06.戦い
──戦い──
──孤独な僕は争いが嫌いだ。
「でも今日は別だよね〜」
一目惚れをしたあの子のために、優劣を決さなくてはならないのだ。
キリンのオスは背の高さで優劣を決める。だが、ジラフの行動圏内では一頭、彼よりも背が高いキリンがいるのだ。
この時点で既にその一頭の雄に劣っているのだ。こんな時、キリンはその優劣を覆すために、首をぶつけ合うネッキングをする。これで相手に勝てば、目当てのあの子をゲットすることが出来るはずだ。
だからジラフはアカシアの木を相手にネッキングの練習を挑み、血が流れるほど傷つきながらも修練を積んできた。そして。
「君と優劣を付けさせてくれ!」
一週間の鍛錬のあと、そう決闘を申し込んだ。
「そうか…………仲間とはあまり争いたくないのだがな、君が望むなら仕方が無いだろう。受けて立とうではないか」
「この件は、争わないと決着がつかないんです」
相手の名はカルム。
誰よりも高い身長とともに、誰よりも強い正義感を持つうえ、信頼も厚いこの群れのエースとでも言うべき存在。
──無謀…………。
相対すればわかる、その巨躯。
高さにすれば十五センチほどか。見上げなければ目線が合わないというこの格好はとても不利で、とても苦しい。
精神的にも、もちろん肉体的にも。
「覚悟はいいか? ジラフ」
「……ああ」
「今なら引き返すことも出来る」
「ああ」
「そうか、なら始めようか」
「ああ!」
先に動き出したのはカルムだった。
──なっ…………!? くそ、先手を取らないと…………!
ジラフも反射的に駆け出した。蹄が地面につけた一歩目の足跡は深く鋭い。膝にかかる負担をも推進力として重い身体を前へ前へと突き動かす。
そして、互いに首を右に大きく煽り、一撃、
「ゴスンッ」
そう、鈍い音と、鋭い痛みをともなう攻撃を放った。
「っ…………ぐぅぅ!?」
──アカシアの木の比じゃない…………!
気づけば周りには多くの仲間が集まり、その行く末を見守っていた。どちらの応援ともつかない声援が、ジラフとカルムに降り注ぐ。
その中で繰り広げるネッキング。微妙な角度、強さ、角を使ったトリッキーな攻撃やタイミングと、どれを一つとっても気を張っていないと相手に全て持っていかれる感覚が良くわかる。
「しぶとい…………なぁ、君はッ!」
「…………負けられないんです。負けたくないんですよ!」
そうして力を込めた時。首に雷に打たれたような激痛が走った。しかし、
「何のために……戦ってると、思ってるんだ……!」
頭の中に思い人を浮かべて押し返す。
しかし、カルムの攻撃は並大抵のものではなかった。生々流転する攻撃は、まさに死ぬことなくダメージとして残るのに、新たなものが繰り出されるのだ。だから防戦一方で、
「やりすぎだ、カルム! 止め──」
意識がふと遠のいた。青い空が高速に転回したあと、左半身に感じた地面の冷たさと生い茂る草で視界が覆われた。
「おい! おい、ジラフ…………!」
「…………すまん、ついやりすぎて──」
──謝らないで。
そうジラフは言いたかった。しかし、声は出なかった。
「これは…………」
「いや、しかし仕方がない。これは純粋な決闘。俺達が最初から最後まで見届けた、決闘だ」
微かな意識の中で、聞こえた声。症状はどうやらひどいようで、
「これは、首が完全に…………」
「ああ。骨まで見えてる状況だ、助かりはしないだろうな………… 」
そうして完全に悟った。
──ここで死ぬんだ。
仲間のキリンがとぼとぼと去って行ったあと、何か小さな影が視界の中で蠢いて、俺の意識は完全に途絶えた。
怪我をした理由