悪いガキだと、ブラックサンタがくるぞ。クリスマスだ。
※大人になりかけの子ども向け。
「あなた! どうしましょう!」
トールの妻、メアリが動揺している。
トールも青ざめながら、答えた。
「数時間、様子を見よう。手は打ってある」
息子スティーブンが、悪い子認定されてブラックサンタクロースに袋に詰められ回収されてしまったのだ。
***
トールの息子スティーブンの回収にあたり、ブラックサンタはトールとメアリに、
「悪い子だから俺がもらう」
と宣言していった。
この時、茫然としたとはいえ、力づくで息子を取り戻さなかったのには、二つ理由がある。
一つ。息子スティーブンが、本当に悪ガキだから。
ブラックサンタクロースに連れ去られて当然と思えるほどだったから。
そしてもう一つ。
実は、父であるトール自身が、ブラックサンタに連れ去られた経験があったからだ。
上手く行けば数時間で帰って来られると知っていた。
しかし、まさか、自分の子どもが同じ目にあうとは。
つまりスティーブンは父であるトールそっくりだ。
「手を打ってあるって何!? すぐに警察に通報しなきゃ!!」
「そうだな」
妻メアリの常識的な判断に同意しながら、トールは空を見上げた。
「俺の時は、3時間後に家に戻れた」
「えっ?」
「だから数時間、様子を見よう。でも警察にも連絡だ」
「え、えぇ!」
そして。2時間半後。
警察が来て事情聴取中、ひょっこりと息子スティーブンは家に帰ってきた。
真っ青な顔で。
『ブラックサンタクロースに連れていかれた。森の中だった。手紙を届けに来たリスに、ソリで助けてもらった』
と繰り返した。
誰もが疑ったが、トールは信じた。
動揺している息子に言ってやった。
「そのリス、ブラックサンタクロースに手紙を配達したろう。ソリに乗った時、赤いサンタ帽をかぶらなかったか」
「どうしてそれを知ってるんだ! まさか、親父、俺をハメたのか!」
「違う。パパも昔、ブラックサンタに連れていかれた。酷い悪ガキだったんだ。パパの時の郵便屋はキツネだった」
「・・・」
***
警察が帰ってから、父と母と息子で話し合った。
母メアリは信じなかった。泣いてしまった。
仕方ない、母メアリは小さい頃から良い子だったので、ブラックサンタクロースがいると信じられないのだ。
サンタクロースだって本当かと疑う人だっている世の中だ。
だが、ブラックサンタクロースは、間違いなくいる。
父も息子も、本物に会ってしまったのだから。
***
父トールは昔、息子のように悪ガキだった。
クリスマス。普通はサンタクロースの訪れを待つものだが、悪ガキトールのところには、黒い気味悪いヤツがやってきた。
ブラックサンタクロースだ。
嫌がらせをしてきたり、本当に悪い子どもは袋に詰めて連れていってしまうという。
まさか本当がいるとは。信じていなかったのに。
ブラックサンタは、子どものトールよりも感じが悪かった。
「ケッ、ろくでもねぇガキだ、本当にしょーうもねぇなお前は! お前にはプレゼントなんてあるわけねぇだろが、根性直して真っ当に生きろよこのバーカ!」
真っ黒の全身、そして本人も陰気で目がぎょろついていて、鼻が曲がっていかにも悪人の容貌だった。
トールは勇気を奮い立たせて言い返した。
「うるせぇ、クソジジイ! お前こそ何様なんだよ! やるか!? あ!?」
結果、トールはブラックサンタの袋に詰め込まれた。
「俺に勝とうなんてナメてやがる。人の物を横取りしといて『もとから俺のだ』、物を隠したのに『俺じゃねぇ』と嘘をつく、気にいらねぇならすぐケンカ売りやがる、人の話を全然聞かない、謝らない、てめぇはもう9歳だろうが、大きなガキのくせに、本当にろくでもねぇ」
トールは、袋の中で暴れるが、そのまま運ばれる。
騒ぎ疲れて力尽きた頃、トールはどさっと床に降ろされた。袋のひもがちょっと緩んで、顔を袋から出すことができた。
見ればブラックサンタは、暖炉に火をいれている。どうやらブラックサンタの家らしい。
「なんでクソガキのために力仕事しなくちゃならねぇんだ。ったくよ」
ブツブツいいながら、ブラックサンタは酒瓶を持ってくる。
