ぱんつを洗いたいです
「ねぇさ、天使様」
夕日が差し込み、オレンジ色に染まる教室。
「君に、聞いて欲しいことがあるんだ」
そこには、その世界には僕とそいつの二人きりで、嫌になるほどの静けさが辺りを覆っている。
「君達がどんな気持ちで僕達を見てたのかは知らないけどさ」
そんな世界で、そいつは黙って目を閉じ僕の言葉を聞いていた。
「そもそも君達が感情なんてものを持ち合わせているのかすら分からない」
向かい合わせた机と、向かい合う僕ら。
「それでも、聞いて欲しい」
なぜかやけに顔が重く感じて、頬杖を付きそいつを見つめた。
「僕らが、人間がどれだけ戦ったか、どれだけ悲しんだか」
外に目を向けると鳥が一匹空を飛んでいるのが見え、暫くしてその鳥が何かに射抜かれて落ちていく。
「その中に、どれだけの幸せを見出だしたか」
そこでそいつが微笑んだ。
視界が一瞬黒くなり、次にテレビでよく見る砂嵐が視界を埋め尽くす。
──あぁ、また失敗したんだ。
瞬間、そう悟った。
結局、どれだけ抗っても無駄だったのだ。意味がなかった。なんと馬鹿馬鹿しい事をしたんだろう。
そんな後悔と共に、僕は飛ばされていく。
世界の崩壊と終わりの惨劇へ。
「あっあァァァァあァァァァァァァァァァァァあ」
平凡な人生。
それは、僕が一番嫌いなもの。
まさに、僕の人生だ。
誰もが味わえるような幸せと、誰もが過ごす日常、能力は常人よりやや低めで、取り柄など1つもない。
卑怯で、嘘つきで、自分が大事で、どこにでもいる様な性格。欲だって並み、見た目だって普通。加えて二次オタ。髪はボサボサで長め。
凡人とはそう、この僕のことだっ!とか開き直ってやろうか。
主人公と非日常を求めるこの脳ミソは、もう使い物にならないかもしれない。確か明日は生徒総会があったはず。そしたら校長のマイクぶん取ってみんなの前で叫んでやる。
まぁそんなことしたら、私立中高一貫校であるこの学校から即追い出されてしまうだろうけど。
それでも、このままつまらない人生を送るよりはマシかもしれない。最も、そんなことする勇気なんて無いけどね。
でもまだ中学二年生。青春はこれからだぜ!頑張ってこー。
……。
はい。
中学受験で入ってきた生徒が通う一貫部には可愛い女子がいないんですよね。多分勉強付けでおしゃれなんてしてる余裕が無かったんじゃないかと僕は推測している。小学校からの小等部が中学三年の時に合流するから、そっちに期待。
「夢沙也」
「ん?」
「今日は元気ないね」
僕に声をかけてきたクラスメイトA、と言ったら僕が主人公みたいだけど、多分僕は男子生徒Kくらいじゃないかな。うん、素直に名前で呼ぼう。クラスメイトの蒼太です。
こないだ見た暴力団のドラマの親っさんの真似をして返事をする。
「んなこたぁない」
なんかハマりそう。
「あ、そう」
会話終了。
現実なんてこんなもんだよね、うん。
とそこでチャイムが鳴り、1限目。
さぁ、つまらない一日の始まりだ。
それから授業が全て終わるまで特筆することがないので──とか言ったら何か特筆することがあるみたいに聞こえるけど、そんなこと言ったら僕の人生瞬間的に終わるから許して。やだまだ死にたくない。
「夢沙也ぁ帰ろー」
ボッチ仲間のクラスメイトEに声をかけられ、席を立つ。めんどくさい担任の女教師の指示に従い椅子を机の上にひっくり返してのせ学校指定のリュックを背負い教室を出て、廊下を走ってきたがたいの良い同級生とぶつかり吹っ飛んだ。
「いてぇ……」
もちろん相手は男。現実なんてこんなもんだよね、運命の相手なんていやしないんだからさ。
それから痛む右足を庇い家まで帰った。学校の最寄り駅までの道で、「やーいボッチ」とか聞こえたけど忘れよう。うん。
季節は冬で、外は寒く手袋をしていない僕はポッケに手を突っ込み寒さを凌いだ。
そしてマンションの階段を上り家の前まで来て、思った。
美少女と同棲してぇぇぇぇぇぇええええええええええええ!
