。
三十分後。
敵がやってきた。見た目は甲虫のカミキリムシ。
ただし、サイズは非常に大きくて全長は三メートルあまり。硬そうなキチン質の外皮のうえに、ゴツい棘が幾つもくっ付いている。ガチガチと牙を鳴らす様子はじつに凶悪だ。
「お客さんが来たぞ。俺が合図したら各自攻撃魔法を連続三射。続いて、硬殻兵士を中心に近接戦闘を開始。手厚くおもてなしをしてやれ」
無数の爆炎が広がった。
魔導歩兵による爆裂魔法三連射の威力は凄まじい。連続する爆発は、範囲内の魔物をバラバラにし、同時に発生した衝撃波が周囲の樹々をなぎ倒す。高熱の風が可燃物を燃やして、辺り一面を火炎で真っ赤に染めあげた。
黒い煙はあたりを覆い隠して視界を悪くする。
「ヤツらが突っ込んでくるぞ、油断するな。第一列の硬殻兵士は大盾で足止め。第二列は両刃剣で敵を仕留めろ。第三列は、そのまま待機。正面のバケモノだけを相手にすればいい。来るぞ! 」
モンスターどもが火炎を突破してきた。
あれだけの爆発にも関わらず、死なずに生き延びている。
甲虫型だけあってかなり頑丈だ。とはいえ、さすがに無傷ということはない。その多くは、脚や触覚が欠損しているだとか、外皮が破れて体液が流れ出ている。
ゴーレムと魔物の群れが真正面からぶつかる。
衝撃音が響き渡った。大質量の金属同士が衝突する音で、耳に聞こえるというよりも肚をズシンと揺らすほど。
巨躯の兵士たちが敵を吹きとばした。
大型盾は魔道具でもある。透明な魔法障壁が展開して接触するものを弾くのだ。魔導術による反発力は凄まじく、直に激突した相手だけでなく後方に続いていたバケモノにも被害を与えてゆく。
モンスターがひるんだところで、第二列が前進。
右手に持つ両刃剣は彼らのサイズに合わせた専用の特別仕様で、その重さだけでも凶悪な鈍器となる。錬金加工を施した刃は、昆虫型魔物の頑丈な外骨格を易々と打ち砕いた。
剣を蟲の体内に突き刺せば、刀身から火炎や電撃が迸って血肉を焼き焦がしてゆく。
キササゲ小隊長は油断なく戦場全体を見渡す。
戦いは彼の作戦どおりに推移していた。
味方は充分に余裕をもってバケモノどもをあしらっている。相手は極悪な蟲型魔物ではあるけれど、所詮は本能に従って動くだけ。
人間のように知恵を働かせて、陣形を組むだとか予備戦力を用意するなんとことはしない。単純に表現するならば、真正面から向かってくるだけ。
連中の行動は予測しやすいはずなのだが……。
奇妙なことに、巨大甲虫の一部が迂回し始めた。
正面では激しい戦闘が続いているのだけれど、それを避けて前進するモノがいる。
「どういうことだ? 連中の動きが面妖しいぞ」
脇に逸れた蟲型魔物は、そのまま前へ進んでゆく。
戦いに参加する気配はない。漠然とした印象だが、アイツらは移動を邪魔されたので別コースを選択したという感じ。
ただし、大半の敵とは戦闘継続中だ。
モンスターどもの敵意は激しく、小隊全体で対応する必要がある。余力がないため、後方へと抜けてゆく魔物どもを始末できそうになかった。
結局、彼の部隊は敵勢力の二割ほどを逃がしてしまう。
「過ぎ去ったバケモノどもは無視しろ。後ろに控えている味方が迎撃してくれる。それよりも被害状況を報告するように。怪我人がいれば、臨時拠点へ運んで治療させろ。
次の戦いに備える。破損が酷い硬殻兵士は後送して予備機と入れ替えろ」
キササゲ小隊長彼は部下に指示をした。
あわせて最前線基地に戦闘結果と、彼が持った違和感について連絡しておく。
どうにも、化物カミキリムシの行動は異常だ。注意喚起をしておくべきであろう。
■■■■■
十日間。魔物駆除を始めてからの期間だ。
前線基地を中心に半径十キロほどの範囲内にいるモンスターを狩り続けている。
シンは管制室で戦況報告を受けていた。
室内は近未来的な雰囲気だ。前方の壁一面には戦術管理画像が、魔道具のプロジェクターによって投影されている。幾人もの管制官が制御盤を操作し、各地からあがってくる情報をまとめていた。
彼は、己の趣味趣向を具現化した部屋に満足する。
―――気分はもうサイバーパンク!
