少女魔王とフレンド編
魔界……そこは人間の住む世界とは違う場所にあるが、その距離は案外近いセカイである。 人の世界同様に青い空を白い雲がゆっくりと流れ、その下に住人たちの住む大地が広がっていて、その中に魔王である少女の住まう城がる。
黒く実際いかにも魔王城というどこか禍々しいデザインの城の周囲に広がる城下町は、ひと昔前の西洋風のデザインの建物が中心だ。 その街の景色をテラスから見渡している十代前半くらいの外見の少女こそ、魔王であるマナイタ様である。
「マナイタいうなぁぁあああああっ!!!! あたしはマナ・イタクアだってのぉぉおおおおおおっっっ!!!!!」
短い銀髪の少女魔王は唐突にズッコケそうになってから天に向かい意味不明な叫び声を上げた。
目を吊り上げ、「……こ、こいつめ……」と実際誰かを力いっぱい殴ろうといわんばかりに右手の拳を握りしめたマナであったが、すぐに諦めたように大きく息を吐くと左手で持っていたファイルを神妙な顔で見つめた…………。
「はぁ……”人間世界との交流計画”ですか……?」
薄紫の長い髪の実際メイドさんがキョトンとなって主人である少女を見下ろすと、ゆったりとソファーに座るマナは「ええ、お父様の遺品よ。 最近見つけた物よ?」と答えるとメイドの女性に手渡した。
数十年前に他界した先代魔王の遺品から未だに新しい物が出てくるのは、それだけ数が多いのもあるが、魔王の職務に必要な物以外の私的な物の整理をマナが面倒がり半ば放置状態だったからである。
「……先代魔王様もまた妙な事を……」
ラティア・リーンという名の彼女が、魔王の私室に呼ばれてこのような重要な書類を見せられ意見を求められるのは、一介のメイドではなくメイド長という立場であっても異常な光景であろう。
しかし、物心付いた頃からずっと面倒を見続けてくれたメイド長に対するマナの信頼は厚く、またその信頼に応えるだけの能力があるのがラティアなのである。
……と言うか、ぶっちゃけギャグ小説にリアリティのある内政描写なんでものは求めてはいけないのである。
「……いや、ぶっちゃけんな……」
「……はい?」
魔王の脈絡不明な呟きに首を傾げるラティアに、「気にしないでいいわ……」とは、この城ではよくあるやり取りである。
「それよりもよ。 あなたはどう思うのかしら?」
「はっきり言ってしまえば……まあ、無謀ですねぇ……」
同じ人間でありながら生まれた国や考え方、挙句には肌の色程度で差別をするような者達が、異世界の異種族を受け入れるとは到底ありえないと……ラティアがきっぱりと言い切ったのは、マナにも理解は出来た。
「まぁ……そうなんだけどさぁ……」
言いながら目の前のテーブルに置かれている愛用のノート・パソコンを見やる。
ネットやゲームといった私的な事に使っているこのパソコンを通しての人間との交流は、人間がこのまま地球を道連れに滅び去ってもいいとは簡単に考えては存在とマナに思わせていたのである。
自分達が彼らと地球を救うという正義は気取らなくても、ほぼ確定したも同然の滅びの未来を変える力にくらいはなるかも知れない。 そしてマナ個人にも、パソコン上ではなく実際に”フレンド”達と顔を合わせてみたいという思いもあった。
今会えばおそらく魔族の自分を受け入れて貰えまいが、魔族が人間にとって異質な存在でなくなる世界となれば……と、そんな夢想もないでもなかった。
だが、流石にそれを言う気はなく「……かと言って、お父様が考えていた以上は何か考えあっての事だと思うのよ」とだけ言う。
「それも道理ではありますか……では、まずは人間達の調査から始めてはいかがでしょうか?」
「調査?」
「はい、現在の人間社会を徹底的に調査した上でマナ様が判断する……それでよろしいかと思います」
確かに早急に結論を出す問題でもないと、言われて気が付くマナは、優しい笑みを浮かべている従者が心の中で「その間に人間達が滅びなければですが……」と付け加えた事は知る由もない。
「そうね、そうしましょう。 細かい段取りは私の方で考えるから……あなたはもう下がっていいわ」
迷いのなくなった様子の少女魔王に言われたラティアは、「はい、承知致しました」と恭しくお辞儀をしたのであった。
夜になり暗くなった魔王城の廊下を照らす明かりはもちろん油のランプ……ではなく、普通に電気の光である。
「……これで……よしっと!」
天井に設置されたLEDライトの交換を終えたメイドの黒井シオンは脚立から降りる、多少癖のある黒髪を首筋当たりで束ねたシオンは、もう一度天井を見上げてその赤い瞳でライトを見つめた。
見た目的には十代後半から二十歳くらいに見えるシオンは、二人の妹と共にメイドとして働いていて”黒井三メイド”と呼ばれていた。
「自然環境を壊しちゃうのはあれだけど……やっぱ原始的よりは文明的な生活の方がいいよねぇ~」
人間界の技術を研究し取り入れながらも、その人間社会を反面教師とし自然環境を破壊しない程度のレベルに留めているのが魔界の社会であった。
便利に越した事はないが、それでも人間の数倍は生きる自分の将来や、やがて生まれてくる子供達の時代を思えば今だけの便利に囚われていても仕様がない思うのは、シオンだけでなく一般的な魔界の住人の考え方である。
「さてと、今日のお仕事はこれで終りっと!」
脚立をたたみながら、シオンが言ったのとほぼ同時刻の魔王様の部屋では、主である少女は昼間と同じソファーに腰かけて開かれたノート・パソコンに向かっていた。
マイナ:え? オフ会?
カタカタと音をたててキーボードを叩くマナの表情は、実際想像もしていなかった事に驚いたという様子だ。
ユーカ:そうですよ、みんなに声を掛けているんですけどマイラさんは都合付き ますか?
念のために言っておくと、”マイナ”とはマナのハンドルネーム……というよりキャラクター名である。
宇宙を旅する大規模な移民船団の調査隊となって戦うゲームだけあって、”マイナ”のいるロビーは宇宙船の中の風景である。 しかし、それに不釣り合いな白いワンピースという姿なのは、やはりゲームだからという理由でしかない。
サービス開始からすでに五年は経ったこの”ファンタジー・プラネット・オンライン”というオンライン・ゲームの初期からのフレンドであるミリアの誘いは、マナにとってもはとても魅力的な提案であったが……。
マイナ:ごめんなさい……行きたいけど、忙しくて……
ユーカ:あーそうなんですか……残念です
マイナ:ごめんなさい
ユーカ:リアルの都合では仕方ないですよ、気にしないでください
この”ユーカ”の本当の年齢も職業もマナは知らない、これまでのやり取りからアバター同様にリアルの性別も女性であろう事は漠然とだが理解している。 そして間違いなく”善人”の部類であろう事もだが、それでも今直接会えばどんな反応になるかは良くわかっている。
マナは、今日はもう寝ますとチャットし、それから挨拶をしてログアウトした。
「……ふぅ~……ラティアとあんな話をした日にこういう話題が出てくるのって……どういう因果なんだかね?……」
答える者がいないのは承知で問いかけたマナは、心の中に靄がかかったような、そんな気持ちのままパソコンをシャットアウトして閉じた……。