「この誘拐犯! 俺をさっさと家に返せ、バーカ!」
ブラックサンタはチラリとトールを見て、さらに顔を歪めた。心底嫌そうに。
「俺の小さい頃とそっくりだぜ、嫌になる、全く可愛くねぇ」
「どこが似てんだよ!」
「お前も、世界中から嫌われる。このブラックサンタクロース様と同じだ。ご苦労なこった。あっちいけだの、二度と来るな、会いたくない、汚いだのうるさいだの、品が無いだの、馬鹿だの、乱暴だの、誘拐だの、つまり世界皆が、お前の事なんて大嫌いさ。残念だったな」
「一緒にするなよ!」
「同じだろ? お前、ブラックサンタに浚われても助けも来てもらえない悪ガキだからな」
「ふざけるな、帰せ! この誘拐犯」
「知るかよ、バーカ」
ブラックサンタは冷たい目でトールを見やり、それからワインを一人でのみだした。
一人で、色んなものについて悪口や文句を言い、そして暖炉に当たりながら居眠りを始めた。
そんな中、トールは、なんとか袋から出ることに成功した。
居眠り中のブラックサンタが起きないように静かにしながら、家の中を見回す。
逃げ出さなくては。
だけどここはどこなんだ。どうやって逃げ出せば良い。
家の中を探して、金になりそうなものとか使えそうなものを盗んで、逃げ出そう。
トールは家の中を物色した。まったく大したものが無い。
「あ! 宝箱じゃねぇか」
一つだけ、きれいな箱を見つけた。
簡単にフタは開いた。
中には絵葉書が何枚も入っていた。
「? なんだ? 『ありがとう』・・・?」
手紙の内容に目を通していた時だ。
「みーたーなー・・・!!」
「ギャアアアアア!!!」
トールは跳び上がって驚いた。
振り向けば、部屋の入口にブラックサンタが立っていた。悪魔のような形相をしている。
殺される。
「てめぇクソガキ、泥棒か!」
「・・・!」
怖さのあまり、とっさに言い返せなかった。
「てめぇはもう9つだ! 世の中の悪い事と良い事の区別は分かってんだろ! 謝れ! 今すぐ俺に謝れ!」
「ご、ごめん・・・」
恐怖でトールは口先だけで謝った。
「返せ! それを元の場所に置け!」
ブラックサンタに命令されて、トールは持っていた宝箱を元の場所に返した。
これは、とても大事なのだとトールは思った。
ブラックサンタの宝物だ。
「あ、あのさ。これ、手紙、」
「うるせぇ! このクソガキ! 嘘つき、ずるくて乱暴者、嫌われ者、ろくでなし、さっさと消えろ、役立たず! お前なんてもう二度と顔を見たくねぇ、もう来年から一人で嫌われてそのまま大人になるんだな!」
謝った方が良い、とトールは思った。とりあえず。
「あの、俺、家に帰る。その、ごめんなさい」
「はっ! ここには俺の他、誰もいねぇよ。周囲もだーれもいねぇ。帰れねぇよ。お前が心を改めない限りな!」
トールが動揺した時だ。
コンコン、とどこからかノックの音がした。
「・・・おぅ」
とブラックサンタが嫌そうに返事をする。
ドアがキィと開いて、顔を見せたのは白いキツネだった。
「あ、あのぅ」
小さな可愛い声がした。
トールが助けを求めて必死で見つめる中、キツネは、ブラックサンタにたくさんの手紙を届けた。
ブラックサンタはそれを受け取る。
どうやらハガキが多いようだ。
ブラックサンタへの悪口が一杯書いてあるらしい。ブラックサンタは顔を歪めてますます不機嫌になった。
「・・・」
ブラックサンタはトールを放っておいて、暖炉のある場所に歩いていった。
そして、
「クソガキが!」
と言いながら、ハガキを暖炉にくべて燃やしていく。
「じゃあ、私はこれで」
とキツネが帰ろうとするのを、トールは慌てて両手で捕まえた。
キツネは暴れた。
「ちょっと、放してくださいよ!!」
「助けて! 誘拐で連れて来られた!」
「あなた、悪い子ですよね」
「・・・」
キツネが大きな目でトールを見つめてくる。トールはちょっと目を逸らせた。
「私に丁寧に頼んだら考えてあげますよ」
とキツネは言った。
「ここにいるってことは悪い子だ。悪い子なんてお断りです。ちゃんと反省するなら考えますけど」
「・・・反省する」
