02.タイミング
――タイミング――
「ところでミーツ、君は月へ行きたいと思うかい?」
「なんだよ、藪から棒に。そうだな……行けるのなら行ってみたいと思うさ。君は首だけだが、空に広がる暗闇の先に行こうとしているんだからな」
ジラフはふっふっふと、得意げに笑いを浮かべる。もちろん声だけしかミーツの元には届いていないが、
「恩人の博士は、どうやらこの首だけじゃなくて君が乗る身体の蹄にも細工をしてくれていたみたいなんだ」
「なに!? まさかジラフみたいに、俺も月へ行けるって!?」
ジラフの笑いに続く言葉にミーツは興奮して、背中の上で、初めて鳥らしくきょろきょろと周囲を見回している。
ミーツは「ピエエェェエエェエ!」と勢いよく泣き散らかす。
――耳無くてよかったー。
と、内心で思いながら蹄につけられた装置を作動させる。すると、周囲の高草を揺らしながら空気が放出され、ミーツを乗せたジラフの身体はふっと浮きあがった。
「っおおおおぉぉおお!」
ミーツは、久しぶりに開いた短い翼をばたばたと羽ばたかせ、貯蓄していたのかと勘違いするほどの羽をまき散らして興奮している様子。
しかし浮き上がったのは数センチだけ。
「あのー、ミーツさん。…………お楽しみのところ申し訳ありませんが、背中に乗る丸い何かが重すぎてこれ以上持ち上がりません」
驚きのあまり「ピエッッ!?」っと鳴いてから叫んだ。
「感動を返せエェェッ!」
「まあ本当は、そもそも足先にまではロケット積んでないから宇宙には行けなかったんだ。頭だけならまだしも、身体ともなれば一トンにもなるんだよ?」
「……はぁ。俺とは体重は百倍も違うじゃないか」
「――え!? ミーツは十万キロもあったの!? 道理で、ミーツと会ってから背中が重くなったと思ったよ」
「逆じゃアァァッ! そんなにあるわけないだろ! 俺の体積でその体重あったら、何か新物質でできてるわ!」
憤慨するミーツをなだめるように落ち着いた口調で言う。
「でも君…………少しサバを読んだだろう?」
「っ…………さ、サバ? あ、ああ……ああ。何でも遠くにある海とかいう水の中を泳いでいる生き物だった、ったたたっけ? かかk、彼らは文字かなにかなのかい?」
ミーツの、きょろきょろと見回す速度は倍化した。
「そうか…………残念だ」
気分は刑事のよう。犯人を追い詰めるように低い口調で呟いた。
「な、何を…………」
「嘘を吐いてはいけないよミーツ…………。実は僕の足、体重を計れるようになっているんだ。しっかりと管理しなさいと博士がつけてくれたんだよ。それによれば僕の体重と君の体重の差は──」
動揺するミーツへ現実を突き詰めるため、ジラフは前足で地面をガリガリ削り、数字を一桁目から順にゆっくりと書き記していく。
「は…………ははは……や、やめるんだ! それ以上はいけない。書いては──」
《180,641g》
「俺、そんなに重くないからアァァ! まだ飛べるから! 何とかぎりぎゅり空を舞えるからア!」
カツンカツンカツンカツンと連続して、尖ったくちばしを背中に打ち付けるミーツ。
「十八キロ」
「アアァァアアァァ…………!」
ミーツはうなだれた。しかしそれも一瞬。
「ん? なんだこれ」
子供のように泣きわめいてすっきりしたのか、ふと我に返ってむくりと身体を起こす。
そして、ミーツに疑問を持たせた、つついてできた傷の付近にあった一本の糸。これが何か正体は不明のままだが、ジラフはきゅぴんと頭の中でいい考えが閃き、「ここは乗っておくべき」という結論に至ったので、
「あ、ああ……うあ」
まるでその糸が神経で、引き抜かれるたびに意識が遠のいていくような反応をしてみた。
もちろん、神経なわけない。
「ッ!? ジラフ! ジラフ!?」
「あ、み……ミーツ、……ゥ……」
演技を嘘だと疑わないミーツに対して、身体をピクリピクリと痙攣するように揺らし、身体とは全く影響のないはずの声までもを震えさせて、完全に信じ込ませる。
「折角首をけがして助かったって言うのに……俺がまた殺しちまうって言うのか!」
そう叫ぶミーツの姿を見て、ジラフは宇宙の中でふと思った。
──いつ嘘だって言おうかな、これ。
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