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5-17.派手過ぎるメッセージ


 建物全体が上下左右(・・・・)に揺れる。

 地震だ。

 ただし、さほど震度は大きなものではない。

 カップに入った香茶の表面がユラユラと小さく波立つ程度。せいぜい震度三~四といったところか。地揺れは十数秒ほどでおさまった。


 気になるのは、震源地がかなり近いこと。

 縦揺れと横揺れが同時であったからだ。

 どこだ? 


 シンはすぐに思い至った。


「ティメイオ火山か」


 この地震はメッセージだ。

 なんの根拠もないけれど確信できてしまった。

 【玄門の塚守】であるギルベルタと会合している最中に地震発生とは、あまりにもタイミングが良すぎる。狙いすましていると感じてしまうほどだ。


 神々は暗喩(あんゆ)を好む。

 彼らは、人のような言葉を使わず、暗示的な”示し”を寄こすことが多い。理由は不明だが、なにかの制限があるのだろう。


 でも、この方法は問題がありすぎる。

 そもそも受け手が気づかない。

 実際のところ、小精霊や祖先霊といった人間に近しい存在は頻繁に語りかけているのだが、微細なサインなので、ほとんどの人々は認識できない。


 とある有名なフォークソングの歌詞に『すべてのことはメッセージ』という一節があるけれど、あれは本当のこと。

 ただし、日々の生活に忙しい者たちは見落としている。

 悲しいかな、大人になるとはピュアな心を失うことなのだろう。


 暗喩には他にも問題があった。

 受信側に“察する力”が必要不可欠なため。

 この能力が欠落していると何を告げたいのかサッパリ分からない。シン自身、何度も的外れな解釈をして痛い目にあった。

 言いたいことがあるならハッキリと明言してほしいのだが、こればかりは無理であろう。なにしろ相手は人間のような会話をしない。さらに言えば、根本的に思考形態が違い過ぎる。