まあ、幻想世界もイイんやけど、電脳世界のほうが断然にカッコええと思うねん。
はっきり言って魔法世界においては異物やけど、勘弁してもらおう。コレらは情報共有に必要なことなんや。
せやさかい、電子画像もどきの装置を幾つも作成したった。
薄暗い室内ではライトがピカピカ光っているけれど、さほど意味はない。無駄に手間暇かかったけれど後悔はせえへん。
補足すると、この独特な世界観をツクモ族たちも気に入ってくれているしな。
なにせ、自らすすんで遊んでいるくらいやし。アイツらの期待に応えるべくグレード・アップしたろ……。
女性オペレーターが報告を始めた。
「敵を最終防衛線で殲滅しました。対象は、第二防衛線を突破した猪頭鬼です。なお、緑色小鬼の群れが第一防衛線に接近中。数はおよそ八百、接触まで約三十分です」
状況報告にシキミ・リキニウスが反応する。
現在、前線基地の総指揮は彼に担ってもらっていた。この人物、見た目は少々強面なインテリ・ヤクザであるが、ツクモ族を取りまとめる三賢人のひとりでもある。
「了解した。第三ラインの責任者には労いの言葉を伝えておいてくれ。それと被害状況はどうなっている? 」
「現在、死者はいません。負傷者は三名。いずれも軽症です。また、八体の硬殻兵士損傷があります」
「分かった。各防衛拠点の隊長に連絡。適時、待機中の部隊との交代を始めるように。なお、必要物資ついての報告書を忘れないように注意喚起すること。
戦闘の最中で武器弾薬が在庫なしで戦えませんなんてことは絶対に許さん。そんな事態に陥った愚者には鉄槌をくだすと、つけ加えておくように」
シンは、眷属たちのやり取りを聞きながら考える。
想定していた状況と異なっていると。
最初期、前線基地周辺の魔物を誘導していたが、それを中止するだけで良いと思っていた。追加でバケモノどもを間引きすれば、ティメイオ火山にいる神の怒りを和らげるはずであった。
だが、現実は違う。【邪紳領域】の奥から魔獣が次々と押し寄せてくるのだ。
「シキミ。この動きについてどうおもう? 」
「ここ数日の様子をみるかぎり、もう“駆除”ではなく“戦争”の規模になっています。しかも、敵の数は増えていううえに、凶悪種が混じり始めました。
ただし、魔物どもは我々のことは眼中にありません。理由は不明ですが、連中はバーミリオン・ヒル方面を目指しているのは確実です」
「私も同意見だ。つけ加えるなら、魔物を防いでいるにも関わらず、地震が頻発している。【玄門の塚守】のギルベルタが唱えていた仮説は間違いであろう。つまり、原因と結果が逆なのだよ」
ティメイオ火山におわす神。
不機嫌なのは、魔物が集まって来たからでは“ない”。
不機嫌だから、魔物が集まって来たのだ。
こうなると、シンは無罪だ。
彼の行動が“お山さま”を立腹させたわけではない。
火山が噴火しようが、城郭都市が天災で壊滅的な被害を受けようが、もう無関係だ。住人を見捨てて【岩窟宮殿】へ撤収しても良かろう。
非情な気もするけれど、神々の怒りなどは自然災害のようなもの。
たとえば、台風を止めることが不可能なのと同じで、人間がどうこうして防げるものではない。
とはいえ、何もせず引き下がるのも問題ありだ。
【清浄なる娘】が破壊されてしまうからだ。
冒険者組合が保有する魔造結晶体が城郭都市バーミリオン・ヒルにある。わざわざ彼がこの土地まで出張ってきた目的は【ドーター】にバックドアを仕込むため。
組合連中との戦いで勝利するためには、必須の作業だ。いまさら中止というのは芸がない。
「いま一度、城郭都市へ向かう。
シキミには【清浄なる娘】工作作戦の全権を預ける。最悪な場合、中止をして構わない。兵員の安全を優先してくれ。
ティメイオ火山の神については、私が何とかしよう。まずは【玄門の塚守】のギルベルタと話をする。ルナ、同行を頼みたい」
「ご命令、承りました」
「ええ、分かったわ」
■現在のシンの基本状態
HP:82/82
MP:98/98
LP:20/64
活動限界まで、あと二十日。