「どうせ嘘ですよ。だってブラックサンタの家まで連れて来られるって本当にひどいですもの」
「反省するよ!」
「じゃあちゃんと、もう悪い子にはなりませんって言って下さい」
言えば助かると思ったのでトールは言った。
「悪い子にはなりません」
「心がこもってませんけど。悪い子にならない、約束ですよ」
とキツネは呆れたように言いながら、そっとトールも連れて外に出てくれた。
なんと、立派なソリがそこにはあった。
キツネが乗る。ソリの中にあったらしい、真っ赤な帽子をキツネが被る。
「あんた、キツネのサンタクロースなのか?」
「そうですね」
「郵便配達だろう?」
「私はサンタクロースの一人ですよ。贈り物を届けてるんです。さぁ早く乗って」
トールがソリに乗ると、ふわっと宙に浮きあがる。
「すごい!」
「静かにして下さい。騒いだら気づかれますし、私は騒がしいのが嫌いです」
「ごめん・・・」
キツネのソリが、空を飛ぶ。
珍しくてトールは身を乗り出して地上を見た。
ブラックサンタの家は、深い森の中にあるようだ。雪が降っていて、真っ白い中に1つだけポツッと家がある。
キツネが来てくれて本当に良かった。来てくれなかったら、あのまま逃げられなかった。家の外に出ても、助からない。
「ブラックサンタさん、物凄く怒ってましたけど。何したんです」
とキツネが言った。
「え?」
とトールは分からないふりをしたが、助けてくれたキツネだから話そうかと気を変えた。
「逃げようと思って、使えそうなものを探してたんだ。宝箱見つけてみたら中は手紙でさ。アイツ、あんなに怒るなんて」
「当たり前ですよ。勝手に宝物を盗もうとしたんですから」
「盗んでねぇよ」
「悪ガキだから何するか分からないじゃないですか」
キツネがそんな事を言う。
トールは機嫌を損ねた。
「これに懲りて、あなたももう悪い子を止めた方が良いですよ。あとね、助けてあげた私に、一度でいいので御礼を送ってください」
「はぁ? 御礼って何」
助けてもらっているのは事実だ。トールは動揺しながら、聞いてみた。
「今日届けた手紙には、ブラックサンタクロースへの感謝の手紙が1通だけ入ってました。それをね、宝箱に大事にしまうんです。あなたが見つけたのはその手紙です」
「ふぅん」
確かに、宝箱には手紙が入っていた。『ありがとう』という御礼の手紙ばかりだ。
それが、ブラックサンタクロースの宝物。
「私はね、届けた手紙が宝物になるって素敵だなと思って、ブラックサンタクロースさんのところへの配達を続けてるんです。クリスマスに届けるって決めてるんです。1通ぐらい、感謝の手紙が入ってるかもしれないでしょう。それがプレゼントになるからですよ」
「ふぅーん」
「ブラックサンタさんは悪い子に嫌な事をするから余計嫌われちゃうんですけど、中には反省して悪い子じゃなくなった子もいるんですよ」
「ふーん」
「大人になって、クリスマスになるとブラックサンタさんを思い出すみたいで。『あの時、叱ってくれてありがとう』ってお手紙を出す人がいるんです」
「ふぅん」
「だから、助けた私へのお礼に、良い子になったら、ブラックサンタさんに感謝の手紙を書いてください」
「え!? はぁ!?」
何か言いだした。
トールはマジマジと、赤いサンタ帽を被りながらソリを操るキツネを見た。
「言っときますけど、そういうお手紙があったから、私はクリスマスに配達に来たんです。そんな私が来なかったら、あなたはまだ、あの家でブラックサンタクロースさんに捕まったままですよ。悪い子はね、ブラックサンタクロースにされるんです」
「えっ!?」
「嘘の手紙なんて要りません。嘘だったら分かりますから。本当に感謝したら手紙を贈ってください。私は宝物になるって分かる手紙を届けるのが嬉しいんです。ブラックサンタクロースさんは大事に宝箱にしまうんです。あんな人だけど、そんな人です。悪い子が自分みたいにならなければ良いって思っているんです」
「・・・」
トールはじっと考えて、とりあえずこう答えた。
「・・・俺が、悪い大人にならなかったら、考えとく」
「はい。覚えていてくださいね、この約束」
***
トールはそれから、ちょっとずつマシな悪ガキになったと思う。