 結局、人間側が“察する力”を磨くしかないのだ。


 まあ、それでも今回のメッセージは派手過ぎだ。

 大地を揺らすなんて、もはや“暗喩(あんゆ)”ではない。どちらかと言えば“脅迫”とでも表現したほうが正しい。もう無茶苦茶だ。


 ギルベルタは震源地がティメイオ火山だと肯定した。


「先刻もお伝えしたとおり、“お山さま”のご機嫌はよろしくありません。

 結界内の状態も酷いですが、それ以上に地震の発生回数が増えているのが危険です。わたしは、もっと悲惨なことになるのではないかと心配で」


 彼女が想定している最悪の事態。

 ティメイオ火山の噴火だ。

 懸念する根拠もある。二百年ほど前にも同じことが起きているからだ。


 当時の記録によれば、地揺れが数ケ月間続いた後、火口付近が爆発。

 地面が大きく揺れて広範囲に被害が及ぶ。飛来した火山礫が砲弾のように大地を穿(うが)ち、あたり一面を荒れ地に変えた。

 溶岩流は行き先にあるモノすべてを高熱で燃やしつつ?み込んだという。


 シンはバーミリオン・ヒル周辺の地形を思い浮かべる。

 原野に大小さまざまな岩がゴロゴロと転がっていたが、あれは溶岩が冷えて固まった塊だ。

 溶岩樹形の穴ボコも見かけた。

 これは、火砕流が樹木を包んで焼いてしまい、木の跡が穴として残ったもの。

 ちょっと観察しただけで、あちらこちらに噴火の痕跡を発見できてしまう。当時の凄惨な様子を想像できようというものだ。


「貴女は、大噴火がおきる可能性を考えている。

 それを前提として確認したい。神霊を不機嫌にしている原因はなにだろうか? 」


「残念ながら、これと断定できるものはありません。

 わたくし個人の見立てですが、【邪神領域】からやって来る魔物が増えると、“お山さま”の機嫌が悪くなるようです」


「ふむ、原因は不明。ただし、モンスターどもが関係している可能性があるということか」


 どうにも判断しがたい。

 ギルベルタの仮説を肯定する根拠もなければ、否定する物証もない。

 ただ、彼女たち【玄門の塚守】は、長きにわたって“お山さま”に仕えてきた。その意見に従うほうが良かろう。

 つまり、ティメイオ火山におわす神霊が不機嫌は魔物のせい。


 となると、ことの発端はシンということになる。

 建設中の最前線基地の周辺にいたバケモノどもをバーミリオン・ヒルへと誘導するように命令したのだから。


 昨夜、ルナが慌てて報せてきたのも、これを知っていたためだ。

 下手をすれば、神々の怒りが自分に向いてしまう。どんな神罰がくだるかは予測できないが、碌でもない状況になるのは確実だ。

 厄介事を避けるために尽力すべきであろう。


 彼は、ルナに視線で合図を送った。

 こうなると思っていた彼女は無言でうなずく。


「では、ギルベルタ殿の仮説を前提にして対応するしかなさそうだ。できることはなんでも協力しましょう」


「そう言っていただいたこと感謝しますわ。【言祝(ことほ)ぎ】殿と【禍祓(まがはら)い】様のご助力があれば最悪の事態は回避できましょう」


 こうして、彼らは【玄門の塚守】を手助けすることとなった。




 翌日。


 シンは城郭都市の郊外にいた。

 二脚竜のウコンに騎乗してのんびりと移動中。同行するのはルナと護衛三名で、全員が騎竜にまたがっている。

 彼らの目的は周辺に出没する魔物を排除すること。


 並行して魔法銃の運用試験をするつもりだ。

 先日来、彼はひとりで第二次改良を施した小銃の使い心地を確認していたが、今回は合計五名でおこなう。

 使用する弾丸は通常の金属弾頭のみ。

 あたりには活動中の冒険者たちもいるので魔法弾は不使用とする。第三者に目撃されると、いろいろと面倒ごとが起きるのは目にみえているからだ。


 ちなみに、魔獣どもの誘導は中止している。

 冒険者組合の気を()らせるための作戦であったが、さすがに神の怒りを買うような行為はできない。

 前線基地建設の総指揮をしているシキミ・リキニウスに状況を伝えて、周辺にいる魔獣どもを殲滅してもらっている最中だ。

 もちろん、組合が所有する【清浄なる娘(ドーター)】への工作作戦は継続中である。


 シンが魔法で周囲を警戒していると、


「敵発見。二時の方向、距離は一〇〇〇、数は八。サイズは大きく二本足歩行なので、おそらく猪頭鬼(オーク)だ」


 使用している魔法は【索敵】。

 効果範囲は約千メートル、周囲三百六十度をカバーして死角はなく、視界が通らない地形であっても三次元的に物体把握が可能だ。

 彼が独自に開発したもので実戦での使用実績も充分にある。今では多くのツクモ族たちが愛用する優れモノだ。


 すぐに反応したのはプラタナス・ポンペイウス。

 彼は護衛隊の隊長で、シンが外出するときには常に付き従っている。

高い戦闘能力をもっているが、それ以上に危険回避や統率力を評価されて、護衛任務に就いていた。


「我が君。あの魔物の排除は私にお任せください」


 彼は騎竜をトットッと早足で進ませる。

 猪頭鬼からおよそ三百メートルまで近づくと、二脚竜から降りて、片膝立ちになって魔法銃をかまえた。

 まだ敵は気づいていない。


 長距離狙撃には不向きな地形であった。

 視界は悪く、かろうじて射線は通っているけれど、途中に低木の茂みや岩石がゴロゴロところがっている。また、標的は歩き回っていて狙いを定めづらい。


 にもかかわらず隊長は何気なく発砲した。

 その動作はごく自然でなんの気負いもない。緊張もせず、どちらかというとリラックスした雰囲気のままトリガーを引いた感じ。


 一匹の猪頭鬼(オーク)が倒れる。

 遠方なので、姿は小さいのだけれど、頭部が弾けて血しぶきが飛び散るのが見えた。力なく崩れ落ちるとき、聞こえないはずなのにドスッと幻聴が耳に響く。


 シンは、お手並み拝見といった風情であったのだが、


「う、うそ。なぜ、命中するんだ? 」


 彼は失敗すると思っていた。標的までの距離がありすぎるからだ。

 試作魔法銃の有効射程距離は約百メートル。飛距離そのものは三百メートル以上あるのだが、銃弾が逸れてしまうので的に当てることは不可能。

 この数値は性能試験の結果だし間違いはない。

 しかし、目の前でバケモノは即死していた。


 続けて別の猪頭鬼(オーク)が悲鳴をあげる。

 脇腹がゴッソリと削られてしまい、はみ出そうな内臓を両手で押さえていた。

 あきらかに致命傷だ。しぶとい生命力を持つ魔物とて、あそこまで大穴が開いてしまえば助からない。


 まわりにいた鬼どもは一斉に逃げた。

 連中はバラバラになって散ったのだけれど、次々に銃弾に斃れてしまう。


 小銃の発射音は複数。

 射手が増えており、攻撃に参加したのは護衛隊員の二名。

 ひとりは身長二メートルを超える巨漢で、名前はムクロジ・セルギウス。

 頑強な肉体を武器にした近接戦闘を得意とする。

 

