07.博士
──博士──
「ジジジッ…………ジジッ」
そんな、焼けるような溶接音が耳に入ってきた。
??? ジラフは目を開ける。
するとそこは、何やら天井のある建物だ。建物というものを見たことがない彼にとって、それは新鮮。しかし、その新鮮さよりも彼を包み込んだのは、
──これが…………死後の世界…………?
そんな思いだった。
間違いなく死んだはず。その上、背を地面につけて寝たことの無いキリンのジラフにとって、天井というものを知らなかったからだ。
「おお、やっと目を覚ましたかね。君がそこまでぐっすり寝込むとは思っとらんかったが、それ以上に、ワシの手術時間がここまで長引くとは思っとらんかったわいナ。もう少しで終わる、少しの間待っててくれるかいナ」
そして再び「ジジジッ」という溶接音が聞こえ始めた。
ジラフはじわりと涙を流し始める。しかし、ここで泣いても仕方ないと、僅かに頭を持ち上げて、しゃがれた声の主に尋ねる。
「あの…………あなたは?」
「ワシかいノ? そうじゃなあ…………はて、長いこと名前を名乗っとらんから、忘れてしもうたワ。まあ、博士とでも呼んでくれればよイ」
「は、はい博士。それにしても、死後の世界って思ったより無機質なんですね」
「おぬしが死んでおるならワシも死んでいるではないか! ワシは、君が死にそうなところを助けたんじゃ。まあ首から下はつながってないから、今のままじゃったら死んでるようなもんじゃがナ」
「首から下が繋がって……な…………い」
ジラフは持ち上げた首をばたんと床にぶつけて意識を混濁させ始めた。
「いや、キリンよ、少し待つんじゃ」
「あわわ」
「いや、記憶がないようじゃが、このやりとり何回目だと思っとるんじゃ」
――…………何回目?
「――初めて……?」
「二十八回目じゃ馬鹿もノ! ワシも、この説明するのがつかれたわい。おぬしの脳内メモリは四ビットしかないのカ!?」
――〇から一五しか表せないって言いたいのか!?
「まあいいワ。とりあえず、もう気を失うのは止めてくれい。君の命の危機は、すでに過ぎ去っているのじゃからな」
「頼んだぞ」といいたげに僕の顔を覗き込んだ。
そして再び天井を眺めること数分後。
「よし、準備ができたぞイ!」
その声とともに寝台が「ウィーン」と音を立てて動き始める。
「ちょっと変な感覚があるやもしれんが、少しの間耐えてくレ」
「んがっ」
タイミングを教えられたわけでもなく、唐突に接続された身体にはビリっと電気が流れるような感覚が訪れる。
そして、じんわりと暖かな体温が伝わってくる。
「身体が……ある…………!」
久しぶりの感覚で喜びがあふれる。しかし、そんな気持ちに浸る時間もなく博士が大きな声を上げた。
「それでは、しっかり首が動くか動作確認をせねばナ! 少し力を入れてみてくれんか? 首を横に動かすだけでいいんじゃ」
「りょ……了解です」
本当に動くのかきにかかり、瞬間たじろがされたものの、意を決して首元にぐいと力を入れる。すると、
「ボッ」
そう耳なじみのない音にラボは包まれて、その音は徐々におおきく、耳を必要以上に傷めつけていく。
「お、おいお前、一度力を抜くんじゃ! そのまま行くと力が暴発してしまうぞ! 早く、早く力を――」
「ドシュッ」
僕の首は再び胴体から離れ、地面と水平な白い煙を残しつつ、遥か彼方、視界外まで飛行していった。
「おそかったわいな……」
ラボの壁を貫通して暗がりだった部屋に日光を差し込ませている。博士の髪のない頭がその光を反射していた。
これが博士との出会いであり、僕の首が機械化した理由だ。