レイチェル
前話でレイチェルがやったことです。
アタシが見た景色を他の人に見せることができるなら、大火事の風景のようだと言っただろう。
陽炎のような熱気が周囲の景色を歪め蜃気楼のように揺らがせている。
これはあまりに多くの人間が一か所で短時間に死んだために起きる情報密度の局在化、魔術師らしくいうなら、魔力スポットの発生である。
人が死ぬときにはそれまで貯めた情報をアカシックレコードに発信する。
それゆえアカシックレコードには全時間にわたる人類の記憶が保存されているのだが、この情報を操作して事象の発生確率を変化させるのが魔術師である。
簡単に言えば一時的に全時間の全人類にそうなっていると思い込ませるのである。
そのことでその事象が起こっているのと同じ効果を発生させるのが魔術だが、現在目の前で起きていることは人間の死による通常の書き込みが多すぎて、アカシックレコードそのものへの変更書き込みが楽になっている状態である。
つまり魔力が多くて魔術操作が楽な状態といっていい。
古代の生贄はこの事象を人工的に作り出す儀式だった。
アタシは以前アーシアからもらった子種の生命素の情報をアカシックレコードの流れに巻き込ませた。
生命素の情報は無事にアカシックレコードに入り込み、その時点でアカシックレコードが流入量と流出量に差が出たのに気付いた。
そこで余剰で排出される情報体をその生命素を排出した時点のアーシアの情報に操作した。
出てきたアーシアの情報はパトラの身体に保存し、ずれた生命素の補正は、周りの人体由来のアミノ酸で補正して彼を形作っていた。
簡単にいえばそうなのだが、実際にはそんな楽な作業ではありえない。
まず魔力スポットだが、ここまでくると気を抜くと自分もアカシックレコードに入り込みたくなる。
ようは一緒に死にたくなる・・・これがスタンピードの原因なのだが・・・
次にそれに耐えようとすると、波にさらされた砂の塔のように情報の流れに人格を持っていかれる。
自分という人格がなくなれば情報に押し流され中身のない廃人になる。
魔術師は特に敏感であるため、この現象が発生しやすい。
アタシも人格がガリガリ削られているのを実感していた。
いままで蓄えていたアレティアの記憶で仮の人格を作っては押し流される、押し流されては作り直すを繰り返していた。
いまのアタシは核となる人格を守るために、玉ねぎのように層構造を持つ自己というものを作っていた。
玉ねぎの皮が尽きるのが先か、アーシアへの魔術がかけ終わるのが先か厳しいところだった。
最後の人格がかろうじて残っている状態で魔術は終了した。
あたりにあったはずの死体はすべて使い果たした。質量では再生効率1000分の1以下の作業だったが、それでも使えそうな部分はギリギリだった。
アーシアの生命素は異常だ。通常の2倍の情報を持っている。
簡単にいえばヒトゲノム情報が2万5千個とすると25000人分の情報を持っているのに等しい。
実際には螺旋の回転率などで大きく減るのだが・・・それでも1000人分は間違いない。
おかげで操作に大分手間取り、アタシの人格も摩耗してしまった。
最後に残ったのは握りしめていたアーシアの手の触感、ぬくもりが連想する記憶しか残っていない。
アタシは誰なのか・・・もう分からない。
殆どが死者の意識に削られ、アカシックレコードに吸われてしまった。
でも幸せではある。やり切れた。
アーシア、いつかまた会える日まで、アタシはアカシックレコードで待ってる。
なるべくたくさんの土産話を持ってきなさい。
最低でも1000年分ね。
そっちに残ったアタシもよろしく。
彼女を捨てたら泣くよ。
多分アタシが先に来るだろうからアタシの話しだいではシバくからね。
あ・・・そう言えば、イシス・・・あなたは・・・




