アメンホテプ2世の小神殿
カルナック神殿の見取り図はあとで入れます。
11/5 図、追加しました。
しかし・・・古代エジプトでもトイレはあったんですねー
つくづく・・・ギリシャにおける本当のトイレ消失理由が知りたいです。
ぽっかりとギリシャだけないんですよ。ミケーネもローマもあるのに
カルナック神殿といえば両側に並ぶスフィンクスの参道、高くそびえたつ岩を裂いたような塔門、その塔門を彩る巨大なラムセス2世の像とオベリスクが思い出される。
しかし、それはすべてナイルに面した西側の表情である。
俺たちは最短コースでカルナック神殿に向かうべく、南側の第10塔門を目指していた。
ムト神殿とカルナック神殿の間の参道もスフィンクスが両側に鎮座している。
顔が山羊、体が獅子、尾はよくわからないが、現代人にはスフィンクスというよりキメラという方が近い外観をしている。
日本人にとっては人の顔のバージョンよりも、狛犬のイメージが強くなってくるので違和感はそれほど感じない。
とりあえず部屋をを飛び出したが、やはり俺にコプト語は使えなかった。
ムト神殿の守備兵にはワジに説明させることになった。
なんというか、歯がゆい。
もっともアーシアも話せなかったのだが・・・彼なら、なんなく習得してるような気がする。
守備兵から許可をもらうと外に出た。
そしてすぐに部屋に一度戻って、布を頭から被ってからアメンラー神殿に向かって歩き出した。
真昼のエジプト・・・体感では35℃は無いとは思うが、直射日光が痛い。
「ワジ、今日の天気は暑い?」
「大分涼しいですね。人肌よりは絶対に低いですし、なにより川風があります。」
日本人にしてみれば湿度100%の30℃の風は・・・涼しいとは言わないと思うが・・・
「朝夕はもう寒くなりましたし、この時期は一日中でも働けますね。」
明け方だと20℃を下回るせいで確かに寒く感じた・・・俺も感覚がくるってるな。
この時期、明け方は濃霧と稀に降雨がある。それもスコールタイプだ。
めったに降らないし、昼までは持たないのだが・・・
スフィンクスの参道を進むと第10塔門が見えてきた。
第1塔門ほどの高さはない。
なにより壁に四角い入り口がある感じである。
入り口の高さは3m以上はあるがその上は壁なので、ある意味、普通の家の入口、その大きい版にすぎない。
塔門を抜けると4方を壁で囲まれた中庭状の場所にでる。
太陽は燦々と輝き、風は壁で遮られとても蒸す。
「神殿の中って屋根は無いのか・・・」
「アメンラーの神殿ですから。」
ご神体が空にあるのに見えなくする必要性が無い、まあそうなんだが。
「熱くないか。」
「熱くないですよ?」
ダメだ、ワジの感覚はあてにしない。
入って前方、左隅に第9塔門が見える。
右手の壁の中央には普通の大きさの入り口が見えた。
「メネラオス様は右手の小神殿におられます。」
「キオスク!?」
つい駅の売店を思い出したが、本来の意味では日陰を得るための別荘や庭園用の東屋という意味らしい。
ともあれ急ぎ足でキオスクに向かう。
キオスクは壁ではなく屋根を柱で支える主殿と、その左右に、壁で囲われた小部屋がついている形だった。
「メネラオス様は北側の部屋です。」
ワジの言葉に入って左の小部屋に向かう。
「・・・アグネス入るよ・・・」
部屋の前で、わざと子供の頃の名前で彼女を呼ぶ。
しかしなんの反応もなかった。
音を立てないよう静かに入っていくと、彼女は寝台に上半身を持たれかからせたまま、空を見ていた。
右手には王錫を、胸元には鏡を抱え込んだまま、ただ彫像のように空を見ていた。
「もうこれで三日になります。一口の水も食べ物もおとりになってません。」
「三日ぁ!?」
どうも俺が倒れていたのは一日だけではなかったようだ。
それにしても三日飲まず食わずで・・・メネラオスの様子を見ると憔悴してはいるが、不健康には見えない。脱水症状にならないんだろうか。
二人の話は耳に入っていないのか彼女の態度は無関心のままである。
ともあれ、ちょっと下世話な話になるがワジに確認する。
「トイレには行ってるのか?」
「いえ、一度も・・・小の方も行ってません。」
そう古代エジプトにはトイレが存在したのである。
この部屋も南西に専用の小部屋が付属していた。
タイプとしては古代ローマと同じタイプ。
鍵穴状の穴の開いた天板に座る方式である。
また古代ギリシアの負け・・・哲学の前にトイレ作ろうよ・・・いや理由は知ってるけどさ。
さてメネラオスだが、さすがに変だ。生理的欲求を意志でどうこうできるとは思わない。
そのまま彼女をじっと観察する。
・・・ん―何かひっかかる・・・こう、うまく口に出せないというか・・・あ、あれだデルフォイのクニドスの宝物庫の時ににてる。でも、どうやってというか、なにが?
