19.
先日、市長を標的に襲撃してきた『サイドワインダー』。今後も彼女が危険に晒される可能性を考慮して、当該組織のことをもう少し知っておこうと考えた私は、ボディガード業務から解放された夜遅くになって、ホワイトドラムを訪れた。
DDさんから、話を聞かせてもらおうと考えたのだ。
DDさんは『情報部』の長を務めている。エメラルドグリーンに染め抜いた長い髪をツインテールに結っており、背は著しく低く、目はアニメキャラクターのそれのように大きい。年齢不詳。国籍不明。いつもだぼだぼの白衣を着ており、さらに自分の足のサイズよりもずっと面積の広いスリッパを履いている。
三階のフリースペースで待っていると、DDさんは例によってぺたぺたとスリッパを鳴らしながら現れた。私はプラスティック製の椅子から立ち上がり、お辞儀をする。「大仰な挨拶はよいのです。要らないのです」とDDさんは言い、それから椅子にちょこんと腰掛けた。私も続いて席に戻った。
「『サイドワインダー』について知りたいとのことなのですね?」
「そうです、ドクター」
「ドクターではないのです。DDなのです」
「えっと、しかし」
「DDなのですっ」
DDの最初のDは、実際、ドクターのDで間違いないのだけれど……。
「DDさんが彼らについて知っていることを、展開していただきたいんです」
「それは電話でも聞いたのです」
「話していただけますか?」
「実は悠から頼まれていたのです」
「頼まれていた?」
「はいなのです。もし、曜子が『サイドワインダー』の話を持ち出してくるようなら、それに応じてあげてほしいと言われていたのです。悠のお願いでなければ、聞かなかったのです」
「DBに入っていない情報もあるということですか?」
「ないことはないのです。DDしか知らないことだってあるのです」
「どうしてDBにインプットしないんですか?」
「DDが知っていれば問題がないからなのです」
「え、えっと、組織にあって、情報のシェアは基本じゃありませんか」
「『行動部』が行動するにあたって必要とされるインフォメーションは、きちんとDBに突っ込んであります。それでいいのです」
「ですけど、DDさんがご存じのことは、すべて、なんらかのかたちでデータにしておいたほうが……」
「それをやってしまうと、DDの存在価値がなくなってしまうのです」
「そんなことはないと思いますけれど……」
「DDが知っていることは、泰造も知っているのです。二人の海馬の同期がとれていれば、問題ないのです」
「それでも、あの――」
「ぐだぐだうるさいのですっ!」
「は、はい。すみませんっ!」
「DDは無敵なのです。逆らう奴には容赦しないのです」
「わかりました。失礼しました」
「DDは寛大でもあるので、ゆるしてあげるのです。それでは、DD、お話しするのです。つまらない茶々を入れるようなら、しっぺをしてやるのです」
「か、寛大なのに、しっぺなんですか?」
「いい加減、黙りやがれ、なのです」
「し、しっぺをされないようにがんばります」
コホンと一つ、咳払いをしたDDさん。
「まず間違いなく言えることは、『サイドワインダー』は『OF』、すなわち『オープン・ファイア』と関わり合いがあるということなのです」
「そういう結論に至るだけの根拠を、私も持ち合わせています」
「一つ、いいことを共有してあげるのです」
「いいこと?」
「去年の末、曜子が狙われたのに続き、悠も『サイドワインダー』に襲われたのです」
「えっ」
初耳だった。
「それで、どうなったんですか?」
「情報収集を怠っていなければ、新聞、テレビ、あるいはネットで、曜子もニュースを見たはずなのです。去年の末のことなのです。いざなみ市内のウィークリーマンションで、男が目隠しと猿ぐつわをされ、頭に幾本もの釘が刺さった状態で見つかったのです」
「あ、あれって、忍足さんの仕業だったんですか?」
「仕業だったのです。悠は殺し屋を返り討ちにしたのです。自分の身に降りかかった火の粉を払ったのではなく、きっと曜子の復讐だったのです。それをわかりやすいかたちで『サイドワインダー』に示したのです」
「そうだったんですか……」
忍足さんに大切にされていると思うと、苦しいまでに胸が締めつけられるような感覚を覚えた。
「ここからは特別なのです。DDが『サイドワインダー』について得た情報と、その情報から推測される事柄を展開してあげるのです。『サイドワインダー』は、元はフツウのPMCだったのです。地獄の沙汰も金次第ということなのです。でも、今は違うのです。完全に『OF』専属の殺し屋集団なのです」
「思想等が一致したから、合流したということですか?」
「一緒になった理由は不確かなのです。でも、恐らくで言えることもあるのです」
「それは?」
「『サイドワインダー』の設立者、それはルーファスであるっぽいのです」
「えっ」
「『UC』、すなわち『アンノウン・クローラー』、それに『サイドワインダー』、両方の首魁は同じ人物だろうということなのです。ルーファスが軸足を置いているのは『サイドワインダー』のほうなのです。リクルートに力を入れたのはまず間違いないのですから」
「じゃあ、『UC』については?」
「あれは当人からすれば、一種の遊びなのではないかと考えられるのです。設立したというだけであって、あとは子分に自由を与えた上で、事実として自由にさせたのです。だから、得体が知れないまま、組織はどんどん膨れ上がったのです。繰り返しになるのですが、そこにルーファスの意思なんて、ほとんど介在していなかったはずなのです」
「ルーファスって、そこまでスゴい男だったんですか」
「器が大きいことは間違いないのです。そして、稀有なストラテジストだと予想されるのです」
「遊びでやっているのに、ストラテジストなんですか?」
「DDはそう考えているのです。『UC』が『OF』に吸収されたことを、曜子は知っているのですか?」
「はい。それはもちろん」
「『UC』に続き、『サイドワインダー』も『OF』とがっちゃんこしたということなのです。『OF』の存在は、さらに驚異になったということなのです」
「なにか先手は打てないものでしょうか」
「それを成すためにDD達『情報部』がいるわけなのです。でも、今のところ、確実かつ具体的な知らせが得られないのです。だからDD、実は少し凹んでいるところなのです」
「DDさんが得られないのであれば、誰だって得られないと思います」
「下手な慰めは要らないのですっ」
「は、はい。ごめんなさいっ」
DDさんが怒ったので、思わずピンと背を正して謝ってしまった。
「さて、知っていることは、ほとんどお話ししたのです。もう仮眠室に向かうのです。DD、そろそろ眠いのです」
「DDさんって、家には帰られないんですか?」
「帰ると出勤が面倒になるのです。それに、DDはこの風貌です。外を歩いていると人目を集めてしまい、それがうっとうしいのです」
「だったら、せめて髪の毛の色は黒くするとか……」
「DDは北海道を愛しているのです。だから、この髪色とスタイルは崩せないのです」
北海道を愛していたら、エメラルドグリーンのツインテールは崩せない?
いったい、どういうことなのだろうか……。
「では、DDはもう行くのです」
DDさんが椅子から腰を上げたのをしおに私も立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「だから、お辞儀は要らないのです。今度、美味しいプリンでも買ってきてくれたら、それでオッケーなのです」
「わかりました」
DDさんはスリッパをぺたぺたと鳴らし、エレベーターホールのほうへと向かったのだった。




