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9.

「近くまで来たから、ランチでもいかがかしら?」


 泉さんから茶目っ気たっぷりに電話でそう誘われた。


 久しぶりに大好きな先輩に会いたい。顔が見たい。


 けれど、私は葉桐市長のボディガードだ。彼女のそばを離れるわけにはいかない。そう答えたところ「じゃあ、市役所で食べよう」と提案された。それならいいかと考えた。市長にその旨を伝えた。承諾してもらえたので、三十分だけ席を外すことにした。


 十二時ピッタリに席を立ち、一階まで下りたところ、すでに泉さんが待っていてくれた。隣には本庄さんの姿もある。本庄さんは右手にマクドナルドのビニール袋をさげている。袋がずいぶんと大きく見えるのは気のせいだろうか。


「すみません。お待たせしてしまって」

「早く案内してよ。おなかすいてるから」


 泉さんに急かされ、エレベーターを使って五階へと上がった。セキュリティレベルの低いフロアだ。ICカードのみで入ることができる。


 エリアの一角にある休憩スペースで食事をとることにした。プラスティック製のシンプルな白いテーブルに泉さんとついていると、本庄さんが缶コーヒーを買ってきてくれた。「ありがとうございます」と言って私は受け取る。


 泉さんがビニール袋から出した紙袋を逆さまにした。なだれのようにして出てきたハンバーガー。一個、二個、三個……数えてみると、十五個もある。別の袋からはLサイズのポテトが五つも登場した。


「お、多くありませんか?」

「それが、多くないんだな。早く取らないと朔夜が全部食べちゃうよ」


 本庄さんが大食漢なのは知っているけれど、いくらなんでもこの量は……。


「後輩の分まで食ったりしねーよ、バーカ」


 本庄さんが私の前にハンバーガーを二つ置いた。チーズバーガーとベーコンレタスバーガー。ついでにLサイズのポテトも一つ。泉さんはビッグマックとポテトを二つずつ確保した。


 私と泉さんはきちんと「いただきます」と手を合わせた。本庄さんはもう食べている、というか、食べた。ハンバーガーをがぶがぶがぶがぶっと四口で食べた。それを見た泉さんはおどけるように肩をすくめ、私は思わずクスクスと笑ってしまった。本庄さんって、時々、やんちゃな子供みたいに見えてかわいく映る。


「先だっての爆弾騒ぎに関する報告書、読んだよ」


 言って、泉さんはポテトを一つつまみ、口へと運んだ。


「自爆テロってわけじゃなかったんだね」

「はい。少し、難しい状況でした」

「爆散しちゃう前に殺したんだよね?」

「はい」

「私でも同じように対処した。せめてもの救いとして、ね」


 泉さんに同意してもらえるとホッとする。


「最近のみなさんのご様子はいかがですか?」

「平常運転。揃って元気でやってるよ。そっちはどう? 爆弾騒ぎはちょっとしたアクシデントだったけど、基本的には暇してるんじゃない?」

「いえ。緊張している時間のほうが、ずっと長いです。相手が『OF』だからだと思います」

「でも、ボスだって、黒峰ちゃんをずっとボディガードにしておくことはしないと思うな。きっと、他の仕事もやらせてあげたいって考えてる。とはいえ、なにかきっかけがないと外せないことも事実なんだろうけど。なにせ、総理直々の指示だから。宮仕えのつらいところだよね」


 もぐもぐと咀嚼している本庄さんの口のはたにはてりやきマックバーガーのソースが付着していて、それを左の人差し指で拭った泉さん。小さく舌を出して、自らぺろっと舐める。ドキドキしてしまう光景だけれど、同時に、獰猛な猛獣とそれを飼い慣らす猛獣使いにも見え、微笑ましいように感ぜられた。


「今の黒峰ちゃんは知らなくてもいいことなんだけど、一応、伝えておこうかな」

「なにをですか?」

「『アンノウン・クローラー』、すなわち『UC』の件」

「『UC』の?」

「ルーファスの奪還には戦闘ヘリが使われた。くどいようだけど、そうなんだわ」

「はい。わかっています」

「うん、でね? 私も引っ掛かったんだけど、ボスはもっと引っ掛かったみたいでさ、それはなにかというと、『UC』にヘリがあるなんて話、聞いたことがないんだよ」

「実は私も同様のことを考えていました」

「さすが『行動部』随一の情報通」

「そんな。恐縮です」

「話を進めるよ。では、どこのどいつなら、ヘリを持っているのか」

「ひょっとしてそれって……」

「そ。現状、『OF』以外に考えられない」

「となると、『UC』と『OF』にはつながりができたってことですか?」

「反政府、反体制をうたっているっていう点で一致してることから、つながり自体は以前からあったと見ていい。実際、やっぱりなって感じでしょ? いよいよ裏が取れたなってところ。だけど、お互いの利害に関わるような行動を積極的に起こすことはなかったんじゃないかな。そんな関係にある中で、『UC』はヘリを借り受けた。当然、『OF』に対して相応の貢ぎ物を献上しなくちゃならない。では、その貢ぎ物とはなんだったのか」

