少女魔王と思い出のまな板編
魔界、そこは人間以外の者達が住む異界である……と、言えばおそらく大半の人はおどろおどろした、あるいは邪悪で禍々しい世界を想像するかも知れない。
だが、少なくともこの、少女魔王マナ・イタクアことマナイタ魔王の治める魔界は、澄んだ青い空の下に緑も多く広がる場所であり、ぶっちゃけ人間世界より平和そうである。
「後半はともかくマナイタ言うんじゃねぇぇえええええええっ!!!!!」
自室のソファーに腰かけていた、耳が少し尖っている以外は十代前半の少女にしか見えない魔王様が、何の脈絡もなく唐突に立ち上がって叫んだ。 後ろに控えていたメイドさんが僅かに怪訝な顔をしたが、すぐにほんわかした笑顔に戻ったのは、実際いつもの事だからである。
「……まあ、いいわ」
気にしたら負け……という顔で再び腰かけると、メイド長であり幼い頃からの世話係である従者の顔を見上げた。
「そういえば、今回ずいぶんと間隔空いての投稿よね?」
この時点で評価もブックマークもゼロなので別に待っている読み手もいないであろうが、それでも始めた以上は投稿を怠けていい理由にはならない。
「はい……どうやらあの書き手は最近になってマ〇ンクラフトを始めたらしく、少々やりこんでいたらしいですわ」
「…………」
僅かな沈黙の後に「……マイ〇ラ?」と聞き間違いを確認するかのように問うと、ラティア・リーンという名の彼女も「はい、マ〇クラです」と実際何でもない事のように答えた。
マナは無言でテーブルの上の紅茶カップを手に取ると、半分ほどになっていた琥珀色の液体を一気に飲み干した。
「……まぁ……いいけどね……」
エレナ・ソルシェールの眼下に広がるのは灰色の世界である、コンクリートで作られた高い建物がずらりと並んでいる。
その中の一つで周囲のものより一回り程高いビルの屋上に立つエレナの姿が、黒く長い髪の大学生めいた私服姿なのは、もちろん変装である。 いや、変装というよりは変身と言うべきか。
その気になればもっと若々しい容姿にもなる事は可能だが、あえてそうする気もないのは、あまり若い外見だと十八歳未満お断りの薄い本を購入し辛いという理由もないではないのが、エレナである。
「……うふふふふふ……」
不気味に口元を歪める彼女の手に握られている実際重そうな黒いビニール袋には、メ□ンブックスという文字が書かれていてた。
”負の力を操る”とも”腐の力を操る”とも呼ばれる彼女が人間の世界にいる理由は、アニメ・ショップ巡り……ではもちろんなく、調査任務であった。 ショップ巡りはあくまでついで……のはずだ。
「……もうすぐ七月、更に八月になれば年に二回の祭典ねぇ……」
そんな事を呟いた直後に、ただならぬ気配を察知したエレナは周囲を見渡してみて、いつの間にか数歩程度先に灰色の毛並みの猫がいるのに気が付いた。 首輪も付けていない野良猫にも見えるが、二本の尻尾を持ち怪しげな力を放つ猫などいるはずがない。
「そう警戒せんでもいいわい……ちょうど退屈してた時にお主みたいな”怪しい奴”を見かけたんでな、少し話でもせんか?」
実際年寄りめいた口調だが、その声は十代の少女のように聞こえた。
エレナは「まぁ……否定は出来ないわね?」と苦笑しつつ、何者かと尋ねる。
「儂はネム。 見ての通りの妖怪”猫又”じゃよ?」
エレナとこのネムという名の猫又との出会いがどんな結果となったのかは、また次回へと持ち越すのである……。
「……何をもったいぶってんだか。 まあ……いないとは思うけど、この書き手に何かを期待なんてしちゃだめよ?」
執務室へと向かい廊下を歩いていたマナが唐突にそんな事を言ったのに、彼女のすぐ後ろを歩いていたラティアが「……はぁ?」と怪訝な顔で首を傾げたのに、小さく溜息を吐いてからもう一度口を開く。
「何でもないわ、気にしないでいいわ」
魔王城の”黒井三メイド”の一人である黒井ミオンが「……これはもう……ちょい使えんなぁ……」と残念そうに言ったのは、厨房の片づけをしていて偶々見つけた物のためだった。
棚の奥に仕舞われたまま、しばらく使われていなかったであろう古い傷だらけの木製のまな板は、すっかりカビていたからだ。
少年めいて短く切られた髪の毛は、姉や妹同様に黒く少しくせがある。 その髪を掻きながらミオンはどうしたものかと思案するが、流石にカビの部分を削ってどうにかするには手遅れと判断出来てしまう。
「……まぁ、しゃーないかぁ~」
その直後に自分の腹がぐ~~と少し情けない音を鳴らしたのに空腹を思い出したミオンが壁掛けの時計を見上げれば、すでに十九時半を過ぎていた。
「今日はここまでにしとこかねぇ……」
食堂で夕食を食べてから風呂に行こうと決めたいたのと同時刻、城の主人で魔王たるマナはまだ執務室で仕事中であった。 もっとも今は小休止中で、ラティアの用意してくれたおにぎりを食べながらテレビを視聴していた。
大画面の液晶テレビに映っているのはアイドル五人組が農業だの無人島開拓だのをやるバラエティ番組で、マナのお気に入り入りの番組のひとつであった。
「……にしても人間のアイドルって農業だの開拓だのもやんなきゃなんないなんて大変ねぇ……」
こんな事を考えて口の出してしまうのも何度目であろうか、すっかり見慣れた光景となっても偶にそう思ってしまうのである。
「まぁ……いいけどさぁ……」
白い陶器の更にのっていたおにぎりをすべて平らげてから緑茶の注がれた湯呑に手を伸ばした直後に、『まな板にし……まな板にしようぜ!』とテレビから聞こえてきたのにギョッとなって目を見開いた。
「…………」
それは数年前のシーンのVTRで、単に切り出した床板が見事に長方形だったのでメンバーの一人が言っただけの事である……そう、それだけなのだがマナは何か釈然としないものを感じながら、湯呑の中の黄緑の液体を啜ったのであった。