玄室にて
ようやく墓を脱出、一気に行くぞ。
イナロス王子、次回には出せるかなー?
なにかあるとわかってるものを覗き込むのは思ったより勇気がいる。
ワジにナイフを見つめたら動かなくなると思うので、しばらくしたらナイフを取り上げるように頼むと刀身をじっくりと見つめた。
それは予想外の風景だった。
シャンパンゴールドに見えた刀身は、じっくり見ると薄い七色に彩られていて・・・紫や緑にナチュラルに変色していた。
錯乱光の影響にしては刀身の曲線に沿って綺麗に変色しているのが不思議だった。
(この現象、どこかで聞いたような・・・)
偏光による変色、有名な例ではモルフォ蝶の青い羽根は青の鱗粉ではなく、特定の厚さの鱗粉の反射光による現象である。
パトラは気づいていないが、このナイフの場合、表層は589nmで均一に制御されている。
このためトンネルの中で用いられているナトリウム光のようなオレンジが基本色になり、斜めになった部分は厚みが変わるので変色しているのである。
そしてトンネルの中で経験したことがある人も多いと思うが、ナトリウム光は赤を消してしまう。
例えば真っ赤な苺が真っ白に見えてしますほどだ。
その鏡で、部屋の中の壁画が映りこむと・・・
刀身の平らな部分では松明で映し出された玄室の壁画が見えた。
しかしその映し出した絵は肉眼で見たものとは大きく異なっている。
(大量の白?パール?の蛸・・・どこに書いてあったんだ?)
ナイフが微妙に震えると絵の中の蛸が動き出す。その怪しい動きは思わず注視してしまい他のことが気にならなくなるほどだ。
決して見たい感じはしない。どういえばいいのだろう・・・ハチの巣穴に次々に白いミミズが出入りしていて、目をそむけられなくなる、そんな正気を削られる動きだ。
(なに、これ・・・)
無理やりナイフから意識を引きはがし視点を移すと壁画を直視する。
そこには前と変わらない美しい壁画が玄室一面の壁を彩っていた。
どう見ても隠し絵は見えない。
「パトラ様、どうしたんですか?」
「・・・ワジが見えた風景を見たんですけど・・・理屈がわからない。」
「理屈ですか?」
まあ神々の絵が動く時点で人間の理屈云々が通用するかという話はあるが。
「もう一度調べてみる。ちょっと長くなるかもしれないけど気にしないで。」
ワジにそう告げると再び刀身を覗き込んだ。
ちなみにメネラオスはパトラが刀身を見ていた間に安堵からか気を失っていた。
再び蛸の乱舞が始まる。
さっきの壁画を思い出しながら、確認していく。
よく見ると蛸の後ろにうっすらと壁画が見えている。
その壁画を注視しながら、蛸の乱舞に意識を持っていかれないように気合を入れる。
そうやって反射位置を変えていく。
一瞬で気持ち悪くなって吐きそうになった。
まるで乗り物酔いだ。
吐き気を我慢しながら壁画を移していくと西の壁の中央にアンクのマークが見えた。
アンクの中央にはナイフを差し込めそうな穴が見える。
(ビンゴ!)
そっちを見ると何もない・・・オシリス神になったツタンカーメンの壁画だが・・・中央は人間のツタンカーメンの持つアンクが書かれている。
念のために反射させながら他の壁も見てみると北の壁にも何か柱のようなマークがある。
(あれ?)
そちらを見るとヒヒの絵がパネルのように何枚もはめ込まれている。
ヒヒはトート神の聖獣だが・・・どっちだろう?
まあ両方開ければいいだけの気はするんだが・・・
ともあれ、北のヒヒから調べる。
柱の場所を見ていなければ絶対に気付かないだろうが、壁画にわずかのへこみがあった。
その部分に沿ってナイフの刃を入れると、40cm四方の蓋になっているのがわかった。
そこまでやったところでワジが近寄ってきた。
「隠し部屋ですか?」
「隠し部屋というより隠し金庫にちかいかも?」
「金庫って?」
「ああ、財宝を隠しておく小部屋みたいなもの。」
「ああ、なるほど。」
蓋を外し、中を松明で照らすと拍子抜けするほどあっさり王錫が見つかった。
「これなのかな?」
金庫の奥行きは1m程、他にもいろいろ入っているが、装身具が多い。
取り出した王錫は黄金というよりはシャンパンゴールドで、ナイフと同じ色あいだ。
「対になってるんだろうな。」
そうつぶやいた瞬間にとんでもないことに気付いた。
「第18王朝ってまだ青銅時代だったはずでは・・・」
もし、これが王錫が黄金の鉄というなら、ナイフも黄金の鉄ということになる。
つまり鉄を加工したわけである。
「まあ、ヒクソスからでも来たんだろう。」
パトラは勘違いしているが、この二つの鉄製品、そんな生易しいものではない。
実は鉄という金属は理論上では100%の純度にして結晶をできないように整形すれば、表面をごく薄い酸化物(赤錆)で覆われた金色の金属になる。
この状態になればステンレスと同じで不働態になり錆びることはないと考えられる。
もっともこんなものを作る技術は近代の地球上ですら存在しない。
次に西の壁に向かおうとした時である。
壊れたバリケードの向こうから生臭い風が吹き込んだ気がした。
「あ」
蛙人間が1匹とは限らない。
「逃げるぞワジ!」
気を失ったメネラオスを担ぐと王錫とナイフだけもって逃げ出した。
「ちょっと待ってください!パトラ様」
ワジはそういいながら慌てて隠し金庫の中身を掻き出すと、黄金仮面に放り込み、それをもってワタワタとついてきた。
・・・まあ、それくらいでないと盗掘では食えないとは思うが・・・命と金どっちが大切なんだろう。
聞くまでもない「どっちも」って答えるか。
慌てて逃げ出したのが功を奏したのか、蛙人間には合わずに外まで逃げ出すことができた。
まず、玄室の壁画ですが、表面にごく薄くカイガラムシの排出物が塗られています。
一説によると出エジプト記で降ってきた神の食べ物マナだそうで・・・
これがナノミクロン単位で制御され、膜が透明のまま壁画の上に隠し絵として書いてあります。
偏光顔料は21世紀初頭に一時はやって、車などにも塗られましたが、顔料が金より高いせいか最近見ませんねー。(グラム数万しますから高い顔料だと桁がもう一つ上がります)
あと黄金の鉄ですが、たぶん作るのに無重力の環境が必要だと思います。
(主に遠心分離のためですね)
あと1300℃から一瞬で―270℃付近まで急冷する必要も・・・
ということでまあどこでできたかはばらしたようなものですが、謎の金属です。




