エル・クルノ山
エールで発生している泡は醗酵による泡です。
この辺はパン作りした人ならわかりやすいんですが、イースト菌の準備醗酵状態に近いです。
結構なペースで発泡しますので、おそらく木の椀からあふれ出ていたと思います。
あと古代エジプトでは陸路は殆どありません。
ロバが輸送の主力ですが、蹄鉄も発明されていません。
ラクダはまだ来てません。まだアラビアにとどまっています。
左の細道に入ってすぐ、小さな神殿が見えた。
「これがアヌビス神殿・・・アヌビスはオシリスとネフティスの子になる。」
メネラオスが指さした神殿は大きさは四畳半くらい、周囲にそって円柱が立ち並んでいる。
「この神殿のすぐ下が、増水期のナイル河の水位だ。」
・・・どう見ても2.3kmは離れた位置に大河が見える。
その間は平地で草が生えているだけだが・・・ここまで増えるのだろうか?
「この山はエル・クルン、クルナ村はそこから名前をとっている。」
「エル来るん?」「や、まぁ」「来るな、村」日本語だと会話になりそうだ。偶然って面白いな。
「何を微笑んでるんだ?」
想像でニコニコしてたら急に顔を覗き込まれた・・・顔、近い、近い。
「うぅ、なんでもない!」
真っ赤になりながら、ごまかす。いや、ごまかせてないか。
「まあ、とりあえず神像を見てみて。」
神像は黒狗の頭をした人間だった。
「ミノタウロスの犬版だよ。」
まさにそんな感じだ。
「ネフティスは本来はセトの妻なんだが、セトの兄オシリスと浮気して、できたのがアヌビスだ。」
・・・は?
「セトはその浮気を目撃して兄オシリスを殺したという。」
・・・まあわからんではない、神話だしな。
「オシリスの妻イシスはネフティスの姉だが、この姉妹と息子のアヌビスが協力してセトにばらばらにされたオシリスの遺体をほぼ復活させた。」
セト・・・あわれすぎねー。
嫁さんに浮気され、浮気相手を殺したら嫁さんと義理の子供まで浮気相手に味方するって。
「ただ生殖器がなくなっていたので代用品を作って、包帯でくるんで復活させた。これが最初のミイラになった冥界神オシリスであり、それを作ったアヌビスはミイラ作りや墓の神として祀られている。」
「ミイラ作りの神?」
「ああ、ただしこの神殿は墓の門番としての役目だと思うぞ。」
まあ、そうかすぐ近くに王家の谷があるし。
「ちょっとここで昼食にしよう。」
そういうと麻袋から、さっき買った果物や干し魚、それにパンと板状の何かを取り出した。
「その板は?」
「エールだよ。」
そう答えるとメネラオスは袋から木の椀をとりだし、近くの井戸に水を汲みいった。
えーと・・・?思い出した。この時代のエールは麦芽を発行させたものを、乾燥して板状に持ち運んで飲むときに溶かしてから飲んだんだ。
・・・インスタントコーヒーみたい・・・
前に「イオニアの恋人亭」で取り扱ったことがあったな。
待ってる間に、神像の台座のヒエログリフを読もうとしたのだが読めない。
前は読めたはずなんだが?
「おまたせ。」
ヒエログリフを一生懸命読もうとしてるとメネラオスが戻ってきた。
手には泡立つエール・・・って泡立つのか!
「泡が消えれば飲み頃だから。」
そういって木の椀を一つ押し付けられる。
パンにはスライスした果物と魚の干物がトッピングしてあり、おいしそうである。
「パトラはヒエラテックが読めるの?」
「ヒエラテック?」
「その台座の文字。」
その返事に読めないとラオスは判断したらしい。
「ヒエログリフじゃないの?」
「ヒエラテックはヒエログリフの簡易版、実用文字だよ。」
「ああ、それでか。」
何を納得したのかはわからないまま納得するボクに、不思議そうな笑みを浮かべてラオスは続けた。
「パトラって不思議だね。わからないけど楽しそうだ。」
いやいや、これでも、けっこうヘビーな人生送ってるんですが・・・
「とりあえず食べながら聞いて、」
そういうとラオスは平地の中の水路を指さした。
「ナイルからここまでは水路が掘ってあるから、クルナ村が交易で困ることはないんだ。」
ナイルに向かって一直線に伸びている水路、幅は10mはある。そこだけ水が残っている。
古代エジプト人にとって陸路は交通手段としての認識が低いらしい。
歩く位なら船に乗る。
道路を作るくらいなら水路を掘る。
軍事移動までそうだというのだから徹底している。
これも、目の前のぬかるんでいた平地を見ると納得させられるものがある。
それからあとはエル・クルノ山の説明だった。
この山には大小20の神殿が存在する。
その中でも最大なのは、ここから坂を上って、すぐにあるアメン・ラーの神殿であり、そこにはトトメス1世の夭折した王子、王女が祭られていたそうだ。
トトメス1世は盗掘対策でをピラミッドから王家の墓方式に変更したファラオである。
エル・クレノ山はピラミッドによく似た三角形に見える山で、ナイル川から見て、この裏に王家の谷がある。
なんとなく、トトメス1世がここを選んだ理由がわかる気がする。
「それで、そのアメン神殿には鍾乳洞の入り口があってね。」
?
「それがトトメス1世の墓とつながっている。」
ああ、なんて感動的な・・・
「そのせいで墓を作るなり、盗掘にあったんだけど。」
・・・本末転倒というべきだろう。
「他のファラオもトトメス1世の近くに作ったものだから・・・」
ああ、全部いわなくてもいい。
なんとも言い難い雰囲気になってしまった。
「そもそもラオスは、なんでここに?」
雰囲気を変えるために前から不思議だったことを聞いた。
なんでマケドニア王家の人間がリヴィアにいたんだろう。
「どこまで言ってもいいか、ちょっと悩むけど。」
そういうとラオスはボクを見定めるようにじっと見た。
「リヴィアをペルシアから独立させたいんだ。」