なんでうちはお母さん帰ってくるのー?なんで妹いんのー?お父さんももっと仕事しようぜー!
現実は辛いよね。美少女と同棲って、空から美少女が降ってくるなんてものよりよっぽど現実味があって期待しちゃうけど、普通に僕にはあり得ない話だ。定期テストで僕が一位を取ること、いや僕にモテ期が来ることと等しい。つまり努力程度じゃどうにもならない。
なんなら美人な姉との二人暮らしでも良い。家事の分担とかして、買い物とか一緒に行ったりして、一緒にご飯食べたりゲームしたり寝たり──。
無理だけど。
ちなみに僕には一人部屋がない。マンションだから部屋が少なく、障子で仕切られたリビングダイニングと和室、キッチン、両親の寝室、お父さんの部屋、洗面所と風呂、トイレ。そして最近はお父さんが部屋を片付け始め小学生の妹の部屋にするらしい。え、僕のは……?
妹しか家にいないときにはチャイム二回、と二人だけで取り決めたルールにのっとって二回連続で押す、が二回目が反応しない。もう一回押すがまだ反応しないため腹が立って連打、しかし全く鳴らない。
落ち着け。深呼吸。
さん、はい。
ピンポーン
鳴ったっ!
暫く待つ。でも、誰も出てこない。
「ん……?」
もしかして帰ってないのか?
鍵持ってない。終わった。妹が変えるまで待つしかない。終わった。トイレ行きたい。
ブイーン
スマホが震えた。
非通知着信の文字が表示され、すぐに応答拒否中に変わる。なんかよく分からないけど怖いし、非通知着信の応答拒否を親に設定されたことが役に立ったらしい。
「……」
妹いつ帰ってくんだろ。てか何してよう。
辺りを見回すと隣の部屋の扉の前に看板が立て掛けてあり、三日ほど前に作業服を着たお兄さんたちが段ボールを運んでいたのを思い出す。現在は住居人募集中のようで、部屋を解放していた。
と。
どうでもいいけど、もう漏れる。いやどうでもよくない。漏れる。
ドアを叩き、ヤバイヤバイと叫ぶ。別に叫んでも何も変わらないし逆に焦るだけだと思うけどそれでも叫ばずにはいられ──
「ごめんお兄ちゃん!トイレ行ってた」
いきなり扉が開き、妹が出てきた。
トイレか、そりゃ仕方ないね。
「ただいま」
「おかえりー」
靴を脱ぎリュックを振り落としてトイレに駆け込む。
「あー……」
無意識に漏れた声にきもいと毒づき、放尿を済ませてトイレから出ると再びチャイムが鳴り母が帰ってきた。
「おかえりー」
「お仕事おつかれさん」
もっと働けやと内心思いながら、母の荷物を持ってリビングに行く。それから本を読んで晩飯を食べて風呂に入って寝た。
はい一日終了。何も無さすぎて泣くわこりゃ。
そしてこのときの僕はまだ、こんなつまらない日々がずっと続いていくと思ってた。
──とか言ったら明日何か起きるかね?
A,何も起きません。
美少女が寝ている夢を見た。
机にうつ伏せになり、寝ている夢だ。
最高だった。
そしてなぜか僕の隣には見知らぬ美少女が、ということもなく。
普通に起きて朝飯食べて着替えて学校に行く。特に何もない学校生活を満喫して帰宅。
そのまま急いで着替え、古本屋で時間を潰し帰りの道を歩く。前方には、「夜に意味深な行動を取っている女の子」=空を見上げている女の子がいて、これがラノベで僕が主人公だったらこの女の子は美少女なのになーと下らないことを考えながらその女の子の横を通りすぎる。
「はい何もない一日終了っと──」
一応気になって振り向((
美少女がいた。
……。
美少女がいた。
……。
美少女がいた。
美少女がいた。
美少女がいた。
美少女がいた。
ビショウジョガイタ。
「……」
美少女が、いた。
あれ?三次元なのに?美少女?嘘ぉぅ。
その時の僕は、物語がちゃっちくなってしまったことも気にかけないほど気分が高ぶっていた。
いた。いた。美少女だ。
ちゃっちー物語でも構わないさ!美少女さえいればぁぁ!
