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planetes  作者: 此木男軒
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夫になる

 静かな海で一人、座っていた。

 どれだけの時間が経っただろう、もうずっとこうしてここに座っている。

 1週間か1ヶ月か、それとも一年か。或いはもっとたっているかもしれない。

 あいにくここには時計やカレンダーがなくてそんなもの分かりやしないけど、とてつもなく長い時間をここで過ごしたことは確かだ。

 砂浜にただ1つの文字を書いては何度もなぞり、撫でて海に流されてはまた書いて撫でて流されて。それだけを繰り返している。

 不安はない。悲しみもない。辛さも、苦しさも後悔もない。

 胸を満たすのは満足感と安心感に、優しく静かな幸福のみ。

 彼は今、何をしているのだろう。ちゃんとご飯食べてるかな。部屋も綺麗にして、洗濯もしてお布団は毎朝ちゃんと畳んでしまって、服もタンスに綺麗にしまって食器も丁寧に洗って。

 長い時間砂に擦り付けていた指先の感覚は既に無い。でも、その指幸福を生み出し続ける。今も指先で幸せを感じている。

「ここにいるよ」

 そう、口に出すだけで。

 宇宙を見上げて彼のことを考えるだけで。

 彼から貰ったこの体で生きているというそれだけで。

 幸せだった。

 当たり前なんてものは、幻だ。なぜなら、「当然」なんてものは呆気なく壊れてしまうから。

 でも、それが嘘になることはない。あった1つの事実として、心の中で残り続ける。

 彼との思い出は、ここにある。

 愛しくて自分の胸を押さえつけながら、再び文字を書き出す。

 ここにいるよ──。

 彼の吐息が、肉体のほんの一部が、電子、原子まで分解されて私のもとに届きますように。

 私は、ここにいるから。






「あーやべ寝てた」

 体を起こして大きく伸びをし、ここが自分の布団の中だと気付いた。

「あれ……?」

 確か僕は四宮の家にいたはずだ。なぜ自分の家にいるのかが分からない。

 そして外を見て、寒気がした。

「──」

 明るい。

 さっきまでは夕方だったはずなのに、やけに明るかった。

 時計が示す時間は6時。

 おかしい。

 今は冬のはず。6時でこんなに明るいはずがない。

 室内はクーラーが効いていて、ある一つの可能性が思い浮かんだ。

──いや、まだ判断するのは早い。外に出てから─

 そう思って外に出たのが間違いだった。


「夏だ……」


 蒸し暑い気温、突き刺さる日光。五月蝿い蝉の鳴き声。

 完全に夏だ。確実に、絶対に。

 どういうことだ?さっきのは?四宮との一件はどうなった?

 まさか夢?いやそれはない。その前の日も冬だった。その前も前も前も。

 そこで二つの可能性が浮かび上がった。

 二つともとても信じられるような話じゃない。でも、今の状況を説明するにはぴったりだった。

「落ち着け僕……」

 そうだ落ち着け。とりあえず外に出て散歩でもして──

「あ」

 確定。確信。

 その表札を見て、可能性が1つに絞られた。

 消え去った可能性は、過去に戻ったこと。何年かは分からないが、どっかの夏に戻ったという可能性だ。

 でも、その表札が語っていた。

 そう、過去なはずがない。これは未来だ。

 しかも、最高の!

 空いていた隣の部屋には、新しい住居人が来たようだ。

 僕が未来に来たのか、それとも僕が四宮に会った日から昨日までの記憶がなくなったのかは分からない。

 でも、

「あ、奴隷の夢沙也じゃんおは~」

 美少女がいるなら何でもいい。

 四宮と書かれた表札が貼られた部屋の扉を開き、僕を中に入るように促す。

「なんで引っ越したんだよ……」

 無意識にポツリと心の声が漏れた。あんな立派な豪邸だったのにね。

「夢沙也……?」

 冷たい目で四宮が僕を見る。何か悪いこと言ったかな?

「信じてくれるかどうか分からないけどさ、僕過去から来たんだよねっ。ついさっきまで冬だったのに起きたら夏だったんだぜぇ」

 例え何が起きても、可愛い子さえいればそれで良し。何だろうと知らん。今心に決めた。

「そう」

 今を楽しむ。あるがままを受け入れる。そうすれば幾らか人生楽しくなるはずだ。うやむやでも無視。知らないほうが良いことだってあるのだ!

 なぜか冷めたような目で部屋に入っていく四宮に続いて高級なものが全く置かれていない玄関で靴を脱ぎ部屋に上がる。

「私一人だけこっちに来たの」

 ほぼ荷物が置いてない部屋を僕が呆然と見ていると、四宮が丁寧に説明してくれる。

「もしかして、信じてくれんの?」

「まぁ、うん」

 受け入れ体勢がエグいっすね。金持ちは違うのかな?