 もうひとりはエリカ・ラルキア。

 スレンダーな体つきの女性で支援系魔法に秀でていた。特に周辺警戒や危険察知など要人警護には必須の技能を有する人物だ。


 護衛隊三名は黙々と照準を定めて発砲、排莢を繰り返す。

 ごく短時間で魔物たちを撃ち殺してしまった。


 シンは驚いて口をパクパクさせるばかり。

 魔法銃のスペックからして、この結果は絶対にあり得ない。どう考えても異常だ。


「き、きみたち何をしたの? 有効射程距離を無視して全弾命中させるなんて、面妖(おか)しいじゃないか。

 いや、非難しているワケじゃない。オークどもを全部やっつけたのは本当に凄いとおもう。でも、どんなマジックを使ったのさ? 」


「あははっ、ちょっとした工夫ですよ。なにも難しいことではありませんな」


 プラタナス隊長はタネ明かしをしてくれた。

 魔法の【射程延長】と【狙撃補正】を使ったのだと語る。もともとは弓矢使いが補助的に使用する風属性魔法のテクニックであるらしい。


 隊長が裏技的方法を知ったのは、つい先日のこと。

 改良銃の運用試験は、本拠地である【邪紳領域】でもおこなっていたが、そのチームが発見したのだとか。

 きっかけは、どれだけ遠方の的に命中できるかという賭け。

 負けそうになった男が一発逆転を試みて銃に魔術を重ね掛けすることに成功。これが【念話ネットワーク】を通じて広まった。


 横にいたエリカ隊員が続ける。


「あら、我が君。この程度で驚いてはダメですわ。わたしならこんなこともできます」


 彼女は無造作に魔法銃を発砲。

 標的は三十メートルほど先にある大きな樹木だ。弾が当たると同時に破裂して幹が粉々に飛び散り、巨木は倒れてしまった。


 シンは顎をアングリと開けてしまう。


「いや、いや、絶対にあり得ない。運用試験として支給したのは通常の金属弾のはずだ。爆裂系の錬金弾ならともかく、ただの鉛玉で爆発は起きないだろうが! 」


「うふふっ、主様のビックリする顔を拝見できて最高な気分ですね。

 これも銃弾に魔法を付与した結果でして。試験している連中がいろいろと遊んで……、いえ失礼、実験を重ねて編みだしたテクニックです。そのうち、ちゃんとした報告書があがってくるはずですよ」


「な、なんともまあ…… 」


 シンは、ツクモ族たちに呆れてしまう。

 彼らは応用力があるというか優秀すぎる。開発者が想像もしなかった使い方を、いとも簡単に発見してしまうのだ。

 この先、コイツらはいったい何をしでかすのであろうか? 

 予測できない未来がちょっと心配だ。


「まあ、いいか。とりあえずは目先の問題を解決することにしよう」


 シンたちは、当日だけで百体以上の魔物を仕留めた。

 ただし、モンスターの死骸を放置したまま。

 彼らは、形式上【玄門の塚守】から仕事を請け負ったことにしており、回収する必要もないからだ。


 冒険者たちが、荒野で大量の死体を見つける。

 これ幸いとばかりに素材を剥ぎ取った。

 希少な部位も多くて、換金すると結構な金額を手にできるのだ。これほどラッキーなことは滅多にない。

 

 そう思っていたが、幸運は続く。

 なんと次の日も、その翌日も同じことが起きたのだ。

 城郭都市バーミリオン・ヒルの冒険者組合はお祭り状態になってしまった。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:82/82

 MP:98/98

 LP:32/64


 活動限界まで、あと三十二日。


※補足1:作中のフォークソングについて

 ・曲名:やさしさに包まれたなら

 ・作詞作曲:荒井由実

 ユーミンの代表作のひとつですね。こんな歌を創作できるって本当に天才だとおもいます。


※補足2

本作文章のなかで“暗喩”のことを偉そうに書いていますが、作者には無縁のことです。

スピリチュアルの才能は、ひと欠片もありません。

なぜなら、私はオッパイ論争に心惹かれる俗物ですから。

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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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