アメン・ラー神殿
ダレイオス王はマラトンの戦いの敗戦の結果、リヴィアの反乱がおきてその鎮圧の際にリヴィアで死んでいます。その反乱は次の王のクセルクセス王が鎮圧しています。
以後アケメネス朝ペルシアのサトラップとしてダレイオス2世治世までペルシアの属領となっていました。この時に独立したのが第28王朝で第30王朝の時に、再びペルシアに征服されます。
アレクサンダー大王の征服後、独立した最後の王朝がマケドニア軍人プトレマイオスの起こしたプトレマイオス王朝になります。
「いや、やめておこう。」
ボクの口から出た言葉は、好奇心を抑え込んだ結果の感情のない声だった。
「君を信用しないわけじゃないが、王家の谷に行くのにまったく準備してないのは、さすがに不用心すぎるだろう。」
「いい判断だと思うよ。」
そういってメネラオスはほほ笑んだ。
(でも、そのおかげで、余計に君に見せてみたくなったよ)
「ラオス、何か企んでる?」
「ああ、あとで話すよ。とりあえずこのアメン・ラー神殿を案内するね。」
アメン・ラー神殿は20m四方ぐらいの巨大な神殿だった。
ピラミッドを思わせるように、建物の内部は狭く、礼拝の場は5m四方程度しかなかった。
そして、その礼拝所は明かり取りの窓らしきスリットが天井を横切り伸びていた。
「ここは、暦を調べるために作られている場所でもあるんだ。」
「暦?」
「ヘレネスだと星を使うんだけどね。リヴィアは太陽を使うんだ。」
そういうとメネラオスは東側のスリットの端を指し示した。
「あの位置から太陽が昇るの日がアケト(洪水期)、第1月1日になる。」
メネラオスは反対側にゆっくりと動かしていくと
「反対側はベレト(播種期)第2月15日になる。」
「あけと、べれと?」
説明の中にボクは聞いたことのない単語があった。
「リヴィアでは1年は3つの期に分けられる。洪水期、播種期、収穫期だ。
それぞれは4か月づつ、一月は3週、1週は10日だから合計で360日。これに期に数えない天と地の休息期間5日を足した365日が1年間になる。この神殿でも天と地の休息日は日の出が見えない。」
・・・すごいな。太陽暦、太陰暦に比べると精度が高い。
「天井の狭間には、毎日の日の出の影に合わせて狭間の角度と床に刻み目がついてるから、日の出の床を見れば何月何日になるかはわかるようになっている。」
「すごいね。」
ボクの称賛にラオスは複雑そうな笑みを浮かべた。
「ここは最初からあった建物だからな。トトメスの時代に作られたものだろうといわれている。」
「その言い方だと他の神殿は違うの?」
ボクもちょっと疑問が湧いたのでからメネラオスに確認してみた。
「ほかの神殿は古くて新王国期かな、でもほとんどが最近修繕したから、面影は・・・」
修繕か・・・やったのは目の前の人間なんだろうな。
「あれ?じゃあ今日は何日なの?」
パトラになって以来の疑問が解けそうだ。
「アケト、第4の月、第3週、2日かな。ヘレネスで言うと夏至(当時7/19)から112日目になる。正確な日付は太陰暦と太陽暦のズレを計算しないといけないから、大まかでいうけど11月末から12月初めくらいだと思う。」
(ほぼ予想通りかな。ずれていて1月か・・・微妙なんだが?)
「もうすぐ、小麦を蒔くっていってたね。」
「いつもならそうなる。」
そう言ったメネラオスの表情には微かな不安が浮かんでいた。
「何かあったの?」
ボクの問いに一呼吸置くと
「リヴィア全土で反乱がおきている。」
それはボクが予想していた答えだった。
「リヴィアの反乱は一月前にテーベで始まり、全土に広まった。ほぼ、ナイルの増水がピークに達した直後かな。ペルシア兵は船での戦闘は苦手だ。瞬く間に主要都市は陥落した。」
「問題はこれからだ。ダレイオス王は自らリヴィアを制圧して、マラトンの戦いで傷つけられた威信を回復するつもりらしい。」
なるほど、納得できる。
「せめて、あと一月侵攻が早ければ、船で何とか出来たんだが・・・今からでは減水で地面も乾いていく。」
あれ?まさか
「このままだと反乱はじり貧になって制圧されてしまう。」
マラトンで史実より大きなダメージを与えた影響とか・・・ないよね。
「今、反乱を指揮してるのは神官達だ。何とか次のナイルの増水まで時間稼ぎができれば勝機もあるんだが、彼らに軍事的な知識はない。攻撃はできても、防衛はできない。」
・・・
「そういうことで、彼らから軍隊の指揮権を奪わないと、無駄な人死にが増えるだけになってしまう。」
そこまで言ったところで、メネラオスはふと気づいた風にほほ笑んだ。
「ごめん、神殿の案内をしていたんだったね。・・・」
ラオスの表情はほほ笑んではいたが、瞳から表情は消えていた。
「この神殿だけは神像がないんだ。最初からなかったか、持ち去らわれたのかは・・・」
それからあとも神殿の説明をしてくれたがボクの耳に入っては来なかった。
心を占めていたのはラオスの切なそうな瞳の色。
締め付けられるような胸の痛みに、何とか手助けしてあげたいとは思うものの、想いだけで手段が思いつかない。
(でも、なんでそんなにメネラオスがリヴィアに肩入れしているんだろう?)
歴史がずれ始めているのは理解できるが、マケドニア王族がリヴィアの反乱に、ここまで注力してるとは思わなかったし、マケドニアの国益のためというよりはメネラオスの想いというのが強く感じられる表情だった。
(メネラオスにとってリヴィアって何なの?)
口に出して聞きたいが、聞いたところで答えてくれないような気もする。
もじもじしているうちにメネラオスは次のトト神殿を案内するつもりらしく通路に向かった。
「次は、トト神殿。宝物殿を兼ねてるんだけど、今ではパピルス以外は持ち去られていて図書館みたいな・・・」
ラオスがが立ち止まった。
「どうしたの?」
「黒猫が?」
「イシス?」
彼はさっき石を落とした亀裂を指さした。
その指先には亀裂に身を躍らせ、中に入っていこうとするイシスの姿があった。
ダレイオス大王のエジプト侵攻が遅れたのはパトラの推測通りにペルシア戦争絡みで損害回復に時間がかかったためです。
討ちとられそうな理由を考えると、軟泥地に誘いこんで小舟で急襲!がありそうだなーということで・・・それに準じた設定にしてます。