「私なんて、昔は宇宙に住んでたんだよー」

「へえ」

 まぁ確かに見た目は人間じゃないな。宇宙人と言われればそっちの方が似合ってる。

 それに、僕のことを信じてくれるんだし。

「宇宙ってどんなところだったの?」

「冗談だけどねー」

 ナルホド人の気持ちを裏切るのが趣味なのね。僕の言葉返せやゴラ。

「愛してる」

「うぉぉお?!何?!いきなり何?!」

「信じる……」

「え?!何が?!何が起きたのねぇ今何が起きたの?!」

 興奮している僕を差し置いて四宮が朝食を用意し始める。僕もそろそろ食べないと学校に間に合わないし帰る──

「帰っちゃダメ」

「なんで?!」

 親はまだ寝てるから僕がいなくてもバレやしないけど、お腹空いてるんだよぉ。帰らせておくれよぉ。

「ここで食べてけー」

 気づいたら手を捕まれていて、上目遣いで僕を見上げていた。あー、僕を殺そうとしてるんすか?ヤバイっす。

 そのままキッチンまで連行され、立たされた。

「お腹空い──」

「一緒に作ろ」

「わぁい新婚プレイ大歓迎!」

「じゃあ目玉焼き焼いて」

「らじゃー!」

 分かりづらい程度に微笑む四宮に倣って手を洗い、卵を3つ取った。

「目玉焼き二つも食べるの?」

 笑いながら四宮が喋りかけてきた。

「え?あ、ほんとだ」

 1つを戻したところで、ふと思ったことを口に出す。

「なんか、いつもこうして誰かと三人で目玉焼き食べてたような……」

「夢沙也?」

 そうだ。毎朝僕は目玉焼き、1人がトースター、不器用な「あの人」は僕らをただ見守ってて──

「あれ……?」

 凄く懐かしい。静かで優しい記憶。僕はこんな記憶しらないのに、なぜか懐かしくて涙がこぼれてくる。

「どこだ……」

 あの人は、今どこにいる。

「探さなくちゃ……あの人を、助けなくちゃ」

 視界に何かの文字が表示され、回転しだす。その回転はどんどんはやまって僕の思考を加速させていく。

 急げ。急げ急げ急げ──

「夢沙也!」

 不意に頭に小さな衝撃が走り、粘りのある透明な液体が顔にこびりついて我に帰る。

「酷い扱いだな……」

 頭にねっとりとかかった卵をひとまず手で拭き取りながらポツリとそうこぼすと、にこりと笑った四宮が言った。

「夫婦なんだからこれくらい普通っしょぉ」

「僕らちゃんと夫婦だったんだ。安心したよ」

 奴隷奴隷と言われていたから不安だったんだよね。っていやそうじゃなくて、夫婦でも無いから。卵はないから。

「あーあ、卵が一個無駄になっちゃったなー」

 つっこみ待ち?よし無視しよう。

「いくら夫婦でもこれはちょっとやだな」

「それでも私の奴隷か!」

「どっちだ!」

 こいつといると僕はつっこみマンになってしまうらしい。主人公ぽくていいけどね。

「あなたは私の夫であり、奴隷でもあるのだ」

「複雑なんだな」

 ただひたすら奥さんに尽くす夫ってかわいそすぎだろ。泣くよ。

 なんて遊んでいると時間はもう6時で、家を出なければならない時間まで30分をきっていた。

 とりあえず頭にかかった卵を洗い落とそうと水を出し、なぜか襟を後ろから掴まれた。

「まさか、洗うなと?」

 顔を見ずに恐る恐る訪ねると、元気な返事が返ってくる。

「そのまま朝ごはん食べるぞ!後でお風呂貸してあげるから!」

「拒否権はっ?」

「主様の言うことはー?」

「ぜーったーい!」

 地獄だろ。ベタベタして気持ち悪いし。

 無理矢理手を伸ばして水をすくおうとし、更に強い力で引っ張られて後ろに倒れる。

 ふにゃん

 あ、このパターンですか分かります。

 とても柔らかくてやみつきになりそうなほど気持ちが良い感触のものが僕の後頭部に当たっていた。

 そのままゆっくり顔をあげると、多少頬を赤らめて口をへの字にしている四宮がいた。可愛すぎて鼻血が出そうです。

「夢沙也、顔真っ赤」

 そう言われて、さっきから顔が熱いことに気付いた。

「あー」

 わけの分からない返事をし、全開だったおでこを隠すべく前髪を指で掴み──と、その手を四宮に止められる。

 そしてそのまま頬を撫でられた。

「ちょっ」

 情けないことに恥ずかしさのあまり声も上手く出ず、ただされるがまま大人しくするしかない。そうして五秒ほど。やっと止まった手に安堵していると、

「夢沙也って可愛い顔してるんだね。前髪で隠れてて分からなかった」

「っ?!」

 いきなり何を言い出すんだ?!