彼女の持っていた鏡が気になった。
黄金の周りを飾っていた錫の飾りが大分減っている・・・
金の上はべったりと血がついていたが、乾いたせいか、ところどころ剝げ落ちている。
ただ刻まれていた線文字Bのみは赤黒く血が入り込んで、文字を強調している。
・・・なんか電気機器の基盤の配線みたいだな。
一度そう思ったら、そうとしか見えなくなった。
そうすると電源は・・・錫と銅、ボルタ電池か・・・電解質は・・・血液って電気流れるか・・・
光電反応を利用したデルフォイの黄金鏡に比べればわかりやすい。
もっともあっちは起電力の関係で大型でないと使い物にならないから・・・小型化は無理だろう。
で、だとするとこの鏡は何に使われたんだろう?
あの雷撃の時を思い出してみる・・・そういえば敵がゲームみたいに赤く見えたな。
照準か!
だんだんわかってきた。
だとすると、今メネラオスは殻に閉じこもるために、結界みたいなものをはってる。
おそらくは時間の流れも違うんだろう。
照準は鏡、術式は王錫に記憶してある。短剣は射程延長に使う。
たぶん、こんなところか。
問題はこれがわかっても・・・メネラオスを立ち直らせる役にはまったく立たないということだが・・・
多分、王錫か、鏡を奪えば術は解けると思うけど、その後どう説得したものか。
しばらくあの時の状況を思い出しながら、説得内容を検討していく。
「ワジ、イナロス王子の亡骸はなかったというのは間違いないか?」
「はい、あの鏡に残った血液以外は綺麗になくなっていました。雷撃に巻き込まれたのだろうと思っていましたが?」
いや、イナロス王子は赤で照準されてなかった。巻き込まれはない。
あと雷撃の直前にメネラオスに投槍が突き立っていた。普通に考えれば致命傷だったはずだ。
俺の右手もそうだが、誰が治癒魔法を発動・・・それか!
俺はおもむろに王錫と鏡をメネラオスから奪い取った。
王錫を掴んだ時には今までで一番強い電撃を感じたが、一瞬だった。
メネラオスの表情がゆっくりと戻ってきた。
悲しみが溢れ、涙も流せない。それがわかる瞳だった。
「メネラオスしっかりしろ。イナロス王子は何を望んでいた。」
「あの人はどこ、もうカーは冥界に行ったのかしら、私を連れて行かなかったのはなぜ?」
「しっかりしろ、君は彼に国を託されたんだ。」
「知らないわ。私は国をパトラ、あなたに渡したの。もう、ほうっておいて」
感情を激したためだろう、一筋の涙が彼女の頬に流れた。
しかし、それだけだった。
今度は心に殻を作って閉じこもろうとしている。
「イナロス王子が最後に何をなしたか、聞きたくないか?」
その言葉にメネラオスがピクリと反応した。




