少女魔王と新人メイドさん編
「……という事で厄介になるぞい」
ボリューム感のある長い灰色の髪の頭から同じ色の猫耳を生やした自分より若干幼い容姿のメイド少女に、玉座に座るマナ・イタクアは「ドユコト?」と目を点にした。
「……彼女の名はネムといいまして、人間の世界でエレナと出会って意気投合したらしいですわ」
少女魔王の横に立つメイド長のラティア・リーンが説明する。 結果だけいうと、人間社会にいるのもいささか飽きたので、これも何かの縁とこっちで暮らす事にしたらしい。
「でも……何でメイド?」
マナの至極当然の疑問に、「まあ、世話になるのであれば働かんとな」と答えたのはネム本人である。
猫又という妖怪であるという彼女の腰のあたりから生えている二本の尻尾が揺れるが、それがどういう原理で穴を開けているでもなさそうなメイド服の外に出ているのかはマナにはサッパリ分からない。
「心配せんでもよいぞ魔王殿、確かに魔界の事はよく知らぬが家事くらいは充分にこなせるわい。 なにせこれでも数百年は生きておるからな?」
両手を組んで豪快に笑うネムからは確かに生きてきた時間の長さをマナに感じさせたが、それがどうして自分より幼い容姿なのかが分からず聞いてみる。
「ん? ああ、別に理由なんかないぞい? どうせこのヒトの姿は仮初のものに過ぎぬからの、わざわざ年寄りの姿になる趣味もないからな」
「……まぁ……そーだろーけどさぁ……」
納得できたようなそうでないような気分になるマナである。
「……まあ、いいわ。 なら、あなたはラティアの補佐に付いてもらいたいわ」
そのネムだけでなく、ラティアもまた驚いて主人を見つめたが、彼女のそんな表情はマナには珍しいものであった。
「ほう? ラティア殿はメイド長であろう? 儂みたいな新人がそんな役目に付いて良いのか?」
不敵な顔で言うネムの、その紫の瞳にはこれから主人となる少女を試しているかのような色があるのは、マナにも分かった。
「伊達に私の十倍以上生きてるわけでもなさそうだしね? それにラティア一人に任せ過ぎだと、最近考えていたしね」
それは自分が魔王としてまだ未熟であるから故だが、強がって否定しても何が良くなる事でもなければ、彼女の負担が減るようにする事が最善だろうと思う。
「ふむ? ならば、それで他の者は納得するのか?」
「心配しないでいいわ。 ここは人間の世界じゃないもの、能力さえあればそんな事を気にする者はいないわ」
組織としての上下関係はあり礼儀は重んじていても、そこに年齢や経験差を理由に嫉んだりするというのは、魔界の住人には希薄だった。
その直後にマナがちらりと自分の顔を見た意味を、ラティアはちゃんと理解出来ていた。 ”余計な事をしちゃったかな?”とどこか申し訳なさそうな金色の瞳が語っているからだ。
だから、”そんな事はありませんよ?”という風に首を軽く横に振れば、安心した表情を見せる。
そんな魔王と従者のやり取りはネムにも見えていても、その意味を理解するにはまだ至らない。
「そういう事なら、儂も魔王殿の期待に応えるために全力を尽くすことを約束しようぞ」
そう言ってから、今度はこれから上司となるメイド長を見やる。
「これからよろしく頼むぞい、ラティア・リーン殿?」
ラティアは穏やかに微笑みながらネムの顔を見返して、「はい、こちらこそネムさん」と返したのであった。
魔王城の黒井三メイドの末っ子である黒井リオンが、「……諸葛孔明?」と愛用のスマフォの画面を見つめながら呟いた。 三時のおやつには遅く、夕食にはまだ早いこの時間の食堂には彼女一人しかいない。
最近メイドの間ではやり始めたこのFG〇というアプリゲームを、リオンもようやく手を出したのである。
「☆5キャラかぁ……強いのかな?」
黒いセミロングの髪のメイドは、首を傾げた直後に背後の殺気めいた不気味なものを感じて振り返れば、いつの間にか入り口が開いてそこから姉たちも含む何人ものメイドが睨み付けていた。
「……一発で☆5とか……」
「しかも孔明やて?」
「何ていう強運……妬ましや……」
実際今にも刃物を手に襲い掛かってきそうな気配に、リオンは実際吹雪の雪山にいるかのような恐ろしい寒気を感じていた。
「……え~~と、ナンデ?」
リオンの表情は、実際ゾンビ軍団に退路を塞がれたいかのように恐怖に引き攣っていた。
壁掛けの時計の針はじきに頂点で重なろうとしている、この時間の食堂は開いていてもやはり賑わっているものではなく、夜勤のメイドが数人いる程度だ。
そんな中にエレナとネムが向かい合って座っている。
「ラティアの補佐役ねぇ……」
「うむ。 まあ、儂ならどうにかなるじゃろう」
新しい友人に答えながら、ガラスのコップに注がれたウーロン茶を一口飲む。
「それにしても……誘っておいてなんだけど、よくこっちに来る気になったわよね?」
赤いワインの入ったグラスを見つめながら言うエレナの、深くかぶられた青いフードの下の表情は分からない。
「ん? まあ、人間の世界も妖怪にはずいぶんと暮らしにくい世界になったからのぉ……こっちで暮らすのも悪くないと思った、その程度の理由じゃい」
元より人間社会の陰で生きる妖怪であっても、文明という力で自然界のバランスが崩れ始めていく世界では生きるのも楽でもないのだ。
電気という人工の光で満たされる世界にあってなお存在する闇には、かつての妖怪よりも遥かに邪悪で危険な魔物が潜むようになったのは、人の心がより醜悪になっている証しでもある。
「……闇を恐れ自然を敬う奇麗な心を持った昔の人々が生み出したのがあなた達なら、今の醜悪な人間が生み出すは邪悪な魔物という事ね?」
妖怪も確かに怖い存在でもあるが、理由もなく無差別に人を襲う事もなかったり、中にはどこか愛嬌もあるものもいたりする。
「そういう事じゃな」
ネムの笑いは、人間を嘲笑っているとも憐れんでいるとも見えた。 しかし、「じゃがな……」と続けた時には、どこか期待めいたものが伺えた。
「儂ら妖怪も、それでもまだ”存在”しておる……その意味では見込みはあるやも知れんぞ?」
「見込み……?」
「お主が言っておった、魔王殿の”人間界との交流”じゃよ」
その言葉にエレナは虚を突かれて驚いた後に、「うふふふ、そうかもね?」と笑ったのであった。