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23.

 大昔に、”決戦は金曜日”という歌がヒットしたらしい。

 私が生まれる、ずっとずっと前の話だ。

 それを聴いてみた。

 気分が高揚するということはなく、ただなんとなく、聴き終えたら微笑んでいた。


 奇しくも、私の決戦も本日、金曜日。

 あの夜から三日。穏やかに今夜を迎えることができた。


 今日に至るまでの間、ボディガード業も通常通りこなした。

 昨日なんか、市長に「なんか吹っ切れた顔をしているわね」と言われた。


 その通りかもしれない。


 否、吹っ切れたというより、開き直ったと言ったほうが正しいだろうか。

 なんでもできる気分ではないけれど、なんとかしてやろうという気持ちは膨らんだ。


 夕飯は抜いた。

 なんとなく、感覚が鈍ってしまうような気がしたから。

 張り詰めた感じで臨んだほうがいいはずだとも考えた。


 スクエア。

 五十階の上、屋上。


 九つのビルが正方形を成すようにして並んでいる。

 案外、暗い。

 航空障害灯がない。

 周囲にもっと高いビルがいくつもあるからだろう。


 闇が深くなる、その手前。


 ルーファスが立っている。

 真っ赤なリーゼント。

 エナメル質の革の上下

 ティアドロップのサングラスは夜にあっても欠かせないらしい。


 九ミリを二丁持ってきた。

 リロードする暇なんてないだろうと予測したから。

 一丁ずつ使うつもりでいる。

 サブマシンガンでも持ってくれば、話は早かったのかもしれない。

 だけど、それは決闘に際してはファウルだとしか思えなかった。


 彼我の距離は二十五から三十メートルほど。


 なぜだろう。

 ルーファスは手ぶらだ。


 こちらが銃を構えても、微動だにしない。

 パンツのポケットに手を突っ込んだままでいる。


 威嚇のつもりで、否、当てるつもりで一発撃った、心臓を目掛けて。

 ルーファスは体の側面をこちらに向け、かわして見せた。


 そんな……。

 忍足さんと同じ特性?

 そんなはずはない。

 そんなニンゲン、そうそういるはずがない。


 だったら、どうして……。

 ……まさか!


 上半身を狙って連射する。

 巧みな動きですべてをかわされる、掻い潜られる。


 これではっきりした。

 ルーファスは目薬、レッドマリーの使用者であり、適合者だ。


 地を蹴り、突進してくるルーファス。

 武器は持っていない。


 どうするつもり?

 そんなことより、ひとまず逃げなきゃっ。


 退きつつ、発砲する。

 弾が切れたところで、最接近をゆるしてしまった。


 両肩を掴まれる。


 なにをするつもり?


 左の肩口に噛みつかれたのだった。

 肉を食いちぎられたのだった。


 悲鳴。

 私の口から容赦なく飛び出した「ぎゃああああっ!」という醜い叫び声。


 ルーファスは一旦、離れた。

 ふざけているつもりだろうか。

 四つん這いになって、犬の遠吠えの鳴き真似。

 否。

 犬という表現は生温い。

 今のアイツは狼だ。


 右手から銃が落ちる。

 やられた左の肩口を押さえながら、片膝をついてしまう。

 右の脇から銃を抜こうにも、左腕が上手く動いてくれない。


 絶体絶命。

 万事休す。

 目を閉じ、死を覚悟する。

 私には、やはり荷が重かった?

 元より相手をできるような私ではなかった?


 その時、後ろから声がして……。

 よくがんばったねと声がして……。


 私の横を、忍足さんがすり抜けた。

 前に躍り出て、ルーファスに銃を向ける。


 撃った。

 撃った、撃った、撃った。


 四つん這いのルーファスが獣みたいにぴょんぴょんと跳ねてかわす。


 凄まじい敏捷性。

 驚くべき機動力。


 ルーファスはすっくと立ち上がり。

 ずれたサングラスを押し上げ。


 忍足さん、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。

 ルーファス、さっさとかわす。

 近づく、忍足さんに。

 迫る、忍足さんに。


 ……否。


 違う、違う。

 距離を詰めているのは忍足さんのほうだ。

 むしろルーファスは退こうとしている。


 そのうち、二人は至近距離にまで近づいて……。

 忍足さんはルーファスの左のこめかみに銃口を押し当てて……。


「よけてごらんよ」


 静謐で無慈悲なチェックメイト。

 銃声が一際高く轟き、ルーファスは横倒しになったのだった。


 片膝をついたまま見ていることしかできなかった私のところに、忍足さんはやってきた。

 私のすぐ目の前で、彼は両膝を折った。


「いつから、ご覧になっていたんですか……?」

「そういうどうでもいいことから訊いてくるあたりが、君らしいね」

「教えてください」

「君が発砲を始めた時くらいからかな?」

「ここがわかったのはなぜですか?」

「あとをつけた」

「それはどうして……?」

「なんとなく、君のことが心配だったから」

「なんとなく、ですか……」

「うん。さて、ご褒美はなにがほしい?」

「ご褒美……?」

「よくがんばったねって、僕は言ったよ?」

「じゃあ、その、私はずっと、忍足さんとキスがしたくて……」


 刹那のキス……ではなかった。

 長いキスだった。

 長い長いキスだった。

 スゴく甘いキスでもあった。

 キスっていいものなんだと初めて知った。


「きちんと立っていられる?」

「はい……」


 立ち上がり、向き合い、抱き締められたので、抱き返した。

 闇夜を、空を見上げる。

 旅客機が轟音とともに通過した。


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― 新着の感想 ―
[一言] やはりと言えばやはり、しかしこれ以上はない結果でしたぞ!
[良い点] 17部~最新話まで拝読 名場面が沢山あり、どこを挙げようか迷います。 治安会のシリーズを読んできて良かったと思いました。 何より若い二人の接吻シーンに痺れました。 [一言] 文章によって想…
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