「後藤さんはなんとおっしゃっているんですか?」

「『UC』は『OF』に身売りしたんじゃないかってさ」

「身売り?」

「たとえば、資金や武器の仕入れルート、それに人員、そういったものをまるっと引き渡した。ルーファスの奪還を条件にね」

「なるほど。吸収合併みたいな格好になったわけですね?」

「そういうこと。『OF』の構造については、依然として不明としか言えないけど、『UC』は結構、割れてる。比較的、規模が大きいってだけで、内部の構成要素もリレーションも実は脆弱だってことがわかってる。噛み砕いて言っちゃうと、末端の連中にはルーファスなんて必要ないってこと。だけど、側近だけは別。彼らには彼が必要。だって、崇拝すべきニンゲンなんだから」

「今回の奪還劇の裏にはそんな事情があったんですね」

「あくまでも、状況からの予測だけどね」

「よくわかりました。情報の展開、ありがとうございました」

「うん」


 ハンバーガーにどんどんかぶりつき、ポテトの箱は自らの口へと傾けて、とにかく豪快に食事をとっていた本庄さんが、ここに来て「黒峰」と口を開いた。


「はい。なんですか?」

「困ってること、あったりしねーか?」

「いえ。今のところ、特には」

「なんかあったら遠慮なく言えよ」


 泉さんが、「あら。アンタ、そんなこと、私には言ってくれたことないのに」と茶化すように言った。それを「うるせー」の一言で一蹴した本庄さん。


「おまえは唯一の後輩だからな。かわいくねーっつったら、嘘になっちまうんだよ」

「うっわ。私ですら、かわいいとか言われたことないんですけど?」

「だから伊織、テメーは黙ってろ」


 私は「ありがとうございます」と言って微笑んだ。本庄さんも笑ってくれた。本庄さん、本当にいいヒトだ。スゴく頼りになる先輩だ。


 突然、泉さんが本庄さんの黒いネクタイを掴んだ。掴んで自分のほうに顔を引き寄せ、その唇にキスをした。あまりに驚いた私は「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げて、身をこわばらせた。


「なにすんだよ」

「なんかムカついたから」

「ムカついたなら、すんな」

「うっさい、黙れ。私のオモチャ」

「オモチャじゃねーよ」

「オモチャだよ」

「オモチャじゃねーっつってんだろ」

「オモチャなんだってば。理解しろ、馬鹿」

「くそっ。な? とんでもねー先輩だろ?」


 フリーズしたままの私は、本庄さんにそう言われて、目をぱちくりさせたのだった。




 市長のデスクには書類が山積みになっていた。


 弁当を食べ終えたらしい市長は、応接セットのソファの上でうなだれている。私が向かいに座ると「はあぁ……」と長いため息をついた。


「いつにも増してたくさんありますけど」

「あちこちからのさまざまな嘆願書よ、嘆願書」

「それを確認するのが面倒なんですか?」

「違うの。今、凹んでるのは、別件が理由」

「その別件というのは?」

「また男に食事に誘われちゃったの」

「男? ああ、わかりました。野際議員ですね?」

「そう。梶原さんもまた来るんだって。こっちが断れないのを知っててやってるんだから、ちょっと、いや、かなりタチが悪いわよね」

「それこそ、そのあたりのことを、総理に嘆願されてみてはいかがですか?」

「あ、それ、いいアイデアかも」

「でも、マリカさんなら」

「ええ。彼女に言ったら真顔で怒られるわ」


 市長はまたため息をついた。


「マリカって、とってもっていうか、メチャクチャ優秀なんだけど、まったく融通が利かないのよねぇ。そこがねぇ。まさに玉に瑕なのよねぇ……」

「どうしてもお嫌なのであれば、交代させるという手段もあると考えます」

「あら。厳しいことを言うじゃない。さすが、ミス・クールビューティ」

「ダメですか?」

「ダメよ。当然じゃない。戦友だって言ったでしょ?」

「そもそも、マリカさんとはどこでお知り合いに?」

「紹介してもらったの。野際議員にね。それが彼のたった一つの功績だわ」

「では、尚のこと」

「そう。断りづらい。義務より義理ってヤツよね」

「義理は大切でしょうか?」

「義理人情を忘れた政治家にはなりたくないわ」

「市長はやはりご立派です」

「ただの市長じゃないわよ」

「そうでしたね。美人すぎる市長」


 市長は腰に手を当て、えっへんとでも言わんばかりに胸を張って見せた。私は彼女のこういうお茶目なところが、結構好きだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] UCとOFが合併、なんてこともあり得そうな状況になってきましたな……
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