水色がかった銀髪を腰まで伸ばし、綺麗なストレートの先の方は若干ピンク色。ヘアピンで左の前髪を分け、瞳は透き通った桃色。
大人びた顔立ち、似合わないセーラー服、儚げだが浮き出たような存在感。
身長はだいたい160後半くらいだと思う。164センチのぼくより少し高いくらいだし。
「……」
空を見渡す。ユーフォーはいない。
「……」
これは、人間じゃないな。
すんなりと、そう思った。
あまりにも人間離れしていて、いっそのこと女神ですとか言われた方が信じてしまいそうなほどに美しい。多分違う学校だ。そして気付いたら僕はプロポーズしていた。
「結婚してください!」
「ごめんなさい?」
そしてフラれた。
だがこれで引き下がるような夢沙也君じゃないんだな。
「そこをなんとか!」
「なんとか?」
「命を捧げます!一生着いていきます!」
これでどうだ。無理だろうな。まぁいいや僕は頑張ったんだ頑張ったんだ褒めてくれ一生に一度のチャンスをモノにはできなかったけど自分の正直な気持ちを伝えることができた!
なぜか少し意地悪く笑った美少女が、
「やだ」
「たのむよぉぉぉ」
「私あなたのこと知らない」
「これから知ってもらうように努力するからさ!」
最早惨め。他の誰かに見られたら死ぬほど恥ずかしいようなもののはずなのに、この少女には自分の全てを知られても大丈夫という文字がまるで目に見えているようなイメージで、素直にそれに従っていた。
「頼む!」
土下座。
そして運命の時間まで後少し。数秒考え込む仕草をした美少女が口を開き、
「分かった」
デスヨネゴメ
「ええええええ?!」
え?告白成功したのか?これ、え?初対面で?キモオタであるこの僕が?
美少女は無表情で僕を見つめている。
よし、ここは決め台詞を1つ言っておこう。
深呼吸。すーはー。
さん、はい。
「君のこと、一生幸せに──」
「じゃあ、はい。今すぐ私の家に来て」
「遮るなぁァァ!ってぁぁぁぁぁ今なんか言った?!」
渾身の決め台詞を邪魔されて怒鳴り、そしてもっとヤバイことに気づいて叫んだ。
「私の家に来て」
「なぜに」
「やなの?」
「是非行きたいです!」
「じゃあ着いてきて」
「はい!」
はい。
欲望に抗えず大きな声で返事をしてしまった。
まぁいっか。人生初の女子の家だし。いやでもこの子の親いたらどうすんの──ってあぁ親への挨拶か。
ん?
親への挨拶?
え待って心の準備できてないヤバイなんて言おう。
娘さんを僕にください?恥ずかしくて言えねぇおぉぉ。
あれ、なんかもう家着いたっぽい?鍵取り出してるしあーやば門潜ったやばどうしようてか一軒家なんだびっくりヤバイヤバイ死ん
「入って」
「あ、はぁい」
情けない返事をしてしまったァァァァぃァァァァ!
「終わった……」
やっぱ現実なんてこんなもんだよね何も始まらずに終わるんだよクソォォォォ。
てか僕この人のこと全く知らないしよく見たら年上じゃね?アーオワタ。年下の分際でなんてことをっ。
先に入った美少女に続いて中に入る。深呼吸。すーはー。
さん、はい。
「娘さんを僕にくださぁぁぁい!」
目を開ける。
全体的に白っぽい廊下が長く続き、奥に階段がある。
そして玄関には高そうな壺と時計。靴は一足、美少女のローファーのみ。
金持ちかよ。てか親今いねぇのかよ。
「今は誰もいない」
僕は無駄に恥を晒してしまったようだ。
──もう帰ろう。
脱ぎかけてた靴を履き直し、ドアに手をかけ
「ぐぇぇえっ!」
「帰さない」
ワイシャツの襟を後ろから引っ張られ首がしまオェエェェエエェ!
「ギブギブゥ!帰んないから離せ死ぬ死ぬ!ってボタン取れオェエェェエエェ死ぬ死」
ゴツン
耐えられなくなり後ろに倒れた。第二ボタンが取れてちょっとワイルドになったし。
「僕の第二ボタンが欲しいならそう言ってくれよ……喜んであげたのに」
くだらない冗談を言ったところで突然クラクラしてき──た。
「あァァァァァァぁぃァァァァァァァァァァァァあァァァァァァぁァァァァァァぃぁ」
赤い空間。地面には、血で顔が汚れる自分──。
そして、体が消えていく。
「あぁ──あ……あああっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕は違うのに。僕じゃないのに。
悪いのは、全部あいつ──
「あァァァァァァぁァァァァァァぁァァァァァァぁァァァァァァぁァァァァァァァァァァァァ」
「夢沙也!」
突然名前を呼ばれて我に帰る。呼吸が乱れて苦しい。
今、僕は何をしてた?何を言った?
