少女魔王のありふれた日編
広大な自然が広がる魔界、その中にある大きな都市は木造もあるがレンガ作りの家も多く比較的近代的に感じられる街並みである。 その中心にある黒く不気味なデザインの城こそ、魔王の住む魔王城である。
そこ主たる魔王ことマナイタ様は、執務室で事務仕事をしていた手を不意に止めて……。
「マナイタ言うなっ!! あたしはマナ・イタクアだぁぁぁあああああああああああっ!!!!」
……と天井に向かい咆哮めいたツッコミの声を上げていた。
「……マナ様?」
少女の傍に控えるメイドのラティアが怪訝そうに首を傾げるのに、「……気にしないでいいわ、ラティア」と言ってから再び書類に目を通す作業に戻る。
「しかし……始まったはいいけど大丈夫なのかしらね? この小説……」
金色の瞳を書類に向けまま言った口調は、心配しているというよりどうでもよさそうという風だ。
「はぁ……まあ、何とかなるんじゃないでしょうか? 特に大層な基本ストーリーもなく終わろうと思えば今回に終わらせる事も出来るような適当な物語ですから……」
「いや、連載二回目で終わるのもどうなのよ……」
言いながらラティアの顔を伺ってみるが、彼女のエメラルドの瞳を持つ穏やかな表情は、いつもの何を考えているのか読めない表情である。 立場的には上であるマナであるが、年齢も上であり物心ついた時から傍にいたこのメイドは姉のような存在であるとは、流石に本人は言わない。
「まあ、書き手もたいして読み手が付くだろうとは思ってないでしょうし、好きにさせとけばいいかと思います」
「……そうだけどさ……ん?」
書類の中に奇妙なものを見つけたマナはそれをよく見てみる、紙面の大きさは他の書類と同じなのだが、そこに書かれているのは僅か一行だけ……。
”私は好きにした、君たちも好きにしろ”
……だった。
「……はい?」
思わず目を点にし素っ頓狂な声を出してしまったのは、その言葉は最近視たとある怪獣映画の中で元教授の残した言葉だったからだ。 わけが分からず薄紫の髪を持つ従者へと顔を向けると、彼女はしばし考えてから答えた。
「おそらくは……私は好きにした、だから読み手の方々も読むのも読まないのも好きにすればいい……という事だと私は考えます」
すぐにその意味が理解できずにポカンとなるマナは、やがてその小柄な身体をワナワナと震わせ始める。
「開き直りかぁぁああああっ!!!! あの書き手がぁぁぁああああああああああっっっ!!!!!!」
魔王城には”負の力を操る魔女”と呼ばれる女性がいる、そしてその彼女の私室から常に不気味な瘴気が漂っているという評判であった。
「……うふふふふ」
どこか禍々しいデザインの椅子に腰かけているのは部屋の主である魔女ことエレナだ。 彼女は青いローブで全身を包み、室内だというのにフードも被りその顔をはっきりと伺う事は出来ない。
不気味に口元を歪めながら読んでる本はもちろん分厚い魔導書……ではなく女の子のカラフルなイラストの表紙の実際薄い本であった。
「……くっくっくっ……このサークルのメイド長と吸血鬼お嬢様のカプ本はいい出来ねぇ……」
数日前のイベントの戦利品を読みながら怪しげに呟く彼女の部屋にある木製の棚に並んでいるのは、同じような薄い本だったり、DVDやブルーレイといった映像ソフトがぎっしりであった……。
魔王城の門は昼間は基本的に開かれており、そこには常に二人の門番が立っている。 もちろん同じ人物がずっといるわけではなくローテーションであり、今は十代後半に見える少女が二人だ。
槍こそ手にしているが鎧の類は身に着けていない彼女らの頭部には犬の耳が生えている。 獣人と呼ばれる種族である彼女らは本来この魔界の住人ではなく、いつの頃にか、こことも人間界ともまったく違うセカイからやって来た種族なのだ。
獣人だけでなくエルフやドワーフや、時には本当の宇宙人までがやって来て住み着いている。 そんな風に人間以外の多種多様な存在が、多少の揉め事くらいはあっても当たり前に共存しているのが魔界なのである。
「……今日も一日平和だったね?」
「ええ、良い事です」
夕焼けに染まった空がだんだんと暗くなっていくの見上げながら、門番の二人はそんな風な会話をしていた。
それと同じ頃、執務室での仕事を終えたマナは「う~~ん!」と思いっきり伸びをしてから、「疲れたわぁ……」と机に突っ伏していた。
「マナ様、お疲れさまでした」
主人である少女に労いの言葉を掛けながら適当に積まれている書類を整理し纏めていくのは、本来はメイドの仕事でもないであろうが、ラティアにとっては当たり前としている仕事なのである。
暗くなっている部屋でその二人を照らす光は、天井にいくつか設置されたLEDライトの光である。 ちなみに仕事中は使われることもあまりないが、液晶大画面のテレビを置かれている。
「……ファンタジー舐めてるわよねぇ?」
顔を上げながら主人が言うのに、「まあ、今更です」と苦笑しながら答えるメイドさんは、ふと何かを思い出したような顔になった後におもむろにエプロンポケットに手を入れる。
「そういえばエレナからマナ様に渡してと頼まれていましたわ」
そう言って取り出したのは、実際誰がどう考えても腰の部分にあるそのポケットに入るはずのない大きさの数冊の薄い本であった。
「……いつもながら、どーやって仕舞ってるのよ……って言うか、エレナからって……」
呆れ顔からうんざりしたものへと変化していく少女魔王様の、前に置かれた一番上の表紙は戦艦の一部めいた装備を身に着けている女の子達のイラストである。
「今回ももちろん一般向けなものばかりなので安心して下さいと……」
「安心も何も……」
エレナがこの手のイベントに行き薄い本やらグッズやらを購入するのは個人的な趣味なのでとやかくは言えないが、その度に渡される”お土産”には正直困っている。
マナもアニメやらコミックやらも見ないわけではないが、いわゆるオタクの世界に足を突っ込むつもりはまったくない。 さりとて多分、親切心からのものであるのであろうと思うため邪険に突っ返したり処分したりも出来ないでいるのである。
そんな自分の心の内を知ってか知らずか、実際まったく邪気のない笑顔で見つめているメイド顔を見上げてから、「はぁ~~~~」と大きな溜息を吐くマナは、直後に邪悪な魔力を感じて入り口の扉へと顔を向けた。
いつの間にか少し開いていた扉からこちらを覗くフードを被った魔女――エレナがいたが、すぐに姿を気配を消した。 しかし、マナは彼女のメッセージを電波めいて受信してた。
―さあ、陛下も遠慮なさらずこちらの世界へお越し下さい―
しばし沈黙していた後に、「……遠慮するわ」ときっぱり言った少女魔王様であった……。