『懐古』
『――クンったら、また喧嘩したのね?』
そう言いながら、女の人の手が伸び、僕に触れる。けれど、感触も何も感じない。そうだ。僕は夢を見ているのだ。何故だか、そんな実感がある。
『…許せなかったんだ』
僕が言おうと意識したわけじゃない。けれど、僕の口から、そんな言葉が出てきた。
『何が?いじめっ子?』
『…うん』
どうやら、『僕』は泣きそうになっているようだ。けれど泣かないというのは、実に親近感が湧く。僕自身も、男の意地というのだろうか、涙が溢れそうになっても我慢したくなる。何だかそれが、情けないから。
『何の理由もなく人をいじめるなんて、そんなの許せるわけ…』
『うーん、そうね。でもね、暴力は良くないわよ』
そう聞いた瞬間、『僕』の胸の中にもやもやとしたものが浮かぶのがわかった。釈然としていないのだ。だって―
『でも、テレビのヒーロー達はみんな、悪い奴をやっつけるよ?』
『テレビ』、そして『ヒーロー』。何故だろう。知らない言葉のはずなのに…どうしようもなく、懐かしい。胸に熱いものがこみ上げてくる。
そして同時に、それが自分には相応しくないもののようにも思えてしまう。そう感じた瞬間、胸の中の熱い何かが鳴りを潜め、代わりにチクリと、胸が痛くなってくる。いや、正確に言えば、心だろうか。それがどうしてなのか、僕には分からない。
『それでも、駄目なものは駄目なんです』
『えー?なんでー?』
そうして、『僕』はしつこく、自分の手を引きどこかに歩いていく女の人に問いかける。
と、そんな時だ。僕の意識は『僕』から離れ、後ろに引っ張られてしまう。
『僕』の背中が、遠ざかっていく。
何かが、僕の肩を掴む。
―振り返れば、そこには死神めいた髑髏の男が、真っ赤な瞳をぎらつかせて僕を見つめていた。