気持ち悪い何かが体内を巡ってドロドロになり思い切り目をつぶった。
「……夢沙也?」
「はい……」
ゆっくり目を開けて今の状況を把握しようと試みる。が──
「夢沙也ー?」
目に写ったものに思考停止。
……。
……。
……。
落ち着け。今の状況を整理するんだ。落ち着いて。
深呼吸。すーはー。
──。
膝枕?!
膝枕?!
ヒザマクラ?!
……。
美少女の膝枕?!
頭に当たる柔らかいものが太ももで、僕を見つめてるのが美少女様。
なんてこった。
「おーい」
こんな幸せ味わえるなんて。
「大丈夫かぁ」
「お前キャラ変わってね」
なんか落ち着いてきた。
では、1つずつ突っ込んでいこう!
まず1つ目。
なんで今日会ったばかりの女の家にいるんだよ!しかも膝枕ておい!
2つ目。
なんでてめぇ僕の名前知ってんだよ!
3つ目。
なぜ僕はこの人の膝枕に懐かしさを感じているのだろう。
この温もりと景色がやけにしっくりときて──変態か。
美少女はにこりと笑って言う。
「小さいことは気にしない!大事なことだよー」
「お前キャラすげぇ変わってんな!」
もっと静かな感じじゃなかったっけ?そんな気持ちを込めて視線を向けると、美少女様は胸を張って答えた。
「こっちが本来の私の性格」
「オーなるほどーと思えない説明だな」
「四宮彩歌です!」
「何の話?!」
「名前」
「あぁはい」
「ちなみに私の名前ね」
「分かるわ」
変人かよ。美少女で変人かよ。僕はつっこみ役じゃないはずなのになんでこんなことしてんだ。
──控えめに言って最高。。。
イメージ崩れた。静かな人だと思ってたらめっちゃ元気じゃん。可愛ければ何でもいいけど。
「えーと、四宮さん?」
「四宮様とお呼び!」
「なんで?!僕たち結婚するんだよね?!」
「夢沙也は私の奴隷だ!分かったら私に忠誠を誓え!」
「奴隷はやだよなんかやだよ!」
「じゃあ今すぐ帰って二度と顔見せないで」
「えっ、えっ?」
「あーあもし奴隷になるなら身の回りのお世話してもらうつもりだったんだけどなぁ」
身の回りの……お世話?
「例えば……?」
唾を飲み込み次の言葉を待つ。
「そりゃ何でもだよー。料理や洗濯はもちろん着替えとかお風呂とかも──」
「是非!是非この私めを四宮様の奴隷に!非力ながらこの私夢沙也は、四宮様に誠心誠意尽くし手足となることを誓います是非とも!」
「よかろう」
「嗚呼なんてことだっ!こんな幸せ初めてだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
興奮してきた!毎日君のパンツは僕がはぁはぁ!
そして二人でっ、新世界の、創生をっ!はぁはぁっ。
っていやそれはいいんだけど、最高だけどそうじゃなくて。
一番の疑問が「何で僕の名前知ってんの」
他の学校の生徒にまで名前を知られるほど有名じゃない。ましてやこんな変人、僕のことを知ってる理由が思い当たらない。
「それは今はどうてもいい」
「よくな──」
「どうでもいい」
意思の強い四宮の眼光に射抜かれ、僕は何も言えなくなる。
いやでもめっちゃ気になるじゃん。んーどっかで会ったことあったっけ──
「──っ!?」
熱い。
目が熱い。
泣いているわけではない。涙は出ていない。
ただ、視界の中央に回転する謎の文字が現れただけ。なんて書いてあるかは分からないが、この頃そんなことがちょくちょくある。そして、頭が冷えていく。
「あァァァァァァぁァァァァァァぃぁァァァァァァァァァァァァぁァァァァァァ」
「なあ亀」
「ぁ?」
「君は目で人を殺すことができるかい?」
「何の話だ」
「君の本心だよ」
「……」
「君は正義の味方と位置付けられているだろう?」
「ああ」
「実のところどうなんだい?殺したい人とかさ」
少し考えて、言った。
「そりゃ、いるよ」
「ほう」
自然と口角が上がる。
「君とかね」
意識が現実にもどるその瞬間、ゲラゲラ大笑いをするそいつが見えた。