 思いっきり動揺する僕に向かって、更に四宮は言葉を続ける。

「もったいない。せっかく可愛いのに」

 限界が来た。

 もともと異性との交流が少ない僕は、たまに女子と話すとキョドってしまう。それが美人で、この体勢でこの発言。僕にはとても耐えられない。

「ちょっと!」

 またもやわけの分からない声を出しながら、慌てて体を起こし飛び退く。本当に情けないが、これは仕方ない。

「なっ、何すんだよ!」

 キョドりながらもなんとか声を絞り出すと、四宮は嬉しそうに笑って四つん這いで近づいてくる。

「夢沙也可愛いー」

「うっ、うっさいっ……」

 顔を近づけ、いたずらな笑みを浮かべる四宮と対称的に、僕は顔がすごい勢いで熱くなるのを感じた。もういっそ火なんか使わず僕の顔で目玉焼きを焼けば良いんじゃないかと一瞬思ったが、顔にこびりついているモノを思いだし身震いをする。

「モテなさそうな根暗君だとずっと思ってたんだけどさ~」

 おい、と反論する余裕も今の僕にはない。

「髪切りに行きなよ。あとちゃんと睡眠はとる!目の下のクマがやばいよー」

「余計なお世話──」

 と言いかけたところで四宮の右手がのび、僕の前髪を持ち上げた。

「っ!!」

 僕はもう動揺し過ぎて声が出ない。咄嗟に逃げようとするが腕を掴まれ押し倒される。

「ベッドに行こう!」

「何言ってんの?!」

 今度は反射的に声が出た。

「なんかそんな気分なんだよ~」

 それって発情……イヤ待て待ってまだ誰もそんなこと言ってないじゃないか何1人で妄想してるんだ僕。落ち着((

「夢沙也を犯したい!」

「頭おかしいだろ!」

 気づけば時刻は6時10分。もう20分もない。いつもは開門くらいに学校に着いているため遅刻はしないと思うが、朝に体育館でバスケをする時間がなくなってしまう。

 多少強引に抜け出そうと試みるが、押さえつけられて動けない。手足をバタバタと動かし抵抗していると、やっと観念したのか四宮が起き上がった。

「朝ごはん忘れてた」

「……」

 疲れて最早反応する気力すら残っていない。四宮に風呂の場所を教えてもらい、さっさと卵を洗い流して学校に行くことにした。

──そう、しただけ……。

「お邪魔しまーす!」

「うをぉおおおおおお!」

 風呂に侵入してきたのは、四宮の裸体。

 もう驚かない驚くもんか。冷静になろう。

──よし、ここはあれをやるべきだな。

 桶を手にし、大きく振りかぶって、

「のび太さんのえ──ぎゃぁぁぁぁ!」

 をする隙もなく正面から抱きつかれた。

「なっ、何すんだよっ……」

「顔真っ赤~」

 耳元で囁かれ、背筋がゾワゾワする。

「当たってるからっ……離れてってば!」

「夢沙也のも当たってるよ~」

「うっさ……は?!ちょ」

 何言い出すんだこの女!マジでやめろ息子が荒ぶるからやめて!

 そんな僕の反応に満足したのか、背中にまわしていた手を離すとにこりと笑った。

「一緒に学校に行こう」

「……」

 もう恐怖のあまり頷くしかなかった。

「よし」

 そのまま出ていく四宮を呆然と見送り、しばらくしてから僕も風呂を出た。

 そして無言で家にある荷物を取り、走って駅に向かう。

 逃げろ逃げろ逃げろ死ぬ死ぬやだ死ぬ──

「よぉっす!」

「なんでいんだよ!」

 改札を通ろうとしたところで腕を掴まれ、相手を確信しながらも勢いよく振り向く。

「タクシー」

「金持ちめが!」

 楽しそうに四宮は笑ったあと、僕を急かしながら改札を通った。おかしいね、さんざん僕を弄んだくせに。

「夢沙也は宮木学園の一貫部だよね?」

「うんそうだけど……」

 なんでだろうとは思わなかった。だって言ってないのに名前まで知ってたし、こんなことじゃ驚かねぇよ。

「私は●●女子高校の一年生だよ~」

 その学校はレベルが高くて有名な女子高で、とても頭が良さそうには見えない四宮にはどう考えても似合わない。

 ていうかやっぱり年上か。これからは四宮さんにしておこう。 

「ピッチピチの女子高生だぜぇ。どう、欲情した?」

「まぁかなり」

「おお素直」

 そのノリについていければ僕も主人公っぽくなれそうな気がしたんで。

「じゃあちょっと家帰ってヤろう」

「あんた何言ってんの!」

「おいおい私は先輩だぞ~」

 もうついていけなくなった。学校では僕もそこそこの変態キャラなはずなのに四宮……さんにはどうしても付いていけない。

「じゃあ学校帰ったらうち来てね」

「断る」

「迎えに行きます」

「家出します」

 そんな感じで、美少女四宮は僕の妻となったのでした。



──ところで、僕はどうやって未来に来たんだろうね?

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