ネアポリス防衛戦(前編)
ディアネイラはデイアネイラから来ています。
後は秘密です。
タソス島野戦に続くアブダラ攻防戦、そして退却。
新規の作戦指令と会議、アーシアの疲労はピークに達していた。
使者の面々が急ぎ担当地域に向かう中、テーブルに突っ伏して眠っていた。
「ピュロス、アーシア様はベットにお連れした方がよいのでしょうか?」
「そうですね?しかし緊急事態には、すぐ反応できる現状が良いと思われますし・・・アーシア様の判断を尊重しましょう。タルゲリアさま」
「せめて、クッションを顔の下に入れておきましょう。腕がしびれないように。」
「はい。」
二人の女性が甲斐甲斐しくアーシアの世話を焼いていたころから3時間ほど前の話である。
「どう思いますか?総督。」
柔らかな女性の声がデマラトスに尋ねる。
現代であればギリシャ国境線近くのトルコのエネズと呼ばれる街で港町である。
ここには現在2000の兵が集結し、タソス島への増援を準備していた。
「間違いなく嘘だな。アーシアも疲労で頭が働いていないと見える。」
「罠ですか?」
「急いでるはずのあいつが、5日も動かずにいるわけがあるまい。」
「だとすると、わたくしのことも?」
「気づいているかもしれないが・・・まだ確信はしてないだろう。」
「中途半端ですね。」
「そういうことだ。」
デマラトスの隣にはそっくりの顔立ちの女性・・・間違いなく血縁関係と言い切れる程度には似通った女性がいた。
「ディアネイラ。あいつがアルゴスに向かうのは間違いないと思う。」
「どうなさいますか?」
「あいつがいつ来るかは関係ない。最速でアルゴスを攻略する。」
「海路も使っても3日後ですね。」
「わかった。」
その2時間後にはネアポリスに向け1000人をのせた50隻の軍船、それを陽動としたデマラトス率いる主力1000人がエネズの街を出発していた。
アーシアが目覚めた時には夕方になっていた。
机で眠ってはいたがクッションのおかげか熟睡できたようで、頭はスッキリしていた。
もっとも体は重く火照り疲労を訴えていたが、そこは無視できる程度には鍛えられた体だった。
「アーシア様、お目覚めですか?」
ピュロスが食事を運んできた。パンとポタージュスープのようだ。
「ああ、すまなかったな。おかげで、かなり疲れが取れた。」
「よろしかったですね。どうします?商会に連絡をとられますか?」
ネアポリスには現在アレティア姫がいる。
その気になれば、レイチェルかパンドラを通じて連絡、指示が可能だ。
「難しいな・・・」
現状では情報が洩れる可能性を考えながらの連絡になる。
「かといって、一切つかわないのもおかしいか・・・」
スープをスプーンですくいながら考える。
急に使わなくなれば、敵も警戒するだろう。
「今、アテナイには誰かいる?」
「アイギナにいたアレティアが臨時でいます。」
「そこに連絡だ、キモンの整備状況を確認してくれ。できればパンドラ経由でな。」
「パンドラ様ですか?」
「あとはレイチェルに連絡、コリントス防衛線に着くのは5日後だと思うが、状況を確認してくれ。」
「わかりました。お願いしてきます。」
そう言い残してピュロスは部屋を出て行った。
入れ代わりにタルゲリアが入ってきた。
「タルゲリア、残った船長を集めてくれ。残りの4隻のローテションを組みなおして、常時2隻は港の外にいるようにしたい。」
「わかりました。護衛は大丈夫ですか?」
「そうだな、誰かに伝言して・・・」
そう言った瞬間だった。
=カンカンカン=
非常事態を知らせる警報が鳴り響いた。
「敵襲ー!!!」
見張り台から大声でネアポリスに警告がとんだ。
ピュロスが部屋に飛び込んでくる。
「アーシア様、敵艦隊20隻以上、今水平線です。」
「わかった。タルゲリア!つづけ」
スパルタ海軍の面々が港で待機している。
「「ボレマルク」」
船長全員とスパルタン150人が待っていた。
ぺゼロイタイの面々はすでに漕ぎ手として船に乗り込んでいるらしい。
「クレオビス、ソバネス、第1・2縦隊を率いて急ぎ出港、出入り口を確保しろ。」
「了解!!」
「第3縦隊はイオニア号のカッターに分乗。敵の艦隊を緩やかに包囲!全兵装使用許可を出す。イオニア・アルカディア号と息を合わせて敵艦隊を分散させるな!」
イオニア号とアルカディア号に向け海兵が走っていく。
「第4縦隊はアンティキュラ号に。船足が重くなるから注意しろ!」
「わかりました。」
残る海兵がさらに船に向かう。
この頃には敵の全容が見え始めていた。
3層櫂船50隻前後、戦士1000人、漕ぎ手、推定1万5000人・・・
たぶん漕ぎ手は戦わないだろうが・・・万が一にも漕ぎ手に略奪許可が出されていればネアポリスが消滅する。
海で食い止めるしかない。
「軍司令官、アッティカ級の6隻はバラスト搭載済みなので戦士は載せられません。」
アリステラ号のエウテュキダス船長が上申してきた。
喫水ギリギリまで石を積み込んだ船だ、戦士が20人も乗れば沈没してもおかしくない。
「帆は張れるか?」
「張れますが?」
アーシアの問いにエウテュキダス船長は怪訝な顔をする。
櫂が主力の船で補助用の帆を何に使うのかという顔である。
「敵の艦隊をキモンが指揮していたら・・・完全に負けだったな。」
桟橋の先でピュトン旗を掲げながらアーシアが皆に聞えないよう呟いた。
ピュトン旗は折からの陸風にたなびき敵艦隊をまっすぐ示していた。
「アッティカ級全艦を封鎖用のロープで計画通り連結。漕ぎ手は先導艦と殿艦だけにしろ。準備急げ!」
「アリステラは先導艦を希望します!」
「殿艦はアッティカ号が受けます。」
エウテュキダスとヒエロクレス艦長が声を上げた。
「両名の申出をありがたく受け取る。全艦、直ちに出港準備!」
沖の方では早くも火焔が見え始めていた。
カッターが敵と接触を始めたようだ。
しかし敵は3層櫂船50隻、味方は2層櫂船3隻+カッター4艇、嫌がらせ以上の効果は出ていない。
「全艦長注目、作戦を説明する!」
アーシアの声が響いた。