ブラックサンタクロースが大嫌いだったし、二度と会いたくなかったからだ。
あんな大人になりたくないし、似ている同じだと言われたのも屈辱だった。
大人になって結婚して、子どももできた。
そして、息子の一人、スティーブンは昔の自分とそっくりな悪ガキに育った。
悪ガキな息子の姿を見て、トールは思い出したのだ。
ブラックサンタクロースに浚われた事、キツネとの約束。
良い大人になって、実は忘れかけていたけど、息子があまりにもそっくりで。
そしてトールは初めて、ブラックサンタクロースに手紙を書いた。
トールが悪ガキじゃなくなったのは、やっぱりブラックサンタクロースに会ってしまったことが大きい。
昔、宝箱の中に、感謝の絵ハガキがたくさんあったのを思い出す。
全部は読んでいないが、読めた分は、今のトールと同じ様なことが書いてあった。
『あの時会えてよかった。あなたみたいになりたくないと思って悪ガキを卒業した。あなたに会わなければ悪い大人になったかもしれない。悪ガキだと文句を言いに来てくれてありがとう』
手紙は普通にポストに投函した。無事に届けばいいんだが。
そして翌週のクリスマスに。
息子スティーブンがブラックサンタクロースに浚われてしまった。
***
戻って来た息子、スティーブンが青い顔で訴えている。
「リスが、郵便を届けに来て、助けてくれって頼んで連れて帰ってもらった」
「そうか。リスが来てくれて本当に良かった。スティーブン、お前はブラックサンタクロースの宝物が何か、見たか?」
父トールの確認に、息子スティーブンは真面目な顔でコクリ、と頷いた。
「中身も?」
「見た」
コクリ、と真顔で頷き合う。
どうやら息子スティーブンもブラックサンタクロースの家探しをしたらしい。
「言っておく。おじいちゃんも、ブラックサンタクロースに浚われたことがあるそうだ」
「嘘だ」
「お爺ちゃんの時は、ペンギンだったそうだ」
「・・・マジか?」
ちなみに郵便屋の交代は、寿命の違いのせいだろうか。
「ねぇ、二人してどうしたのよ」
泣きながら、妻メアリが真剣に心配している。
「悪ガキに訪れる悪夢を分かり合っているんだ。なぁ、スティーブン。良い子にまでならなくて良い、悪人にはなるな」
「・・・」
「話は以上だ」
「・・・」
泣いている妻メアリの肩を抱きながら、トールは部屋を出た。
扉のところで振り返ると、真剣な顔でトールを見つめている息子スティーブンと目が合った。
「お前は間違いなく私たちの息子だ、スティーブン。大人になれ」
じっと見つめ続けられる中、トールは静かに扉を閉じた。
***
妻メアリにも、自分の体験を打ち明ける。
妻は半信半疑だ。だけど仕方ない。真実なのだ。
「俺の時も、父が手紙を出していたのかな」
とトールが呟く。
その手紙をキツネが届けてくれて、トールは助かったのかもしれない。
トールの出した手紙を届けるリスがいたから、スティーブンが助かったように。
「本当に、来年もブラックサンタクロースが来たら、ホウキで追い返してやるわ。悪ガキでも大事な息子なの。取らないでって」
妻の真剣な言葉に、思わず笑ってしまう。
「頼もしいね。あぁ、そう手紙を書こう。母親が撃退する準備をしているから、危険だから家に来てはいけないって」
「えぇ、書いて頂戴」
ブラックサンタクロースは嫌われ者だ。
だけどそれが良い。と、トールは思った。
いつかスティーブンも、彼に感謝の手紙を出す日がくるかもしれない。
そんな未来なら、きっと幸せに暮らしている。たとえ子どもが酷い悪ガキでも。
***
ブラックサンタクロースが、
「ケッ」
と言った。
届いた手紙の中で、1つだけ暖炉に放り込まなかった絵葉書をじっと見つめる。
「ったくよぉ」
とブツブツ独り言を言いながら、ブラックサンタクロースは、宝箱を丁寧に取り出した。
蓋をカパッと開ける。
中に入っているたくさんの絵ハガキをじっと見つめてから、ブラックサンタクロースは、今来た絵ハガキを取りあげて、何度も読み返してから、大事に箱の中にしまって蓋を閉じた。
「ありがとうよ、トール」
と、呟いた。
END