払暁の奇襲
人間の泳ぐ速度は、100m自由形の世界記録が46.91秒です。
さて、ようやく話が進むます。
イナロス王子ですが日本で言うと源義経とか、真田幸村みたいな感じで、ペルシアからの独立途中で戦死したので語り継がれたタイプの英雄です。物語のなかではどうなるか・・・
もうすぐ日が明けそうな時間、寝ていたボクは揺さぶられ起こされた。
「パトラ、起きてくれ。敵がきた。」
「て、き?・・・敵襲!?」
聞えていたのはメネラオスの声なんだが、切羽詰まった感じはない。
どちらかというと嫌気のさした声というか・・・あ-またか、みたいな感じである。
その声と告げられた内容のギャップが大きくて、ボクは叫びながら跳ね起きてしまった。
「敵襲と騒ぐほどでもないかな?よくある襲撃だ。」
まるで漁の成果を告げるような感じの声だ。
「この辺には強い国が無くて、神殿の宝物があるから、三日に一回は襲撃がある。」
・・・治安最悪、もっとも目の前に盗賊の村があるんだし、驚くほどでもないのかな?
「いつもの通り、神殿の傭兵が対応するから大丈夫。」
「相手はどこ?まさかペルシア?」
「いや、どっかの豪族だと思う。兵数が50人もいない。」
その兵数を聞いてようやく落ち着いた。
盗賊団に毛の生えたぐらいらしい。
もっともヘレネスの小規模ポリスぐらいはあるか・・・
「神殿から避難の指示があったんで移動だ。」
欠伸をかみ殺しながらの説明に、ある意味呆れる。
(そこまで治安が悪いと、ゲリラ戦ができなくなるよな。)
盗賊団クラスが日常茶飯事で紛争していると、ゲリラ戦の重大要素、小部隊の隠密行動が極めて難しくなる。
小さすぎれば盗賊に襲われ、大きくすると目立って、盗賊の手で敵に売られる。
しかもここはジャングルじゃなくて砂漠、見つかるのは前提で動かなくてはならない。
(ペルシア相手にゲリラ戦は無理か。)
戦争するにも、ある程度の治安が必要とか・・・どんな皮肉だろう。
「了解、アメン・ラー神殿でいいの?」
「いや、イナロス王子のいるムト神殿の方にと言われた。」
「・・・りょうかい・・・」
なんか気が重い、なんとなくイナロス王子の取巻きとは距離を置きたい。
あくまでも、「なんとなく」なんで強くは主張できないが・・・
急ぎイシスを胸に抱き、ドナドナが聞こえそうな足取りで、ムト神殿に到着する。
着いてはみたが、会話ができないので、とても暇である。
(どうしよう?)
周りでは結構バタバタと人が行きかい、大声で報告がされているのだが・・・さっぱりわからない。
イナロス王子達は別室、さすがに昨日来たばかりの人物と一緒ということはなかった。
ありがたいことだが。
「気分転換に見張り台にでも行く?」
メネラオスの言葉に即座に頷く。
戦争の状況が見たいのではなく、窓もない部屋の暗がりから逃げたかっただけである。
そんなわけで北方のメンチュ神殿の付近の戦闘をよそにナイル川の方を見ていた。
川面を涼しい風が抜けてくる。
もうすぐ日が昇る。
この時間が終われば、また灼熱の一日が始まるのだろうが・・・ん?
「ラオス、あれ見える?」
「ん?」
メネラオスの怪訝な声。
ナイル川の水中に、なんとなく人影が見えた気がしたのだ。鰐の見間違いのような気もするが・・・
ボクが指さした方向をメネラオスが凝視した。
一瞬ピクンとしたかと思うと、いきなり「敵襲!!」と叫んだ。
「ラオス、ことば、ことば」
「あ、ああ。」
彼女はコプト語ではなくギリシャ語で叫んでいた。
幸いにもボクらの様子とラオスの大声は、見張り台の兵士たちにも伝わったようで、大声で喚きたて、川の方角を指さしている。
見えた人影は10人ぐらい、おそらく別働の奇襲隊だろう。
ナイルの水位が下がって透明になっていたのが不幸だった。
あのまま、背後から奇襲に成功されると危険だったかもしれない。
他人事のように様子を見ていると、突然、奇襲隊はメンチュ神殿からムト神殿に目標を変えた。
「あ、こっちくる。」
「みたいだな。一応準備するか。」
そういうとメネラオスは武装を受け取りに見張り台を降りて行った。
一人にされたボクはやることもなく奇襲隊を眺めていた。
?・・・さっきから奇襲隊が息継ぎに水面に出た様子がない。
すごく嫌な予感がしてきた。
ナイル川からルクソール神殿に続く自然の運河を使って、こっちに向かってくる。
運河に入ってからは水深が浅いので泥を巻きたて、姿は見えない。
ただ、すごく速い、人間とは思えないほど速い!
(まさか、蛙10匹とかじゃないよな。)
進路変更した後は、むちゃくちゃな速度だ。
多分100mあたり30秒は楽にきっている。
奇襲隊はムト神殿に一番近づいたあたりで運河から飛び出した。
上陸ではない、イルカのようなジャンプで陸に上がってきた。
陸上に姿を現した彼らは、鰐頭人身とでもいうべきか鰐の頭で造った仮面をつけ、腰布のほかは両手に剣を持っていた。
そのほとんどが体に包帯をしており、中には体のほとんどをミイラのようにぐるぐる巻きにしたものまでいた。
その様子を見た守備兵は笑いながら矢を射かけており、その矢も面白うように突き立っていた。
(よける様子がないって・・・)
ボクは100m先でハリネズミになっていく奇襲隊を見ながら確信した。
その時、剣だけもってやってきたメネラオスが見えた。
「メネラオス、蛙野郎だ。気合を入れて耐えろ!」